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第三十一章 月の裏側で夢を見よう
浮かんだ施設
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僕の席は前から二番目、廊下側の端の席。まぁ及第点だ。ここから教師を見つめても視界に入る人間は居ない、隣に居るアルに遮られて何も見えない。
「──では、最後の文の「窓」には何が見えたか──」
教師の声は聞こえても姿は見えない。僕は諦めて教科書に視線を落とす。だが、よく分からない。
「──ルーラー、これ分かるか?」
「……分かりません」
アルは少し屈んで黒板を見せてくれたが、古代文字を眺めているような気分になった。
「ちゃんと考えてみろ、少し読めば分かるはずだ」
そうは言っても、文字は理解出来るが文章として認識出来ない。この空間の特性だろう、僕は書かれている事柄を全く理解出来ない。
「せんせー、ルーラーは兄貴に頭の良さ取られたんすよ」
「弟の方も馬鹿だもんな! でも兄貴飛び級なんだろ?」
「やっべぇよな! ぜってー血ぃ繋がってねー!」
野次る声に焦らされ、文字すらも認識出来なくなる。教科書に視線を戻すが、こちらも認識出来なくなっていた。目の前のこの模様は何だ? 白地に黒で記号が並んでいる。
『……人間性は貴様等に勝る事は確かだがな』
アルの呟きに野次が止まる。
アルはその大きな頭をぴったりと僕の頭に密着させ、ぼそぼそと教科書に書かれている文章を読み上げた。
「…………手?」
文章の内容が理解出来た。
「……あ、あぁ……まぁ、正解でいいかな。登場人物は外に居るのは恐ろしいモノだと考えた、事実外に居たのは……読んだ人の考えによるかな」
教室は鐘が鳴るまで静まり返ったまま、黒板やノートに書き込む音だけが響いていた。
休み時間になり、にわかに騒がしくなり、半分以上の生徒は教室を出て行った。その大移動を見て吐き気を催したが、アルに抱き着いて目を閉じ、どうにか耐えた。
『ヘル、平気か?』
「……あんまり」
『…………おい、ヘルは体調不良で早退する。私もな。教師に伝えておけ』
アルは席に座ったままだった後ろの席の生徒にそう言付け、僕を乗せて教室を出た。
視線を痛いくらいに感じるし、何より笑い声やしっかり聞き取れない話し声が不快だ。僕を笑っているのかと、何を言われているかと考えると呼吸が乱れる。
学校を出ると濃霧に包まれ、僕は微かな安心感を得る。この濃霧なら僕は誰にも見つからないし、囲まれて指を差されても僕は気付けない。
『……カフェにでも入るか』
「お金持ってないよ」
『私が持っている』
アルは何故かテラス席を選び、甘みのない炭酸水を注文した。小腹が空いていた僕は厚かましくもケーキセットを頼んだ。
「……寒くない? なんで外なの?」
『…………人が多いのは嫌いなのだろう? 寒ければ隣に来い、翼に包んでやる』
「ぁ……うん、苦手。ありがとう、アル」
僕の為に、か。濃霧で向かいに座ったアルの姿は見えないけれど、手を伸ばせば湿った毛皮の感触を楽しめた。
程なくしてケーキセットが届き、手探りで食べ始める。
『一昨日までは普通に過ごしていたのにな、急に人の多い場所が苦手になるとは……何かあったか?』
普通、か。この空間での僕はとても僕とは思えないような性格をしていたらしい。学校に普通に通えていたことも、人間の姿になったアルへの対応も、僕ならありえない行動ばかりだ。
「…………ねぇ、アル。僕には昨日からの記憶しか無いって言ったら、信じる?」
『ああ、貴方が話すなら。貴方が嘘だと言うまでは鴉が白いという話でも信じるよ』
「……今まで必死に話合わせてたんだ。でもね、本当に記憶が無いって訳じゃなくて、この街での記憶が無いっていうか、他の所でアルや兄弟と過ごした記憶はあるんだよ」
