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第三十一章 月の裏側で夢を見よう
混沌たる兄
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もし何かが起こっても他人を巻き込みにくいよう部屋の隅で、対処出来るであろうベルゼブブの傍で、アルは石の観察を始めた。
『………………あぁっ! やっぱりダメ、入れない』
『魔力ようさんあったら行けそうか?』
『……多分、ダメ。あの門番は正規の手段以外じゃ突破出来ない』
『正規の手段?』
『それが何かは分からないけど、何か門番を納得させられるものがあるはずなの』
メルと酒呑の会話を背に、アルは黒い多面体を尾に咥えさせくるくると回しながら眺める。ところどころに入った赤い線がチカチカと眼に刺激を与える。
『……っ!?』
しばらくするとアルは見知らぬ場所を見た。すぐにでも顔を振って瞬きを繰り返せば戻れる、今なら引き返せる。そんな直感はあったが、アルはじっと耐えてその場所を歩いた。
『ん……? 狼寝とらんかこれ』
『疲れたやろうし寝かしといたったらどうです?』
『別に起こす言うてへんやろ……』
現実世界ではアルは壁に頭を押し付けて目を閉じているようにしか見えない。しかし、アルは確かに見知らぬ地を歩いていた。ヘルを取り戻す手がかりがあると信じて。
しばらく進むと真っ黒い人影を見つけ、アルはそれに駆け寄る。
『……あぁ、こんにちは。義理の妹ちゃん』
『…………貴様は』
漆を塗ったような美しい黒の巻き髪、どこか艶やかな浅黒い肌に、夜空を閉じ込めたような黒い瞳。ハッキリとした目鼻立ちや淑やかな立ち居振る舞い、それらは男女問わず普通の人間なら恐怖を覚えるほどに美しく洗練されたものだった。
『ライアーだよ、知ってる?』
『……ああ、海の中の都市で……ヘルの兄になるだとか言って、死んだ奴だな』
『…………死んだんだ。へぇ』
ここに居るライアーは現実世界でヘルとアルが出会ったライアーではなく、ヘルが無意識の内に彼を模して石の中に作り上げた神性だ。ライアーとしての記憶も感情もなく、ただ与えられた役割を──兄と嘘吐きをこなすだけの存在。
『……ヘルが起きないんだ。何か知らないか』
『知ってるよ。ボクがやってることだ』
『…………ヘルを返せ』
『断る、と言ったら? あぁ、ここに居るボクを殺しても無駄だよ。キミの精神は今石を媒介に幻夢郷にボクが作った空間に飛ばされている。言わばこの空間がボクで、今キミと話しているボクはキミに認識される為の存在でしかない』
アルはその話し方にライアーではないと確信を持った。彼はもっとゆるゆると優しい声色を使う。
『何故、ヘルを眠らせたままにしているんだ』
『…………可哀想だろ? ヘルはこのままじゃ幸せになれない。だから、この幻夢郷に新しい街を作って永遠の王にしようと思ってね』
ライアーにヘルを害そうという意思はない。ただただ純粋に慈しみ、憐れみ、ヘルの幸福を願った結果だ。
そう察したからこそアルは言葉に詰まった。ヘルに危害を加える目的だったなら、せめて自らの欲望だけでヘルを閉じ込めていたなら、ヘルを取り返す大義名分もやる気も手に入った。
『……キミはどうしてヘルを現実に戻したいの? あんな世界じゃヘルは幸せになれない。例え今世で夢が叶っても死ねば天界か魔界に行って、また転生して魔物を率いて…………同じ事を何度も繰り返すだけ、神魔戦争を起こす鐘でしかない! 人間としては生きられないんだよ! 利用されるだけなんだ……! でも、この世界に魂を移せば、ここに新たに作るヘルの理想の街なら、ヘルは永遠に幸せになれるんだよ!』
『…………返してくれ、ヘルは……私の、大切な主人なんだ、私はヘルが居ないと……』
『あぁ、そう。自分勝手。流石は獣だ』
アルは心臓を氷のように冷えた手で握り締められるような感覚を味わう。自分勝手──ヘルに尽くすと誓ったのに、ヘルの為だけに生きると誓ったのに、自分勝手?
