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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛
偽りか真実か
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サタンは深い深いため息をつくと、ゆっくりと頭を上げた。全くの無表情から感情を読み取ることなんて出来ない。威圧的な金色の瞳に気圧されていると僕とメルの腕をマンモンが掴んだ。
『何してんだこのバカリリン! 殺されるぞ、早く謝れ!』
『……離してよっ! コイツはワタシを捨てたの、引っぱたいて何が悪いのよ、アナタには関係ないじゃない!』
『クソが……魔物使い、行くぞ! 巻き込まれちゃたまんねぇ』
『逃げるなら一人で逃げて、僕はメルを守る』
最悪、メルに自由意志の加護を与えて自分も透過して魔界から逃げればいい。
『…………メル、と言うのか?』
優しくも厳しくもない感情のない声色。
『ぇ、あっ……メロウ・ヴェルメリオ……メルは愛称よ』
『そうか、甘い赤……貴様にぴったりだな、リリスに似て美しい……』
サタンが立ち上がり、マンモンが飛び退く。僕は全神経を集中させて透過のタイミングを待った。サタンがメルの首元に上げた手はゆっくりと進み、頬の少し下を撫でた。そのまま首の後ろを掴むようにして抱き寄せ、もう片方の手を背に回した。
『すまなかったな、メロウ』
メルの全身は震えていて、サタンの腕の隙間から僕を見つめる瞳も震えていた。透過で助け出すべきではないだろう、もうしばらく様子を見よう。
『な……に、よ。騙されないから、利用する気しかないって分かってるんだから! ワタシ、は……アナタなんかに……』
腕の中でもがいてそう叫んだメルの声が途中で止まる。サタンの手がメルの背を優しく撫でているからだろう。
『ワタシ……は、こんなので……絆されたり……』
そう言いながらもメルの手はサタンの背へと向かい、黒いジャケットを掴んだ。顔を横にして僕を見るのをやめて、サタンに顔を押し付けてすすり泣き始めた。僕はメルの背を優しく撫でているサタンの手に確かな愛情を感じ、安堵に胸を撫で下ろした。そしてサタンの顔を見上げて体温が急激に下がるのを感じた。慈愛の欠片も無い悪魔らしい嗜虐的な笑みを浮かべていたから。
『……メロウ、いや、メルと呼んでも?』
メルは泣き顔を見せたくないのか手で顔を覆い、何も言えずに必死に頷いた。
『メル、今から器を改造する。貴様は余の実の娘だからな……余の魔力には耐性があるだろう、ただの下級悪魔よりは楽に安全に済むはずだ。体内に何かが蠢くような感覚があるだろう、耐えられるな?』
『……はい!』
目を擦り、力強く頷く。サタンは満足そうに笑って彼女の両頬に手を添えた。直後、絶叫が耳を劈く。
『メ、メル!? 大丈夫!?』
相当な苦痛なのだろう、サタンの手を引き剥がそうと暴れて、足まで振り回している。だが、サタンはメルのこめかみ辺りに手のひらを当てて挟むように固定していてメルが自力で脱出なんて出来そうにない。助けて──いや、ダメだ、このために来たのだから信じて見守らなければ。
メルの背に生えた四枚の羽根が異常に伸び、縮み、消え、現れ、八枚に増えたかと思えば二枚に減り、角も伸び縮みを続けて形もぐにゃぐにゃと変わっている。
途切れない悲痛な叫び声に脳が疲弊する頃、サタンの手がメルから離れ、メルがよろめく。悲鳴は荒い吐息に変わり、メルはふらつきながらも自分で立っていた。僕はサタンとは反対側に回り、メルが倒れた時に備えていた。
『よく耐えたな、メル。頑張った……可愛い可愛い余の娘、素晴らしい……』
『…………お父様っ!』
よろめいて──違う、メルは自らの意思でサタンの胸に飛び込んだ。
『とりあえずベルと同程度の魔力を貯められるようにはなったな、純度と濃度は自分で練り上げるんだ、一応少し渡してはおくが自分で調整したものの方が使いやすいからな』
『……はい、お父様……』
『姿も変えたいか? 髪を伸ばしたいか、背を伸ばしたいか、角や翼の形を変えたいか、好きに言え』
