魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

キマイラ達

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店を出て路地を抜け、人気の無い炎天下の広場で結界を張る。四人は息を呑んで建物を見守った。
そうしているうちに建物の壁に穴が空き、黒い塊が吹っ飛んで行った。

「だ、大丈夫なの?  って言うか今のどっち?」

『なんやヘドロみたいなん見えたけど』

「……今関係無いかもだけど、茨木さんは?」

『別の店で情報集めとる。この騒ぎで戻ってくるんちゃう?』

結界に黒い液体が叩きつけられる。その総量はバケツ一杯程だ。

『……にいさま!  ベルゼブブ、やめてよ、もうやめて!  分かってるだろ!?』

フェルはその液体を後ろに庇い、追撃に来たベルゼブブの前に立つ。

『おや、弟君。申し訳ありませんが私は無知でございますよ』

エアを嬲って機嫌を戻したベルゼブブは恭しくお辞儀をする。

『…………お願いだから、やめてよ。にいさまに酷いことしないで』

『嫌ですねぇ、私も腕喰われましたよ?』

ベルゼブブは肘から下が無くなった腕を見せ、その直後に再生させた。

『どうしてあんな嘘吐いたの?  ヘルがあんなこと言うはずない。なんで嫌がらせするの?』

『本能ですかね』

庇われたエアは安全に再生を終え、フェルの肩を掴んで下がらせる。

「えっ……お、お兄さん?  え?  今……え?」

戸惑うリンに誰も説明を行わない。

『……嘘なの?』

『ま、聞いたってのは嘘です。思ってるでしょうけど、私はそんな愚痴聞いてません。先輩は聞いてるんじゃないですか?』

ベルゼブブは意地の悪い笑みを浮かべたままアルを見つめて首を傾げる。アルはその笑顔とぐるんと首を回したエアに見つめられ、居心地悪そうに目を逸らした。

『ヘルは……そうだな、兄君が特別優しかった日は、今日はいい日だと喜んでいる。兄君が恐ろしかった日は、特に何も。ただ、そういう日は早く眠る』

『そ、良かった。ねぇ蝿女?  意味の分からない嘘吐かないでもらえるかな?』

『申し訳ありません、面白いので』

ひとまず落ち着きはしたが仲が悪いのは変わらない、いつまた再燃するか分からない。エアとベルゼブブ以外の者はその不安に襲われ、揃ってため息を吐く。

『リーンー!  無事かー!』

『無事だな、憎らしい』

その重苦しい空気を裂くように二つの大きな影が降り立った。

「カルコス!  クリューソス!  やっと来てくれたぁ!  もう不安だったんだよ、やっぱり会話可能の通信機付けておかない?」

『嫌に決まっているだろう下等生物、何故お前の為に動かなければならない』

赤銅色の翼を生やした二又の尾の獅子、純白の二対の翼と光輪を持つ虎。金と銅の合成魔獣はリンの無事を確認すると気が抜けたのか愚痴を言い始めた。

『昼間に外に出たくないんだ、特にこの季節はな』

『ああ、肉球が焼ける。痛い』

「う、うん、ありがとう。感謝はしてるんだよ?  ここで仕事出来てるのも君らのおかげだし、でもね?  もうちょっと、こう、俺に優しい言葉をかけて?  俺こう見えて豆腐メンタルだから」

兄弟達を見つけ、アルは彼らの元へ。

『久しいな兄弟!  魔物使いのガキは……?  居らんのか?』

『ヘルは留守番をしている。悪いが見に行ってやってくれんか、今一人なんだ。私が帰るまででいい。酒色の国の外れの邸宅に居る、頼めるな?』

『何故俺がそんな真似をせねばならん』

『我は構わんぞ!  独りでは心配だ、兄弟が帰るまでと言わず、ずっと居てやろう!』

ぷいと顔を背けたクリューソスとは違い、カルコスは快諾する。

「えっ俺は?」

『何?  行くのか?  ふん、仕方ない。なら俺も行く』

『……嫌なら行かなくてもいいぞ?  怪我をしたら治せるようにカルコスには行ってもらいたいが、貴様は要らん』

『黙れ雌犬!  行くと言ったら行く!』

クリューソスはその二対の翼を広げ、砂を巻き上げる。

『……アル君、勝手に変な奴らに変な頼みしないでくれない?』

『兄君。しかし、今ヘルは目が見えない上に、家に居るのは堕天使とダンピールだ、不安では無いか?  奴等はヘルを喰おうとするかも知れんし、そうでなくても奴等がずっと付いているとは思えん、転んだり、皿を割ったり、窓に突っ込んだりしたら…………そこの獅子はあらゆる不調を癒せる、怪我も毒も病気もな。だから私は……』

