魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
475 / 909
第二十八章 神降の国にて晩餐会を

下賜

しおりを挟む
石をアルの視界から隠してベッドに腰掛けると、肩にアルの顎が乗る。くるると甘えた声を出して僕を翼で包んだ。

『遅かったな。欲しい物は手に入ったのか?』

「うん」

『そうか、なら今日からは私が待たせる事になるな』

頬に額や舌が触れる。

『で、何を買ったんだ? 一昨日も今日もこんな時間まで……一体何にそんなに執着しているんだ?』

アルの尾が胴に巻かれる。下げていた腕も巻き込んで、ぎっちりと拘束される。

『見せてくれるだろう?』

「……目、閉じて」

『目を……? 分かった』

アルは僕を真っ直ぐに見つめて首を傾げた後、そっと目を閉ざした。僕はネックレスをアルの首にかけ、留め具を調節し、頭を抱き締めて額にキスをした。

「……もういいよ」

『もういいと言われても、何も見えん』
 
アルは僕の身体を頭で押しのけ、自らの首にかけられた宝石を前足で器用に持ち上げた。

『…………これ、は』

「プレゼント」

『………………私に?』

「気に入った?」

『……貴方、が?』

炎や氷が揺れるように、突風が巻き起こっているように、様々な色が生まれては消え、まるでもう一つの世界のような宝石をアルはじっと見つめている。
決して一色になることのないその石はアルの毛色によく似合っていた。

『……貴方が、私に…………こんな物を』

僕はアルがもっと喜んでくれると思っていた。けれどその予想はハズレだ、アルの反応は鈍い、やはり宝石などには興味が無いのだろうか。

『…………美しいな。私の好きな色だ。貴方の瞳と同じ……』

「移身石って言ってね、最初に触った人の魔力と同じ色になるんだってさ」

『……それは少し違うな。移身石は最初に触れた者の魔力の状態を常に投影し続けるんだ』

尾に引っ張られ、僕の身体はベッドの中心に運ばれる。アルは頭で僕の胸を押し、優しく押し倒した。

『神降の国まで行っていたのか? あの国が出来る前、この石は永遠の愛を誓う物として有名で……まぁ採掘技術の発展していない時代の話だ、そうそう手に入る物でもないからただの御伽噺だったんだが』

視界が揺れる。ベルゼブブが僕の耳の上から移動したのだ。僕とアルの姿が次第に離れていく。ベルゼブブはベッドの天蓋を支える柱に止まり、僕とその上のアルを眺めている。
傍から見ると不思議な体勢だ。全身の力を抜いた細身の少年が大きな狼に乗られて──まるで狩られたようにも見える。

『……移身と言う名の由来だ。魔力の状態を常に映すから、この宝石はその人自身。贈るという事は自らの全てを渡すという事』

僕の頭が一口で入ってしまいそうなほど大きな口が僕の耳に寄る。牙が首筋に触れる。借り物の視界では僕が喰われれているように見える。

『…………ベルゼブブ様、申し訳ありませんが……その、そろそろまた席を外して頂いても?』

また視界が揺れる。トンという音とともに安定して、上端に翠の髪が見えた。

『ここからがイイとこなんでしょう? 全く仕方ありませんね。ヘルシャフト様、そろそろ視界切った方がいいですよ。それじゃ』

視界が反転し、扉に向かう。僕は目を強く閉じるよう意識して共有を切った。暗闇の中扉が閉じる音が聞こえて、アルの顔が頬の横に戻ってきた。

『……私はたった今貴方の全てを渡された。その認識で構わないな?』

「うん……? いいけど」

結局、宝石は喜んでもらえているのだろうか。冷静なままだからよく分からない。

「……宝石、嬉しくない?」

『…………嬉しいよ。嬉しくて堪らない。狂ってしまいそうだ、抑えるのが大変だよ。今すぐ貴方を喰らってしまいたい』

「嬉しい? 良かった。食べたいなら食べていいよ、好きにして」

『……本当に、良いのか?』

「いいよ?」

少し前、兄に「転んで手足を擦りむくことが多いから……」なんて方便を使って作ってもらった目隠しがある、あれには痛覚消失や欠損修復の魔法がかけられていたはずだ。確か枕の下に隠して──あった、これを巻いておけばアルに喰われても平気だ。
僕は手探りで目隠しを巻き、準備が出来たとアルに伝える。

『…………愛しているよ、ヘル。永遠に……貴方だけを』

暗闇の中確かなのは柔らかい感触と優しく甘い声。
僕はアルだけを感じていて、アルは僕だけを求めてくれている。それ以上の喜びはこの世に存在しない、今以上の時はこの先訪れない。
僕は今を噛み締めて、アルを抱き締めて、この時が永遠に続けと願って──自然と眠りに落ちていった。



朝……だろうか? 目隠しを取り、アルとベッドの隙間から這い出でる。分厚いカーテンを開くと中天から少し傾いた太陽が伺えた。

「あれ……? 目、見えてる」

赤いカーテン、黒と濃い茶色の壁紙、赤い絨毯、天蓋付きのベッドにその上で眠る愛しい仔。全て見えている。
鏡はないかと部屋を探し回っていると洗面台があったことを知る。

