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第三十三章 神々の全面戦争
影までも
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僕ごとナイを睨む真っ赤な眼、喚く男、擦り付けられるスベスベ肌……じゃなくて鬱陶しいナイ。全てに対応するのは面倒だ。
「……ナイ君、蜂蜜酒って何に使うか知ってる?」
『腐乱死体な蟻さんに乗るための下準備だよ』
神性は関係ないのか?
『キミ達が求める風はキミ達には喚べない、諦めるんだね。この国は滅ぶ』
「な、何を言うんです預言者様! あなたが居れば負けることはありません、早く……早く我らを救う預言を!」
『服引っ張らないでってば、ちぎれちゃう』
避難所の場所は聞いた、本を解読させようとした理由も聞いた、後は上層部の居場所でも聞いておきたいが……それよりも今話を邪魔される苛立ちが勝る。
気付けば僕は男の頭を蹴っていて、男の頭が床に打ち付けられる鈍い音が廊下に響いた。
『……助けてくれてありがと、お兄さん』
「…………蜂蜜酒はもういいよ。喚び出せないならどうでもいい。この国の秘密だとか政府や呪術師の関係だとかには興味がない。リンさん探したいだけなんだよ。腕、離してくれる?」
自分に懐いているような素振りを見せる子供、しかも「お兄さん」なんて呼んでくる寒気を覚えるほどの美少年。庇護欲を抑えろという方が無茶だ。僕はナイの頭を撫で、掴まれている腕を優しく引っ張った。
『変態さんから助けてくれたお礼に占ってあげよっか』
「この人は別に…………いや、その占いまともなやつなんだろうね」
この顕現は比較的善良に思える。あくまでも比較的に。ナイだというだけで殺意は覚えるけれど、マシではある。
王に行った占い……雷霆の扱いによっては変なものを呼ぶ……おそらくあれはトールのことを指している。過去にアルテミスとアポロンが生まれた時の占いも当たっていたらしい。
信用出来なくもないこともないこともないかもしれない。
「……分かった、占ってくれる?」
『ちょっとヘルシャフト様! 本気ですか……!?』
「占われたくらいでどうにもならないよ。外れてても嘘ついてても、避難所回ればリンさん見つけられるって」
ベルゼブブを適当にあしらい、僕の腕を離しどこからともなく水晶玉を取り出したナイと向かい合う。
『屈んで欲しいな』
膝を折って屈むと水晶玉に顔が映る。
『じゃあ、頑張って占うから応援してね、ヘルお兄ちゃん』
小首を傾げて自信なさげな笑みを浮かべる。演技だと確信しているのにも関わらず、何故か庇護欲が煽られる。弱々しく可愛いものを守らなければと本能を刺激される。
「……っ! が、頑張って……」
『ヘルシャフト様落ちてません!?』
「おっ、落ちるってなんだよ! 僕はただ適当に話を合わせただけでっ……!」
『…………適当に話合わせてたの?』
「違うよナイ君お兄ちゃんはね……って何でだよ邪神なんだろ!? 何で僕っ……あぁもういいから占いするなら早くやれよ!」
兄と呼ばれるのに弱いのは自覚している。自覚があったからといって対策が打てる訳でもないけれど。
『リーイン・カーネーションさんだよね?』
「う、うん……」
『……水晶玉覗いて』
突然甘えた口調をやめたナイに「ナイらしさ」を覚えつつ、からかい方とその短さに「ナイらしくなさ」も覚えた。やはりこの顕現は他とは違う。信用してもいいかもしれない。
水晶玉に映るのは周囲の景色ではなく、いつかの砂漠の国。夜空に星が輝いているというのに砂地は灯りを反射していた、その灯りは人々の営みではなく、全てを燃やし尽くす業火だった。
火から逃げる面々は僕の仲間──これはこの間の火の神性騒ぎの時の様子だろうか。
「……あの、僕はリンさんの今の居場所が知りたいんだけど」
視線をナイの顔に上げて呟くも、ナイは水晶玉を見つめたまま動かない。仕方なく水晶玉に映る景色に目を移した。
大きな建物や砂を燃やし進む火、恐ろしさと同時に美しさも感じた。結界を破り、何か別の魔法陣の上をどんどんと進んでくる。皆無事に帰ってきたと分かっていてもハラハラする。
「…………ナイ君? 僕が見たいのこれじゃない……」
皆が火から逃げる中、逃げ遅れを見つけた。リンとフェルだ。リンも加わっていたのか? 上位存在と渡り合うことなんて出来ないくせに、どうして……
二人を助けようとしているのかアルが彼らの元に走る。間に合うのか? いや、全員無事に帰ってきた、間に合ったのだ。でも、とても間に合うようには見えない。
「アルっ……」
火が二人の後ろに迫った瞬間、リンがフェルを抱えて投げた。放物線を描いた痩身はアルの頭の上に落ち、アルの足を止めさせた。フェルがアルの背に移るとほぼ同時に地面に描かれた魔法陣から眩い光が放たれ、焦げた砂を残して火の神性は消えていた。兄が何か魔法を使って撃退したらしい。
「あれ……? リンさん?」
『……見えなかった?』
金色に塗られた爪が水晶玉をつつくと映った景色の時間が巻き戻り、リンだけを大きく映した。静止画が次々とコマ送りで──リンがフェルを投げて──そして、一瞬で消えた。
「………………燃えた?」
リンの姿は一瞬で失われたが、黒い粉が重力に引かれ風に煽られ落ちていくのはじっくりと見ることが出来た。
「…………………………リンさん?」
燃えた? どういうこと? ナイが作った偽物の映像?
