魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

支配者の食肉

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自分より遥か格上の存在が──上司のようなものが正体を隠していて、それに対して目下に言うような口の利き方をしてしまった。
僕に例えれば、まだ魔法の国に居た頃に外に出て気の合う人と出会って兄の愚痴を言っていたらその人は兄だったようなものか……死を覚悟するな。

『えっ……ベルゼブブ様……? う、嘘でしょ? だって、全然……』

『魔力晒して歩く訳にはいかないでしょう? 認知湾曲です認知湾曲、知ってるでしょ?』

正体を隠さずに街中を歩いていた事もあった気がするけれど、ベルゼブブは数えていないようだ。

『…………申し訳ありませんでしたぁっ!』

マルコシアスは深々と頭を下げる。

『……気にしないで、かわい子ちゃん』

その顔を上げさせたのはベルゼブブ──いや、ベルゼブブは僕の隣に居る。ロキの姿が見当たらない、彼が化けているのか。

『可愛い君のそんな顔は見たくな──ったぁっ!?』

マルコシアスを口説いていた方のベルゼブブことロキは本物のベルゼブブに頭頂部を辞書の角で殴られた。あっさりと変身を解き、抗議する。

『角はダメだろ角は!』

『人の見た目で女口説かないでください! 美少女でお姉さん口説けると思わないでください!』

『…………えっと、ヘルシャフト君。僕に用事があったんだよね?』

マルコシアスは言い争いを始めた二人から目を逸らし、少し屈んで僕と目線を合わせた。

「あ、はい。この国に来たら求めるものが見つかるって言われて、求めるものが何かもよく分かんないし、どうやったら見つかるのかもよく分かんなくて」

『ふぅん……確かに、その場その場での最善の判断を察知するのは僕の能力の一つではある。でも、さっきベルゼブブ様に失礼な態度をとってしまったように、このところは仕事がなくて力が弱まってるんだよ』

「血はいくらでもあげますから」

周囲を見回し、受け付けの机の端に万年筆を見つけた。おそらくアガリアレプトが書類仕事にでも使っていたのだろう。僕はそれを手に取り、手首にあてがった。

「…………すいません、やっぱりやってもらっていいですか」

『あ、うん。そんな躊躇いなくやるのかなってちょっと怖くなってたから、そう言ってくれてよかったよ』

マルコシアスは僕の手から万年筆を取ると机に戻し、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。

『……なんか、ヘルシャフト君……人間味ってのがなくなってきてるよ。気を付けた方がいいかもね』

悪魔に人間味が無いと言われる日が来るなんて。
僕は変わったつもりはないんだけれど……そう悩んでいると手のひらにナイフが突き立った。手首の動脈を探して切った方が効率はいいと思うのだけれど。

『うわ……すごい美味しそ……あれ? 塞がった?』

痛みはなく、傷は瞬時に塞がった。

「あぁ……すいません、このローブですね」

僕はローブの紐を解き、袖を片方脱いでマルコシアスに手首を差し出した。今度こそ焼けるような痛みがあって、傷口を唇で開かれ舌で肉を抉られる懐かしい痛みが与えられた。

『…………ねぇ、ヘルシャフト様ぁ……私も……』

もう片方の袖も脱いでローブを床に落とす。頭を傾けて首筋を示すとベルゼブブはそこに噛み付いた。吸血鬼のようだけれど、吸血鬼とは違って皮膚に少しの穴を開けるのではなく、大きく抉ってそこから溢れる血を飲んでいる。

『……ヘ、ヘル?』

「アル……も、欲しい?」

空いている手を差し出すも、アルはくぅんと鳴いて擦り寄るだけだった。

「……要らな、い、の?」

『…………マルコシアス様! ベルゼブブ様! もういいでしょう、もうやめてください!』

夢中で僕の血を啜っていた二人はハッとした表情で僕から離れ、各々口を拭った。

『ヘル、ヘル……大丈夫か? 痛いか? 痛いよな……』

アルは尾と翼で器用に僕にローブを被せた。すると痛覚が麻痺し、袖を通すと傷は一瞬で癒えた。

「……ん、大丈夫。ありがと、アル」

血を失ったことによる目眩も消え、朦朧としていた意識も明瞭になる。
わざとらしく元気に立ち上がってみせたが、アルは辛そうに視線を外して僕を包むように身体を寄り添わせた。

「アル……? どうしたの? やっぱり食べたかったんじゃない? いいよ、ほら、アルならいくらでも」

硬く閉ざされたアルの口にぐいぐいと腕を押し付ける。アルは血よりも肉を好むから、ローブで痛覚を消したまま即座に癒える状態で喰われることが出来る。だから精神的にも肉体的にもアルに喰われた方がマシなのだけれど──アルは顔を横に振った。

