魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十八章 神降の国にて晩餐会を

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暫しの仮眠を終え、目を覚ます。ペラペラと紙を捲る音が聞こえてくる──兄が本を読んでいるらしい。兄は幼い頃からよく本を読んでいた。僕は文字も分からない頃からそれを見ていて、兄の横にいて、この音と温和な横顔が好きだった。今は何も見えないけれど。

『……ん?  起きたの?』

「ねぇ、ここの人はにいさまのこと人間だと思ってるから、人間らしくしててね」

『分かってるよ』

「大人しくしてね。変なこと言ったり変なことやったりしないで、ニコニコしててね」

兄は元来外面だけは良かったのだが、衝動を抑えるということを知らないから、時々に暴言や暴力での問題を起こす。魔法の国では記憶操作や記録の抹消などで改竄を行っていた。

『変なことって……お兄ちゃんは変な人じゃないよ?』

向こうは神具使い、諍いとなれば面倒だ。友好関係を築く為にも大人しくしてもらいたいが、自分が異常者であると認識していない以上、何を注意するか僕が全て教えなければいけない。

「……とにかく、大人しくしててね」

兄は僕の言葉を不思議に思いながらも了承し、読書に戻った。
今後、精神的疲労が増えそうだ、もう一眠りしようか。そう考えてまた兄の肩に頭を預けると、扉が叩かれる。
兄に読書をやめさせ、返事をした。

「い、いらっしゃい……」

か細く高い声、入ってきたのは女性だろうか。

「初めまして……その、ヘルシャフト君のお兄様……ですよね、こんにちは……」

兄の腕をつつき、返事をするよう促す。

『えぇ、初めまして。エアオーベルング・ルーラーと申します。どうぞよろしく』

「はっ、はい……座ります、ね」

キィ、と向かいのソファが僅かに軋む。女は向かいに座ったらしい。
それから暫くは誰も何も言わず、静かな時が続いた。そのうちに兄はまた本を読み出し、またしばらくするとパタンと閉じた。

『…………下巻取ってくるね』

「えっ?  ちょ……」

どうやら読んでいた本は上巻で、隣の部屋から勝手に持ってきた物らしい。兄らしいとでも言っておこう。

「……すいません。図々しくて」

「ホントよ。国王の冠用の宝石寄越せだなんて」

「え……?」

「ま、アタシはそんなのどうでもいいし、アンタには感謝してる。約束通り兄貴連れて来てくれたのね」

「…………アルテミスさん?」

いやに大人しい口調をしていたから気が付かなかった。声も今より高かったし、気が付かなくても仕方ないと言えるだろう。

「何よ、気付いてなかったの?  確かに髪下ろしてるしドレスだからイメージ違うでしょうけど……」

「あ、いえ、今目が見えてなくて」

「えっ……そ、その目は…………何、ガラス?  うわ……何があったのよ、大丈夫なの?」

顎を持ち上げられ、眼を観察されているらしい。手はすぐに離され、アルテミスは向かいに戻った。

「まぁ色々……それは良いとして、にいさま……そんなに好みなんですか?」

「まぁね!  格好良いし優しそうだし、背が高くて細身で……でもアンタみたいなガリガリじゃなくて、本当アンタを健康的にしてイケメンしたみたいな……」

「……僕、そんなに酷い顔してます?」

「顔自体はまぁまぁ整ってるけど、顔色と目付きが悪いのよ。あと表情暗いしクマが濃すぎ」

恋は盲目と認識しておこう。僕はそこまで不健康な見た目はしていない、今の彼女には兄以外がくすんで見えているだけだ。

「超希少な宝石あげるんだから、協力しなさいよ?」

「協力って……何を?」

「アンタ馬鹿なの?  アタシを兄貴に売り込みなさいってことよ、それくらい分かってよね」

弟の僕に優しく接しようとかいう考えはないのだろうか。将を射んと欲すれば──と言うだろう、僕は馬ではないけれど。

「売り込むってそんな……物みたいな……」

「比喩よ比喩。それとなーくアタシの良いところ話すの、直球はダメよ。アンタそういうまわりくどいの得意でしょ」

「そんなことないですけど……」

そんな会話をしているとアルテミスが突然黙る。不審に思っていると扉が開く音がして、隣に兄が戻ってきた。
足音でも聞いて兄が部屋に戻る前から演技していたと。全く頭が下がる。僕の兄はそこまでして手に入れたくなるような男だろうか。

「お、おかえりなさい。お兄様」

『……僕、君のお兄さんじゃないけど』

周りに居る者のほとんどに「兄」と呼ばれているくせに、どうして今更嫌がるのか。まずいな、これでアルテミスの恋が覚めると宝石が手に入り難くなるかもしれない、宝石を貰うまでは惚れさせていて欲しい。

「じゃ、じゃあ……お名前、で?」

『長かったらエアでもいいよ』

「で、では、エア様……」

しかしアルテミスの演技力には恐れ入る。もしかしたら緊張して上手く話せないだけなのかもしれないが、ここまで声を変えられては同一人物とは分からない。

『へぇ……!  いいね』

兄は兄でアルテミスの自主的な様付けに喜んでいるし……この二人、案外上手くいくのか?