『…………私は生まれて以来此処を出た事は無いぞ』
この空間は作り物だ、なんて言ったら頭がおかしいと思われるだろうか。信じると言われても僕はそれを信じられない。
例えアルが信じてくれたとして、どうなる。そもそも作り物かどうかすら明確ではない、ただの予想だ。
「……何て言うか、僕だけ完成した日常に急に放り込まれたみたいな感じなんだよ。僕以外の人はみんな完成した日常になるまでも過ごしてて、もしくはそういうふうに作られてる」
『…………ほぅ?』
「なんか、自分で言ってて分からなくなってきた」
頭を使い過ぎているるのか、僕は甘味を求めている。しかし今食べているケーキは大して甘くない。
『つまり貴方はこの街を仮想現実だと思っていると?』
「仮想……? うん、それかも」
『この世界は数日前に誰かが作り、それ以前の記憶と一緒に作られているからその世界に住む人間は過去を知っている。しかし貴方だけ上手く作られなかったと』
「うーん、僕は作られてないと思うんだよ。ここに来る前の記憶もあるし」
『……ふむ、一度持ち帰って考える。明日まで待ってくれ』
「うん、ありがとうアル。信じてくれて嬉しいよ」
そんな話をした翌日、アルは僕を大きな施設へと連れて行った。真っ白な外観や一部鉄格子が嵌められた窓は見ているだけで不安になる。
「自分の名前は言えますか?」
「ヘルシャフト・ルーラーです」
白い部屋で白衣を着た男に質問される。アルが傍に居るから何とか耐えているが、今すぐにでも逃げ出してしまいたい雰囲気だ。
「虫などを見ませんでしたか? あなたに向かって飛んできたり、あなたの腕を這い回ったりしていませんでしたか?」
「いえ……特に。ここってそんな虫居るんですか?」
「この世界は仮想現実だと思いますか? 何者かが作った世界だと思いますか?」
「は、はい! 僕が住んでいたのはここじゃないんです! そこにはアルや兄弟達も居て、でも学校で見た人は誰も知らなくて……」
アルに聞いていたのか? この男は何者だろう。正直に答えるのが正解かは分からないが、咄嗟に答えてしまったからもう正直を通すしかない。
「落ち着いて。次です。何か薬を服用していますか?」
「いえ……関係あるんですか? それ」
「アレルギー等はありますか?」
「多分ありませんけど……何でそんなこと聞くんですか?」
意図の分からない質問は未知の恐怖を僕に与える。これなら意味が分からない言葉を並べられた方がマシだ。
「自分の名前は言えますか?」
「ヘルシャフト・ルーラーです、さっきも言いました」
「彼女の名前は言えますか?」
「アルギュロスです」
「ファミリーネームは?」
アルにファミリーネームなんて……いや、この空間では存在するのか、それなら学校で聞いたものが正解だろう。
「カーネーション。でも、僕が住んでいたところではアルにファミリーネームはありませんでした」
「あなたは誰ですか?」
「……ヘルシャフト・ルーラー」
「あなたはどんな人ですか?」
何が聞きたいのか分からない、同じことを何度も聞いてきて少し腹が立つ。
「……暗くて気持ち悪い奴だと思いますけど」
「あなたは何が出来ますか?」
「…………魔物に命令が出来ます」
「魔物、とは?」
「は……? アルみたいな、普通の動物とは少し違う……魔性を持った生き物のことです」
白衣の男は紙にペンを走らせ、それを背後に居た同じく白衣の女に渡す。
『……あの』
「もう終わります。少しお待ちを。では、ルーラーさん。あなたはこの先どうしたいんですか?」
「…………この変な世界から出て、魔物と人間を共存させたいです」
「分かりました。では、彼女に着いて行ってください」
先程紙を渡された女を指し、男は机に向かう。何か言ってやりたかったがアルが不安そうな顔で見上げてきたから大人しく着いて行くことにした。
