魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
641 / 909
第三十六章 怠惰の悪魔と鬼喰らいの神虫

原因不明

しおりを挟む
ウェナトリア達は食堂に戻り、それを見送った僕はアルが待つ部屋に入った。アルは薄いシーツの上で静かに眠っており、気分が悪そうな様子はない。

『……ただいま、アル』

家ではないけれど──なんて。
銀色の毛皮が呼吸によって上下し、黒翼も微かに揺れ、前足を揃えた上に黒蛇を乗せてその上に頭を乗せて……伏せの体勢で眠るアルは可愛らしい。

『…………ア、ル……?』

眠っているだけ。

『………………ぁ』

アルは無傷。

『……ゃ』

寝息も聞こえる。それなのに、どうして。

『……い、ゃ…………ぁああぁぁあっ!?』

どうして僕の目にはバラバラにされたアルに映るの。

『……ぅ、ん……何だ、騒がしい。あぁ、ヘル、戻ったか』

『ぁ、あっ、あぁ……アルっ、アル……アルぅっ!』

アルは下半身を横にしたまま前足を伸ばし、身体をひねって頭を持ち上げる。牙を見せびらかすように大きく口を開けて欠伸をして、顔を振った。

『アル……? アル、大丈夫……なの?』

『どうしたんだ、ヘル。何かあったのか?』

『………………ぁ、そっ……か、そう……アルは、なんとも……ないよ、ね』

恐る恐る手を伸ばせば頬が寄る。もふ、と指が毛の中に沈んでいく。銀毛をかき分けて触れた皮には確かな体温があった。

『…………ごめん、ねぼけた』

『寝惚けた? 貴方も眠っていたのか?』

『……うぅん、アルが……眠ってるところ見ると、たまに、ぼけるんだよ……僕』

『……よく分からんが、何も無かったんだな?』

『………………うん』

ウェナトリアとモナルヒの話は今はいいだろう。また明日にでもしよう。

『アル、体調悪いとか言ってたの大丈夫?』

『ん? あぁ、そういえばそうだったな。寝たら治ったようだ』

やはり急な運動で体内時計だとかが狂っただけだったのだろうか。心配はやはり無用だった、アルは元気そうだ。

『……元気なら、いいよね、アル』

アルの背に跨って膝を床につき、不思議そうに僕を見上げるアルの首に腕を回す。

『…………愛してる』

自重しろなんて言われたけど、彼が言った心配事は僕達にはない、生物として離れ過ぎている。左腕を首に残し、右手でアルの太腿を撫でる──と、尾で手を払われた。

『気分じゃない』

『え……』

『それより喉が乾いた。水か何か貰って来てくれないか』

『あ、あの、アル……』

『吐き気だとかは治まったがまだ身体が怠くてな、動きたくない。頼んだよ、旦那様』

そう言うとアルは尾を揃えた前足の上に乗せ、顎を置き、目を閉じた。僕は渋々部屋を出て食堂に向かった。


そして迷った。

『…………誰か』

啜り泣きながら迷路のような廊下を歩き回り、門番の交代に行く途中のアルメーの少女達に拾われ、数十分かかって食堂に辿り着いた。

『アルが喉乾いたって言ってるんだけど、水とかある?』

『喉乾いたぁ? せやったらこれ一択や頭領』

水はないかと尋ねればスキットルを投げ渡してくる、それが酔っ払いという生き物。

『嫌やわぁ酒呑様、それアルコール九割超え』

『火ぃ付けたら燃えるわ! っはははは!』

『それ飲んどったら死んでも腐りまへんわ! あはははっ!』

『…………なんにも面白くない』

酔っ払いって怖い。凪模様の心に浮かんだのはそんな言葉だった。

『セネカさん……潰れてる、ベルフェゴールも寝てる。兄さん……兄さん?』

ベルフェゴールと同じ姿勢ながら目を開けているライアーを発見、少し怖い。

『……起きてるってバレたら鬼に絡まれる』

その判断は正しい。ウェナトリアが絡まれている真っ最中だ。

『ぁ、うん……水は』

「水欲しいのか?」

『ぁ、ツァールロスさん』

鬼達から離れた席で遅い夕食をとっていたツァールロスが一定の距離を保ったまま僕の顔を覗き込む。

「砂糖水か果汁か花の蜜しかないぞ」

甘いラインナップだな。

『んー、じゃあ果汁』

「リンゴ、梨、柿、どれがいい?」

『リンゴかなぁ。あ、実もあったらちょうだい』