改造中は変形を続けていた角や翼だが、終わると元の形に落ち着いていた。
『…………その、胸を……もう少し。あと、くびれももう少し。それと足を……』
メルの要望は人間寄りで何だか微笑ましい。サタンは人の形として不自然でない程度にメルの希望を叶えた。
『だーり……ま、魔物使い様! 見て、どう!』
『見てって言われても見ても分かんないよ』
見た目を変えるところを見ていてもどこがどう変わったのか分からない。そんな差異だ。
『もぅ! 腰の位置が上がったし足ちょっと細くなったし、くびれも綺麗になったでしょ。それに、胸が大きくなったわ、ほら!』
『ちょっ……押し付けないで、分かった、分かったから……』
本当は分かってはいないけれど腕を組んで胸を押し付けられては適当に頷いて離れてもらうしかない。
『……魔物使い、少し』
『ぁ、はっ、はい、なんでしょうか』
分身とは普通に話せていたのに、本体となれば吃ってしまうし過ぎた敬語を使ってしまう。怯えながらも言葉を待っていると、サタンは何も言わずに腕をのばし僕の首を掴んだ。
『前に会った時、戦神を招き入れただろう。雷神のだ、分かるな? アレが魔界の結界を破壊したから分身が出せるようになった訳だが、殴られて妻の前で気絶させられたのは別の話だ。貴様の兄や狼が余の妻に噛みついたのもな。魔物使い、何が言いたいか分かるか?』
彼は僕を慈しむはずだ。雨の時には上着を貸してくれたし、優しく頭を撫でてくれた。初恋の生まれ変わりとして、大切な魔物使いとして、丁重に扱ってくれるはずだ。それなのにどうして僕は今首を掴んで持ち上げられているんだ。
『お、お父様、何してるの? だーりんに酷いことしないで』
僕の首を掴んで僕の体を浮かせている右手に縋り付くメル、そんな彼女の体に絡む二匹の大きな蛇。
『だーりんおはよぉー、なぁにこの子、淫魔? カワイイじゃない、プレゼント?』
コツコツとハイヒールの足音。姿は見えないがリリスが来たらしい。メルが僕から離されてしまった。
『いや、娘だ』
『え……? あらホント、リリンじゃない! すごぉい、アレってこんなに強くなるのね! そっちは……魔物使い!? きゃーだーりん嬉しい! くれるの? くれるのよね!』
『いや?』
『なっ、なんでよぉ! だーりんのけち!』
ようやくリリスの姿が見えた、と言っても頭頂部だけだが。彼女が僕の首を掴んでいるサタンの腕を叩くせいで揺れている。
『娘とマンモンで遊んでいろ、余は今忙しい』
『えっちょサタン様』
『……ふんっ! だーりんのバカ、謝ったってもう知らないから! 鳥さん、何かアクセ出して、ドレスもね。あと新しい香水も欲しいわ、それから──』
リリスは蛇にマンモンも巻き付けて別室へ向かった。サタンは深いため息をついて、ゆっくり目を閉じると仕切り直しと言わんばかりに僕を見上げた。
『サ、サタンっ……苦しいんだけど……』
彼の右手に両手を添えてそう言うとその手が離れ、安心する暇もなく左手で殴られて吹っ飛んだ。顔を殴られただけで骨は折れていない、肉も皮も無事でそこまで痛くはない、だが殴られたことに動揺して動けなくなった。
『……余の檻を勝手に抜け出したのは許そう、戦神を招き入れたのもまぁいい、ソレに殴られたのも今ので許そう。だが、妻に手を出されては黙っていられない。魔物使い、貴様の兄と妻の分、ここで償え』
『サタン、ま、待ってよ、今まで一度もそんなこと言わずに助けてくれたじゃないか……寒いとこで上着くれてっ、お団子買ってくれて、優しくしてくれてたじゃないか……』
『ほぅ? そんなことをしたか、余の分身は。順当だな、貴様に協力する為に創り送ったものが貴様に喧嘩を売る訳もなかろうよ』
分身と本体は繋がっていない、それは妖鬼の国で聞いた。作る度に性格が微妙に変化するのも知っている。でも根底は同じだと思っていた、僕を愛してくれているのだと勘違いしていた。
『何、余は優しい、悪魔の中では最もな。だから妻に傷を負わされた分を払うだけで許してやると言っているんだ。魔物使い、貴様は魔物の味方だろう? 魔物には優しくするんだろう? なら余を助けてくれ、この身を焦がす憎悪の炎を受け止めてくれ、魂までもを焼き尽くしてしまう前に!』
