魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

不機嫌な鬼

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大袈裟に褒められたからか茨木は機嫌が良い。だが、彼女が驕る事はない。あの褒め言葉は誇張だとでも思っているらしく、大人の対応を魅せていた。

「えぇとお名前は……イバラキさんでしたか、いやぁお美しい!  本当にもう……もう……!  何これ……」

言葉が思いつかないからといって「何これ」は失礼だろう、マイナスの意味に捉えられてしまうぞ。
そうアドバイスするような立場でもなく、僕はただただ眺めていた。

「お化粧には何時間ほど……?」

最初にする質問がそれか。この発言には僕も思わず口を出してしまいそうになる。

『今はしてへんよ?  腕あれへんからしたくても出来へんのよ。いっつもは……せやねぇ、白粉して紅引いて……小半刻も使ってへんなぁ』

「ノーメイクでそれ……!?  すごい、すごすぎます!  家に道具ありますから是非100%のあなたを見せてください!」

眉も整えていないリンの家に何故メイク道具があるのか、それを考えてはいけない。

『腕あれへんからなぁ』

「あっ……そ、そうでしたね。義手を作ると仰ってましたねすいません!  今電話しますので!」

『あら、おおきに』

リンは部屋の中をバタバタと走り、ゴミの中に埋もれた小さな機械を取り出すと扉を開けて出て行った。扉越しにリンが誰かと会話する声が聞こえてくる。

『ふふ、えらい褒められてもうたわぁ。聞いてました?  酒呑様。酒呑様もあんくらい褒めてくれはったらなぁ』

『褒めたらなんや。酒でも出るんか』

『うちが嬉しゅうなります』

『チッ……』

リンの家に来る前とは打って変わって酒呑は不機嫌だ。そう機嫌をコロコロと変えられては僕はどうしていいか分からなくなってしまう。
恋人を口説かれて悔しいならもう少し対応を考えれば……なんて言ったら僕に彼の苛立ちが向けられてしまうだろう。彼も茨木も恋人扱いされるのを嫌っているようだし、やめておこう。

『はー、しっかし分かっとるんやろアイツ。えっらい趣味しとんなぁ。なぁ?』

「えっ僕に聞いてる……?  えっと、リンさんの趣味は幼い男の子に女装させること」

『あぁー……ほんでか。はぁー、なるほど』

酒呑は何か納得した様子で頭をガシガシと掻き毟る。空っぽの瓢箪を振り、荒っぽく椅子に腰を下ろした。

『やな意味での子供好きの人は大きゅうなったんには興味無い思てたんやけど……』

『女装の方が大きいんやろな』

『……うち女装してへんよ?』

『………………せやな』

していない、というか茨木には出来ないだろう。女の装いをして女装だと言えるのは男だけだ。

「ただ今戻りました美しい人!  型や希望を詳しく知りたいから工房に来いとの事です!  俺がご案内させていただきますのでお手を……お袖を拝借!」

『ふふ、おおきになぁ』

僕がついて行く必要はないだろう。ここで魔獣達と戯れながら待っているとしよう。アルもカルコスも首輪を付けて外に出たくはないようだし。
リンが茨木の袖を掴んで家を出ていってすぐ、酒呑が机をバンと叩く。

