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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ
幼馴染の魔術師
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穏やかに流れる川、そこに架かった石橋を走る子供達、土手の上に並んだ木組みの家々──今回の前世は平和そうに見える。竜族と天使の戦争から一体どれだけ経ったのだろう。
『や、こんにちは。お昼寝中かな?』
土手に寝転がった僕の顔を『黒』が覗き込む。どうやらもう魔物使いの力は目覚めているらしく、『黒』も僕を見つけている。
『平和でいいねぇ、羨ましいよ。天界は色々とゴタゴタしててさ』
「よく来るけど君仕事しなくていいの?」
『君に言われたくないね』
僕は『黒』と仲良く話している、出会ってからそれなりの時間が経っているらしい。以前のように監禁もしていなければ、傍に常に居る訳でもない、『黒』は本当に気分屋だ。
『ほら、怖ぁい幼馴染ちゃんが迎えに来たよ』
言うが早いか、視界が揺れた。頭を思いっきり蹴り飛ばされたらしい。こういう時は映像を見ているだけで良かったと、触覚がなくて良かったと心底思う。
「お前、私の仕事を手伝うと言ったよな。無能なお前のためにこの私がわざわざ用意してやった仕事をどうして抜け出すことが出来るのか、その精神が一番の謎だな!」
尖ったヒールが腹に埋まっていく……『黒』はその光景を見て腹を抱えて笑っている。
「……またお前か、堕天使もどき」
『やだな、僕は何もしてないよ。それよりさ、彼を無能って呼ぶのはそろそろ改めた方がいいと思うな、多分……後二、三ヶ月もすれば魔物使いとしてちゃんと目覚めると思うよ? あんまり虐めちゃ悪魔けしかけられちゃうかもね、高名な魔術師様と言えども所詮は人間、人間の範囲から逸脱出来ない間は偉ぶるのはやめた方が身のためだ』
「ご忠告感謝する。ほら起きろ、将来有望の魔物使いとやら! このまま蹴り殺すぞ!」
「君が蹴ってるから起きれないんじゃないか……」
「黙れ! 死ね!」
そう吐き捨てて額を蹴り、苛立ちを歩き方にまで匂わせて去って行く。前世の僕にとって彼女は逆らえない存在らしく、よろよろと立ち上がって追いかけた。
「そんな高いヒール履いてちゃ危ないよ?」
「王都では女はこの格好をしなければならない! 全く不愉快だ……男装が出来れば問題は無いが……」
「その胸じゃ無理だね! いやぁほんと立派、赤ちゃんの頭くらいあるんじゃない?」
高いヒールに爪先を踏み抜かれ、倒れ込んで悶絶する。
乱暴な女だと思っていたが、これは前世の僕の態度にも原因がある。まぁやり過ぎたとも思うけれど──でも、これが日常なら僕は懲りるという言葉を知らない馬鹿だ。
「いてて……でもさ、ここ王都じゃないし別に良くない?」
『昼に王都の魔術師が来るんだ! だから掃除しておけと言ったのに……』
「そうだっけ? ごめんごめん、忘れてた」
家なのか職場なのか、目的地らしい掘っ建て小屋の中は酷い有様だ。本やら薬瓶が散乱し、食べ残しが虫を集めている。
「ナハトちゃんが本棚の大きさ考えずに本買うからこうなるんだよ」
「片付けは助手であるお前の仕事だ! 本棚は作れと数日前から言っているし、食べ残しを床に捨てるなと数年前から言っている!」
「そうだっけ? ごめんごめん、気を付けるよ」
「もういい! この本も全部読んだ、もう要らん!」
ナハトというのが彼女の名だろうか、どこかで聞いたような……彼女の顔にも見覚えがある。彼女の無責任な助手が僕の前世だからだろうか。
ナハトは短く詠唱し、本や食べ残しを燃やしてしまった。今のは魔術だろう、中々の腕前だ。
「いやぁ鮮やか鮮やか、見惚れるね」
「薬を拾って棚に整理! 灰を外に掃き出す! 終わったら茶と茶菓子を買ってこい!」
「ナハトちゃんって人使い荒いよね」
「さっさとやれ! 出来なければ蹴り殺すぞ!」
