魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十四章 美麗なる妖狐は壮大な夢を見た

彎刀

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火事の野次馬だった者達だろうか。淫魔や人間が入り乱れ、大通りから裏路地まで何かから逃げるように走っている。僕は混雑を避けるためアルの背に乗り屋根の上を飛んでもらった。
高い場所を行っていたから民衆が何から逃げていたのかはすぐに分かった。ヴェーン邸だった黒焦げの瓦礫の周囲を飛び回る陶器製の天使達だ。

『……何人居る?』

『ざっと五十、内二十は此処から貴方の目では見えない位置だ』

『…………分かった。ちょっと止まって』

ヴェーン邸の向かいの民家の二つ奥、三階建ての集合住宅の貯水槽の影に隠れ、じっと観察する。焼け跡を調べているかのような動きだが、近くに居た淫魔やそれに溺れる人間を襲っている者も居る。深追いはしないが捕まえられるのなら──といったところだろう。

『……相変わらず勝手な奴ら』

僕が知りたいのは陶器製ではない名のある天使が居るかどうかだ。今更な天使達の暴虐ではない。

『行くか?』

『うん、僕一人なら見つからずに探せるから待っててくれる? フェルのところ行ってもいいけど、っていうか行って欲しいけど……』

『…………………………此処で待つ』

表情、仕草、声色、その全てに不満を滲ませつつの了承。その可愛らしさに気付けば頭を撫でていた。

『じゃ、行ってくるね』

貯水槽の影から出ると同時に透明化に集中する。アルが目を見開いて僕が居た場所を必死に嗅いでいるのを見て成功を確信し、ヴェーン邸に飛んだ。
陶器製の天使達は会話もなく瓦礫の上を行ったり来たりの無駄な動きを繰り返しているように見える。僕の魔力を感知して調査に来たのだと思っていたが、調査らしさは見受けられない。

『……兄さーん』

何にも聞こえない声でライアーを呼んでも形見の石が飛んでくるなんて便利な事は起こらない。
地道に探す──と言ってもどうしよう。瓦礫をすり抜けて光輪で照らせば瓦礫の下も天使達に不審がられることなく捜索できるが、広さも深さも途方もない。石を入れたという箱が燃え尽きているかも石が無事かどうかも分からない。

『…………面倒臭いなぁ』

地道に端から探すことにした。僅かな隙間にも挟まっている可能性があるかと思うと目眩がする。陶器が擦れる音を聞きながら捜索して体感数十分、地下室の天井らしき分厚い板を見つけた。降りてみれば地下室はほぼ無事で、瓶に詰められ棚に並べられた眼球が僕を見つめていた。

『ヴェーンさんの趣味部屋か……こういう所に置いておいてくれてないかなぁ……聞けば良かった』

戻って聞いてこようかとも考えつつ、他の地下室も調べていく。ヴェーンの仕事部屋に人肉や血が保管されている食料庫、そのどこにも形見の石やそれを入れたらしい箱は見つからない。

『…………やっぱり上かぁ』

翼を揺らし、少し浮かんで瓦礫の中を探していると頭上が騒がしくなってきた。何か大きな獣の唸り声に陶器製の天使達が慌てる声、それに瓦礫が崩れる音。山から何か大きな魔獣でも降りてきたのかもしれない、瓦礫をひっくり返されては迷惑だと地上に顔を出せば天使達を蹴散らす巨大な純白の篦鹿の蹄が目の前にあった。

『うわっ……ぁ、ま、待って……』

篦鹿は何が気に入らないのか目に付く天使を片っ端から角で突き上げている。天使達は状況が理解出来ていないらしく、反応は鈍い。角で陶器が割れることもあれば、地面や瓦礫に叩きつけられて割れることもある、当たりどころが良かったのかヒビも入らない者も居たが、そういった者は追いかけ回され踏み壊された。

