魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十七章 壊されかけた者共と契りを結べ

遅めの朝食

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今日の朝食はサンドイッチ、具は当然のようにトマトだけ。手助けされなくても食べられるもので良かったが、こうも毎日トマト尽くしだと飽きてくる。

『ねぇダンピール、買い物に行きたいんだけどなんかない?』

兄の声だ。機嫌は──まぁ、並かな。

「なんかってなんだよ」

『……オススメの店とか。そういうの集めた地図とか、冊子とか』

「パンフなら喫茶店とかにあるだろうよ。お前が何欲しいのか知らねぇから紹介は出来ないな」

『欲しい物は……特に無いけど、買い物に行きたい』

兄は趣味に買い物を追加したのだろうか。僕を殴れないストレスを散財することで発散しているのだろうか。
……もう、兄に殴られる日々に戻ってもいいかもしれない。アルにまで痛くされるなら僕はそういう人間なのだろう。逃げようとしたことが間違いだったのだ。

『酒屋あらへんの?』

「その辺にいっぱいあるだろ」

『米のん』

「あー、この国では結構高いぞ。ワンコインワインで我慢しろ」

酒呑は酒が飲みたいだけか、彼らしい。変わらない嗜好は僕を安心させてくれる。ぶっきらぼうな彼だが人間をかなり脆い生き物だと思っているらしく、僕には案外と優しく接してくれるのだ。酔っていなければ。

『うちも服買いたいわぁ。可愛いの』

「儀礼用や寝巻き以外は露出多いのばっかだぜ」

『……肩と腕と手と足と首周りは出されへん』

この声は茨木か。普段は温和で、今の僕には見えないが見目麗しく、アルとの一件がなければ本当に惚れていたかもしれない。彼女が服を買いたいというのなら、酒呑の酒よりは優先したい。

『ごついもんな』

『………………は?  今何言いはりました?』

「俺の家で喧嘩すんなよ。輸入品扱ってる店はあるからそこ行け。布面積多い方が興奮するって奴もいるし。でも大体背中とか空いてる、羽出すとこないと着れないからな」

メルもセネカも背中がぱっくりと開いた服を着ていた。ベルゼブブもそうだったか、そういえば今日の彼女は静かだな。

「おーさまおーさまー!」

「ん……あぁ、グロルちゃん?  何?」

僕の座っている椅子を叩き、甲高い声を上げる。グロルには子供特有の鬱陶しさがある、アザゼルの鬱陶しさよりはずっとマシだけれど。

「じょーおーさまはー?」

女王様、と言っているのか。『黒』の事だな。
『黒』についてグロルに話せばこの場にいる全員に説明を求められるだろう。兄に許可を下されたカルコスやクリューソスと違って彼女は結界を透過した、特に兄が面倒臭い。

「……誰?  それ。夢でも見てたのかなー?」

「えー!  じょーおーさまいたもん!」

「そっかそっかー」

これで誤魔化せないだろうか。

『…………その女王様とやらについて詳しく聞かせて貰えるか?』

アルの声だ。少し機嫌が悪いように思える。

「えっとね、じょーおーさまは、おーさまのおよめさんなんだー」

『ほう……興味深い』

「くろくてね、しろくてね、はいいろなんだ。きれーなんだよー!  グロルもあんなおねーさんになりたいな」

『………………その女が……私のヘルに……』

「わんちゃんさん?  きいてるのー?」

『……あぁ、有難う。よく分かった』

軽い足音が遠ざかる。扉が開く音もした。魔物だらけの部屋では落ち着けず、どこか別の部屋に遊びに行ったのだろう。
サンドイッチを食べ終え、ぼうっと皆の話に聞き耳を立てていると足にアルの尾が巻き付いた。尾は少しずつ力を込めていき、次第に痛みを感じ始める。

『……ヘル?  どうかした?』

「へっ?」

『痛そうな顔してる』

机の下に潜ったアルが僕の足を締め付けているなど、この場にいる誰も気が付かないだろう。

「あっ、あぁ、ちょっと寝過ぎて、頭が痛いなって。でも大したことないよ」

『…………診ようか?』

「ううんっ!  大丈夫、もう治ったから!  えっと……僕、リビング行くね、硬い椅子座ってると疲れちゃって、ソファ恋しくなったからさ、その……それじゃ!」

立ち上がろうと足を引くとアルは尾を解いた。立ち上がった僕の腰に尾を添えて、リビングまで付き添ってくれた。
兄には不審に思われなかっただろうか、もしこの傷がバレたら兄はアルをどうするだろう、殺すまで行くだろうか、兄なら行くだろうな。