「……変なアル。あ、マルコシアス様、どうですか? 力足りますか?」

『…………十分過ぎるよ。しばらく食べてなかったお腹にはキツいね……』

マルコシアスは胸から胃のあたりまでを擦り、ふぅと息を吐いて余韻に浸る。

『……うん、いけそうだね。前に説明しておくよ、僕のこの力は『正義は正しい』というもので、運命の糸を収束し──まぁ、つまりは一時的にとても勘が良くなるということかな。そう、だから……僕が直感で選んだものが、手掛かりになるはずだ。ということで…………あっちに何かありそうだから、行ってくるね。多分何か本だと思うよ、ちょっと待ってて』

何やら長々と難しい説明をされた。直感で解決の糸口得られる力、か。それなら彼女に常に魔力を供給し続け、その力を発動させ続けたら、何があっても負けないのだろうか。それとも何も起こらないように直感が働くのだろうか……隠れ場所を思い付くとか。

『ヘルシャフト様、マルコシアスが居たのにどうして天使に負けたのかとか思ってません?』

「……まぁ、似たようなこと考えてた」

『彼女はあくまても自身を正義とするだけで、勝利の女神ではありませんからね。つまり、大軍勢に攻められた時には敵の大将を討ち取る道を見つけるのではなく、自分だけが逃げられる道を見つけるのです。まぁこれは例えでマルコシアスが実際に逃げたという訳ではありませんので、彼女の評価は落とさないでくださいね』

「…………うーん?」

『……範囲狭いんですよ』

「なるほど……?」

ベルゼブブ曰く上級の悪魔は唯一無二の魔力属性を持っている事が多いらしい。ベルゼブブは暴食、マルコシアスは正義、それならアガリアレプトは──と聞いてみたら暴露だと返ってきた。ある意味一番恐ろしい力かもしれない。

「ロキは……あれ、ロキは?」

ロキの姿が見えないとふと気が付いた。
気まぐれな人──神だから図書館に飽きたのかもしれない。しかし、何も言わずに居なくなるなんて……

『ロキさんならマルコシアスさんについて行きましたよ』

「…………邪魔してないといいけど」

寄り添ったアルにもたれかかって周囲を見回し、本を持った人が数人受け付けの周りに居たと気付き、僕も邪魔だったたのかと頭を下げながら端に避けた。ベルゼブブは受付の中に入り、アガリアレプトの司書としての仕事を横から眺めている。

『……なぁ、ヘル』

少し暇になるなと思っていたらアルが話しかけてきた。アルと心で繋がっていると感じる、僕は上機嫌で目線を合わせた。

『…………無理はしないで』

目尻を下げ、ねだるように柔らかい声を出す。

「うん……? 大丈夫、無理はしてないよ」

アルが黙っていたのは僕が無理をしているように見えて心配していたから? そんなふうに見える行動を取っていただろうか。

『ヘルっ……貴方は、いつもいつも、自分を蔑ろにするっ! やめてくれ……!』

「アル、どうしたの。大丈夫だって、無理なんかしてないし、別に蔑ろになんてしてないから」

どうしてそう見えたんだろう。しっかり元気に見せていたはずなのに。喰われていた時だって必死に声を殺した、それ以上の痛みは恐かったけれどアルに手も差し出した。
余裕は見せていたはずなのに、どうして……分かったんだろう。

『…………本当か?』

「ほんとほんと、僕元気でしょ? 気にしないで、平気だから」

そう、大丈夫。僕は大丈夫。何があっても、何をされても、平気に見せなければ。
アルには身体的な痛みはもちろん、精神的な痛みすら与えたくない。優しいアルは僕が辛そうにしていたら心を痛めるだろう、だから僕は元気を装わなければ。

『ヘル……私は貴方の味方だ。絶対に……魔物使いの力も、その美味さも、関係無い。私だけは貴方自身を愛している』

僕自身、そう、魔物使いである僕をだろう?
分かっている。この魔眼が好きなのも、何だかんだ言っても僕の味に昂るのも、少しずつ僕を頼もしく思ってきてくれていることも──っと、これは僕の願望かな。

「ありがと、アル。僕、もっとアルに好きになってもらえるよう頑張るよ」

もっと魔眼が輝くように、もっと美味しくなるように、魔物使いの力をどんどん振るい、全てを支配してアルを安心させてあげる。
僕は微笑んでアルを撫で、戻ってきたマルコシアスが持ってきた本を受け取った。
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