魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
601 / 909
第三十四章 美麗なる妖狐は壮大な夢を見た

大炎上

しおりを挟む
ヴェーン邸の2ブロック前に降り、カヤからも降りる。何日も飲み食いしておらず腹が減っていた。

「……一人で店入るの嫌だな」

『私共が居ります、御安心ください!』

孤独感は無いが安心感も無い。注文を押し付けても良かったり絡んでくるかもしれない淫魔を追い払ってくれるのなら安心出来るのだが。
食べ歩きをしている者も多い、どこかそういう店を探したいが──ふと視線を下ろせばカヤは消えていた。使用していないと勝手に消えてしまう……カヤは時々生き物らしさを感じさせない。

『……しかし此処はえらく爛れておりますね、主君には相応しくないかと』

「ま、ね」

『ですが主君はもう大人の男! そういった欲を発散したいのであればこの小烏お止めは致しません!』

「大声で言わないでよっ!」

そうか、刀に取り憑いていた妖怪なら別世界は僕の影の中で経験していたはずだ。『黒』の力と共に手に入れた者なのだ、皆のように夢だとは認識していない。

『…………しかし主君は些か清き者の雰囲気が濃すぎますね』

「悪かったねどうせ僕は気持ち悪くて女の子が嫌いなタイプの男だよ!」

丁寧な言葉遣いでの猥談は普通に話されるよりも腹が立つ。
頭を指で撫でると小烏は話すのをやめ、グァァァ……と低く鳴いて甘えた。落ち着いて辺りを見回しながら歩くとクレープ屋を見つける。丁度空いていたのでチョコマックスとやらを購入。

「食べる?」

『いえ、遠慮致します』

「そう? カヤは? カヤ、食べるなら出ておいで」

『主君、犬にチョコは毒です』

「……犬、だけどさぁ……」

完全に犬扱いするのもどうかと思う。アルもチョコは好きではなさそうだけれど食べるし、酒も飲む。

「……小烏ってカラス?」

『ええ! この美しき黒、嘴、見ての通り何処に出しても恥ずかしくない立派なカラスでございます!』

「小さくてカラスっぽくないよね」

『産まれたてでございますゆえ。小烏の小は小さいという意味ではありませんので、決して名前に引っ張られた訳ではございませんよ』

身体は小さいが自信はかなりのものだ。
零れるクリームやチョコソースに苦戦しながら、肩の上で跳ね回る小烏に笑いを誘われながら、ヴェーン邸を目指す。少し遠くに降りすぎた、僕の足では時間がかかる。

「…………アルからしたら僕は急に部屋から消えたんだよね。何時間経ったのかな……」

ふと悠長にしている場合ではなかったのだと気が付く。いや、むしろ今までどうしてこんなにも呑気でいられたのか疑問だ。アルに心配をかけて、玉藻は逃して、『黒』は僕のために力を使って消えてしまって──!

「……指輪」

クレープを持つ右手を見れば薬指に指輪が嵌っていた。左手を見ればこちらも薬指に指輪がある。片方は、おそらく右手の方は『黒』の物なのだろう。

『……主君』

普段より僅かに低い声で囁かれ、慰めようとしてくれているのだろうと次の言葉を待った。

『……別の妻との物を見せるのはよろしくないかと、外しておくべきだと進言します』

「僕が重婚してるみたいな言い方やめてくれる!?」

『どちらが正室で?』

「やめろって言ってるだろどっちも本命だよ!」

『…………男らしくて良いと思います』

思ってもいないことを言っているとここまで分かりやすい者も珍しい。僕は自分がクズだとも浮気者だとも自覚している。言い訳するつもりもない。

「……僕、『黒』のこと好きだったんだね」

指輪を見ていると自然と彼女の寂しそうな笑顔が思い出されて涙が溢れてくる。

「…………愛してたよ、『黒』」

そっと指輪に唇を寄せた。
きっともう『黒』のことは誰も覚えていない。自由意志は、タブリスは、と聞けば僕を指差すだろう。同化したと考える? 違う、力を奪っただけで『黒』そのものは消えてしまった。彼女の人格も記憶も残らなかった。この指輪と僕の記憶だけが彼女の存在を証明する。
魔物使いを愛し、奔放に生きて退屈に心を壊された、美しく繊細な僕の天使。

