魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十二章 初めから失敗を繰り返して

自分勝手な呪い

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人間の邪悪さの証拠のような書類の群れの中、静かな部屋、僕はぼうっと『黒』の言葉を反芻していた。
僕は『黒』を犠牲に世界を救う──
確かに、魔物と人間を共存させて平和を築いたとしても、僕の死後もその平和が継続するとは思えない。僕の意志を継ぐ者は居ない、兄やベルゼブブが座を継ぐなら最低な世界が待っている。
その後転生しても共存後に争いが起こったのなら人間は悪魔の統治下にあるだろうし、その中で生まれた魔物使いが悪魔の都合のいいように育てられない訳がない。
世界の歪みを正し、全てを幸福に保つ為には、魔物使いは完全な形で君臨し続けなければならない。

「……君は、本当に消えたいの?」

本当に疲れたなんて理由なの?
消えるのは世界の為じゃないの?
そう聞く相手はこの部屋には居ない。

「分かんないよっ……『黒』ぉ……」

自分勝手なの? 自己犠牲なの?
聞けたとしてもきっと真実を教えてくれない。
それが呪いだ、これが呪いだ、僕はこの先ずっと疑問を抱えて生きていく。どれだけ考えても解決することはなく、気分が晴れる日は来ない。

部屋の隅に蹲り、声を殺して嗚咽を漏らす。
重厚な扉が叩かれ僕は慌てて透過を意識した。
部屋に入ってきたのは豪奢な服を着た肥満体の男で、研究者らしくも兵士らしくもない、王族か何かだろう。ナイに用事があったらしいが、居ないと分かると部屋の散らかりように文句を言いながら出て行った。

『……とりあえず、帰らないと』

『黒』が僕の前から姿を消しただけなのは分かる。まだ存在を共有しているからか、彼女が完全に消えてしまっていないのは分かる。実体化出来るかどうかまでは分からないけれど。まだ説得の機会はある。

『…………鍵も調べないと……』

銀の鍵をもう一度使って、元の時空に戻りたい。戻ったら『黒』はどうなっているのだろう。

『ナイ君に……いや、アレはダメ』

ナイなら鍵の使い方を知っているだろうけど、この国に居るナイはダメだ。なら誰に──どこに居るナイなら安全だろう。
僕はそんな居ないと分かっているものに頭を悩ませながら、アル達が待つ時計塔に戻った。



王城に隣接する兵器開発の巨大な建造物、その中心。ナイが仕事を進める中、その机に座るのは『黒』。

『……消えてない』

ボソッとそう呟き、消えていない自身なりの見解をナイに一方的に話す。

『天使や悪魔は生き物というより概念的な存在だ。僕が突然消えればこの世の全ては自由意志を失う。だから僕は勝手に消えられない。でも、名前を媒介として自由意志を移せば僕は消えられる。でも残ってる……システムと意識は剥離しているのかもしれない。自我を持つシステムではなく、自我とシステムなのかもしれない。まぁ、引き継ぎ中だからっていう説が有力だけどね』

ナイは面白くもない話で仕事を邪魔されていることに苛立ちながら、肯定とも取れる曖昧な返事をした。

『僕が消えれば僕の痕跡は全て消える。でも、後任である彼は僕を記憶する権利がある。忘れてもいいし忘れなくてもいい。本来なら自然と、そう、幼い日の記憶のように朧気になるものなんだろう。でも僕はそれが嫌だ。意識を持った瞬間から遍く僕を消したかったけれど、僕は彼の中に残りたくなった』

『…………その話、長い?』

無視し続けても止まない話をどうにかしようと話しかけるも、『黒』はナイに答えを返さない。

『彼の心を傷付ける方法は分かってる。彼は僕のタチの悪さを知らないし、恋人だったんだから美化されてるはずだ。あの傷が癒える日は来ない……と思う』

『……何、トラウマになってやったってこと?』

『久遠に近い時恋しく思っていた彼の心を千年も生きていない魔獣なんかに埋められてたまるか……なんて、鬼っぽい嫉妬心燃やしてみたんだよ』

『酷いことするね。キミ、ひょっとしてボクじゃない? あと机から降りて?』

机から降りるかどうかは『黒』が決めることであって、ナイが彼女に強制出来ることではない。少なくとも今はまだ『黒』はそういう存在だ。

『君である可能性は全てが孕んでる、そうだろ?』

『まぁ、そういうものだからね』

『黒』の名を奪ってもヘルに「兄」だの「嘘」だのの性質を追加されても根幹は揺らがない。
何者でもないから何者にもなれる。あるいは何者でもないから何者でもある。ナイはそんな意味を含ませ、歪んだ口元を手で隠した。

