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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛
完全なる合流
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食事を終えた兄は人の姿に戻り、恍惚とした笑みを浮かべたまま立ち上がり、僕を見下ろした。
『…………可愛い、美味しい、僕のおとーと……』
中に骨を感じない生成途中の手で顔を撫で回される。段々と形が確立していくのは新鮮な感触だった。
『……にいさま、建物直したり皆治したりしてくれたんだよね。天使もいっぱい倒してくれた、ありがとうにいさま』
『ぁ……! あっ、ぁ…………』
兄は足の力が抜けたようで僕の前に膝立ちになり、言葉が思い付かないのか何かを言おうとした口をぱくぱくと動かしている。
『よ……かっ…………た……』
僕の無事を喜んでくれているのだろうか? それにしてはタイミングがおかしいような。
『にいさま? どうしたの?』
『…………結界、破られて……あの悪魔も逃がして、失望されるかなって……怖くてね。蝿に聞いてはいたんだけど、いざとなると……ね』
深呼吸をして落ち着いた兄はふらつきながらも立ち上がり、今度こそ流暢に言葉を紡いだ。
『悪魔って……まさか、マスティマ? え? っていうか蝿って……ベルゼブブ来てるの?』
『……名前は、ちょっと』
安堵と喜びに満ちていた表情が不安と恐怖に染まる。どうして兄は僕のような性格になってきているんだ? いや、僕のせいだな。心当たりがあるどころか狙っていた。
『にいさま、ちょっと離してね。兄さん、探知魔法お願い。フェル、アザゼル、アルの傍に……にいさまは僕の後ろでアル達守って。兄さんはアルの後ろね。セネカさん、メル、後ろ警戒。酒呑、茨木、カルコス、クリューソス、左右お願い』
『様を付けろ下等生物!』
マスティマの封印が解けたなら襲ってくるかもしれない。そう考えて陣形を整え、警戒しつつ街を進む。天使の力を持っている僕にしかこの槍は抜けない、回収してどうするかは後で考えるとして、とりあえず抜いて影の中に放り込んでおく。
『主君、主君、その奥に槍が』
頭の上には小烏が居る。影の中で槍にぶつかったら大変だから出しておいた。
『……なぁ、ヘル。どうして私がこんな厳重に守られなければならないんだ。この位置には貴方が居るべきだ』
円陣の真ん中で守られているアルが不満そうに唸る。
『クラール守ってもらわないと』
『……それも貴方がすればいい』
『ヴェーンさんまだしっかり歩けないから乗せてもらわないといけないし、フェルとアザゼルも守るには僕じゃちょっと……ほら、体の大きさがね、僕じゃクラール抱えるだけでギリギリなんだよ』
それっぽい理由を並べ立ててみるものの、アルには適当に考えたと分かったようで、反論は来ないものの唸り声は止まない。
「悪ぃな、狼。乗せてもらって」
アルはヴェーンを背に乗せ、フェルとアザゼルを左右の翼で包んで歩いている。
『……気にするな。それより、クラールを落とすなよ』
クラールはアルに跨るヴェーンの足の間に居る。
「もちろん、命に替えても守り切ってみせるぜ。しっかし意外だな、魔物使い? 俺に娘預けてくれるなんて」
アザゼルがすぐ隣に居るのは少し嫌だが、ヴェーンは信用出来る。彼の近頃の吸血対象は僕だし、先程は灰になっていた彼を多量の血で再生させた。彼は僕に絶対に逆らわない、魔物使いの力を使っていない今も服従している。きっと、ただ「死ね」と呟くだけで彼は自ら死を選ぶだろう。