随分と足癖が悪い。魔術師なら魔術の実験台にするだとか言ったらどうだ。
僕の前世は手早くナハトの言いつけをこなし、すっかり綺麗になった部屋の床に寝転がった。
「やれば出来るじゃないか。勿体ない……どうしていつもだらけているんだ」
「人よりやる気の出が悪くてねー、数日は何も出来ないかも」
「もうすぐ王都の魔術師が来る、茶を用意しておけ。しっかり出来たら褒美をやる」
「……まさか、とうとう……その完璧なお身体を任せてくれる気に?」
「死にたいのか、なら仕方ない、死ね」
「冗談じゃん」
「お前の冗談は一々下品な上にあわよくばが見え透いている!」
こんな男が僕の前世とは思えない、いや、思いたくない。今まで見てきた前世の中で一番僕から遠い、むしろ僕がイレギュラーだとでも言うように。
自身の視界として体験しているのに、お茶を用意する前世の僕の手際は僕の知覚が追いつかない程に良く、扉を叩く音がする頃には完璧に仕上がっていた。
「……これは驚いた、あの名高い田舎魔術師ヘクセンナハト様がこんなに若く美しいお嬢様だとは」
やって来た中年の魔術師の男は嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。
ヘクセンナハト──そうか、見覚えがあって当然だ。お菓子の国で兄が前世帰りさせられて、その時に尋常ならざる憎悪と殺意を向けられた。
「あなたの功績は素晴らしい、腕前も確かだ」
ナハトは王都で魔術師として働きたいと、そんな事を話した。この国がどこかはまだ分からないが国家資格らしい。試験を通過しなければ自称になるのだと。
「しかし、受験資格は与えられませんな」
「……どうしてでしょう」
「あなたは女性でしょう?」
「…………やはり、そうなりますか」
「ええ、どうぞ魔術などやめて自分を磨いてください。もう少し見目に気を使えば、王都の貴族達も妾として欲しがるでしょう」
男はナハトを舐め回すように見つめ、そう言った。それから僕に視線を寄越す。
「あなたが彼女のような魔術師で、彼女があなたのように美味しいお茶を入れられるなら理想でしたのに」
お茶を飲み干し、席を立つ。
男が馬車で去って行くのを窓から確認し、僕は残されたお茶菓子を齧る。
「灰まみれの窓枠を拭いた雑巾の絞り汁って王都の方の口に合うんだね」
「……お前、そんなことしていたのか」
「前からあの人嫌いでね。あ、ナハトちゃんのには入れてないから安心して」
「当たり前だ、馬鹿」
カップの中、茶色い水面を眺めるナハトの顔は暗い。
「だから国出ようって前から言ってるのに。この国では女の子はどんなに優秀でも仕事に就けないんだからさぁ」
「……気に入らないな。私はどの魔術師よりも腕が良いはずだ」
「仕方ないんじゃない? この辺の自然神様は女嫌いらしいし。でも創造神の地域だと魔術なんか処刑対象だしなぁー……不真面目な天使様に何か良いとこ聞いておくから、荷造りしよ?」
ナハトは無言のまま指を振る。すると収納棚に押し込んだ大きな鞄がひとりでに床に出てきて、勝手に薬瓶がその中に入っていく。
「詠唱無しでここまで繊細な魔術使えるのナハトちゃんだけだよね。いやぁ流石だよ、助手として幼馴染として恋人候補として鼻が高い!」
「誰が恋人候補だ! お前だけは絶対に有り得ん!」
「えー寝食を何年も共にしてるのにー」
「黙れ! 死ね! 生き返ってもう一度死ね!」
ナハトは不貞腐れたのか小さなベッドに身を丸め、僕に背を向ける。荷造りは滞りなくひとりでに進んでいる。
「……お前は魔物使いなんだろ? 隷属魔術だとか言えば王都に入れるはずだ。何故しない」
「働きたくないから」
「…………私を憐れんでいるのか?」
「えー僕ナハトちゃんには劣情しか抱いてないよ?」
「……死ね!」
飛んで来た薬瓶を眼前で防ぎ、鞄に放り入れる。
枕を抱き締めて不貞寝を始めたナハトの顔を覗き、僕は夕飯の買い出しに出掛けた。
……今までの関係を見る限りでは殺し合うような仲には見えない。どうしてああまで恨まれたのだろう。