『……リーイン・カーネーションさんは死んでるよ。うぅん、死んだっていうのも当てはまらないかも。消滅した、魂さえ燃え尽きた』
「……死んだ? 誰が?」
『リーイン・カーネーション』
「…………そんな、馬鹿な……ありえないよ、そんなの聞いてない。フェルも、アルも、誰も言わなかった。報告は聞いたよ……みんな無事に帰ってきたんた、大丈夫だって、上手くいったって……」
リンが死んだなら誰かがそれを僕に伝えてくれるはずだ。アルを筆頭として助けられたフェル、恩のある鬼達、彼を知っている者は何人も居た、人間が一人死んだだけなら報告しなくても──なんて考えるのは兄とベルゼブブくらいのものだろうし、そのベルゼブブだってリンとは面識があるのだから事務的な報告くらいはするはずだ。
「こっ、これ、君が作った偽物だろ? 騙されないよ……君のことは信用してない。僕の勝ちだよ、騙されてない…………じゃあ、僕……避難所行くから……ベルゼブブ、行こ」
ナイを押しのけ、混乱のせいかぐにゃぐにゃと歪む廊下を進み、大学の外に出た。
「…………ベルゼブブ、ごめん、地図読んでくれる?」
『承知しました。近いのは……こっちですね』
ベルゼブブの先導を受けて灼熱の砂に足を埋め、抜き、を繰り返して進む。
「……ねぇ、ベルゼブブ。リンさん……生きてるよね、あれ偽物だよね、ナイ君が僕をからかおうと作ったんだよね」
『私あの時魔力切れで寝てたんですよね……』
走って逃げる者の中にベルゼブブは居なかった。
砂漠の国から帰った直後、アルがおかしくなっていたから対応出来なかったがフェルの様子もいつもと違っていた気がする。まさか、動揺していたのか?
待てよ……砂漠の国から帰ったアルはナイに精神を弄ばれていた、アルを穢した顕現はさっきのナイだ。善良な顕現だって? 何を考えていたんだ僕は、アレこそが最も殺すべき顕現だったのに。今戻っても大学からは消えているだろう、とにかく今はリンを探すことが先決だ。
「リンさーん! リン、さぁーんっ!」
喉が破れてしまうなんて思えるくらいの大声を出して、避難した人々に睨まれる。
「リンさん! 居ませんか! 今出てきてくれたら何でも着ます! どんな女の子っぽいのだって着てあげますからぁっ!」
『……必死なんでしょうけど何か面白いですね』
「…………ベルゼブブもしてくれるって!」
『私を巻き込まないでください! 私は素で美少女です!』
人で埋め尽くされた避難所から手は挙がらない。リンはここにも居ない。いや、大丈夫、避難所はあと一つある、きっとそこに居るのだろう。僕の勘が悪かっただけ、リンはきっと避難している。死んでなんていない。
「……ナイ君、蜂蜜酒って何に使うか知ってる?」
『腐乱死体な蟻さんに乗るための下準備だよ』
神性は関係ないのか?