『こっちおいでライオンくーん、結界通り抜けられるようにしてあげるからー』

エアは満面の笑みを浮かべ、カルコスとクリューソスに結界を抜ける許可を与える。

『もういいか?』

『うん、いってらっしゃい。僕の弟をお願いね?  怪我させたら絨毯にするからね』

『よし兄弟!  どちらが先に着くか競走だ!  行くぞ!』

『あっ、待て!  卑怯者!』

脅しも聞かず合成魔獣達は駆け出し、翼を広げ、遠くの空に見えなくなっていく。

『…………空間転移してあげようと思ったのに』

丸く穴の空いた大きな雲を見上げ、エアはそう呟く。
高く青く澄んだ空、ふわふわと健康的な雲、そんな爽やかな景色とは正反対に、一行の心の内はドス黒い。

「……俺はどうでもいいのか、そっか、まぁそうだよな、俺ただのおっさんだしな……そりゃ将来有望な子の方行くよな……」

『何を言っているんですか、貴方はただのオッサンてはありません!』

「ベル何とかちゃん……!」

『ただの、ではなくド変態の、でしょう?』

「ベル何とかちゃん……」

空を見上げるアルとエア、リンで遊ぶベルゼブブ、暇潰しに杖で地面に絵を描くフェル、飲み干した酒瓶を捨てる酒呑。各々の行動は様々だ。

『……じゃ、とりあえず本来の目的を果たそうか。良い情報が手に入ったから、劇場に向かいながら話すよ、着いてきて』

『あら意外、ちゃんと働いていたんですね。まぁ、貴方は私と違って平民ですから当然ですけど』

手で触れれば火傷してしまいそうな砂に足跡を残し、エアを先頭に一行は劇場に向かう。

『──って訳。だから、劇場の地下だね』

その道程で聞いた噂を整理しつつ話した。

『分かりやすい説明どうも。流石、人にものを教えるのがお得意ですねぇ。でも、私ではつまらないでしょう?  泣き叫びませんから』

『……君は目的の連中について何か知ってるみたいだけど?』

『ええ、貴方と違って私は人当たりが良く顔がとても広いので。あくまでも予想ですが、連中は邪神を崇めているのでしょう。どんな神かまでは分かりませんが、ま、神なんて誰も彼もろくな奴じゃありませんよ』

『…………連中を消すにあたって、僕達の驚異になりそうな事は?』

『その神を召喚されるとまずいですね、この国は滅ぶんじゃないですか?  まぁ私に脅威なんて有り得ませんね、貴方にはたくさんあるでしょうけど』

地面が砂からタイルに変わり、更に熱を帯びる。卵を落とせば一品できてしまいそうだ。
そんな頃、とうとうエアが大声を上げる。

『……もう無理!  もう我慢出来ない!』

踵を返し、ベルゼブブに掴みかかろうとした腕に黒蛇が巻かれる。

『落ち着け兄君、力量差は分かっているだろう』

『苛々するっ……!  ヘルはどこ!』

『落ち着け。ヘルは居ないしヘルでストレス発散しようとするな』

『…………やだな、僕がヘルに何をすると思ってるのさ』

腕から力が抜けたことを確認し、アルが尾を離すとエアはぶらんと手を下ろす。

「…………ね、ねぇ酒呑さん?  お兄さんってヘル君に何かしてたの?  いや、フェル君の扱い見てたら分かる気もするけど分かりたくない」

『知らん。それより茨木どこ行ったんか知らん?  全然戻ってけぇへんやんアイツ』

「知らないよ……」

一行に重苦しい沈黙が流れ、誰からともなく歩み出す。ベルゼブブの隣に並んでいたフェルはエアの腕に抱き着いていた。

『……い、いやー……俺らって頭領居らんかったらこんなもんやねんな。ちょっとやばいんとちゃう?  なぁ?』

『あ、私ですか。そうですね、これからもこうやって共闘していくのであれば、背を預ける仲間として絆を深める為、普段の会話も弾ませるべきです』

沈黙に耐えかねた酒呑はベルゼブブに同意を求め、彼女はそれに対し最良の返事をした。だが、地獄の帝王がそれで終わるはずはなかった。

『ですが、私は背を預ける必要も無く強いんですよねぇ。先輩は後ろも見えてますし、兄君は分身いくらでも作れますし、貴方達鬼は息ぴったりです、そもそも背を預ける仲間とか要らないんですよね』

『それ言うたらお終いやろ……のぉ変態』

「誰が変態だ!  俺に意見求めないでよ、俺はそういうの素人だからさ」

『…………私は、志を同じくする仲間として理解を深めるべきだと思います』

アルは振り返らずにぼそりと呟いた。

『志、同じでしたっけ?  私はヘルシャフト様が熟したら食べる、で……貴方は?』

『俺は別に。頭領やからってだけや』

『わぁド単純。兄君、弟君』

フェルはちらとベルゼブブを見、エアは振り返らずにため息を吐く。

『…………ヘルの夢を叶える。お兄ちゃんだからね、弟に手助けするのは当然だろう?』

『僕は……お兄ちゃんの身代わりだから、別に理由とかは……』

再びの沈黙。

『……志、同じじゃないですね。むしろライバルです。あ、先輩は?』

『私はヘルを幸せにしたいのです』

『成程。じゃ、ヘルシャフト様が成熟するか夢を叶えるかしたら、貴方達は全員私の敵ですね。まぁそれまでは仲良くしましょ。おや、劇場はアレですよね?  見えてきましたよ』

ベルゼブブの「全員が敵」という発言に彼女以外は口を閉ざす。前から分かっていたことだが、一行は決して一枚岩ではない。私利私欲の為に利害関係を築いているに過ぎない、しかもそれはヘルを架け橋として初めて成り立つもので、彼ら同士では大した交流を持てない。

アルはこの様をヘルが見ていたら気を病むだろうな、と思いつつも改善策を考えすらしなかった。
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