ツァールロスは空の酒瓶を持って食堂を出て行き、数分後に酒瓶に半分ほど黄色く濁った液体を入れて持ってきた。

「実はこれだけだ」

先を尖らせた短く細い木の棒に刺さった八分の一のリンゴ。

『ありがと』

「狼体調悪いんだってな。明日牧場やってる種族のとこ連れてってやるよ、弱ってるなら卵とか牛乳とか欲しいよな」

『ぁ、うん、だいぶ良くなったけどまだ怠さがあるみたいでさ』

「ちゃんとバランス良いもん食わせてんのか? しっかり面倒見てやれよ、飼い主の役目だぞ」

ツァールロスも随分と明るくなったな。前髪は相変わらずの長さで目は見えないが、口元の表情はよく変わる。この変化が人質として使うために関わっていた者達のおかげだと思うと何だか切なくなる。

『……飼い主。あ、あのさ、実は……』

ウェナトリアは何の忌避感も示さず祝福してくれた。それならツァールロスも……と期待を胸に、僕はアルとの関係を素直に話した。

「……そ、そうだったのか……ぁ、じゃあっ、明日絶対牧場行こうな、私は牧場閉め出されるかもしれないけど、ケーキには牛乳とか卵とか絶対要るし」

『…………ケーキ?』

「お祝いならケーキってモナルヒが言ってたぞ。大丈夫、しっかり手を洗うから食中毒になんてさせない。美味いもん作ってやるからな」

『……ありがとう。ツァールロスさん……なんか、明るくなったっていうか優しくなったっていうか、なんか余裕出たみたいだね』

少しズレた反応だったが祝福の気持ちはたっぷりと伝わってくる。

「…………だるいならケーキとかダメか? ぁ、そっ、そもそも狼って卵とか牛乳大丈夫なのか?」

『アルは魔獣だからチョコでもネギでも大丈夫。甘いのはそんなに好きじゃないみたいだけど、お祝いならきっと喜ぶよ』

「ん……じゃあ甘さ控えめで…………んー、考えとく。明日寝坊するなよ!」

『……うん、ありがとう』

牧場、か。神虫だとか結界だとか、やるべき事はまだあるけれど、どちらも神虫の出方次第でそう急ぐことではない。アルも怠さが残っているようだし、明日半分くらいなら自由時間はあるだろう。
僕はリンゴ果汁とリンゴ八分の一を持って温かい気分でアルが待つ部屋に向かった。そして──

『…………ここどこぉ……』

──迷った。
啜り泣いて歩き回り十数分、見回り中のアルメーの少女達に拾われ、ようやくアルの元に辿り着いた。

『遅かったな』

扉の開閉音にアルは片目を開け、ぶっきらぼうに言った。

『ごめんね、道に迷ってた。水はなくて……リンゴ果汁なんだけど』

『喉が潤うならなんでもいい』

酒瓶を水平に持ち、蓋を開け、アルに咥えさせる。口の先端ではなく端から瓶の口を差し込むのがコツだ。ゆっくりと傾けて零れないように、アルが飲み込むタイミングを見つつ、飲ませていく。

『……はぁっ、美味かった。ありがとう、ヘル』

『ちょっとだけだけど実もあるんだ、食べる?』

『あ』

一音だけで口を開ける。そっと舌の上に一切れのりんごを置いた。

『む……酸っぱいな』

『うろうろしたからかな……ごめんね』

『いや、いいよ、目が覚めた』

真夜中なのに目が覚めてはいけないだろう。いや、これは──

『……じゃ、じゃあ、アル…………今から、いい?』

『嫌だ。気分じゃない』

『ぅ……ご、ごめんね?』

──そういう訳ではなかったか。がっついているとは思われたくないし、もう言わない方がいいのかもしれない。

『…………そうだ、明日牧場行くんだよ。朝早くだし、だるいなら待っててもいいけど、どうする?』

気まずさを解消しようと話題を無理矢理変える。

『待ってる』

『そっ……か』

行く、と言うと思っていた。僕に水を持ってこさせたり、何かと誘いを断ったり、いつもと様子が違うのは倦怠感のせいなのだろうか。

『……背中撫でるよ、ゆっくり休んで』

『ん……』

僕の伸ばした足の上に頭を乗せて、アルは再び寝息を立て始めた。僕に身体を預けて撫でさせてもくれるから、嫌われてはいないと分かって一安心だ。
柔らかく細やかな銀毛、その下の温かな身体、凸凹が伝わる背骨──何もかもが愛おしい。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

処理中です...