魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
647 / 909
第三十六章 怠惰の悪魔と鬼喰らいの神虫

血飲み子

しおりを挟む
アルメー宅には幼児期間幼虫の時にだけ使う部屋があるらしいが、今居るのは成人済みと孵化したての乳児ばかり。だから今は使っていないとのことなので僕はそこを借りることにした。兵士達は交代制とはいえ帰ってくる、眠るだけだが部屋は必須だ。忙しさも一段落着いたらしく、僕達に割く部屋がなくなったというのも理由の一つだ。
赤子が居るならヴェーン邸に帰るべき? 全くその通りだ。明日の朝、結界を張って出て行こうと思っている。神虫は一日中動かなかったらしいし、後はきっと死を待つだけ、もう問題無しと判断していいだろう。

『…………僕の手、美味しい?』

遊びなのか何なのか、仔犬は僕の手に噛み付いている。

『…………いい子、いい子……可愛い、いい子……』

部屋には僕一人しかいない。アルを含め仲間達は食堂で夜通し酒宴を楽しむつもりらしい、回復祝いか出産祝いか、ただ飲みたいだけなのか。

『……おかーさん居ないと寂しいね』

クッションが敷き詰められた狭く天井も低い部屋、いつも温めてくれる毛皮も羽毛もなく、僕はうつらうつらとし始めた仔犬を優しく揺らす。

『小烏、おいで』

薄暗い部屋の中、僕の影が特に黒く浮かび上がり、そこから真っ黒い小鳥が現れる。

『……君には分かったんだよね、切る前にさ』

『はい、寸前でしたが』

『…………ごめんね、忠告聞けなくて』

『いえ、あのまま居ても母子共々危険な状態になっていくだけでした。主君の判断こそ正しいのです』

アルよりもカヤよりも忠誠心が強いのではないだろうか。その小さな頭を撫でたくなって手を伸ばすと、小烏はぴょんぴょんと飛んで逃げてしまった。

『いけません主君! 乳飲み子に雑菌は大敵、私のようなカラスや義兄弟君のような獣に触れてはいけません!』

『……君妖怪なんでしょ?』

『妖怪ではありません!』

ゴミ箱を漁っている訳でもないのに汚くはないだろう。けれど、この子はよく僕の指を口に入れる。清潔に保っておいて損は無い。ぼうっと考えているといつの間にか小烏は影の中に帰ってしまって、無音が再びやって来た。
薄暗い部屋、クッションが壁や床に敷き詰められた部屋、微かな呼吸音、膝と腕だけにある確かな体温、その全てが僕を眠りの世界に導いた。

『……ぅー…………あぅ、ぅ、ぁうーんっ!』

指への微かな痛みと甲高く幼い遠吠えに目を覚ませば、仔犬が起きて僕の指を噛んでいた。

『…………お腹空いた? ちょっと待ってね』

指の腹を噛む。しかし人間の身体のままで皮膚を食いちぎるのは難しい。だが鬼になれば爪が伸びて危ない、今も反対の手を仔犬が甘噛みしているのだ。

『……爪、かな』

爪をしっかりと噛み、勢いよく上を向き、手は下に向けて引く。上手くいけば爪が剥がれて血が溢れる。仔犬の牙でも爪の下の柔らかい部分なら噛んで潰せるだろう。

『…………はい、ごはん』

痛覚を消していなければ耐えられないななんて呑気に昔を思い返しつつ、指を咥えさせる。

『美味しい?』

『……ぅ? わぅ!』

『…………そっか』

まだ話せないのだろうか、それともこの子は話せないのだろうか、身体を隅々まで撫で回して調べたが、この子には鳥の特徴も蛇の特徴もなかった。完全に狼だけの子供なのだ。

『……もう少し大きくなったら言葉教えてあげるね。話せなくてもいいよ、怒らない、殴らない、僕は君に痛いことなんてしない。誰かが君に痛くて怖いことをするならそいつをやっつけてやるし、怪我の手当てもするし話も聞く』

おそらく、これは親として当然のことなのだろう。けれど僕にとっては本の中の理想の親、決して叶うことのなかった夢想だ。

『…………頭の上に手が来たらね、撫でられるんだよ。腕を広げたら抱きしめられるんだ。裾を引けば手を引かれて、じっと顔を見上げたら笑顔が返ってくるんだ』

幼少に追い求めた夢が大多数の常識と知って、僕は羨望だとか嫉妬だとか憎悪だとか言われるドロドロとした感情を『平凡』に対して抱いた。夢を踏み躙られた気分だったから。

『おとーさんはね、普通から蹴落とされた出来損ないなんだ。それでもいいかな。普通の親みたいにやってみるけど、普通知らないから出来ないかもしれないんだ、それでも……いいっ、かな……僕が…………父親で、いいのかなぁ……』

指を離して震える前足で押し返して、膝の上でもぞもぞと動いていた仔犬に話しかけ続けると、仔犬は不意に僕の顔を見つめた。ゆっくりと顔を近付けると頬を舐められる、いつの間にか泣いてしまっていたらしい。

