魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十章 欲望に満ち満ちた悪魔共

事実の擦り合わせ

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サンドイッチとコーヒーを楽しみながらの話し合いはそれなりに楽しいものだ。
ヘルが女神から教えられた力の使い方をようやく覚えたから、それを振るったから、みんな驚いている。

『……山の神の加護、ですか。精霊だとしても魔物使いに加護を与えるなんて……有り得ませんよ』

「いや、それが加護っていうか……教えた? って言ってたよなお前……覚えてないか?」

ヴェーンはヘルが妙なことを口走ったと言っていた。山の神に与えられた知識だとか、月や夢がどうこうと──ヘルは全てを覚えてはいないだろう、ヘルを起こすのはもう少し後だな。

『一番謎なのはその……アシュ? さんじゃない? どこ行ったんだろ。その場に居たのは狼さんとヘルシャフト君だけだけど……』

『アスタロトが居れば一発なんですけどねぇ』

過去、現在、未来全てを見通す目を持っているんだとか。彼が居れば思い出せない記憶も知識として取り戻せるかと思っていたのだが、ボク達が邸宅に戻った頃には彼はもう消えていた。

『ベルゼブブ様、彼呼べないんですか?』

『無理ですし例え呼んでも来ませんよ』

最初に出会った時にアスタロトを忘れていたこともあって、僕はベルゼブブの顔の広さとやらに不信感を抱いている。

『私としましては霧が気になりますね。その石から出たって言いましたよね、その石何なんですか?』

『……ユゴスって星で造られた石だよ。異界の景色を見ることが出来る』

ベルゼブブはボクに聞きたい様子だったが代わりに兄が答えた。ボクもこの石について知っていることは少ないし、ありがたい。

『兄君、知ってるんですか? って……星?』

『人間が見つけたのは大昔、とある大陸。それを研究して量産しようとしたのが科学の国。一先ずの複製に成功して廉価版に挑戦し、それはその試作品』

どこで見つかっただとか、そういった由来は全く知らなかった。ボクが知っていたのは異界から神性を喚び寄せる力があったかもしれないというだけだ。

『兄君、詳しいですね』

『あぁ、まぁね。僕だから』

兄らしい言葉だ。その後もボク達は事実確認を続け、時折にヴェーンを糾弾したりそれから庇ったり、山の神に会いに行こうなんて話が出たりした。そしてふと、思い出したようにベルゼブブが言った。

『そうそう、不自然に思ってたことがあったんです。ヘルシャフト様……眼、黒くないですか?』

『そういえば……真っ黒だね』

『わ、ホントだ』

ベルゼブブの発言を受けて兄とセネカがボクの目を覗き込む。言われるまで気が付かなかったのか? 誰かが言い出すまで待っていたのか? 前者ならヘルの仲間には相応しくない。