『……違う、違うっ! ヘルも私が居なければならないんだ! ヘルには私が必要なんだ!』
『心配しないで。今、ヘルを暫定的に置いてる街にはキミも居る。ボクがキミっぽい思考パターンを付けて改良して都合のいい可愛い子にしたんだけど……多分、ヘルは気に入る。キミはもう要らないよ? ヘルにはボクさえ在ればいい』
『…………そんな。お願いだ、ヘル……ヘルに、会わせて…………そう、最後、最後だ、最後に一目見るだけでいい! その改良した私とやらと笑い合うヘルを遠くから見るだけでいい……頼む、ヘルを……私に見せて……』
『……自分勝手だけど、まぁまぁ弁えてるみたいだし、愛情は本物みたいだね、いいよ。ちょっとだけね』
ライアーは腕を大きく広げ、準備体操のようにゆっくりと円を描いた。空間が切り取られて鏡のような面になり、そこにヘルの姿が映る。
『ヘル! ヘルは何を言っているんだ? 聞こえないぞ』
『ちょっと待って、音、音……こうかな、まだ慣れてなくて……』
ヘルは真っ白な建物の中に居る。アルに何かを言っている。アルは楽しい会話をしているだろうかと不安半分で音を待ち、ライアーが指を鳴らすとヘルの声が聞こえ始めた。
『…………おい、何だこれは』
ヘルは嘘吐きだと裏切り者だとアルに叫んでいる。
『え……? あ、あれ? なんで? どうなってるの? だってちゃんと理想通りに……ヘルの思い通りになるように頑張って整えて……あれ?』
『どういう事だ! ヘルが泣いている、怒っている! 私は何をしたんだ!? 答えろ、貴様が改良したという私の偽物は何をした!』
『分かんないよっ! なんで? 訳分かんない……嘘だ、こんなの……時間、そうだ時間を早めてちょっと先を見て……ぇ、嘘、何で、何で!?』
円の縁を指でなぞり、映る時間を加速させる。時空から乖離した空間であるからこそ出来る荒業だった。
『貴様、ヘルを幸せにすると言ったよなぁ!』
ベッドに拘束されたヘルは日に日に痩せ細り、目に見えて弱っていく。そのうちにフェルが来て心無い言葉をかけ、逃げるように帰った。
『この弟君も貴様が改良したのか!? 改悪ではないか、弟君はヘルを故意に傷付けたりしない!』
『ちが……ぅ、違うっ、こんな、こんなつもりじゃ…………あぁっ! 逃げた……嘘、なんで? こんな……』
ぱん、と花火が弾けるようにヘルの姿が消える。ライアーは円を閉じ、崩れ落ちた。
全くの誤算だった。ヘルは全てが思い通りになる街で幸せに暮らすはずだった、こっちに街を作り終えたら王にして、もっと幸福になるはずだった。
『ヘルは今何処に居るんだ!』
『…………念の為にって、あの街が気に入らなかった時のために受け皿は用意してる。怪物達に拾うよう言ってある、保護したら連れてくるよう言ってある……でも、そんな事態になるはずはなかったんだ。本当に……ボクは、ただ、ヘルに笑って欲しくて……もっと歳相応の姿が見たくて、お兄ちゃんに、甘えて欲しくて……』
『此処に来るんだな?』
『うん、多分……ねぇ、どうしてかな。なんで? ヘルはあの街の何が気に入らなかったの? 何でも思い通りになるのに、ヘルが欲しがったもの全部揃ってるのに……』
『………………偽物だと気が付いたんだろう』
ヘルは時折に勘が鋭くなる。それは往々にして彼自身を傷付ける真実を見破る。アルはそう考えていた。正確にはヘルの被害妄想や不安症が真実を引き当てることもあるということ、だがどちらにせよ自分自身を不幸にする可哀想な性質には違いない。
『……偽物じゃダメなの? 幸せなんだよ?』
『…………駄目に決まっている。そんなもの虚しいだけだ』
『ヘルはボクのこと兄さんって呼んでくれたよ? 頼ってくれた……恩人の病気を治してって、悪魔に襲われてるから助けてって、キミを助けるの手伝ってって、言ってくれた……偽物なのに、頼ってくれた』