『ヴェーンさんのことは信頼してるから』
「ありがとよ。にしても、父親似か? クラール……目、綺麗だな」
信用出来なくなってきたな。突然クラールの眼を抉り出したりはしないと思うけれど、念の為フェルに目配せでもしておくか。
『主君! 前方より多数の高速飛行物体接近!』
『え!? な、何あれ……黒い……何?』
自在に形を変える黒い塊を形容するのは難しい。恐ろしい速度でこちらに迫っているということと地面に落ちている陶器製の天使達の破片の上を通ると破片が消えるということだけは分かる。
全員が攻撃態勢を取った直後、黒い塊ではなく黒い粒の集合体だと分かった瞬間、粒が寄り集まって翠髪の少女の姿に変わる。
『……っ!? みんな止まって!』
兄や茨木、ライアーはベルゼブブだろうと攻撃してしまいそうなので声を上げる。真っ赤な無数の瞳が──複眼が眼前に迫る。しかし、その速度は彼女を異物と判断するに足りて、危険だと判断するに足りて、ローブに仕込まれた結界は彼女を拒絶した。
バンッ! と窓ガラスを知らない鳥のようにぶつかり、地面に落ちる。すぐに起き上がると思ったけれど起き上がらない彼女の前に屈み、脇の下に手を通して上体を抱き起こす。
『ベルゼブブ? ベルゼブブ、久しぶり、大丈夫? 君も襲われた? 僕食べる?』
『…………魔物使い様?』
『うん、僕は魔物使いだよ。ほら、腕でも首でもお腹でも好きなとこ食べて』
自分で起き上がらなかったことや今も立ち上がろうとしないことから天使との戦いで消耗したのだと思い、自分を貪るように言う。僕の首に両腕を絡ませ首に顔を寄せた彼女に喉を食い破る気だと思って痛覚を消したが、いつまで経っても皮が破られる気配はない。
『……ベルゼブブ? どうしたの?』
それどころか啜り泣くような声が聞こえる。そんな馬鹿な、ベルゼブブが泣くなんて天地がひっくり返るよりもありえない。
『魔物使い様っ、魔物使い様……殺してください。私を殺して……あんな女に殺されるの嫌です、魔物使い様が殺してください……』
『は……? な、何言ってるの突然! 本当にどうしたの!?』
殺して、だって? 僕だって落ち込んだ時に稀に言うかもしれない程度の台詞だぞ? それを自信家の彼女が言うなんて……聞き間違いではない、何度も繰り返しているのだから聞き間違えるはずはない。
『何で殺してなんて言うの!』
『……お父様が、死ね……と』
『お父様……?』
ベルゼブブに父親なんて居るのか? ベルゼブブは神性が分かれたものだから……その神性のバアルを父とは呼んでいなかったし、喰ったし……となるとバアルの父親? それはやはり神性だろうか、しかしベルゼブブが神の言うことを聞くとは思えない。
『もう私は要らないんです、もう膝に乗せてもらえなくなったんです、もう撫でてもらえないんです……死ねって、言われたんです。私、私……もう、お父様に愛してもらえないんです』
『ちょっと……待ってよ、君本当にベルゼブブ? お父様って誰、どうして死ねって言われて死ななきゃならないの、君いつももっと偉そうじゃないか、父親の言うことなんか聞いてないだろ? 知らないけどさぁ……』
『だって、お父様が……偉そうにしろって、帝王らしくしろって、そうしたら褒めてくれて』
『…………嘘だろ、そんな……今までの全部演技ってこと? いや、それは……それは今いいよ。とりあえず立って、泣き止んで、ちゃんと話して? お父様って誰?』
仮契約ではあるが主人である僕をも見下し、時に罵倒し時に嘲った彼女のアレが……演技? 父親なんて傍に居なかったはずなのにずっとやっていた? そうまで彼女を依存させられる男が居るのか? 暴食の魔王だぞ?
