魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十一章 神が降りし国にて神具を探せ

妄言

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くちゃくちゃ、ごりごりと咀嚼音が聞こえてくる。オルトロスの食事を見ないようにと顔を背けると、アルが僕の顔に頬を擦り付ける。顔だけではなく体全体に、尾まで使ってぐりぐりと擦り付けてくる。

「……あの、アル?  何してるの?  痒いの?  撫でて欲しいの?」

『気にするな』

「気にするよ」

『痒くも無いし撫でて欲しくも無い、気にするな』

「…………なんなのさ」

擦り寄ってくるくせに「撫でて欲しくない」なんて言われると少し傷付く。だが、確かに甘えている様子ではない、いつもとは違う。

『…………まだだな』

動きを止めて僕の匂いを嗅いだかと思えば、また身体を擦り付ける。

「ねぇ、本当に何してるの?」

『気にするな』

魔物使いの力を使えば簡単に吐かせられる。
だが、アルが気にするなと言うなら、僕が気にする事ではないのだろう。なんて、僕が納得すると思ったのか?  兄にでも言われない限り僕は自分の好奇心に従う。

「教えてくれなきゃ力使うよ。無理矢理言わされるの嫌でしょ?」

『……そうだな、無理に言わされるのは嫌だ。貴方に不信感を抱いてしまうやもしれん』

「…………えっ」

『知られたくない事の一つや二つ、誰にでもあるだろう』

考えていた展開とかなりのズレがある。不信感を抱くと言われるなんて、アルがそんな脅し方をしてくるなんて、夢にも思わなかった。
そうまでして隠したい事なのか。諦めたくはないが、アルに嫌われたくもない。
そうまでして隠したい事があるアルにも不信感を覚える──とでも返してみようか。
どうするべきかと悩んでいると食事を終えたオルトロスが僕に擦り寄る。
アルと同じように僕に頬を擦り付けてくる。アルと目的も同じなのか?

「顔拭いてる、とかじゃないよね?  オルトロス何してるの?  アル分かる?」

『自分の匂いを付けている、そうすれば別の者に所有権を…………謀ったなヘル!』

「なるほど……縄張り争いってやつだね。僕でやらないで欲しいんだけど」

同じ狼なのだから行動の理由はほとんど同じだろう、という雑な考えは当たっていた。動く物に縄張りを示したところで意味なんてないだろうに、それが本能というものなのか。

『……分かったのならやめさせろ。私の匂いが取れる』

「されてる分には可愛いんだよね、ちょっと力強くて痛いけどさ……うん、可愛い」

『やめろ新入り!  ヘルは私のものだ、貴様のような阿呆に渡して堪るか!』

「……わぁ、なんかいいなぁこれ。取り合われるってすっごい気分いい」

縄張りではなく独占欲なのか?  それならそっちの方が嬉しい。私の為に争わないで、なんてベタな台詞の良さが今ようやく分かった。

「そっかぁ、そんなに僕が好きかぁ、そっかぁ」

『私の方が好きだ、だから此奴を引き剥せヘル!』

「えぇー、どうしよっかなぁー」

そんな大声で「好きだ」なんて──
アルも存外嫉妬深い、可愛らしいことだ。

『ヘル!  貴方は私より此奴の方が良いのか!』

「そ、そんな事ないよ……」

取り合われている分には心地いいのだが、どっちが良いのかと問われるのは居心地が悪い。上手く楽しむコツはないものか。
なんて穏やかな悩みで更けていく夜を楽しんでいると、騒ぎあっていた狼達が揃って黙る。一点を見つめ、身動きを止める。

「またそれ……やめてったら、何もいないよ?  ねぇ、いないんだよね?」

重心を低くし、身体中の毛を逆立て、低い唸り声を上げる。少し前までは擦り寄ってきて可愛かったのに、今は猛々しさに満ちている。

「…………何もいない、よ?」

僕には見えないモノが居る、なんて考えたくない。
……待てよ、見えない?
紛失した兜の力は不可視化だ。ヘルメスは確か「正当所持者が使えば気配も匂いも音も消せる」と言っていた。
仮所持者が使えばどうなる?
完全に消える事は出来ないのではないか?
人間よりも優れた感覚を持つモノには知覚されてしまうのではないか?

「……誰ですか?」

当然の事ながら返事はない。もし僕の推測が当たっていて、兜を持った者が居たとしても馬鹿正直に返事なんてしないだろう。だが、動揺は狙える。

「分かってるんですよ。十数える間に兜を脱いでください、じゃないと頭ごと兜を返してもらうことになりますよ」

アルとオルトロスの背を撫で、囁く。

「気配がするところに突っ込んで」

顔を上げ、アルとオルトロスが睨んでいる虚空を直視する。

「十、九、八、七……」

何も現れない。

「四、三、二……本当にいいんですか?」

何も現れない。
僕の推測は間違っていたのか?  落ち込みながらも「一」を言う為に息を吸う。

「ま、待ってください!」

目の前に急に人が現れる。長い黒髪で顔を隠して、肘まである手袋をした女だった。その手には髑髏を象り紫水晶の装飾が施された兜が引っかかっていた。

「ごめんなさい……ヘルさん、ごめんなさい」

「…………あなた、確か……ミナミさん?  でしたっけ?」

ヘルメスの奢りで入った店の従業員、でよかったかな。少し僕に似た思考の人だったと思う。

「どうして……い、いや、とにかく兜を渡してください」

ミナミはその場に崩れ落ち、兜は僕の方に転がってきた。僕は兜をアルに渡し、泣き出したミナミの背を摩る。

「見ていただけなんです。ずーっと……見ていたかったんです」

「……何を?」

「ヘルさんですよ……私にはヘルさんを観察する義務があるんです。なのにヘルさんったら、窓から出たり使い魔さんで空を飛んだり、追いかけるの大変だったんですよ」

僕を観察していた?  何の為に?
義務だなんて随分と大きく出たものだ。

「どうして僕のことを?」

「……どうしてって、前世で誓い合ったじゃないですか」

前世だって?  ミナミには前世の記憶があるのか?
前世で僕と親交があったなら『黒』の名前も知っているかもしれない。僕は期待を込めて前世について尋ねた。

「前世で私はヘルさんを守る騎士でした毎日楽しく暮らしていましたでもある日から魔女がヘルさんを付け狙うようになったんです私はヘルさんを守りきれなかったんですそうです魔女が魔物を操って私達が住むお城に攻めてきたんです私はヘルさんを連れて逃げましたが魔女に殺されてしまいましたですからその後でヘルさんがどうなったのかは分からなくてだから私は生まれ変わってもずっとヘルさんを探していたんです見つかってよかった会えてよかったずっと探してたさぁもう一度愛を誓い合いましょうヘルさん」

……これは、違うな。
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