黒い炎が玉座の周囲を包み、膨らむ。中心に揺らぐ影が大きく、異形に歪んでいく。巨大な翼に長く太い尾、強靭な手足、鰐のような口──黒炎の壁を突き破って黒竜が現れた。
『何してんだこのバカリリン! 殺されるぞ、早く謝れ!』
『……離してよっ! コイツはワタシを捨てたの、引っぱたいて何が悪いのよ、アナタには関係ないじゃない!』
『クソが……魔物使い、行くぞ! 巻き込まれちゃたまんねぇ』
『逃げるなら一人で逃げて、僕はメルを守る』
最悪、メルに自由意志の加護を与えて自分も透過して魔界から逃げればいい。
『…………メル、と言うのか?』
優しくも厳しくもない感情のない声色。
『ぇ、あっ……メロウ・ヴェルメリオ……メルは愛称よ』
『そうか、甘い赤……貴様にぴったりだな、リリスに似て美しい……』
サタンが立ち上がり、マンモンが飛び退く。僕は全神経を集中させて透過のタイミングを待った。サタンがメルの首元に上げた手はゆっくりと進み、頬の少し下を撫でた。そのまま首の後ろを掴むようにして抱き寄せ、もう片方の手を背に回した。
『すまなかったな、メロウ』
メルの全身は震えていて、サタンの腕の隙間から僕を見つめる瞳も震えていた。透過で助け出すべきではないだろう、もうしばらく様子を見よう。
『な……に、よ。騙されないから、利用する気しかないって分かってるんだから! ワタシ、は……アナタなんかに……』
腕の中でもがいてそう叫んだメルの声が途中で止まる。サタンの手がメルの背を優しく撫でているからだろう。
『ワタシ……は、こんなので……絆されたり……』
そう言いながらもメルの手はサタンの背へと向かい、黒いジャケットを掴んだ。顔を横にして僕を見るのをやめて、サタンに顔を押し付けてすすり泣き始めた。僕はメルの背を優しく撫でているサタンの手に確かな愛情を感じ、安堵に胸を撫で下ろした。そしてサタンの顔を見上げて体温が急激に下がるのを感じた。慈愛の欠片も無い悪魔らしい嗜虐的な笑みを浮かべていたから。
『……メロウ、いや、メルと呼んでも?』
メルは泣き顔を見せたくないのか手で顔を覆い、何も言えずに必死に頷いた。
『メル、今から器を改造する。貴様は余の実の娘だからな……余の魔力には耐性があるだろう、ただの下級悪魔よりは楽に安全に済むはずだ。体内に何かが蠢くような感覚があるだろう、耐えられるな?』
『……はい!』
目を擦り、力強く頷く。サタンは満足そうに笑って彼女の両頬に手を添えた。直後、絶叫が耳を劈く。
『メ、メル!? 大丈夫!?』
相当な苦痛なのだろう、サタンの手を引き剥がそうと暴れて、足まで振り回している。だが、サタンはメルのこめかみ辺りに手のひらを当てて挟むように固定していてメルが自力で脱出なんて出来そうにない。助けて──いや、ダメだ、このために来たのだから信じて見守らなければ。
メルの背に生えた四枚の羽根が異常に伸び、縮み、消え、現れ、八枚に増えたかと思えば二枚に減り、角も伸び縮みを続けて形もぐにゃぐにゃと変わっている。
途切れない悲痛な叫び声に脳が疲弊する頃、サタンの手がメルから離れ、メルがよろめく。悲鳴は荒い吐息に変わり、メルはふらつきながらも自分で立っていた。僕はサタンとは反対側に回り、メルが倒れた時に備えていた。
『よく耐えたな、メル。頑張った……可愛い可愛い余の娘、素晴らしい……』
『…………お父様っ!』
よろめいて──違う、メルは自らの意思でサタンの胸に飛び込んだ。
『とりあえずベルと同程度の魔力を貯められるようにはなったな、純度と濃度は自分で練り上げるんだ、一応少し渡してはおくが自分で調整したものの方が使いやすいからな』
『……はい、お父様……』
『姿も変えたいか? 髪を伸ばしたいか、背を伸ばしたいか、角や翼の形を変えたいか、好きに言え』
改造中は変形を続けていた角や翼だが、終わると元の形に落ち着いていた。
『…………その、胸を……もう少し。あと、くびれももう少し。それと足を……』
メルの要望は人間寄りで何だか微笑ましい。サタンは人の形として不自然でない程度にメルの希望を叶えた。
『だーり……ま、魔物使い様! 見て、どう!』