『……続けますね?』
「ウムルさん。はい、何か起こるまで……ちょっとずつ飛んで、ナハトさんにナイ君が接触するところを見ないといけませんから」
ナイはこれまで僕の前世に関わっていなかった、おそらく『黒』にも。
ナハトがナイに関わるのは、不老不死になるのは、この時代のはずだ。
『や、こんにちは。お昼寝中かな?』
土手に寝転がった僕の顔を『黒』が覗き込む。どうやらもう魔物使いの力は目覚めているらしく、『黒』も僕を見つけている。
『平和でいいねぇ、羨ましいよ。天界は色々とゴタゴタしててさ』
「よく来るけど君仕事しなくていいの?」
『君に言われたくないね』
僕は『黒』と仲良く話している、出会ってからそれなりの時間が経っているらしい。以前のように監禁もしていなければ、傍に常に居る訳でもない、『黒』は本当に気分屋だ。
『ほら、怖ぁい幼馴染ちゃんが迎えに来たよ』
言うが早いか、視界が揺れた。頭を思いっきり蹴り飛ばされたらしい。こういう時は映像を見ているだけで良かったと、触覚がなくて良かったと心底思う。
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尖ったヒールが腹に埋まっていく……『黒』はその光景を見て腹を抱えて笑っている。
「……またお前か、堕天使もどき」
『やだな、僕は何もしてないよ。それよりさ、彼を無能って呼ぶのはそろそろ改めた方がいいと思うな、多分……後二、三ヶ月もすれば魔物使いとしてちゃんと目覚めると思うよ? あんまり虐めちゃ悪魔けしかけられちゃうかもね、高名な魔術師様と言えども所詮は人間、人間の範囲から逸脱出来ない間は偉ぶるのはやめた方が身のためだ』
「ご忠告感謝する。ほら起きろ、将来有望の魔物使いとやら! このまま蹴り殺すぞ!」
「君が蹴ってるから起きれないんじゃないか……」
「黙れ! 死ね!」
そう吐き捨てて額を蹴り、苛立ちを歩き方にまで匂わせて去って行く。前世の僕にとって彼女は逆らえない存在らしく、よろよろと立ち上がって追いかけた。
「そんな高いヒール履いてちゃ危ないよ?」
「王都では女はこの格好をしなければならない! 全く不愉快だ……男装が出来れば問題は無いが……」
「その胸じゃ無理だね! いやぁほんと立派、赤ちゃんの頭くらいあるんじゃない?」
高いヒールに爪先を踏み抜かれ、倒れ込んで悶絶する。
乱暴な女だと思っていたが、これは前世の僕の態度にも原因がある。まぁやり過ぎたとも思うけれど──でも、これが日常なら僕は懲りるという言葉を知らない馬鹿だ。
「いてて……でもさ、ここ王都じゃないし別に良くない?」
『昼に王都の魔術師が来るんだ! だから掃除しておけと言ったのに……』
「そうだっけ? ごめんごめん、忘れてた」
家なのか職場なのか、目的地らしい掘っ建て小屋の中は酷い有様だ。本やら薬瓶が散乱し、食べ残しが虫を集めている。
「ナハトちゃんが本棚の大きさ考えずに本買うからこうなるんだよ」
「片付けは助手であるお前の仕事だ! 本棚は作れと数日前から言っているし、食べ残しを床に捨てるなと数年前から言っている!」
「そうだっけ? ごめんごめん、気を付けるよ」
「もういい! この本も全部読んだ、もう要らん!」
ナハトというのが彼女の名だろうか、どこかで聞いたような……彼女の顔にも見覚えがある。彼女の無責任な助手が僕の前世だからだろうか。
ナハトは短く詠唱し、本や食べ残しを燃やしてしまった。今のは魔術だろう、中々の腕前だ。
「いやぁ鮮やか鮮やか、見惚れるね」
「薬を拾って棚に整理! 灰を外に掃き出す! 終わったら茶と茶菓子を買ってこい!」
「ナハトちゃんって人使い荒いよね」
「さっさとやれ! 出来なければ蹴り殺すぞ!」
随分と足癖が悪い。魔術師なら魔術の実験台にするだとか言ったらどうだ。
僕の前世は手早くナハトの言いつけをこなし、すっかり綺麗になった部屋の床に寝転がった。
「やれば出来るじゃないか。勿体ない……どうしていつもだらけているんだ」
