魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
352 / 909
第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

悍ましい呪い

しおりを挟む
軽くシャワーを浴びて、浴槽に。
やはり足が伸ばせるくらいの長さは欲しいな、なんてぼうっと考える。
前髪を上げて、蒸らしたタオルを目に乗せる。

「なんか疲れた…………ん?」

一瞬、異常な冷気を感じ、タオルを持ち上げる。
扉を開けられたのかと思ったが、浴室は何も変わっていない。外からの音も聞こえず、その静けさが怖くなって、僕はまた目を塞いだ。
静かで温かな暗闇に眠気を煽られ、僕がそっと意識を手放しかけた瞬間。ぐるる、と獣の唸り声が隣から聞こえた。扉が開いた音も閉まった音もしなかったのに。

「……アル?」

視界を塞いだまま手を伸ばすと、柔らかい毛が指に絡んだ。

「…………誰?」

その感触はアルの毛並みとは違っていた。アルよりも短く、アルよりも少し固めだ。僕はゆっくりと撫で上げ、顎の下を見つける。

『夶、ヒト?』

何人もの人の声を継ぎ合わせたような不気味な声。僕は声の主を確かめようとタオルをどけた。
そこに居たのは巨大な半透明の茶色の毛の狼──いや、犬?  どちらかは僕には見分けがつかない。

「可愛いね。君どこの子?」

『…………仅、コ?  何処?  凇、尌……御主人様?』

「ご主人様がいるの?」

『…………イ、斿?』

まだまだ拙いが、人の言葉を扱うということは人に造られた魔獣なのか。はたまた人を騙す為に言葉を覚えたのか。

「どこから入ったの?」

扉は閉まったままだ。僕は撫でるのをやめて、姿勢を整えて向き直った。

『……ク、衂、乆……ニク』

「肉?  お腹空いてるの?  ここにはお肉ないよ」

『憎イ、獰……憎イ憎イ憎、憎──』

「…………え?」

犬は憎悪に満ちた吠え声を上げ、大口を開けて僕に突っ込んでくる。僕は咄嗟に浴槽に体を沈める。牙は浴槽の縁に引っかかり、僕には届かない。

「ま、待ってよ。僕君に何かした!?」

湯の中で体を反転させ、反対側から顔を出す。僕が叫んだ直後、浴槽は顎の力に負けてひしゃげる。あと少し避けるのが遅かったら僕は喰われていた。

「お腹空いてるなら何か買ってきてあげるから!  だから落ち着ぃ……ぅわっ!?」

浴槽の破片を吐き捨て、犬は再び僕に迫る。壁を背にしていた僕に逃げ場はなく、迫り来る牙にただ目を閉じることしか出来なかった。
だが、僕の体が食いちぎられる事はなかった。巨体ゆえか犬は僕を噛まずに飲み込んだ。

「やば……ゆっくり溶かされるのこれ…………い、嫌だ!  アル!  アル!?  聞こえないのアル!  助けてっ……アルってばぁ!」

半透明の巨躯に反して腹の中は真っ暗だ。感じる振動から察するに、犬はどこかを走っているらしい。
僕から外が見えないのだから心配はないだろう、飲まれる前も内臓が透けて見えた訳ではないのだから大丈夫だろう、だが考えてしまう。彼が街中を走っていて、彼の腹の中にいる裸の僕が衆目に晒されていたら──と。

「そんなこと考えてる場合じゃない!  溶かされる……ね、ねぇ!  聞こえる!?  吐いてよ!  人気のない所で吐いて!」

巨体、半透明、彼は明らかに魔獣だ。けれども僕の命令を聞く気配はない。
まさかいつかの鳥のような魔物なのか?  魔物にしか見えないのに魔物ではないとかいうふざけた生き物なのか?