案内されたのはベッドが一つ置かれただけの狭く無機質な部屋だった。壁も天井も床も一面白で、気味が悪い。
「では、ここへ」
窓は無い、時計も無い、棚も無い、ゴミ箱も無い。
「あの、何なんですかここは……」
「あなたの部屋です」
「…………どうしてですか? 家に戻っちゃダメなんですか? ここに居たら元の世界に帰れるんですか?」
「ぁ……い、いえ、少し精密検査の必要がありまして、それの待機のようなもので……」
女は途端に焦り出し、ポケットから小さな機械を取り出す。何に使うものか分からなくて、不安と恐怖が煽られる。
「精密検査って何ですか?」
「それは……」
「なんで閉じ込められるんですか?」
『ヘル、落ち着いてくれ』
「なんでこんなとこ連れて来たんだよ! 持ち帰って考えるって……考えた結果がこれなの!?」
アルの首元の毛を掴み、睨み付ける。
「体調不良なんて治ってただろ!? 怪我もしてないし、なんで……」
ふと、頭の中で何かが繋がった。先程の質問、名前を何度も聞かれたり、薬やアレルギーについて聞かれたり──そうだ、「この世界が作られたものだ」なんて主張、この世界に何の疑問もなく生きている彼らにとっては頭のおかしいものでしかない。
『貴方は少し休んだ方がいい。何、別に妙な場所ではないだろう? 睡眠と食事を整え、暫くすれば妙な考えも過呼吸も治まるさ』
「……信じるって、言ったくせに」
嘘だと自白するまで嘘でも信じると言ったくせに、意を決した真実は信じないのか。
「嘘吐き……嘘吐きっ! 裏切り者っ! よくもっ……」
アルの尾が胴に巻き付き、僕の身体をベッドに叩き付ける。
『……ヘル、早く治せ。私はまた貴方に会いたい』
「黙れ嘘吐きっ! 殺してやる……離せよこれっ!」
アルの尾が離れる。
なんだ、やっぱり僕の言うことを聞いてくれるのか? あぁ、殺してやるなんて酷いことを言って──
アルは素早く腕を押さえ僕を拘束した。
『おい! 早く鎮静剤でもスタンガンでも持って来い!』
────裏切り者。
その後すぐ僕の意識は奪われて、その間にベッドに縛り付けられた。それから僕はずっと真っ白な天井だけを眺めている。
「──では、最後の文の「窓」には何が見えたか──」
教師の声は聞こえても姿は見えない。僕は諦めて教科書に視線を落とす。だが、よく分からない。
「──ルーラー、これ分かるか?」
「……分かりません」
アルは少し屈んで黒板を見せてくれたが、古代文字を眺めているような気分になった。
「ちゃんと考えてみろ、少し読めば分かるはずだ」
そうは言っても、文字は理解出来るが文章として認識出来ない。この空間の特性だろう、僕は書かれている事柄を全く理解出来ない。
「せんせー、ルーラーは兄貴に頭の良さ取られたんすよ」
「弟の方も馬鹿だもんな! でも兄貴飛び級なんだろ?」
「やっべぇよな! ぜってー血ぃ繋がってねー!」
野次る声に焦らされ、文字すらも認識出来なくなる。教科書に視線を戻すが、こちらも認識出来なくなっていた。目の前のこの模様は何だ? 白地に黒で記号が並んでいる。
『……人間性は貴様等に勝る事は確かだがな』
アルの呟きに野次が止まる。
アルはその大きな頭をぴったりと僕の頭に密着させ、ぼそぼそと教科書に書かれている文章を読み上げた。
「…………手?」
文章の内容が理解出来た。
「……あ、あぁ……まぁ、正解でいいかな。登場人物は外に居るのは恐ろしいモノだと考えた、事実外に居たのは……読んだ人の考えによるかな」
教室は鐘が鳴るまで静まり返ったまま、黒板やノートに書き込む音だけが響いていた。
休み時間になり、にわかに騒がしくなり、半分以上の生徒は教室を出て行った。その大移動を見て吐き気を催したが、アルに抱き着いて目を閉じ、どうにか耐えた。
『ヘル、平気か?』
「……あんまり」