ライアーの偽物で兄の偽物でもある彼は嘘吐きと呼ばれるに相応しい。
『……兄さんって、呼んでくれた。ボクは本当の兄じゃないのに、本当の兄が酷過ぎるから偽物を求めたんだ! なのに偽物はダメってどういうこと!?』
『貴様は本当に兄君の代わりとして求められたのか?』
『………………違うの?』
ヘルがライアーを兄と呼ぶのは「あなたのような兄ならよかった」という気持ちから生まれた願望。だからライアーはエアの代替品。
『さぁな、私はヘルではないからヘルの考えを全て察する事は不可能だ。だが、ヘルは……自分の偽物を自分の弟として新たに迎え入れるような人間だ』
『……エアとボクは別物?』
『似通っている部分など一つも無いぞ』
『………………そう、だね』
死んだライアーは何故ヘルを弟だと認めた? 兄ならよかったと言われて兄代わりになってと頼まれても、自分に弟が居なければ弟代わりには出来ない。
彼は新しく弟という存在を認めた。それと同じだ。ヘルも実兄とは別に理想の兄を求めただけ、本物の代わりには出来ないと分かっていながら泡沫の夢を見たがっただけ。
『……夢は永遠のものじゃダメ?』
『…………覚めない夢など夢ではない』
きっとそれは別の何か、異界だとか最後の逃げ場だとか謳われるもの。
『……ヘルを返してくれるな?』
『………………ヘルが望んだらね』
ライアーはふらりと立ち上がり、諦め悪く指を鳴らす。ヘルをこの世界に引き留めるため、ヘルの理想を作り上げる。
『取引しようよ。ヘルがキミを求めなかったら、キミよりボクが作った偽物を選んだら、ヘルはここに残らせる』
『…………いいだろう』
了承してもしなくてもこの選択は作られる。
アルは自分の前に構築されていく自分の姿を見てため息をつき、少しでも選ばれやすくなるようにと毛繕いをしてヘルを待った。
『………………あぁっ! やっぱりダメ、入れない』
『魔力ようさんあったら行けそうか?』
『……多分、ダメ。あの門番は正規の手段以外じゃ突破出来ない』
『正規の手段?』
『それが何かは分からないけど、何か門番を納得させられるものがあるはずなの』
メルと酒呑の会話を背に、アルは黒い多面体を尾に咥えさせくるくると回しながら眺める。ところどころに入った赤い線がチカチカと眼に刺激を与える。
『……っ!?』
しばらくするとアルは見知らぬ場所を見た。すぐにでも顔を振って瞬きを繰り返せば戻れる、今なら引き返せる。そんな直感はあったが、アルはじっと耐えてその場所を歩いた。
『ん……? 狼寝とらんかこれ』
『疲れたやろうし寝かしといたったらどうです?』
『別に起こす言うてへんやろ……』
現実世界ではアルは壁に頭を押し付けて目を閉じているようにしか見えない。しかし、アルは確かに見知らぬ地を歩いていた。ヘルを取り戻す手がかりがあると信じて。
しばらく進むと真っ黒い人影を見つけ、アルはそれに駆け寄る。
『……あぁ、こんにちは。義理の妹ちゃん』
『…………貴様は』
漆を塗ったような美しい黒の巻き髪、どこか艶やかな浅黒い肌に、夜空を閉じ込めたような黒い瞳。ハッキリとした目鼻立ちや淑やかな立ち居振る舞い、それらは男女問わず普通の人間なら恐怖を覚えるほどに美しく洗練されたものだった。
『ライアーだよ、知ってる?』
『……ああ、海の中の都市で……ヘルの兄になるだとか言って、死んだ奴だな』
『…………死んだんだ。へぇ』
ここに居るライアーは現実世界でヘルとアルが出会ったライアーではなく、ヘルが無意識の内に彼を模して石の中に作り上げた神性だ。ライアーとしての記憶も感情もなく、ただ与えられた役割を──兄と嘘吐きをこなすだけの存在。