『ヘルシャフト様は鬱陶しいくらいに色の多い虹彩を持っていたと記憶していますが……兄君? 先輩?』

『昔は黒かったよ、髪もね』

『精神状態によって変わるようで……このように黒くなっている時もあります。しかし、こんな濃く、長くは珍しいかと』

肘掛けに前足を置いて顔を近づけ、大きな頭が顔のすぐ横に来る。頬擦りをして、顔を舐めて、くぅんと鳴いた。

『…………こうすれば戻るのですが』

『真っ黒ですね』

アルはしゅんと耳を垂らす。

「目の色変わるのってそんなに騒ぐこと? よく変わってるんでしょ?」

『それもそうだね。脱線したのは蠅だからね? で……えっと、どこまで話したっけ?』

兄は簡単に説得され、ベルゼブブに罪を押し付けた。元々大した興味がなかったのだろう。分かっていたことだが兄失格だな。ボクの方が余程……

『駄目だ。言っただろう、ヘルの虹彩の色はこの石と同じく精神状態を表している。放ってはおけん。ヘル、強がるな、何か耐えていることがあるんだろう?』

「……何もないよ。ほら、話戻そ」

瞳を覗き込んでくるアルの顔を押しのけ、前足を肘掛けから落とす。すると悲しそうにきゅうんと鳴いた。

『………………素っ気なさ過ぎる。おかしいですね、ヘルシャフト様が……先輩に。先輩、その石見せてください、目より見やすいでしょ』

アルは名残惜しそうな視線を残し、ベルゼブブに首飾りを見せに行った。ベルゼブブは手のひらほどの石を手に取り、じっと見つめる。それに釣られてか兄とセネカも集った。

「……ねぇ、何もないって。普段そんなにヘルのこと気にしてないくせに。ほら、話戻そうよ」

『…………ヘルの……?』

垂れていた耳をピンと立たせ、射るような視線がボクに向けられる。

「……ボクのこと、そんなに気にしてないでしょ」

アルは心配の中に不信感を潜ませ、じっと見つめてくる。これ以上見られるのはまずい、何としてでも視線を外させないと。

「いいから! もうやめようって!」

机を叩いて立ち上がる。音に反応して兄が視線を逸らした。

『……ぅわぁああっ!?』

しかし、それと同時にセネカが叫ぶ。ベルゼブブとアルの視線も石からは逸れたが、非常にまずい事態だ。

『どうしたんですピンクコウモリ!』

『目っ、目、目がぁっ! 目が合った! こっち見てた……睨まれた!』

『目……? 石の中にですか? そんなものありませんでしたよ』

『見たっ! 見られたんだよ! み、みっ、み、三つ! 三つあった! 燃えてるみたいな、三つの目!』

気付かれた。止めるのが遅かったか、慎重になり過ぎて失敗した。

『貴方、誰です?』

赤い無数の瞳がボクを射抜く。まずい、まずい……どう誤魔化す。

「……へっ? は? な、何言ってるの? ボクだよ、ボク。ヘル……ヘルシャフト、だよ」

ベルゼブブは虚空に手を翳し、四叉の巨大なフォークを作り出す。真ん中の二本を折り、僕の首を挟むようにして壁に突き立てた。

『ベルゼブブ様!? ヘルに何をするんです!』

『全員動くな! 動いたら……喰い殺しますよ』

その剣幕にアルは一瞬怯んだが、ベルゼブブに飛びかかろうと腰を落とし──兄に捕まった。

『……もう一度聞きます。貴方、誰です?』

「…………ヘルシャフト・ルーラーだよ」

アルは兄の腕の中でもがいていたが、抵抗が無駄と悟るとボクを見つめて悲しげな鳴き声を上げた。

『嘘吐きですね、ヘルシャフト様の身体に入ってるからって拷問されないとでも思ってます? 普通にしますよ? さっきから口調も微妙におかしいんですよ、下手な猿真似やめなさい、不愉快です』

「…………ふふっ」

気付かれたなら仕方ない。誤魔化し切れないのなら開き直ろう。種明かしも嘘の醍醐味だ。

『何笑ってるんです? 状況分かってます? 気が触れました?』

「あっはっはっは……いや、だってさぁ、今言ったじゃん」

そう、今言った。ベルゼブブは見事に正解を引き当てた。
ヘル君の実兄とアルは目を真ん丸にしている。ボクが笑ったのがそんなに意外だっただろうか。

「嘘吐き、だよ。ボクは……嘘吐き、それでいい、ヘル君はそう呼んだから」

『…………いつから入ってたんです?』

「さぁ? ヘル君の意識はずっとあるからね、今も。ボク……自分の言動は認識出来てないけど、キミ達の蛮行は記憶されてる」

『……貴方の正体は?』

「嘘吐き、だよ。ボクはヘル君によって存在を確立させられた。だから、ヘル君がボクをそう呼んだから、ボクは嘘吐きになった」

『魔性ですか? 神性ですか? それとも人間の浮遊霊?』

「神性だね」

ベルゼブブは大きな舌打ちをした。彼女の神性嫌いにも困ったものだ、この先魔物使いとして力を付けるにしても創造神に牙を剥くなら他の神性と手を組むこともあるだろう。早めに治しておかなければ。

「別に身体を乗っ取ろうとかそういう気はないよ。ヘル君の大切なペットを助ける為に、ヘル君を空間転移させる為に、ボクが中に入る必要があったし、あの悪魔と意識がハッキリした状態で会わせるのは教育に悪いだろ?」

このまま首を撥ねられるのは困る、ヘルの為にも言い訳はしなければ。

『それも嘘、ですか?』

あぁ、まずいな。嘘吐きだなんて名乗ったせいで言葉全てを嘘だと受け取られてしまう。
兄に向かってliarと呼び掛けるなんて酷いじゃないかヘル君、少しだけ、ほんの少しの間だけ、恨むよ。
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