「……さよなら、『黒』」

伝えたいことはたくさんあったけれど、もうどこにも届かない。それなら心の内に秘めておこう。
せっかく『黒』が浄化してくれた清らかな心身を少しでも長持ちさせるためには、『黒』のことで自分を責めないことが肝心だ。まぁ、何もかも僕が悪いのは間違いのないことだけれど、目を逸らしてはいけないことでもあるのだけれど、ここで泣き崩れていたらは『黒』の気持ちを裏切ることになるから、僕は激情を殺して軽薄に振る舞う。

「えっと……ここ、どこ?」

考え事をしながら歩いていたせいかヴェーン邸がどこにあるのか分からなくなった。クレープも食べ終わったしもう一度カヤを呼ぼうか。

『そこを右に曲がってしばらく真っ直ぐ行った先です』

「……そっか。道合ってたんだ」

その程度の距離なら歩いてみようか。たまには運動も悪くない……けど面倒臭いし疲れるからしばらくはやらない。

「………………小烏、あれ何」

店が減り住宅が増える郊外のそのまた外れ、塀と木で隠されたヴェーン邸。その豪邸がある方角、この位置からなら確実に屋根が見える場所に、赤い炎と煙が見える。

『火事ですかね?』

「……違う、よね」

気が付けば走り出していた。

「だって、いっぱい結界が……」

結界を張った兄は姿を消した。術者が離れて消えるような結界ではないが、術者が結界を望まなければ消えてしまう。離別した兄が僕と僕の仲間達を守ろうと思っているはずがない。

「酒呑とか、ベルゼブブとか……」

街は嵐から復興していた、風俗店も飲食店も営業を再開している。人間達は珍しく外を歩き回っており、健康そうな顔をしていたから、呪いの管理も必要だろう。

「……アルっ、フェルっ……」

家に居たかもしれないのはアルとフェルとグロルとヴェーン。アルは僕を探しているかもしれない、ヴェーンは外出していたかもしれない、でもフェルとグロルは確実に家に居たはずだ。

「ぁ、あっ……何で、何でこんなっ……」

ごうごうと燃え盛るヴェーン邸の門の前には人集りが出来ていた。

「…………小烏、飛んで周囲に怪しい奴が居ないか調べて」

冷静にならなければ。こんな時こそ冷静に。でなければ魔物使いは……魔性の王は務まらない。

『……主君、それが……私、羽が……特に風切羽が切れておりまして』

小烏は僕の肩から手の甲の上に跳び移り、その黒い翼を広げる。乱雑に鋏を通されたように不格好に切れていた。

『飛べないこともないのですが、あまり満足には』

「……分かった。じゃあ影で待ってて」

そっと屈んで小烏を影の中に入れ、存在を薄めて周囲の者の視界から消える。翼を生やし、地面を蹴った。

『…………怪しい奴とか分かんないよね』

干渉を切ってしまえば炎に包まれていようと何の問題もない。僕は燃え盛るヴェーン邸の屋根をすり抜け、中に入った。
壁も、床も、天井も、一面が炎に包まれている。

『……このくらいならフェルでも脱出できるよね。問題はグロルちゃんも連れてってくれたかなんだけど……』

他の魔物達のように魔力を察知したり匂いや音などを鋭敏に感じ取れたらこうして走り回る理由もないのに。
僕は今何にも干渉されていないはずなのに、視覚情報だけで熱さと息苦しさを感じた。
グロルの部屋に入り、無人を確認する。フェルの部屋、自室、キッチンを見て、無人を確認する。逃げたのならいいのだが……

『連絡……肝心な時にっ!』

通信用の蝿が入ったぬいぐるみはいつの間にか紛失していた。

『…………兄さんっ』

形見の石もない。保管しているなんて言っていたが、この火事でどうにかなりはしないだろうか。この程度の温度で燃え尽きるとは思えないが、焦げはするだろう。

『……っ、そうだ、カヤっ! アルのところまで連れて行って!』

寒気はなくカヤは僕の隣に並び、首を傾げる。

『分かラ、なィ』

『はぁ!? んっだよそれっ……アルっ、アル……』

アルは火に包まれたってどうにもならない。危険なのはグロルだ、アザゼルに交代していればまだ逃げることくらいは出来るだろうけど、幼いあの子がパニックになってどこかクローゼットにでも隠れていたらと思うと心臓を握られるような気分になる。

『どこなんだよっ! アル!』

それでも僕の口から出ていくのはアルの名前だけ。自分の身勝手さには吐き気すら覚える。
叫び散らして精神的に疲れて、壁紙が焼け落ちた壁に背を預ける。そうしていると目の前で炎が竜巻に巻き込まれるようにして凝縮し、背の高い男の形に整っていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...