『……ヘルが起きないんだ。何か知らないか』
『知ってるよ。ボクがやってることだ』
『…………ヘルを返せ』
『断る、と言ったら? あぁ、ここに居るボクを殺しても無駄だよ。キミの精神は今石を媒介に幻夢郷にボクが作った空間に飛ばされている。言わばこの空間がボクで、今キミと話しているボクはキミに認識される為の存在でしかない』
アルはその話し方にライアーではないと確信を持った。彼はもっとゆるゆると優しい声色を使う。
『何故、ヘルを眠らせたままにしているんだ』
『…………可哀想だろ? ヘルはこのままじゃ幸せになれない。だから、この幻夢郷に新しい街を作って永遠の王にしようと思ってね』
ライアーにヘルを害そうという意思はない。ただただ純粋に慈しみ、憐れみ、ヘルの幸福を願った結果だ。
そう察したからこそアルは言葉に詰まった。ヘルに危害を加える目的だったなら、せめて自らの欲望だけでヘルを閉じ込めていたなら、ヘルを取り返す大義名分もやる気も手に入った。
『……キミはどうしてヘルを現実に戻したいの? あんな世界じゃヘルは幸せになれない。例え今世で夢が叶っても死ねば天界か魔界に行って、また転生して魔物を率いて…………同じ事を何度も繰り返すだけ、神魔戦争を起こす鐘でしかない! 人間としては生きられないんだよ! 利用されるだけなんだ……! でも、この世界に魂を移せば、ここに新たに作るヘルの理想の街なら、ヘルは永遠に幸せになれるんだよ!』
『…………返してくれ、ヘルは……私の、大切な主人なんだ、私はヘルが居ないと……』
『あぁ、そう。自分勝手。流石は獣だ』
アルは心臓を氷のように冷えた手で握り締められるような感覚を味わう。自分勝手──ヘルに尽くすと誓ったのに、ヘルの為だけに生きると誓ったのに、自分勝手?
『……違う、違うっ! ヘルも私が居なければならないんだ! ヘルには私が必要なんだ!』
『心配しないで。今、ヘルを暫定的に置いてる街にはキミも居る。ボクがキミっぽい思考パターンを付けて改良して都合のいい可愛い子にしたんだけど……多分、ヘルは気に入る。キミはもう要らないよ? ヘルにはボクさえ在ればいい』
『…………そんな。お願いだ、ヘル……ヘルに、会わせて…………そう、最後、最後だ、最後に一目見るだけでいい! その改良した私とやらと笑い合うヘルを遠くから見るだけでいい……頼む、ヘルを……私に見せて……』
『……自分勝手だけど、まぁまぁ弁えてるみたいだし、愛情は本物みたいだね、いいよ。ちょっとだけね』
ライアーは腕を大きく広げ、準備体操のようにゆっくりと円を描いた。空間が切り取られて鏡のような面になり、そこにヘルの姿が映る。
『ヘル! ヘルは何を言っているんだ? 聞こえないぞ』
『ちょっと待って、音、音……こうかな、まだ慣れてなくて……』
ヘルは真っ白な建物の中に居る。アルに何かを言っている。アルは楽しい会話をしているだろうかと不安半分で音を待ち、ライアーが指を鳴らすとヘルの声が聞こえ始めた。
『…………おい、何だこれは』
ヘルは嘘吐きだと裏切り者だとアルに叫んでいる。
『え……? あ、あれ? なんで? どうなってるの? だってちゃんと理想通りに……ヘルの思い通りになるように頑張って整えて……あれ?』
『どういう事だ! ヘルが泣いている、怒っている! 私は何をしたんだ!? 答えろ、貴様が改良したという私の偽物は何をした!』
『分かんないよっ! なんで? 訳分かんない……嘘だ、こんなの……時間、そうだ時間を早めてちょっと先を見て……ぇ、嘘、何で、何で!?』
円の縁を指でなぞり、映る時間を加速させる。時空から乖離した空間であるからこそ出来る荒業だった。
『貴様、ヘルを幸せにすると言ったよなぁ!』