ダメだ、考えがまとまらない。とりあえず泣き止ませなけば。ベルゼブブの口から詳細を聞きたい。
『ベルゼブブ、ちょっと離れて、こっち見て……そう、僕を見て』
赤い複眼に無数に僕が映る。垂れた触角が僕の頬を擦る。不安そうに手を擦り合わせて翅を不規則に震わせている彼女が酷く弱い子供に見えてくる。
『死ね、って……それはそのお父様って人に直接言われたの? 面と向かって』
ベルゼブブは何も言わずに首を振る。
『……じゃあどうやって? 連絡とかいつも取ってたの?』
『連絡は……全然。たまに、アスタロトやマスティマから伝言が来るだけで。さっき……マスティマが、殺せと命令されたって……私に向かって剣を。私、あの女嫌いで、あの女だけには殺されたくなくて……貴方ならまだマシだから』
『うん、落ち着いて。マスティマに聞いたんだね?』
ベルゼブブは震えながら首を縦に振る。
『じゃあ嘘だ。マスティマは天使だよ、一万年前の魔物使いを連れ出して殺したのもアイツ』
『は……? な、何言ってるんですか? マスティマはサタン様の側近で……一番信用されている方で』
『ベルゼブブが指輪の大きさを測ろうとしてサプライズがバレた、そう言って魔物使いを連れ出して他の天使を呼んで串刺しにした。人間に変身できる悪魔何人か減ってなかった? 巻き添え食らったんだよ。君には辛いことさせたよね、食べたくなってたのによく我慢出来たよ』
過去を見た記憶を思い出しつつ話していくと、ベルゼブブの記憶との重なりによって彼女の信用が得られる。少なくとも、適当言って誤魔化そうとしている──なんて思われたりはしないはずだ。
『どうして知って……え? でも、確かに……減って。あの猫も死んでて……でもあの時マスティマは一人で…………一人で?』
矛盾点を探しているのだろうけれど、事実なのだから矛盾のしようがない。まぁ、婚約者である『黒』は僕が成り代わってしまっているから、その辺りは不安ではあるけれど──
『…………命令は受け取り保留にします。魔物使い様……お父様に会うか、アスタロトが伝言を持ってくるまでは、とりあえず貴方に協力します』
『……うん、ありがとう』
『地獄の帝王であるこのベルゼブブが協力を申し出てるんですよ? もう少し喜んだらどうです』
『……ふふっ、うん、うん、ありがとうベルゼブブ。嬉しいよ、やっぱり君はそうじゃなきゃ。もちろん、たまには気を抜いていいけど……それはお父様の前でやってるんだろ? なら僕は思いっきり貶していいよ』
『へぇ? 貶されるのが好きなんですね、魔物使い様は。随分な変態ですねぇ、ねぇ先輩、ベッドの中では「踏んでください女王様」なんて言われてるんですかぁ?』
いつもの調子が戻ってきた。いや、いつもより罵倒と下ネタのキレがいい気さえする。思い切り貶せなんて言ってすぐだけれど、やはり手加減してくれと訂正しておこうかなんて考えるくらいに。
けれど今は再会を喜ぼう。そして、喜びの時間を潰しにやってきた炎を纏う天使を打ち倒そう。
『…………可愛い、美味しい、僕のおとーと……』
中に骨を感じない生成途中の手で顔を撫で回される。段々と形が確立していくのは新鮮な感触だった。
『……にいさま、建物直したり皆治したりしてくれたんだよね。天使もいっぱい倒してくれた、ありがとうにいさま』
『ぁ……! あっ、ぁ…………』
兄は足の力が抜けたようで僕の前に膝立ちになり、言葉が思い付かないのか何かを言おうとした口をぱくぱくと動かしている。
『よ……かっ…………た……』
僕の無事を喜んでくれているのだろうか? それにしてはタイミングがおかしいような。
『にいさま? どうしたの?』
『…………結界、破られて……あの悪魔も逃がして、失望されるかなって……怖くてね。蝿に聞いてはいたんだけど、いざとなると……ね』