『…………おい、ヘルは体調不良で早退する。私もな。教師に伝えておけ』
アルは席に座ったままだった後ろの席の生徒にそう言付け、僕を乗せて教室を出た。
視線を痛いくらいに感じるし、何より笑い声やしっかり聞き取れない話し声が不快だ。僕を笑っているのかと、何を言われているかと考えると呼吸が乱れる。
学校を出ると濃霧に包まれ、僕は微かな安心感を得る。この濃霧なら僕は誰にも見つからないし、囲まれて指を差されても僕は気付けない。
『……カフェにでも入るか』
「お金持ってないよ」
『私が持っている』
アルは何故かテラス席を選び、甘みのない炭酸水を注文した。小腹が空いていた僕は厚かましくもケーキセットを頼んだ。
「……寒くない? なんで外なの?」
『…………人が多いのは嫌いなのだろう? 寒ければ隣に来い、翼に包んでやる』
「ぁ……うん、苦手。ありがとう、アル」
僕の為に、か。濃霧で向かいに座ったアルの姿は見えないけれど、手を伸ばせば湿った毛皮の感触を楽しめた。
程なくしてケーキセットが届き、手探りで食べ始める。
『一昨日までは普通に過ごしていたのにな、急に人の多い場所が苦手になるとは……何かあったか?』
普通、か。この空間での僕はとても僕とは思えないような性格をしていたらしい。学校に普通に通えていたことも、人間の姿になったアルへの対応も、僕ならありえない行動ばかりだ。
「…………ねぇ、アル。僕には昨日からの記憶しか無いって言ったら、信じる?」
『ああ、貴方が話すなら。貴方が嘘だと言うまでは鴉が白いという話でも信じるよ』
「……今まで必死に話合わせてたんだ。でもね、本当に記憶が無いって訳じゃなくて、この街での記憶が無いっていうか、他の所でアルや兄弟と過ごした記憶はあるんだよ」
『…………私は生まれて以来此処を出た事は無いぞ』
この空間は作り物だ、なんて言ったら頭がおかしいと思われるだろうか。信じると言われても僕はそれを信じられない。
例えアルが信じてくれたとして、どうなる。そもそも作り物かどうかすら明確ではない、ただの予想だ。
「……何て言うか、僕だけ完成した日常に急に放り込まれたみたいな感じなんだよ。僕以外の人はみんな完成した日常になるまでも過ごしてて、もしくはそういうふうに作られてる」
『…………ほぅ?』
「なんか、自分で言ってて分からなくなってきた」
頭を使い過ぎているるのか、僕は甘味を求めている。しかし今食べているケーキは大して甘くない。
『つまり貴方はこの街を仮想現実だと思っていると?』
「仮想……? うん、それかも」
『この世界は数日前に誰かが作り、それ以前の記憶と一緒に作られているからその世界に住む人間は過去を知っている。しかし貴方だけ上手く作られなかったと』
「うーん、僕は作られてないと思うんだよ。ここに来る前の記憶もあるし」
『……ふむ、一度持ち帰って考える。明日まで待ってくれ』
「うん、ありがとうアル。信じてくれて嬉しいよ」
そんな話をした翌日、アルは僕を大きな施設へと連れて行った。真っ白な外観や一部鉄格子が嵌められた窓は見ているだけで不安になる。
「自分の名前は言えますか?」
「ヘルシャフト・ルーラーです」
白い部屋で白衣を着た男に質問される。アルが傍に居るから何とか耐えているが、今すぐにでも逃げ出してしまいたい雰囲気だ。
「虫などを見ませんでしたか? あなたに向かって飛んできたり、あなたの腕を這い回ったりしていませんでしたか?」
「いえ……特に。ここってそんな虫居るんですか?」
「この世界は仮想現実だと思いますか? 何者かが作った世界だと思いますか?」
「は、はい! 僕が住んでいたのはここじゃないんです! そこにはアルや兄弟達も居て、でも学校で見た人は誰も知らなくて……」
アルに聞いていたのか? この男は何者だろう。正直に答えるのが正解かは分からないが、咄嗟に答えてしまったからもう正直を通すしかない。