『キミ達が求める風はキミ達には喚べない、諦めるんだね。この国は滅ぶ』
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気付けば僕は男の頭を蹴っていて、男の頭が床に打ち付けられる鈍い音が廊下に響いた。
『……助けてくれてありがと、お兄さん』
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『変態さんから助けてくれたお礼に占ってあげよっか』
「この人は別に…………いや、その占いまともなやつなんだろうね」
この顕現は比較的善良に思える。あくまでも比較的に。ナイだというだけで殺意は覚えるけれど、マシではある。
王に行った占い……雷霆の扱いによっては変なものを呼ぶ……おそらくあれはトールのことを指している。過去にアルテミスとアポロンが生まれた時の占いも当たっていたらしい。
信用出来なくもないこともないこともないかもしれない。
「……分かった、占ってくれる?」
『ちょっとヘルシャフト様! 本気ですか……!?』
「占われたくらいでどうにもならないよ。外れてても嘘ついてても、避難所回ればリンさん見つけられるって」
ベルゼブブを適当にあしらい、僕の腕を離しどこからともなく水晶玉を取り出したナイと向かい合う。
『屈んで欲しいな』
膝を折って屈むと水晶玉に顔が映る。
『じゃあ、頑張って占うから応援してね、ヘルお兄ちゃん』
小首を傾げて自信なさげな笑みを浮かべる。演技だと確信しているのにも関わらず、何故か庇護欲が煽られる。弱々しく可愛いものを守らなければと本能を刺激される。
「……っ! が、頑張って……」
『ヘルシャフト様落ちてません!?』
「おっ、落ちるってなんだよ! 僕はただ適当に話を合わせただけでっ……!」
『…………適当に話合わせてたの?』
「違うよナイ君お兄ちゃんはね……って何でだよ邪神なんだろ!? 何で僕っ……あぁもういいから占いするなら早くやれよ!」
兄と呼ばれるのに弱いのは自覚している。自覚があったからといって対策が打てる訳でもないけれど。
『リーイン・カーネーションさんだよね?』
「う、うん……」
『……水晶玉覗いて』
突然甘えた口調をやめたナイに「ナイらしさ」を覚えつつ、からかい方とその短さに「ナイらしくなさ」も覚えた。やはりこの顕現は他とは違う。信用してもいいかもしれない。
水晶玉に映るのは周囲の景色ではなく、いつかの砂漠の国。夜空に星が輝いているというのに砂地は灯りを反射していた、その灯りは人々の営みではなく、全てを燃やし尽くす業火だった。
火から逃げる面々は僕の仲間──これはこの間の火の神性騒ぎの時の様子だろうか。
「……あの、僕はリンさんの今の居場所が知りたいんだけど」
視線をナイの顔に上げて呟くも、ナイは水晶玉を見つめたまま動かない。仕方なく水晶玉に映る景色に目を移した。
大きな建物や砂を燃やし進む火、恐ろしさと同時に美しさも感じた。結界を破り、何か別の魔法陣の上をどんどんと進んでくる。皆無事に帰ってきたと分かっていてもハラハラする。
「…………ナイ君? 僕が見たいのこれじゃない……」
皆が火から逃げる中、逃げ遅れを見つけた。リンとフェルだ。リンも加わっていたのか? 上位存在と渡り合うことなんて出来ないくせに、どうして……
二人を助けようとしているのかアルが彼らの元に走る。間に合うのか? いや、全員無事に帰ってきた、間に合ったのだ。でも、とても間に合うようには見えない。
「アルっ……」
火が二人の後ろに迫った瞬間、リンがフェルを抱えて投げた。放物線を描いた痩身はアルの頭の上に落ち、アルの足を止めさせた。フェルがアルの背に移るとほぼ同時に地面に描かれた魔法陣から眩い光が放たれ、焦げた砂を残して火の神性は消えていた。兄が何か魔法を使って撃退したらしい。
「あれ……? リンさん?」
『……見えなかった?』
金色に塗られた爪が水晶玉をつつくと映った景色の時間が巻き戻り、リンだけを大きく映した。静止画が次々とコマ送りで──リンがフェルを投げて──そして、一瞬で消えた。
「………………燃えた?」
リンの姿は一瞬で失われたが、黒い粉が重力に引かれ風に煽られ落ちていくのはじっくりと見ることが出来た。
「…………………………リンさん?」
燃えた? どういうこと? ナイが作った偽物の映像?
『……リーイン・カーネーションさんは死んでるよ。うぅん、死んだっていうのも当てはまらないかも。消滅した、魂さえ燃え尽きた』
「……死んだ? 誰が?」
『リーイン・カーネーション』
「…………そんな、馬鹿な……ありえないよ、そんなの聞いてない。フェルも、アルも、誰も言わなかった。報告は聞いたよ……みんな無事に帰ってきたんた、大丈夫だって、上手くいったって……」
リンが死んだなら誰かがそれを僕に伝えてくれるはずだ。アルを筆頭として助けられたフェル、恩のある鬼達、彼を知っている者は何人も居た、人間が一人死んだだけなら報告しなくても──なんて考えるのは兄とベルゼブブくらいのものだろうし、そのベルゼブブだってリンとは面識があるのだから事務的な報告くらいはするはずだ。
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「……ねぇ、ベルゼブブ。リンさん……生きてるよね、あれ偽物だよね、ナイ君が僕をからかおうと作ったんだよね」
『私あの時魔力切れで寝てたんですよね……』
走って逃げる者の中にベルゼブブは居なかった。
砂漠の国から帰った直後、アルがおかしくなっていたから対応出来なかったがフェルの様子もいつもと違っていた気がする。まさか、動揺していたのか?
待てよ……砂漠の国から帰ったアルはナイに精神を弄ばれていた、アルを穢した顕現はさっきのナイだ。善良な顕現だって? 何を考えていたんだ僕は、アレこそが最も殺すべき顕現だったのに。今戻っても大学からは消えているだろう、とにかく今はリンを探すことが先決だ。
「リンさーん! リン、さぁーんっ!」
喉が破れてしまうなんて思えるくらいの大声を出して、避難した人々に睨まれる。
「リンさん! 居ませんか! 今出てきてくれたら何でも着ます! どんな女の子っぽいのだって着てあげますからぁっ!」
『……必死なんでしょうけど何か面白いですね』
「…………ベルゼブブもしてくれるって!」
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