魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
638 / 909
第三十六章 怠惰の悪魔と鬼喰らいの神虫

肉! 酒!

しおりを挟む
顔に生温く湿った弾力のあるものが押し付けられ、擦り付けられる。それが何度も繰り返されている。顔の前にあった何かを押しのけながら目を開け、くぅん……と寂しげな声を聞く。

『……アル、ぁっ……』

鼻や歯が折れた顔なんて見せたくないと顔を隠すも、触れた顔に不自然な凹凸はない。

『傷はライアーが癒していたぞ。ここは寝室だ、皆は食堂で夕飯中、行くか?』

『僕、ルシフェルに…………違う、ウェナトリアさんに訓練頼んで』

結局、一太刀も当てられずに気絶したのか。情けないことこの上ない、アルも呆れただろう。

『……ヘル、貴方にあそこまでの根性があるとは思わなかった。捨て身な戦法には言いたい所もあるが、まず…………おめでとう、成長していたんだな。私は過保護だったのかも知れん』

『…………アル、呆れてないの? 僕、負けて……気絶までしちゃって』

『訓練なんだ、勝ち負けは気にするな。一朝一夕で勝てる相手でもないのだからな。私は貴方の訓練への姿勢が素晴らしいと褒めている』

『……アルにかっこいいところ見せたかっただけなんだ。見せられなかったけど』

『いいや、見せてもらったさ。格好良かったよ、ヘル……私の為に強くなろうとしてくれた、それだけで、もう……』

試合に負けて勝負に勝った、なんて言葉をたまに聞く。僕はウェナトリアに勝てなかったけれど、アルに格好良いところを見せたいという目的は果たせた。あの言葉は負け惜しみではなかったらしい。

『…………さ、ヘル。夕飯を食べに行こうか』

『待って。その前に……一回だけ、ね』

首周りの皮を掴んでアルを引き寄せようとして、背後でもぞりと動く気配に気付いた。

『……っ!? だっ、誰!?』

慌てて飛び起き、周囲を見てみれば数人が眠っていた。ここは雑魚寝用の部屋だったらしい。

「……んだよ、うるせぇな」
「寝かせろ……」
「まだ、まだ寝たい……」
「嫌だ、もう少し……」

ぽつぽつと文句が上がる。その声は男のものだった。

『…………アルメー、さん? 男性居たんですね……』

「うるせぇ……死ね」
「黙れ……寝かせろ……」
「てめぇが死ね……」
「どうせ全員死ぬ……」

かなり眠いようだし僕達は部屋を出るべきだ。アルに乗って彼らを踏まないように廊下に出て、ふぅと胸を撫で下ろす。

『……外でも中でも見るの女の人ばっかりだったけど、男の人居たんだね。まぁ居ないってのはおかしいけどさ、全然見なかったから居ないと思っちゃってたよ』

『私もそう思っていた』

『…………あの部屋で何してるんだろ』

『さぁな』

外で見かけず、廊下でもすれ違わないということは、彼らは家の改築係なのだろうか。それなら僕達が立ち入るような場所には居ない。

『ぁ、魔物使いくーん! おはよ、具合どう?』

『セネカさん……おはようございます。具合は、まぁ普通です』

僕の仲間達以外、食堂に人は居ない。食料不足だとか言っていたし、遅くまで出払っているのだろう。

『……飢饉とか言ってたのにご飯ご馳走になっちゃっていいのかな』

『大丈夫大丈夫、ほら座りなよ』

ライアーの隣に誘われ、素直に座る。机の上には酒と何かの肉が置かれていた。

『飢饉って言ってたけど島の食料が減ってるわけじゃない、自分達で取れば問題無いだろ? ちゃんと場所と宿の分は払ったよ』

『そっか……流石兄さん』

『ちなみにこのお酒は鬼が隠し持ってたやつ。はい、どうぞ』

スキットルが目の前に置かれる。向かいに座った酒呑の恨みのこもった視線を感じつつ、食堂を見回す。セネカとライアーは席に着いてはいるものの何かを食べる様子はなく、鬼達は赤く血の滴る肉を食べ、ベルフェゴールは机に突っ伏して眠っている。