「人よりやる気の出が悪くてねー、数日は何も出来ないかも」
「もうすぐ王都の魔術師が来る、茶を用意しておけ。しっかり出来たら褒美をやる」
「……まさか、とうとう……その完璧なお身体を任せてくれる気に?」
「死にたいのか、なら仕方ない、死ね」
「冗談じゃん」
「お前の冗談は一々下品な上にあわよくばが見え透いている!」
こんな男が僕の前世とは思えない、いや、思いたくない。今まで見てきた前世の中で一番僕から遠い、むしろ僕がイレギュラーだとでも言うように。
自身の視界として体験しているのに、お茶を用意する前世の僕の手際は僕の知覚が追いつかない程に良く、扉を叩く音がする頃には完璧に仕上がっていた。
「……これは驚いた、あの名高い田舎魔術師ヘクセンナハト様がこんなに若く美しいお嬢様だとは」
やって来た中年の魔術師の男は嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。
ヘクセンナハト──そうか、見覚えがあって当然だ。お菓子の国で兄が前世帰りさせられて、その時に尋常ならざる憎悪と殺意を向けられた。
「あなたの功績は素晴らしい、腕前も確かだ」
ナハトは王都で魔術師として働きたいと、そんな事を話した。この国がどこかはまだ分からないが国家資格らしい。試験を通過しなければ自称になるのだと。
「しかし、受験資格は与えられませんな」
「……どうしてでしょう」
「あなたは女性でしょう?」
「…………やはり、そうなりますか」
「ええ、どうぞ魔術などやめて自分を磨いてください。もう少し見目に気を使えば、王都の貴族達も妾として欲しがるでしょう」
男はナハトを舐め回すように見つめ、そう言った。それから僕に視線を寄越す。
「あなたが彼女のような魔術師で、彼女があなたのように美味しいお茶を入れられるなら理想でしたのに」
お茶を飲み干し、席を立つ。
男が馬車で去って行くのを窓から確認し、僕は残されたお茶菓子を齧る。
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「……お前、そんなことしていたのか」
「前からあの人嫌いでね。あ、ナハトちゃんのには入れてないから安心して」
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「だから国出ようって前から言ってるのに。この国では女の子はどんなに優秀でも仕事に就けないんだからさぁ」
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「仕方ないんじゃない? この辺の自然神様は女嫌いらしいし。でも創造神の地域だと魔術なんか処刑対象だしなぁー……不真面目な天使様に何か良いとこ聞いておくから、荷造りしよ?」
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「詠唱無しでここまで繊細な魔術使えるのナハトちゃんだけだよね。いやぁ流石だよ、助手として幼馴染として恋人候補として鼻が高い!」
「誰が恋人候補だ! お前だけは絶対に有り得ん!」
「えー寝食を何年も共にしてるのにー」
「黙れ! 死ね! 生き返ってもう一度死ね!」
ナハトは不貞腐れたのか小さなベッドに身を丸め、僕に背を向ける。荷造りは滞りなくひとりでに進んでいる。
「……お前は魔物使いなんだろ? 隷属魔術だとか言えば王都に入れるはずだ。何故しない」
「働きたくないから」
「…………私を憐れんでいるのか?」
「えー僕ナハトちゃんには劣情しか抱いてないよ?」
「……死ね!」
飛んで来た薬瓶を眼前で防ぎ、鞄に放り入れる。
枕を抱き締めて不貞寝を始めたナハトの顔を覗き、僕は夕飯の買い出しに出掛けた。
……今までの関係を見る限りでは殺し合うような仲には見えない。どうしてああまで恨まれたのだろう。
『……続けますね?』
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