「落ち着いて。次です。何か薬を服用していますか?」
「いえ……関係あるんですか? それ」
「アレルギー等はありますか?」
「多分ありませんけど……何でそんなこと聞くんですか?」
意図の分からない質問は未知の恐怖を僕に与える。これなら意味が分からない言葉を並べられた方がマシだ。
「自分の名前は言えますか?」
「ヘルシャフト・ルーラーです、さっきも言いました」
「彼女の名前は言えますか?」
「アルギュロスです」
「ファミリーネームは?」
アルにファミリーネームなんて……いや、この空間では存在するのか、それなら学校で聞いたものが正解だろう。
「カーネーション。でも、僕が住んでいたところではアルにファミリーネームはありませんでした」
「あなたは誰ですか?」
「……ヘルシャフト・ルーラー」
「あなたはどんな人ですか?」
何が聞きたいのか分からない、同じことを何度も聞いてきて少し腹が立つ。
「……暗くて気持ち悪い奴だと思いますけど」
「あなたは何が出来ますか?」
「…………魔物に命令が出来ます」
「魔物、とは?」
「は……? アルみたいな、普通の動物とは少し違う……魔性を持った生き物のことです」
白衣の男は紙にペンを走らせ、それを背後に居た同じく白衣の女に渡す。
『……あの』
「もう終わります。少しお待ちを。では、ルーラーさん。あなたはこの先どうしたいんですか?」
「…………この変な世界から出て、魔物と人間を共存させたいです」
「分かりました。では、彼女に着いて行ってください」
先程紙を渡された女を指し、男は机に向かう。何か言ってやりたかったがアルが不安そうな顔で見上げてきたから大人しく着いて行くことにした。
案内されたのはベッドが一つ置かれただけの狭く無機質な部屋だった。壁も天井も床も一面白で、気味が悪い。
「では、ここへ」
窓は無い、時計も無い、棚も無い、ゴミ箱も無い。
「あの、何なんですかここは……」
「あなたの部屋です」
「…………どうしてですか? 家に戻っちゃダメなんですか? ここに居たら元の世界に帰れるんですか?」
「ぁ……い、いえ、少し精密検査の必要がありまして、それの待機のようなもので……」
女は途端に焦り出し、ポケットから小さな機械を取り出す。何に使うものか分からなくて、不安と恐怖が煽られる。
「精密検査って何ですか?」
「それは……」
「なんで閉じ込められるんですか?」
『ヘル、落ち着いてくれ』
「なんでこんなとこ連れて来たんだよ! 持ち帰って考えるって……考えた結果がこれなの!?」
アルの首元の毛を掴み、睨み付ける。
「体調不良なんて治ってただろ!? 怪我もしてないし、なんで……」
ふと、頭の中で何かが繋がった。先程の質問、名前を何度も聞かれたり、薬やアレルギーについて聞かれたり──そうだ、「この世界が作られたものだ」なんて主張、この世界に何の疑問もなく生きている彼らにとっては頭のおかしいものでしかない。
『貴方は少し休んだ方がいい。何、別に妙な場所ではないだろう? 睡眠と食事を整え、暫くすれば妙な考えも過呼吸も治まるさ』
「……信じるって、言ったくせに」
嘘だと自白するまで嘘でも信じると言ったくせに、意を決した真実は信じないのか。
「嘘吐き……嘘吐きっ! 裏切り者っ! よくもっ……」
アルの尾が胴に巻き付き、僕の身体をベッドに叩き付ける。
『……ヘル、早く治せ。私はまた貴方に会いたい』
「黙れ嘘吐きっ! 殺してやる……離せよこれっ!」
アルの尾が離れる。
なんだ、やっぱり僕の言うことを聞いてくれるのか? あぁ、殺してやるなんて酷いことを言って──
アルは素早く腕を押さえ僕を拘束した。
『おい! 早く鎮静剤でもスタンガンでも持って来い!』
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