『……ガキ!  それにアルギュロス!  来たな、暇だ!  何かしよう!』

リビングの扉を開けるとそんな大声が聞こえてきた。大きな窓があるこの部屋で日向ぼっこをしているカルコスだ。

『ん?  ガキ、怪我でもしたか?  治してやろう、こっちに来い』

どうして──いや、そうか、血の匂いで分かったのか。流石は獣だ。
彼が血の匂いで分かるなら鬼達やベルゼブブにも同様の事が言える。包帯でも巻いて香水を振りかけておくべきだろうか。

「いや、大丈夫。大したことないから」

『そうか?  かなり濃く匂うが……遠慮するな、我の魔力は無限だ』

『…………察しろ童貞』

『兄弟に言われたくはないな!  ところで何を察すればいいんだ?』

クリューソスも居たのか。黙っていたから分からなかった。
アルと違って二人はフローリングの床を歩いても爪が鳴らない。だから気が付かなかったが、二人も僕の傍に寄ってきたらしい、二つの鼻先が腹や腕に押し付けられている。

『……本当に酷い怪我だぞ。治さなくていいのか?』

「うん、大丈夫。ありがとう、カルコス。優しいね」

『当然だ!  我だからな!』

カルコスの頭や首は撫で応えがある。雄獅子であるカルコスは鬣が素晴らしいのだ、だから見た目にも迫力があり、騒がしさと相俟って存在感が倍増している。今は見えていないけれど。

『…………おい雌犬』

『……狼だ』

『初夜にしては随分激しいんじゃないか?』

『黙れ。死にたいか』

カルコスに構っていると隣から唸り声が二つ聞こえてくる。どうしてこう顔を合わせる度に喧嘩を始めるのだろう。

『気が立ってるなぁ、発情期か?  あぁ?』

『……かもな』

『何を言ってるんだ兄弟。我等合成魔獣には生殖機能は無いぞ』

『ふん、食事も睡眠も必要無いのに食欲も睡眠欲もある。意味の無い生き物の名残がもう一つあってもおかしくはないだろう』

発情期……確か、季節の変わり目に猫が騒がしくなる時期だったか。鳥や蛇が混ざっているけれど基本イヌ科のアルにもあるのだろうか。そもそも猫だけのものでもないのか?  動物についての本は家に無かった、知識が足りない。

「アル、発情期なの?」

『なっ……何を馬鹿な!』

『何だ、さっき認めただろ』

『返答が面倒になっていただけだ!』

違うらしい。イヌ科だからだろうか、合成魔獣だからだろうか、後で誰か──ベルゼブブはまともな答えをくれない、酒呑かヴェーンあたりに聞いておこう。

『駄犬め。違うと言い切れるのか?  それとも恋煩いだとでも言う気か?』

「恋……?  アル、好きな人いるの?」

それならすぐに消してしまわな──是非紹介してもらわなければ。アルの主人としてアルの恋人候補は排除──一目見ておかなければならない。

「いるなら言ってよ、今すぐ、ここで」

名前は要らない、姿と居場所さえ分かれば殺──挨拶に行ける。

『貴方は私を虐めたいのか!?』

『酷いな、流石は下等生物。知能どころか精神性も最低だ』

人前で聞くのはデリカシーに欠ける行為だったかもしれないが、そこまで言わなくてもいいだろう。早く教えて欲しい、嫉妬と憎悪を抱え込むのも大変なのだから。

『ヘル……分かっているのだろう?  そんな意地悪を言わないでくれ』

ふわ、と柔らかな毛が顔に触れる。アルが擦り寄っているようだ。やはりアルの毛並みが一番だ。
やはりアルが僕から離れるなんて許せない。自分に正直でいよう、アルの恋人候補は消していこう。

『ヘルっ……あぁ、済まないヘル。今貴方に近付くと、貴方を喰ってしまいそうだ。やはり……この熱が引くまで何処かに篭っていよう。カルコス、クリューソス、ヘルを頼む』

アルの体温が離れる。

「えっ?  ア、アル?  待って!  待ってよアル!  あれ……?  どこ?  戻って来てよアル!  僕から離れないで!」

手を振り回してもアルらしき物には当たらない。
そのうちに扉の開閉音が聞こえて、僕は手を下ろした。硬い鬣に手が埋まって、僕はそのままカルコスの首に顔と両手を埋めた。
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