魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
524 / 909
第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

竜族との過去

しおりを挟む
魔女裁判にかけられた少女だった前世はあの後も何も起こらず、寿命で死ぬまで『黒』に閉じ込められていた。『黒』が何か術でも仕込んでいたのだろう、魔物や天使があの山小屋を尋ねることは終ぞなかった。

「……『黒』の名前っていつ分かるの?」

『今まで何度も聞いたでしょう』

「…………え? 一度も名乗ってなかったよね?」

いや、結婚相手や監禁相手に名前を告げないなんて有り得るのか?
まさか──聞こえなかった? 認識出来ていなかった? あの砂嵐のような音はなかったけれど、それ以上に鮮やかに誤魔化されていたのか。

『名前を盗れるのは名前が宙に浮いた時のみ』

「……どういう意味?」

『名前が浮いた瞬間を狙い奪い返し、再度与えれば良いでしょう』

一万年前、『黒』がナイに名前を渡す際、儀式のようなものが行われるのか? 今僕が見ようとしている前世は僕の時代の何世紀前なのだろう。その好機はいつ来るのだろう。
頭を悩ませつつ、僕はまたいつかの前世の記憶を覗く。


岩山を籠に乗せられて登っている。運んでいるのは人間だ、他の荷物には果物や果実酒も伺える。

「……ごめんな、ごめんなぁ」

籠を持つ男の一人は謝り続けている。涙がぽたぽたと落ち、地面に跡をつけていた。

「気にしないで、父さん」

そう言ったのは前世の僕で、泣いている男──父親は更に大きな泣き声を上げた。

「村長……どうにかなりませんか。贄は今までずっと娘だったんでしょう、どうして……どうしてうちの息子が……」

「くどいぞ。何度も言ったろう、白銀様直々のご指名だと」

「ちきしょうっ……あの邪竜め……」

「口を慎め! 白銀様はこの地の守り神だ!」

白銀様──それが竜の名だろうか。贄を要求する邪竜か……
まぁ、魔物使いの力に目覚めているのなら喰われることはないだろう。今回は髪が短くて視界に入っていないから、力に目覚めているのかどうかが分からないけれど。
泣く父親に声をかけ続け、そうしているうちに目的地に到着した。村長だという老人は大きな洞穴の前で鐘を鳴らし、「白銀様」と叫んだ。

『……ご苦労さまー』

ぬっと顔を出したのはその名の通り白銀の竜だ。細長い首や手足、そう大きくない翼、長い尾……兵器の国で見た竜より小さい。そういう種なのか、まだ子供なのかは分からない。

「……白銀様でいらっしゃいますね。供物をお持ちしました」

『うん、少し前に交代したばっかりで勝手が分からないんだけど……麓の村に寄ってくる魔物を追い払って、天候を穏やかにしておけばいいんだよね? 定期的に雨呼んでさ』

「は、はい……この供物がお気に召しましたら、どうぞ約定通りに」

天候を操ることが出来るなら相当の高位種だ、竜には詳しくないけれど。交代したばかりだということはやはりまだ若いのだろうか。

『あの子は? 来てくれた?』

「…………こちらに」

籠が竜の前に運ばれ、縦長の瞳孔が僕を映す。僕は村長に言われて籠から降り、竜の前で一礼した。竜にしては小さいとはいえ、人間と比べれば巨大だ。見ているだけの僕も恐怖を感じる。

『ありがとー! 五百年だっけ? しっかり護るからね!』

竜は明るくそう言うと両手で僕を包み、尾に果物や酒が入った籠を引っ掛け、洞窟の奥に向かった。
竜は僕を編んだ藁の上に落とし、岩壁にせり出した鉱石に息を吹きかける。すると鉱石が赤や青、緑に紫に輝き、真っ暗だった洞窟が明るく変わる。