深呼吸をして落ち着いた兄はふらつきながらも立ち上がり、今度こそ流暢に言葉を紡いだ。
『悪魔って……まさか、マスティマ? え? っていうか蝿って……ベルゼブブ来てるの?』
『……名前は、ちょっと』
安堵と喜びに満ちていた表情が不安と恐怖に染まる。どうして兄は僕のような性格になってきているんだ? いや、僕のせいだな。心当たりがあるどころか狙っていた。
『にいさま、ちょっと離してね。兄さん、探知魔法お願い。フェル、アザゼル、アルの傍に……にいさまは僕の後ろでアル達守って。兄さんはアルの後ろね。セネカさん、メル、後ろ警戒。酒呑、茨木、カルコス、クリューソス、左右お願い』
『様を付けろ下等生物!』
マスティマの封印が解けたなら襲ってくるかもしれない。そう考えて陣形を整え、警戒しつつ街を進む。天使の力を持っている僕にしかこの槍は抜けない、回収してどうするかは後で考えるとして、とりあえず抜いて影の中に放り込んでおく。
『主君、主君、その奥に槍が』
頭の上には小烏が居る。影の中で槍にぶつかったら大変だから出しておいた。
『……なぁ、ヘル。どうして私がこんな厳重に守られなければならないんだ。この位置には貴方が居るべきだ』
円陣の真ん中で守られているアルが不満そうに唸る。
『クラール守ってもらわないと』
『……それも貴方がすればいい』
『ヴェーンさんまだしっかり歩けないから乗せてもらわないといけないし、フェルとアザゼルも守るには僕じゃちょっと……ほら、体の大きさがね、僕じゃクラール抱えるだけでギリギリなんだよ』
それっぽい理由を並べ立ててみるものの、アルには適当に考えたと分かったようで、反論は来ないものの唸り声は止まない。
「悪ぃな、狼。乗せてもらって」
アルはヴェーンを背に乗せ、フェルとアザゼルを左右の翼で包んで歩いている。
『……気にするな。それより、クラールを落とすなよ』
クラールはアルに跨るヴェーンの足の間に居る。
「もちろん、命に替えても守り切ってみせるぜ。しっかし意外だな、魔物使い? 俺に娘預けてくれるなんて」
アザゼルがすぐ隣に居るのは少し嫌だが、ヴェーンは信用出来る。彼の近頃の吸血対象は僕だし、先程は灰になっていた彼を多量の血で再生させた。彼は僕に絶対に逆らわない、魔物使いの力を使っていない今も服従している。きっと、ただ「死ね」と呟くだけで彼は自ら死を選ぶだろう。
『ヴェーンさんのことは信頼してるから』
「ありがとよ。にしても、父親似か? クラール……目、綺麗だな」
信用出来なくなってきたな。突然クラールの眼を抉り出したりはしないと思うけれど、念の為フェルに目配せでもしておくか。
『主君! 前方より多数の高速飛行物体接近!』
『え!? な、何あれ……黒い……何?』
自在に形を変える黒い塊を形容するのは難しい。恐ろしい速度でこちらに迫っているということと地面に落ちている陶器製の天使達の破片の上を通ると破片が消えるということだけは分かる。
全員が攻撃態勢を取った直後、黒い塊ではなく黒い粒の集合体だと分かった瞬間、粒が寄り集まって翠髪の少女の姿に変わる。
『……っ!? みんな止まって!』
兄や茨木、ライアーはベルゼブブだろうと攻撃してしまいそうなので声を上げる。真っ赤な無数の瞳が──複眼が眼前に迫る。しかし、その速度は彼女を異物と判断するに足りて、危険だと判断するに足りて、ローブに仕込まれた結界は彼女を拒絶した。
バンッ! と窓ガラスを知らない鳥のようにぶつかり、地面に落ちる。すぐに起き上がると思ったけれど起き上がらない彼女の前に屈み、脇の下に手を通して上体を抱き起こす。
『ベルゼブブ? ベルゼブブ、久しぶり、大丈夫? 君も襲われた? 僕食べる?』
