魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

自身の頭の中だけで

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サタンが神を憎む理由を知って、ルシフェルが堕天する瞬間も見て、次に知るのは何の真実だろうと目を開ける。
そこに映るのは川、静かに流れる美しい水面に小さな子供が映っている。この子供は僕の前世だろうか、髪は金色で瞳は青色だ、この歳ではまだ魔物使いの力は発現していないのだろう。川の底にネックレスのような物がある。前世の僕はそれをじっと見ているようだ。

『……母親の物を勝手に持ち出して遊び、川に落としたようです』

「ぁ、ウムルさん……どうも。そうなんですね、まぁ子供ってそういうのやりがちですよね」

僕はそんな悪戯をやって許されるような子供ではなかったから、物心ついた頃からそれを分かっていたから、やらなかったけれど。
僕──僕の前世である子供はネックレスを拾おうと川に手を浸す。浅い川だったようで、小さな手の短い指にネックレスの紐は絡まった。

「とれた! ゎ……わわっ!」

小さな子供というのは身体に対して頭が重く、バランスを崩しやすい。お辞儀をして倒れてしまうくらいに。
視界は川面から川底に変わる。藻掻く手がチラつき、映像だけでも溺れている感覚が思い出される。
浅く静かな川だけれど、幼い子供が這い上がれる程の大人しさではなく、僕はどんどんと流されていく。
まさかこの前世はここで死ぬのか? そう思った時、襟首に何かが引っかかり僕は岸に引き上げられた。

『……小さい人間釣れた』

『マジかやべぇ』

『あれ? 死んでる?』

『いや、一応生きてる。水吐かせて……えっと、身体あっためて? 何するんだっけ』

目を閉じてしまっているようで僕を助けた人達の顔は見えないけれど、声は聞こえる。両方とも聞き慣れた声だ。

『あ、起きた。起きたよロキ、起きたらどうするの?』

『えー……知らねぇよ』

黒と赤の違った瞳が僕の顔を覗き込む。顔を擽る中途半端に長い髪は白と黒と灰が混じっている。
『黒』だ。『黒』に出会った。早く、早く名乗って、今すぐに名前を教えて。
今はまだ『黒』とは名乗っていないだろう。名前を聞きたいけれど、僕は前世の僕を操作出来ない。

「……おねーちゃんたち、だれ?」

『運が良いなお前。俺様はロキ様、神様だぜ!』

『天使とか鬼とか精霊とか、何かよく自分でも分かんないけど、見て分かるだろ? 美少女だよ』

ロキは僕が覚えている姿とは違う。服装は似通っているが、スレンダーな美女だ。

『で、お前は何で川流れてたんだ?』

「おかーさんの、おとしちゃって」

『何を落としたんだい?』

「これ……あれ?」

拾ったはずのネックレスは手の中にはない。溺れている間に落としたのだろう。

「ない……どうしよ、おかーさんの……」

『……ロキ、探してあげなよ。神様だろ?』

『嫌だよ面倒臭ぇ。お前がやれよ天使だろ』

『僕鬼だし』

『面倒臭ぇなぁお前、ハッキリしろよ』

ロキと『黒』は僕を放って口喧嘩を始める。しかし、流石に泣き声にはその喧嘩は中断された。

『はーいよしよし、泣かない泣かない』

『こんくらいのガキって乳吸わせたら落ち着くんじゃねぇの? その無駄にデカいの活用しろよ』

『……は? キモ。君がやれば?』

『いや俺男だし』

『今は女だろ、ほら』

すぐに喧嘩は再開し、『黒』は僕をロキの胸に押し付ける。

『見たら分かんだろ今俺ぺったんこ!』

『知らないよ変身しなよ』

『ほらガキ! こっちの姉ちゃんの方が優しいぞ! 俺はお母さんの何たら探してやるからあっち行け!』

ロキは僕を『黒』に投げ付け、鯰のような紫の魚に変身して川に飛び込んだ。
どちらも泣きじゃくる子供に対して冷たいのではないか? ロキは子供も居るだろうに……いや、あの蛇と狼はまだ産まれていないのだろうか。

『…………よしよし』

『黒』は僕を膝に乗せ、優しく背を撫でて呼吸を落ち着かせている。感触も僕に伝われば良かったのに……そうなると溺れる苦しさも味わうことになっていただろうけど、『黒』に抱かれる感触はそれを打ち消す。