『……透過解除っと』

角を消し、翼と光輪だけを現して透明化を解除する。突然現れたように見えただろう僕に篦鹿も天使達も驚いていた。

『えっと……女神様? だっけ。ライアーさんと一緒にあの石に入ってたよね。あの石はどこ? ライアーさんはどこ?』

篦鹿は何も言わず身動きもせずこちらをじっと見つめている。

『あの! えぇと……上司? 来てくださったのですね、その神性は如何致しますか?』
『磔刑が妥当でしょうが……私共ではどうにも』

陶器製の天使達が遠慮がちに僕の顔を覗き込んでくる。鬼の特徴を消したのは正解だった。天使同士が顔を覚えていないのは幸運だった。

『……少し待て。もう一人居る。それの場所を聞き出すまでは手を出すな』

魔力を出してしまわないように集中して、魔眼を見られないように俯いて、声を僅かに低くした。バラバラに了解の声が上がり、篦鹿に向けられていた槍が下ろされる。

『…………女神様、ライアーさんどこに居るか分からない?』

女神という呼び方を天使達に聞かれぬよう小声で話す。返事も表情の変化もなく、聞こえているのかすら分からない。
どうすればいいのだろうとため息をついたその時、篦鹿が光り輝き、その輝きが収まる頃には見覚えのある美しい白い女が立っていた。その頭にはたった今まで居た篦鹿と同じ角が生えている。

『…………あの人じゃ、ない』

女神はそう言うと口を大きく開き、白い舌に絡んだ黒い紐を人差し指に引っ掛けると嘔吐きながら紐に通された黒い石を引っ張り出した。

『の、呑んでたの?』

赤い線が入った黒い多面体は間違いなくライアーの形見の石だ。

『焼けそう、だったから』

『そっか……守ってくれてたんだね、ありがと』

『感謝…………それは、信仰? 私を、信仰する?』

『……信仰とかはよく分からないけど、信用や信頼ならあるよ』

胡乱な瞳から感情は伺えなかったが、首を傾げたことで僕の気持ちは伝わっていないと分かった。

『あげる』

『……ありがとう』

唾液まみれの形見の石に手を伸ばすと僕の腕の影になった部分から細い女の手が生え、石を掴んで消えた。

『なっ……何!? 誰だ!』

腕を見ても何の変わりもない。穴が空いているだとか魔術陣があるだとか、せめてそうなら納得出来たのに。

『レリエル様も来ていらっしゃるのか?』
『調査は無名のみだと聞いていたが……何かあったのかな』

陶器製の天使達がキョロキョロと辺りを見回しながらそう呟いていた。レリエル──彼女の能力は何だ? 分からない。司っているもの……も、分からない。
影から生えた腕がレリエルのものだったとしたら、僕が影を便利な収納として扱っているのと同じ術を扱える、もしくはそれ以上ものだ。恐らくは後者、影を入口として亜空間を作るまでが僕の能力で、レリエルは更にそれを自在に操作出来るのだろう。あくまでも予想だが。

『……レリエル! 出てこい、僕はっ……僕、は…………魔物使いだ!』

角を生やし、影から刀を抜く。振り向きざまに最も近かった二体の陶器製の天使を切り捨て、レリエルを探す。

『くっ……女神様っ! 手伝ってください!』

そう叫びながら翼を動かして飛び上がった僕は篦鹿の姿に戻った女神がどさくさに紛れて木々の隙間に帰っていくのを見た。

『薄情者ぉ!』

無数の木の葉に隠れて見えなくなった白い巨体を罵倒する。槍や剣を持った空飛ぶ天使を大勢相手にするのは難しい、それが陶器なら尚更だ。空中で綺麗に切れたとしても地に落ちれば大きな音を立てて割れて散らばる、集中が乱されるのだ。
鬼の身体能力に天使の透過能力、そして妖怪が取り憑いた切れ味のいい刀。僕の武器はそれだけだ。
自分が一対多数に向かないということを嫌ほど理解させられた。

『……こっちだ!』

刀を影の中に戻し、武器を構えた天使達を透過しながら急降下する。身体が半分瓦礫の中に埋まった程度で姿勢を戻し、天使達をじっと見つめる。頭にずっしりと重い感覚、耳の上あたりを無意識に撫でた手に当たる篦鹿の角。
目を閉じて女神に教わったように地面に魔力を流し込み、ゆっくりと目を開くと蔦に絡め取られて身動きが取れなくなった天使達が大勢居た。
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