「…………治ってる」

目隠しに描かれた治癒魔法のせいだろうか。虹色の双眸が鏡の向こうからじっと見つめ返してくる。

「……左眼、いつの間に…………髪もほとんど白い。っていうかかなり伸びてる……」

項を隠す程度だった後ろ髪が肩甲骨のあたりまで来ている。顎の下を過ぎる程度だった右眼を隠す為の前髪も鎖骨のあたりまで来ている。この速度は異常だ、魔眼の影響だろうか。
両眼とも魔眼になってしまったのならもう片目を隠すような髪型ではダメだ。両眼を隠すか、両眼とも晒すかしなければ。

「…………とりあえずこのままでいいや」

洗顔の時だけに付けるヘアバンドを巻いたままにして、今度改めて髪を切るか髪留めを使うか決めよう。
それより着替えだとクローゼットを漁る。色彩の国で兄が買った物が多いようで、どれもこれも派手過ぎる。
ようやく地味で露出の少ない物を探し当て、それを持って洗面所に戻った。

「……血まみれじゃないか」

改めて服や身体を見れば赤黒い痕がこびり付いている。先に風呂に入った方が良さそうだ。服は捨てるべきだな。



髪と身体の汚れを落とし、ぺったりと顔や首に張り付く髪をタオルでまとめあげる。先に着替えてその後で髪を乾かそう。

『……ヘル? 起きていたのか』

「あ、アル。おはよ」

ちょうど着替え終わった時にアルが起きてきた。

『貴方、眼が戻って……』

「ん、あぁ、目隠しの治癒魔法で治っちゃったみたいでさ」

『……そうか。私がやり過ぎたから……』

「髪乾かしたら抉ってね。まだダメなんでしょ?」

『力を使おうと思わなければ暴走させる事も無いだろう? そう急がなくても良い。それとな、ヘル…………もう少し、自分の身体を大切にしてくれ』

自前の眼での視界を楽しませる為か、僕の眼を眺めたいのか、珍しくもアルは楽観的な事を言う。 

『……貴方が目を失う直前、急速に色が抜けてな。どうだ、自分の視界で見るその髪は』

「んー……白い髪似合う?」

アルが似合うと言ってくれるなら隠したり染めたりはしないでおこう。そう考えて質問を返した。

『似合うよ』

半分ずつならまだマシだったが、生え際だけ黒いとなると少しみっともない。早く全て白くなって欲しい。

「伸びてきたし切ろうかなって思ってるんだけど、どうかな」

『切ってしまうのか?』

「アルが嫌なら切らないけど。僕は別にどっちでもいいし」

風呂や身支度が面倒で視界の邪魔、首が暑い、などの弊害はあるけれど、アルが長髪が好きならそんな弊害は塵と同列だ。

『髪には魔力が宿るものだ。そう易々と切るものではない』

「ふぅん……アルちょっと前すごい抜けてたけど。アルもう一人出来そうなくらい。あれどこに生えてるの?」

『…………それは体毛だ。私は髪の話をしている。何処に生えているかは見れば分かるだろう』

そういえばヴェーンに髪留めを頼んでいた。あれはもう出来ただろうか、昨日は体調が悪そうに見えたし、あまり催促はしたくないけれど──目が戻ると髪が邪魔だ。

『それよりヘル、昼食は?』

「んー、まだいいや。昨日いっぱい食べたし」

晩餐会の料理は豪華でついつい食べ過ぎてしまった。腹はまだ膨れていて、ものを食べる気にはならない。

「…………アル、首飾り似合ってるね」

『な、なんだ突然……』

「なんか昨日見た時より宝石綺麗になってる気がするけど、気のせいかな」

『……貴方の魔眼が戻ったからだろう』

普通、宝石というのは月や炎からの灯りを受けて輝くものだ。しかしこの石は自ら発光している。その光も僅かなものではあるが……眩しくはないだろうか。

『昨晩はしっかりと伝えられなかったが、本当に嬉しいよ、ヘル。貴方が私を想ってこれを手に入れてきてくれた事が何より愛しい』

手に入れる過程はかなり容易で、晩餐会で楽しんできたと言ったらその愛しさは萎むのだろうか。

「重かったり眩しかったりしない?」

『あぁ、平気だ』

「寝る時とかには外した方がいいよ」

アルは昨晩首飾りを身に付けたまま寝ていた。そのせいか首周りの毛に妙な流れがついてしまっている。

『貴方も付けたまま寝ているだろう』

「え? あぁ……これ? だってこれは形見だし」

『貴方と同じように私にとってこの石は大事な物なんだ』

「僕まだ生きてるよ……」

石ばかり見つめ僕の眼を見てくれなくなったら嫌だ。僕は少し嫉妬して、宝石を眺めるアルの頭を抱き締めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。  どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!  スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!  天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

処理中です...