『たぁちゃん! やっと見つけ……なっ、何だその子供は! 私という者がありながら……隠し子なんて!』

『隠し子じゃないし天使は子供産めないし君は僕のどういう者のつもりなの?』

降りてきた天使の眩さに僕は『黒』の胸に顔を埋めてしまったが、その者は声と話し方で分かる、オファニエルだ。

『何かあったぞ! お母さんの何たらってこれか!』

びちゃっと何かが落ちる音に顔を上げ、ネックレスを咥えた鯰を見つける。鯰は見慣れた青年の姿になり、僕にネックレスを渡した。

『だ……誰だこの男は! 酷いよたぁちゃん、私が居るのに!』

『え? 何こいつ、元カノ? ちゃんと別れろって言っただろ?』

『話に乗らないでもらえるかなロキ、僕は君のことを男としては最低だと思っている』

『……ひでぇや』

『私は元ではない! 今だ!』

『君とは今も昔も何もないよ』

事態が混沌としてきた。そろそろ早送りをした方がいいだろうか。

『はぁ……うるさい奴ら。ね、君。家まで送ってあげるよ。もう川に落ちちゃダメだよ、いつもここで釣りしてる訳じゃないからね、今度は助けてあげられない』

「…………おねーさん、てんし?」

『黒』は騒がしい二人から逃れる為か僕を抱えて翼を生やし、飛び立った。

『…………僕は天使じゃないよ、天使でもあるけど』

「また、会える?」

『多分無理だね。君が面白い子になってたら退屈しのぎに見に来るかもしれないけど、ただの人間じゃ無理だ……あ、あの家かな?』

『黒』は僕を家の前に下ろし、火が風に消えるように姿を消した。僕はずっと何も無い空間を眺めている──きっと前世の幼い僕の初恋だったのだろう。
少し時間を飛ばし、幼い子供だった前世の僕が今の僕よりも背が高くなる頃。町外れの小さな一軒家で一匹の魔獣と共に暮らしていた。

『ご主人、飯はまだか! 飯! めーしー!』

魔獣と言っても家猫と大して変わらない、尻尾が分かれて二本になり、人の言葉を話しているだけだ。

「あー……もうないや。ごめん、釣ってくる」

『ばかー! 飢え死にさせる気か! ご主人のばかー!』

「自分で狩ればいいのに……」

ため息をつきながら釣竿と籠を背負い、家の裏の川のほとりに座る。

「……お い で 」

糸を伸ばし針を垂らし、念を込めてボソリと呟く。すると川面にバシャバシャと魚が飛び跳ね始めた。

「わ、来すぎ来すぎ……ぇ、ちょっ…………ぅわぁっ!?」

針は上手に大きな魚を引っ掛けたが、その魚は他の魚に押されて埋もれ、釣り糸が引っ張られ、僕は川に──魚の群れの中に落ちた。
川の水と小魚を飲み、川下に流れていく。

『……人間釣れた』

『マジかお前ちょっと前にも釣ってなかった?』

『釣ったね。あれは子供だったけど……これは大きいね』

『魚拓とろうぜ、いや人拓? 墨とかある?』

腹を押され、魚と水を吐き出して目を開ける。僕は数分前に見た、前世の僕は何年か前に見たものと同じ光景が広がっていた。

「…………おねーさん?」

『俺様はロキ様、神様だぜ!』

僕はロキを無視し、『黒』に抱き着く。

「おねーさん! おねーさん、僕のこと覚えてますか? 昔、子供の頃川に落ちて……今みたいにおねーさんに助けてもらったんです!」

『いや、釣りしてただけ……え? 同じ子? 嘘、場所違うのに……』

「会いたかった、ずっと探してたんですよ! おねーさん……もう、これは運命ですよね! おねーさん、あなたは僕の天使です! 結婚してください!」

『…………へ?  あの、ちょっと……』

『よっしゃ式挙げるぞ!』

僕達の背後に鬱蒼と生えていた木々が豪奢な机と椅子になり、苔むした地面は赤い絨毯となり、川辺の石がコロコロと集まって組み上がり、人の形になって手を叩く。

『じゃあ俺司会! えっと……誓いますか?』

『誓わないよ! 今すぐ全部元に戻せこの短絡的性悪邪神!』

『た、短絡的性悪邪神? ひっでぇ……』

周囲の景色は一瞬で元の静かな森と川辺に戻り、僕も『黒』から引き剥がされる。

『……全く。君も一旦落ち着いてよく考えなよ』

「何年もずっと考えてきました、おねーさんは僕の運命の人だって……ずっと探してて、また同じふうに会えて、こんなのもう結ばれるしかないのに……どうしてそんなに僕を突っ撥ねるんですか?」

『コイツ結構やばい奴だな』

『君がはやし立てたからってのもあるからね。えっと……よし、じゃあ一つ約束しようか。三回だ、何事も三回必要なんだよ。また今度会ったら、その時は君の恋人になってあげる、それでどう?』

「は……はい! 探します! また川に落ちればいいんですね!?」

『……君多分溺死するよ』

あしらうように頭を撫で、『黒』はまた姿を消した。後に残ったロキは僕を家に空間転移させ、ついでとばかりに釣っていたらしい魚を寄越して消えた。
大漁に喜ぶ猫の声を聞きながら、僕はまた出会ったであろう未来に──いや、僕にとっては過去か? 『黒』の名前を取り戻せると信じ、時間を進めた。
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