『眩しっ……』

そう漏らして瞳孔を更に細める。
夜目がきくのならどうして灯したのだろうか。

「…………白銀様、あのっ……」

震えた声が前世の僕のものだと気付くのには時間がかかった。父親を励ましていた気丈さはもうどこにない、身体の前で組まれた手も震えている。

『あ、シェリーって呼んで。私、シャルル・イールズ・ロックハウンド・ロストライト・ランダー……えっと、なんだっけ』

恐ろしさが薄れてきた。いや、巨体や牙や爪の威圧感より惚けた言動が勝ってきた。

『人間は暗いと何も見えないんだよね? これくらいの明るさで大丈夫?』

「え……? あ、はい、大丈夫……です」

『お腹空いてない? 空いたら果物食べてね。夜になったら鹿とか持ってくるから……お肉はそれまで我慢してね』

「鹿って……僕の食事ですか?」

『あれ、人間って雑食じゃなかった? お肉食べない?』

「た、食べますけど……どうして、僕の食事を?」

『食べなきゃ死んじゃうじゃん』

竜……いや、シェリーは僕の上に供物である果物を落とす。間抜けな顔をしているであろう前世の僕を見つめ、首を傾げる。

「……白銀様、ぁ、いえ、シェリー様は僕を食べないんですか?」

『え……? なんで?』

「なんでって……贄って、そういうものでしょう?」

『…………私、鉱石食だから人間なんか食べないよ』

鉱石食なんてあるのか。石を溶かす消化器官なら人間なんて簡単に溶けるだろう……いや、栄養にならないか。

「食べないんですか?」

『食べないよ?』

「……じゃあなんで僕を」

『えへへー……一目惚れ。よろしくね、旦那様』

それから数日、シェリーは宣言通り僕を食べようとする気配すらなく、毎日果物や鹿を持ってきた。生では肉は食べられないと言うと薪を持ってきたり、藁では寒いと言うと羊を連れて来た。
何と言うべきか……献身的だ。

『旦那様、眼……大丈夫?』

羊の毛を刈って寝床を整えるなんて高等技術は前世の僕も今の僕も持ち合わせておらず、連れて来られた羊は藁の上で眠っている。その羊で暖を取る僕の顔を覗き込む大きな蒼い瞳──瞳孔が狭まり、原始的な恐怖を与えられた。

『白くなってるよ。ちゃんと見えてるの?』

「え? 見えてる……けど」

前世の僕は早々に敬語と様付けをやめた、僕のくせに中々に太い神経をしている。

『髪も白くなってきたし……な、何かストレスとかあるのかな? 私心配だよ……』

「…………まぁストレスだらけって言えばそうだけど」

『え? なんて? 思い当たるのあるの?』

「……い、いや、何も……不思議だなー」

シェリーは誤魔化す僕をじっと見つめている。怪しんでいる訳ではなく、純粋に心配している。
こんなにも純粋な可愛らしい子に好かれるなんて本当に羨ましい。まぁ僕にはアルが居るし、負けてはない、いやむしろ勝っている。

『……旦那様、シェリーに乗って』

「え? どこに?」

『…………掴まれそうなところ』

「頭かなぁ……」

首を地面に付けたシェリーの頭によじ登り、額の一角に跨り、それに抱き着く。

『離さないでね!』

シェリーは洞窟の入り口に向かって走り、飛んだ。身体に対して小さな翼は風を孕み、その巨体を浮かせている。

『私、空飛ぶとスーッとするから、旦那様もそうかなって思ったんだけど、どう?』

「…………た、高い……怖い」

『スーッとする?』

「ヒュッとする……」

前世の僕も空を飛ぶのは苦手らしい。しかし、映像だけの僕は楽しめている。このまま二、三周岩山を旋回して欲しいくらいだ。

『……楽しくない? ダメかぁ。帰ろっか』

シェリーは岩山に向かい──岩壁にびたっと張り付いた。

『私が出来るの滑空だけだから、巣には登攀しなきゃいけないの。落ちないように頑張ってね、旦那様』

洞窟に戻った僕はすっかり憔悴し、羊を枕に寝転がっていた。眺めているだけの僕にとっては刺激的な楽しさがあったけれど、当の本人にはキツいものだっただろう。

『…………ごめんね』

「……いや、気にしないで。でも、もう二度とやらないでよ」

『旦那様……ゆっくり休んでね。欲しいものあったら言って、苦しかったら呼んでね』

シェリーはそう言って肩を落とし……翼を落とし? 岩壁に齧り付いた。食事だろうか、ゴリゴリと岩を削る音が聞こえる。
中々に可愛らしい子だ。竜は長命だと聞くし、僕の時代まで生きているのなら是非会いたい。かつての夫の生まれ変わりだと言ったら信じるだろうか。

「…………シェリー」

半分ほど羊毛で埋まった視界の先、美しい白銀の鱗。前世の僕は虚空を見つめ、羊にも聞こえないような小さな声で呟いた。

「……僕、君のこと結構好きだよ」

自嘲を漏らし、目を閉じる──ドタドタと走り寄る音に目を開ける。

『旦那様! もう一回! もう一回!』

「耳いいね。恥ずかしいから嫌だよ」

羊に顔を埋め、今度こそ目を閉じた。
次の呟きを待つ蒼い視線を痛いくらいに感じながら。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...