『ところでさ、君、創造神の神性を奪う計画倒れたのにまだこの界に居座るの?』

『ボクと遊んでくれる人間が居る限り、ボクは人界に居るよ。それがボクの役目で宇宙の決まり、そして人類の望みなんだ』

『創造神に成り代わる、ね……自由意志を足掛かりにするってのがまず無茶だったと思うんだよね』

『創造神の性質の一部を持つ存在になれるなら何でもいいんだよ、鬼だろうと他の神性だろうと、少しでもあればボクはそのうち創造神と同じ神格になれた。魔性が混ざった君じゃないと動きにくいし君くらいしかボクと遊んでくれないし……ま、消去法さ』

『黒』は今だってどうでもいい世界の自分が消えた後なんてどうでもいいと思いながらも、心のどこかでナイではなくヘルに名前を押し付けられたことに安堵していた。
ナイに渡していればヘルは不幸になっただろうし、何より自分を永遠に記憶してくれる愛する人が居なくなる。

『……でも、彼……窮極の門を超えたんだよね? 人生一からやり直して、気に入らなかったらいくらでも調整出来るはずだけど……』

ナイは仕事の手を完全に止め、自分から話題を提供し始めた。

『お兄さん死んだんだよね? やり直さないのかな』

『さぁ……失敗ばっかりって言ってたけど』

『ふぅん? じゃあまだ自由に時空動けるって分かってない……いや、上手く使えないのかな。なら今のうちに色々仕掛けないと、核兵器なんか作ってる場合じゃないよ』

上品に添えられた手では隠せない程に口を歪ませ、嗤う。

『自由意志を司る魔物使いで窮極の門も超えた……モノ。そろそろ悪戯仕掛けられなくなるかなって思ってたけど、精神は人間のままだもんね、何でも出来るよ。性質も肉体も正気を保てるかどうかには関係ない』

『…………あんまり虐めないでよ、僕の婚約者なんだからさ』

『ふふ、ふふふっ、あっははは……もうすぐ消えるくせに何言ってんの』

『消えるから言ってるんだよ。君にとっては友達の恋人だろう? 大事にしてあげてよ』

『友達……ね。ふふ、分かったよ、大事に遊ぶ』

不信感だけを表情と態度に出し、『黒』はそのうちに姿を透かした。ナイはようやく仕事を再開──することはなく、目を閉じて俯く。

『……悪戯するなら今のうちだよ、ボク達?』

そう呟いたナイの顔は黒く塗り潰されたように髪の影に隠れていた。




壁をすり抜け、翼を消し、正午の鐘を鳴らす時計塔の内部を見回す。壁には歯車が並んでおり、少しの恐怖と微かな興奮を覚えた。

「アルー、レヴィアタン、戻ったよー?」

メンテナンスの為だけの空間はそう広くない、昨晩三人で眠るのだって辛かった。下に降りる階段はあるが、アル達が降りる理由は無いはずだ。

「アルー……?」

鼓動が速まる、声が震える。杞憂でありますようにと願いながら返事を待つ。

「…………どこ行ったの?」

待っていると言ったのに、居ない。
例えこの場所が兵士に見つかったとしても、二人が負けることはないだろう。いや、次から次へと集まってくる兵士達に嫌気が差して潜伏場所を変えた?
それならほとぼりが冷めたら僕と合流する為に戻って来るはずだ。ここで待つべきだろうか……

「……わっ!  な、何……これ」

置き手紙のようなものは無いだろうかと歩き回っていると、壁の隅に落ちていた柔らかい物を踏む。薄暗い時計塔の内部では床に落ちた物がよく見えないのだ。

「………………腕」

拾い上げたそれは屈曲な男の腕だった。
そう気付いた途端に鉄錆の臭いが鼻に届く。不快なものだから無意識に干渉を切ってしまっていたのだ、事態に気が付くのに遅れた今回に限っては最悪の力の発動の仕方だ。
兵士が来て、撃退して──潜伏場所を変えた。この予想は本当に当たっているのだろうか。もう少し床を調べたい、しかし僕は夜目がきかない。

「あ、そうだ……光輪』

仄かに光る天使の輪なら屈めば床の様子は分かるだろうと、輪と翼を表す。
赤黒く染まった床に落ちた人の破片、黒い羽根、黒蛇の死体、キラキラと光を反射する幾本もの筋──銀色の毛。

『尻尾、切られてる……』

人間が切った? アルの強靭な尾を? どうやって?
嫌な予感がする。

『……鉄? 鎧……いや、盾かな』

鉄片を拾うと裏に取っ手が確認出来た。表には模様が──いや、呪術陣が描かれている。破片だけでも、使われている文字が読めなくても、僕はその呪術の効果を察した。

『……魔封じの呪!』

翼を広げ、歯車が並んだ壁に向かって走る。
壁をすり抜けると到底一人で捜索できる広さではない灰色の街並みが眼下に広がった。
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