『……しょっぱいよ? ふふ……うん、そうだよね、親は選べない。産まれて最初の不運を受け入れないと生きていけない。きっと最高の幸福って、産まれないこと、お腹の中にすら居ないこと…………ごめんね、引っ張り出しちゃって』

僕が零す涙を舐めだしてしばらく、仔犬は再び眠りについた。時計も窓もないから正確な時間は分からないけれど、仔犬は数時間おきに腹が減ったと喚いて起きる。やはり一人になってよかった、アルを睡眠不足にはさせられない。

『…………おとーさんも寝るね』

アルも僕も睡眠は身体的には必要無い、だが精神的には必要不可欠だ。人間よりはマシだが脳にも休養は要る、使い続ければ疲労が溜まる。

『……あぅっ! わぅ、わぉーんっ!』

『…………ごはん?』

数時間おきに起こされるのは人間でなくなっていても辛い。

『あれ、ごはんじゃないの?』

数時間経たずに起きる時もある。腹が減って起きたのではない時もある。何が不満で喚いているのか分からない時は多い。

『……何が気に入らないの?』

膝の上で転がる仔犬を撫で回しても不満そうに吠えるだけだ。それがずっと続き、不安になって誰かに助言をもらおうかと仔犬を抱いて立ち上がると、途端に鳴き止む。

『…………これかぁ』

軽く揺らしながら部屋を歩き回ると静かになった。安心して座ればまた鳴いた。

『おとーさん立ってなきゃだめ? 分かったよ、ちょっと高いし揺れ方も違うし、今はこれの気分なんだよね』

完全に眠ったかと油断して腰を下ろせば鳴く。疲れたと立ち止まれば鳴く。腕を揺らさないと鳴く。

『ふふ……』

不満を訴えられるのは安心している証拠、信頼されている証拠、少しでも不満を漏らして殴られたことのない幸せな子供だけが出来る行為。

『…………可愛い、可愛い……』

だからこそ何よりも尊い。



扉を叩かれて朝を知る。
アルメーの少女に先導されて食堂に行けば、酔い潰れている者と面倒臭い酔っ払いばかりの地獄絵図があった。

『来たか、下等生物。こんな朝遅くまで寝ていたのか? 相変わらずだな』

時間の感覚が壊れてしまっていただけで、僕は昨日ほとんど眠っていない。だから少し腹が立った。

『今日、帰ろうと思ってる』

椅子に座って膝の上に仔犬を置き、誰も聞いていなさそうだと思いながらも発表した。

『帰るの? じゃあ結界張る?』

『うん、お願い兄さん』

寝たフリをしていたライアーが飛び起きるが「起きてたの!?」なんてリアクションをしてやるような気力はない。

『あの虫はいいんだね?』

『……僕はいいと思ってるんだけどね。とりあえずウェナトリアさんに色々言っておかないと』

ウェナトリアはアルメー宅に居るだろうか。広大な迷路を探し回るのも、もっと広大な島中を探し回るのも嫌だ。

『……そうだ、ウェナトリアさんとベルフェゴールの契約どうしよう』

『そういうのは本人達の問題でしょ?』

『…………まぁ、そうだけどさ』

出来ることなら契約は解消して欲しい。悪魔の契約者には色々とデメリットが多い、メリットは悪魔が傍に居なければ皆無だ。

『そうだ、アルは? 相談したいことあるんだ』

ライアーが示したのは机の下、覗けばアルが眠っていた。机の下に潜ってアルを揺り起こして顔の前に仔犬を置いてみたが、アルは僕を見上げるばかりだ。

『ねぇ、アル。この子の名前何がいいかな、一緒に考えよ』

『…………名前など要らんだろう』

『……何それ』

『どうしてもと言うなら勝手に決めろ、下手に祈りを込めるなよ』

『…………何でそんなこと言うの?』

疑いは確信に変わった。アルは仔犬を可愛がらないどころか興味すら無い。

『アルの子なんだよ!? 見て、ほら、似てるでしょ?』

『……やめろ』

抱き上げて顔の傍に持っていけば、アルは唸り声を上げる。

『ほら、綺麗な毛並みでしょ? 顔立ちもなんとなくアルっぽい。それにこの子飲むの下手なんだよ、アルと同じで……』

見せるだけでなく可愛いところを言っていく。これなら──

『やめろと言っているだろう!』

『……どうして?』

アルは唸り声だけを置いて顔を背けてしまった。

『…………ぁ、だっ、大丈夫だよ。おかーさん、ちょっと機嫌悪いだけだからね、また後で遊んでもらおうね』

言葉が分かっているとは思えないけれど、雰囲気は間違いなく感じ取っている。仔犬が不安になってはいけないと、僕は優しく抱き上げて頬擦りをした。しかし怒鳴られた恐怖は拭い切れず、声は震えてしまっていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始! 2024/2/21小説本編完結! 旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です ※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。 ※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。 生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。  伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。 勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。  代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。 リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。  ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。  タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。  タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。  そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。  なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。 レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。 いつか彼は血をも超えていくーー。  さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。  一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。 彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。 コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ! ・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持 ・12/28 ハイファンランキング 3位

【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。  どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!  スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!  天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...