『なんっっかめっさ腹立つわ』

「二人きりにするの嫌ならついて行けば良かったんじゃ……」

『あぁ!?  うっさいわボケ!』

「そんな事ばっかり言ってるから盗られちゃうんだよ。嫌なら君もリンさんみたいに褒めてみれば?  帰ってきて変な雰囲気になってないといいね」

後悔してからでは遅い、僕はそんな気持ちを込めて軽く挑発した。彼は酒が入っていない時なら簡単に暴力を振るうことはない、短気であることには変わりないけれど。

『…………腹減った』

「僕の話聞いてた?」

『酒も飲みたいわ、ここには……なさそうやな、どっかええ店ないのん』

「知らないよ。この国来る時はいっつも緊急事態だからさ、全然見て回ってないんだよ」

冷蔵庫を勝手に開け、期限切れの牛乳に眉を顰め、頭の布を巻き直す。

『行ってくるわ』

「待って!?  待って、待て待て…… 待 て よ !」

腕を掴んでも止まらない酒呑を、魔物使いの力を使って無理矢理止める。

『なんやねんなうっさいのぉ。その声頭痛いんじゃやめろや』

僕だって頭が痛い、出来れば使いたくない。

「お金ないくせにどこ行く気なのさ。お金がなくちゃお酒は飲めないよ」

『金なくても肉は喰えるやろ』

「お肉も無理、何をするにもお金は要るんだよ」

神降の国で働いていたくせに、獣人の国では金を払っていたくせに、どうして肉はタダで喰えると思っているんだ。酒呑の金銭感覚はどうなっているんだ。

『……金あったら肉喰えんのか』

「へ……?  そりゃ、お金払ったら食べれるよ」

『ほーん……ええ国やな』

彼の感覚では金を払っても肉は食べられないのか?  本当にどういう感覚を……待てよ、彼は妖鬼の国で何の肉を喰っていたんだ?
まさか──と、嫌な方へ考えを進めていると、突然腕を掴まれ引き摺られる。

『自分金持っとるやろ、行くで』

「何で僕がついて行かなきゃなんないんだよ!  嫌だよ!」

『じゃあ財布だけ寄越せや』

酒呑は呆れたようにため息を吐く。どうして「譲歩してやってる」という表情を出せるのか、甚だ疑問だ。

「それも嫌だ、なんで僕のお金で食べようとしてるのさ!  自分で稼ぎなよ!」

『自分……俺が就労許可証持っとる思とんのか』

パスポートは神降の国で偽造してもらったが、就労許可証は必要が無いから忘れていたと胸を張る酒呑。

「分かった……今回は立て替えてあげる。けど!  絶対返してよ?」

『へいへい、おおきにな』

返す気どころか借金を覚えておく気もなさそうだ。神具を取り返した報奨金がどんどん減っていく、こんなにも早く財布が軽くなるとは思わなかった。

『私は行くが……貴様はどうする』

アルは面倒臭いと態度で示しながらも僕に寄り添う。

『こんなみっともない首輪を付けて表を歩けと?』

鬣が首輪によって絞られ、瓢箪のようなシルエットを作っている。

『…………クリューソスはどうした』

『首輪を付けた姿を見られるのが嫌なようでな、地下に篭もっておるわ』

『貴様も奴も気にし過ぎだ。誰が貴様等を見るというんだ』

アルはそう吐き捨てて僕の手に擦り寄る。
君達はこの国の最高傑作なんだから何もしていなくても衆目を集めるだろう──なんて反論は心の内に置いておこう。

「アルは知ってる?  味はともかく安い店」

『料理不味うてええから酒美味い店、値段はどうでもええわ』

僕と酒呑は揃ってアルにオススメの店を聞く、選ばれる店には失礼な希望だ。

『ふむ、この先に酒場があったと思うが』

『味は?』

『上々』

『よっしゃ、行こ』

「……値段は?」

勝手に路地を抜けていく酒呑の腕を掴み、首輪の紐を引っ張ってアルに尋ねた。

『出す酒に見合った料金だと思う』

『値段なんかどうでもええわ』

「普通さぁ、奢ってもらう相手にはもう少し気を遣うとかしない?」

『鬼なもんで常識とかあれへんねや、堪忍なぁ?』

「…………具合悪くなりそう」

苛立って苛立って仕方ない、胃に穴があくが早いか脳の血管が切れるが早いか、賭けてみるのも面白いかも──なんて冗談でも考えないとやってられない。
酒呑もアルも酒好きで、加減を知らず潰れるまで飲み続ける。その上妙に酒に強いからタチが悪い、彼らが満足するよりも財布が平たくなる方が早いかもしれない。
僕は憂鬱な気持ちでアルの先導に従い、怪しげな佇まいの酒場に辿り着いた。
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