『見てって言われても見ても分かんないよ』
見た目を変えるところを見ていてもどこがどう変わったのか分からない。そんな差異だ。
『もぅ! 腰の位置が上がったし足ちょっと細くなったし、くびれも綺麗になったでしょ。それに、胸が大きくなったわ、ほら!』
『ちょっ……押し付けないで、分かった、分かったから……』
本当は分かってはいないけれど腕を組んで胸を押し付けられては適当に頷いて離れてもらうしかない。
『……魔物使い、少し』
『ぁ、はっ、はい、なんでしょうか』
分身とは普通に話せていたのに、本体となれば吃ってしまうし過ぎた敬語を使ってしまう。怯えながらも言葉を待っていると、サタンは何も言わずに腕をのばし僕の首を掴んだ。
『前に会った時、戦神を招き入れただろう。雷神のだ、分かるな? アレが魔界の結界を破壊したから分身が出せるようになった訳だが、殴られて妻の前で気絶させられたのは別の話だ。貴様の兄や狼が余の妻に噛みついたのもな。魔物使い、何が言いたいか分かるか?』
彼は僕を慈しむはずだ。雨の時には上着を貸してくれたし、優しく頭を撫でてくれた。初恋の生まれ変わりとして、大切な魔物使いとして、丁重に扱ってくれるはずだ。それなのにどうして僕は今首を掴んで持ち上げられているんだ。
『お、お父様、何してるの? だーりんに酷いことしないで』
僕の首を掴んで僕の体を浮かせている右手に縋り付くメル、そんな彼女の体に絡む二匹の大きな蛇。
『だーりんおはよぉー、なぁにこの子、淫魔? カワイイじゃない、プレゼント?』
コツコツとハイヒールの足音。姿は見えないがリリスが来たらしい。メルが僕から離されてしまった。
『いや、娘だ』
『え……? あらホント、リリンじゃない! すごぉい、アレってこんなに強くなるのね! そっちは……魔物使い!? きゃーだーりん嬉しい! くれるの? くれるのよね!』
『いや?』
『なっ、なんでよぉ! だーりんのけち!』
ようやくリリスの姿が見えた、と言っても頭頂部だけだが。彼女が僕の首を掴んでいるサタンの腕を叩くせいで揺れている。
『娘とマンモンで遊んでいろ、余は今忙しい』
『えっちょサタン様』
『……ふんっ! だーりんのバカ、謝ったってもう知らないから! 鳥さん、何かアクセ出して、ドレスもね。あと新しい香水も欲しいわ、それから──』
リリスは蛇にマンモンも巻き付けて別室へ向かった。サタンは深いため息をついて、ゆっくり目を閉じると仕切り直しと言わんばかりに僕を見上げた。
『サ、サタンっ……苦しいんだけど……』
彼の右手に両手を添えてそう言うとその手が離れ、安心する暇もなく左手で殴られて吹っ飛んだ。顔を殴られただけで骨は折れていない、肉も皮も無事でそこまで痛くはない、だが殴られたことに動揺して動けなくなった。
『……余の檻を勝手に抜け出したのは許そう、戦神を招き入れたのもまぁいい、ソレに殴られたのも今ので許そう。だが、妻に手を出されては黙っていられない。魔物使い、貴様の兄と妻の分、ここで償え』
『サタン、ま、待ってよ、今まで一度もそんなこと言わずに助けてくれたじゃないか……寒いとこで上着くれてっ、お団子買ってくれて、優しくしてくれてたじゃないか……』
『ほぅ? そんなことをしたか、余の分身は。順当だな、貴様に協力する為に創り送ったものが貴様に喧嘩を売る訳もなかろうよ』
分身と本体は繋がっていない、それは妖鬼の国で聞いた。作る度に性格が微妙に変化するのも知っている。でも根底は同じだと思っていた、僕を愛してくれているのだと勘違いしていた。
『何、余は優しい、悪魔の中では最もな。だから妻に傷を負わされた分を払うだけで許してやると言っているんだ。魔物使い、貴様は魔物の味方だろう? 魔物には優しくするんだろう? なら余を助けてくれ、この身を焦がす憎悪の炎を受け止めてくれ、魂までもを焼き尽くしてしまう前に!』
黒い炎が玉座の周囲を包み、膨らむ。中心に揺らぐ影が大きく、異形に歪んでいく。巨大な翼に長く太い尾、強靭な手足、鰐のような口──黒炎の壁を突き破って黒竜が現れた。
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