「どうして来てくれないの?  アル……」

浴室で大きな音を立てていたのに、アルは来なかった。腹の中で必死に呼んでいるのに、アルは来ない。

「嫌だ嫌だ嫌だ!  こんなの嫌だ!  こんな死に方やだぁ!  助けてよアルぅっ!」

殴っても蹴っても、どれだけ暴れても僕が吐き出される事はなく、犬はただどこかに向かって走り続けた。



ヘルが丸呑みにされて数分後、室内では。

『酒呑様もう寝はったわぁ。きったないのに湯浴みせんと……』

『ヘルが上がったら起こして入れろ』

『せやねぇ。あの子長風呂なん?』

『どうだろう。比べる者を知らないからな』

アルも鬼達も犬の襲来には全く気がついていない。
そういえば──と、臓腑が撒き散らされていた通りの話をし出す始末だ。

『あれ、犬神やろか』

『犬らしき匂いはしていたな。魔獣の様だろうと思っていたが、神性なのか?』

ヘルに「何が居る」と聞かれた時は「分からない」と誤魔化したが、アルは確かにイヌ科の獣の匂いと憎悪に満ちた魔力を感じ取っていた。

『本物の神様やあれへんよ。呪いの産物や』

茨木は妖鬼の国で流行っていた犬神を作る呪いについて話す。

『まずなぁ、可愛い仔犬を育てるんや。頭ええ仔がええなぁ、それでもうて頭悪い仔がええわぁ』

『どっちだ』

『御主人様の言うこと聞く賢い仔、御主人様が絶対な愚かな仔……同じ意味や』

『…………そうか。まぁ犬など誰も彼もそんなものだ』

『可愛い可愛い言うてしぃっかり懐かせるんや。ちゃんと懐いて成犬なったらな、首だけ出して埋めるんや。このまま放置か……目の前にご馳走置くか、まぁそのへんはお好みで』

ベッドの縁に顎を置いていたアルの耳が跳ね上がる。
茨木はそれを見つめて愉しげに笑い、説明を続けた。

『大好きな御主人様、なしてこないなことしはるん?  僕のこと嫌いにならはったん?  お腹空いた……御主人様、はよ出してぇな、御主人様、御主人様、御主人様……』

演技がかったその口調にアルは不快そうに眉間に皺を寄せる。

『吠えて吠えて声枯れて、犬が死ぬ直前、ご馳走近づけるんや。そしたら最期の力振り絞うて首伸ばす。そこをバッサリ……首切るんや』

アルの反応を見てくすくすと笑い、茨木は深く息を吐く。

『愛慕、困惑、憎悪、希望、絶望、そこまで揃えんと普通の生き物から呪いは生まれん。せやけど……せやからこそ、ちゃんと作られた犬神の力は凄まじい』

『…………あれがその犬神だと?』

『そうちゃうか?  ちゅー話や。犬神は基本不可視やからなぁ。けどあの犬臭さ、粘っこい憎悪、似たようなもんはそう居れへんやろ』

アルはあの血塗られた道を思い返す。無数の罪のない人の死体、食欲を煽る血の匂い、遠い同族の匂い、立ち込める憎悪の念。

『多分やけど主人は死んではるわ。犬神は主人の願いを叶える呪い、一人の人間があんな大量虐殺望むゆうんは……まぁありえへん話やないやろけど、ちょっと、なぁ?』

『主人が死んだ犬神はどうなる』

『子孫に受け継がれるんが筋やけど……たまぁに暴走しはるなぁ。主人死んだ分からんと必死に探して、探して、探し回って見誤って、ちゃう気付いて殺す』

『あの数を間違えたのか?』

『それもおかしいなぁ……人間全てを恨んでもうたんか…………それとも、えっぐいもんに付き従っとるんか』

アルは遠い同族の悲運に同情しつつ、最も気にしている事を口にした。

『ヘルに危険が及ぶ可能性は?』

『誰かに従っとるんやったらその人次第。従ってないんやったら……可能性は高いなぁ。犬神は人間に惹かれるもんやからなぁ。それもあの子の力は…………魔物全てが御主人様ゆうに相応しい』

『そうか……今夜は寝ずの番をしなければな』

『せやねぇ』

ぽすんと顎をベッドの縁に落とし、アルはため息を吐く。茨木は時計を見て、それから風呂場の方に耳を傾け、きょとんとした顔で首を傾げる。

『……あの子遅ない?  水の音もせぇへんし』

ベッドに顎を置いていたアルはその言葉に跳ね上がった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始! 2024/2/21小説本編完結! 旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です ※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。 ※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。 生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。  伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。 勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。  代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。 リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。  ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。  タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。  タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。  そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。  なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。 レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。 いつか彼は血をも超えていくーー。  さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。  一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。 彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。 コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ! ・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持 ・12/28 ハイファンランキング 3位

【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。  どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!  スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!  天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...