『ヘル、あーん』

ライアーが机の中心に置かれた赤い肉塊から一口分切り分け、魔法で火を通し僕の口元に持ってくる。

『ぇ、あ……ひ、一人で食べれる…………ぅう、あー……ん』

微笑みに押し負けて肉を食べれば頭をぽんぽんと撫でられた。

『……ふむ、兄弟!』

椅子に登って僕の左肩に顎を置いていたアルの前、机の上にカルコスが飛び乗った。口には鹿と思しき足がある。

『……あーん』

『要らん気色悪い』

『…………あーん』

『押し付けるな! やめろっ……やめ、やっ……やめろと言っているだろう鬱陶しい!』

アルは鹿の足を奪い取り、音を立てて貪りながらカルコスを睨み上げる。
なんだかんだ仲は良いようで何よりだと微笑ましく思っていると、机の下からクリューソスが顔を覗かせた。

『……おい下等生物、雌犬にこれを喰わせろ』

『直接あげなよ。カルコスみたいにさ』

『声が大きい!』

声が大きいのはそっちだ。

『下等生物め、その残念な知能では俺の崇高な目的など理解出来ないだろう。いいから受け取れ、そして雌犬の口に押し込め』

太腿に赤くぶよっとした手のひら程の大きさの塊が押し付けられる。どこのものとは分からないが鹿の内臓だろう。ズボンが汚れていくのに耐えかねてその肉を手に持てば、想像以上に不快な感覚に襲われる。分厚いゴムのような弾力に指を滑らせる血のぬめり、そして空洞だろう中の状態を想像させる柔らかさ、何もかもが吐き気を煽る。隣でライアーが焼いた肉の熱さを確かめているが、もう口を開きたくない。

『アル、あーん……』

『ヘル? 貴方までそんな…………ぅぅ………………ぁ、あーん……』

早く手の中から消えて欲しくて手を突き出すも、アルは何故か躊躇ってなかなか食べてくれなかった。けれど一度口に入れれば手のひらに残った血まで舐めとってくれる。

『…………美味しい』

『そっか、良かったね。これクリュぅっ!?』

右腕に唸る虎が噛み付いている。口を閉じてじっと見つめると離してくれたが、腕に空いた穴は当然のことながら塞がっていない。

『なんてことするんだよ。かなり痛いんだよこれ』

『そうは見えないな。下等生物め、俺の名を出せば台無しだと何故気付けない』

傷を再生させつつ傲慢な態度のクリューソスから説明を聞く。

『物を喰わせるという行為の相手はな、手渡しだろうが口移しだろうが兄弟より恋人の方が嬉しいに決まっている』

『……妹思いだよねー』

微笑ましくなって額を撫でれば前足に払われる。微かに当たった肉球の感触には昂った。

『黙れ! お前がいつまでもヘタレだから知恵を貸してやってるんだ。この童貞が』

『どっ、どう……!? ちっ、違うよ!』

『……違うぅ? お前っ……よくも俺の妹に!』

『へっ、ちょ……違っ、そういう意味じゃ……痛い! どっちにしろ僕が気に入らないだけじゃないかぁ!』

その後、アルに「うるさい」と怒鳴られるまで口喧嘩は続き、怒られた僕達は落ち込みながら肉を食う作業に戻った。

『……ヘル、ヘル、あーん』

肩に頭突きをされて振り返れば、アルはよく噛んだだろうドロっとした肉らしき物を舌に乗せて期待に満ちた目を僕に向けていた。

『うん……ごめんねアル。それはちょっと無理かな』

『…………そうか。欲しくなったら言え、数日なら消化せず置いておける』

『やめて、消化して。流石に吐瀉物はキツい』

これは種族の問題……で、いいのだろうか。違う気もする。

『お前は雌だろう駄犬め。コイツはお前の子供ではないしな』

『……それもそうだな』

種族の問題らしかった。僕が未だに子供扱いされているのも分かった。訓練の姿を格好良いと言ってくれたから油断していたが、アルにとっては僕はまだ庇護対象なのだ。

『アル、僕はまだ子供?』

『それは…………まぁ、貴方は嫌なのかも知れないが……事実子供だろう』

『…………そう』

肉体の成長が止まってしまった以上、見た目で納得させることは不可能。成人の年齢に達すると言っても国によって違いがあるし、アルの年齢には遠く及ばないしその距離は縮まらない。

『…………今夜、子供じゃないって証明する』

『え……ぁ、それは、ヘル……その』

『兄さん、お酒ちょうだい、弱めのやつ』

目に見えるもので大人を証明出来ないのなら、行動で示さなければ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。  どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!  スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!  天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

処理中です...