「今回は……宝石が欲しいとの事でしたが」

『そうそう、ヘルが恋人に送りたいらしくって』

恋人──か。まぁ、兄の認識ではそうなのだろう。僕が何を言っても変わらないだろうし、構わない。

「……エア様は、恋人とか……居ます、か?」

『僕?  僕には居ない……よね?』

「な、なんで僕に聞くのさ。居ないだろ」

『居ないけどさ、改めて聞かれると居た気がして……』

無いと分かっていても聞かれると不安になるというのはよく分かるが、恋人や家族ならそうはならないだろう。

「…………好みとか、あります?」

『好みか……えっと』

「だっ、ダメ!  ダメだよ、にいさま」

兄の好みなんて碌でもないものに決まっている。従順だとか痛みに弱いだとか泣き声が可愛いだとかそんなものだろう。

『ダメ?  そっか。ダメだってさ、ごめんね』

「……いえ、初対面で突然、すいません」

アルテミスには後で怒鳴られそうだが、彼女の恋心の為だ、分かって欲しい。

「…………趣味、は?」

『趣味?  趣味は──』

「にいさまの趣味はほら、読書でしょ。今も読んでるもんね!」

僕を嬲ること、なんて言ったらどうなるか。

『今は読んでないけど……』

「えっ?  そ、そっか」

『流石に人と話してる時には読まないよ。でも、そうだね、趣味は読書かも』

先程アルテミスを前にしても本を読んでいたのは話はしていなかったからか。話の有無に関わらず人を前にして読書をするというのは無礼だ、それも押しかけている立場で勝手に本を取って──兄の常識がどの程度なのか教えて欲しい。

「……この後、宝石の件を結構長く話すと思うんですけど、お手洗いとか大丈夫ですか?」

『僕は平気だよ』

「僕も──」

大丈夫、平気、そう言おうとした。だが、机の下でアルテミスは僕の足を踏み、何かを要求している。

「──念の為、行っておきたいかな」

「そうですか。案内させていただきます、どうぞ、手を……」

アルテミスに手を引かれ、立ち上がる。部屋を出てしばらく歩き、また扉を抜け、立ち止まる。

「アンタさぁ……邪魔してない?」

やはり妨害と取られてしまったか、アルテミスの為でもあるのだけれど。

「し、してないしてない。協力するよ!」

「……ぁ、そ。じゃあアンタに聞く。アンタの兄貴の好みのタイプ、どんな子?  このまま大人しい系で大丈夫?」

「う、うーん……多分」

騒がしいものは男女問わず、人間でなくとも大嫌いのはずだ。

「手応え無いんだけど……なんか、この仕草好きとか、こういう女の子居たら即告白するとか、絶対落ちる台詞とか、ないわけ?」

兄の好みを一言で説明するなら「傀儡」が適している。けれど、それを言えばアルテミスの好意が萎んでしまうかもしれない。彼女の為には早く兄の本性を悟らせた方がいいのだが、宝石を手に入れるまでは盲目になっていくれなくては困る。

「…………大人しい、お人形さんみたいな人が好きだと思います」

この表現なら大丈夫だろう。

「ふぅーん?  案外古風なのね。アタシ、真逆じゃない?」

「ど、どうでしょう……」

古風なのか?  よく分からないな。神降の国では昔、人形のような人が好まれたのか?

「アンタの兄貴なら楽に落とせると思ったけど……思ったより強敵かもね。ま、簡単に落とせてもつまらないし、イケメンだし、頭も良さそうだし…………ヘル!  アンタ、アタシのこと姉さんって呼ぶ練習しておきなさいよ」

「あははっ……頑張ってください」

面と向かって親類を「落とす」と言われるのは複雑な気分だ。

「っていうかアンタ恋人居たの?  しかも……神降の王族に伝わる宝石送るなんて……相当長い付き合いなのよね?」

「まぁ……うん」

言い訳を考えるのも面倒だ、恋人だと言っておこう。

「へぇ、どんな子どんな子?  アタシの義理の妹になるのよね、教えて教えて」

アルテミスは急に機嫌を良くして僕に詰め寄る。気が早いというか家系図が難解になるというか、彼女がこの手の話を好むタイプだとは思わなかった。

「……可愛い子」

「それじゃ全然分かんない」

「僕だけ真っ直ぐ見てくれて、僕にだけ優しくて、最近嫉妬が多くなって、でもそれが可愛くって……」

「ぞっこんね。いい子そうだし楽しみにしておく。見た目は?」

「えっと……キリッとしてて、スラッとしてて、もふっとしてて…………僕は、あの子以上に可愛い子も美しいものも見たことありません」

「もふ……?  かなり可愛いのね、楽しみ。じゃ、そろそろ帰りましょ。便秘だと思われたくないでしょ?」

最後の一言は余計ではないだろうか。そう考えつつ、僕は先程と同じようにアルテミスの手に引かれて兄が待つ部屋に戻った。
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