ベッドに拘束されたヘルは日に日に痩せ細り、目に見えて弱っていく。そのうちにフェルが来て心無い言葉をかけ、逃げるように帰った。
『この弟君も貴様が改良したのか!? 改悪ではないか、弟君はヘルを故意に傷付けたりしない!』
『ちが……ぅ、違うっ、こんな、こんなつもりじゃ…………あぁっ! 逃げた……嘘、なんで? こんな……』
ぱん、と花火が弾けるようにヘルの姿が消える。ライアーは円を閉じ、崩れ落ちた。
全くの誤算だった。ヘルは全てが思い通りになる街で幸せに暮らすはずだった、こっちに街を作り終えたら王にして、もっと幸福になるはずだった。
『ヘルは今何処に居るんだ!』
『…………念の為にって、あの街が気に入らなかった時のために受け皿は用意してる。怪物達に拾うよう言ってある、保護したら連れてくるよう言ってある……でも、そんな事態になるはずはなかったんだ。本当に……ボクは、ただ、ヘルに笑って欲しくて……もっと歳相応の姿が見たくて、お兄ちゃんに、甘えて欲しくて……』
『此処に来るんだな?』
『うん、多分……ねぇ、どうしてかな。なんで? ヘルはあの街の何が気に入らなかったの? 何でも思い通りになるのに、ヘルが欲しがったもの全部揃ってるのに……』
『………………偽物だと気が付いたんだろう』
ヘルは時折に勘が鋭くなる。それは往々にして彼自身を傷付ける真実を見破る。アルはそう考えていた。正確にはヘルの被害妄想や不安症が真実を引き当てることもあるということ、だがどちらにせよ自分自身を不幸にする可哀想な性質には違いない。
『……偽物じゃダメなの? 幸せなんだよ?』
『…………駄目に決まっている。そんなもの虚しいだけだ』
『ヘルはボクのこと兄さんって呼んでくれたよ? 頼ってくれた……恩人の病気を治してって、悪魔に襲われてるから助けてって、キミを助けるの手伝ってって、言ってくれた……偽物なのに、頼ってくれた』
ライアーの偽物で兄の偽物でもある彼は嘘吐きと呼ばれるに相応しい。
『……兄さんって、呼んでくれた。ボクは本当の兄じゃないのに、本当の兄が酷過ぎるから偽物を求めたんだ! なのに偽物はダメってどういうこと!?』
『貴様は本当に兄君の代わりとして求められたのか?』
『………………違うの?』
ヘルがライアーを兄と呼ぶのは「あなたのような兄ならよかった」という気持ちから生まれた願望。だからライアーはエアの代替品。
『さぁな、私はヘルではないからヘルの考えを全て察する事は不可能だ。だが、ヘルは……自分の偽物を自分の弟として新たに迎え入れるような人間だ』
『……エアとボクは別物?』
『似通っている部分など一つも無いぞ』
『………………そう、だね』
死んだライアーは何故ヘルを弟だと認めた? 兄ならよかったと言われて兄代わりになってと頼まれても、自分に弟が居なければ弟代わりには出来ない。
彼は新しく弟という存在を認めた。それと同じだ。ヘルも実兄とは別に理想の兄を求めただけ、本物の代わりには出来ないと分かっていながら泡沫の夢を見たがっただけ。
『……夢は永遠のものじゃダメ?』
『…………覚めない夢など夢ではない』
きっとそれは別の何か、異界だとか最後の逃げ場だとか謳われるもの。
『……ヘルを返してくれるな?』
『………………ヘルが望んだらね』
ライアーはふらりと立ち上がり、諦め悪く指を鳴らす。ヘルをこの世界に引き留めるため、ヘルの理想を作り上げる。
『取引しようよ。ヘルがキミを求めなかったら、キミよりボクが作った偽物を選んだら、ヘルはここに残らせる』
『…………いいだろう』
了承してもしなくてもこの選択は作られる。
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