『…………魔物使い様?』
『うん、僕は魔物使いだよ。ほら、腕でも首でもお腹でも好きなとこ食べて』
自分で起き上がらなかったことや今も立ち上がろうとしないことから天使との戦いで消耗したのだと思い、自分を貪るように言う。僕の首に両腕を絡ませ首に顔を寄せた彼女に喉を食い破る気だと思って痛覚を消したが、いつまで経っても皮が破られる気配はない。
『……ベルゼブブ? どうしたの?』
それどころか啜り泣くような声が聞こえる。そんな馬鹿な、ベルゼブブが泣くなんて天地がひっくり返るよりもありえない。
『魔物使い様っ、魔物使い様……殺してください。私を殺して……あんな女に殺されるの嫌です、魔物使い様が殺してください……』
『は……? な、何言ってるの突然! 本当にどうしたの!?』
殺して、だって? 僕だって落ち込んだ時に稀に言うかもしれない程度の台詞だぞ? それを自信家の彼女が言うなんて……聞き間違いではない、何度も繰り返しているのだから聞き間違えるはずはない。
『何で殺してなんて言うの!』
『……お父様が、死ね……と』
『お父様……?』
ベルゼブブに父親なんて居るのか? ベルゼブブは神性が分かれたものだから……その神性のバアルを父とは呼んでいなかったし、喰ったし……となるとバアルの父親? それはやはり神性だろうか、しかしベルゼブブが神の言うことを聞くとは思えない。
『もう私は要らないんです、もう膝に乗せてもらえなくなったんです、もう撫でてもらえないんです……死ねって、言われたんです。私、私……もう、お父様に愛してもらえないんです』
『ちょっと……待ってよ、君本当にベルゼブブ? お父様って誰、どうして死ねって言われて死ななきゃならないの、君いつももっと偉そうじゃないか、父親の言うことなんか聞いてないだろ? 知らないけどさぁ……』
『だって、お父様が……偉そうにしろって、帝王らしくしろって、そうしたら褒めてくれて』
『…………嘘だろ、そんな……今までの全部演技ってこと? いや、それは……それは今いいよ。とりあえず立って、泣き止んで、ちゃんと話して? お父様って誰?』
仮契約ではあるが主人である僕をも見下し、時に罵倒し時に嘲った彼女のアレが……演技? 父親なんて傍に居なかったはずなのにずっとやっていた? そうまで彼女を依存させられる男が居るのか? 暴食の魔王だぞ?
ダメだ、考えがまとまらない。とりあえず泣き止ませなけば。ベルゼブブの口から詳細を聞きたい。
『ベルゼブブ、ちょっと離れて、こっち見て……そう、僕を見て』
赤い複眼に無数に僕が映る。垂れた触角が僕の頬を擦る。不安そうに手を擦り合わせて翅を不規則に震わせている彼女が酷く弱い子供に見えてくる。
『死ね、って……それはそのお父様って人に直接言われたの? 面と向かって』
ベルゼブブは何も言わずに首を振る。
『……じゃあどうやって? 連絡とかいつも取ってたの?』
『連絡は……全然。たまに、アスタロトやマスティマから伝言が来るだけで。さっき……マスティマが、殺せと命令されたって……私に向かって剣を。私、あの女嫌いで、あの女だけには殺されたくなくて……貴方ならまだマシだから』
『うん、落ち着いて。マスティマに聞いたんだね?』
ベルゼブブは震えながら首を縦に振る。
『じゃあ嘘だ。マスティマは天使だよ、一万年前の魔物使いを連れ出して殺したのもアイツ』
『は……? な、何言ってるんですか? マスティマはサタン様の側近で……一番信用されている方で』
『ベルゼブブが指輪の大きさを測ろうとしてサプライズがバレた、そう言って魔物使いを連れ出して他の天使を呼んで串刺しにした。人間に変身できる悪魔何人か減ってなかった? 巻き添え食らったんだよ。君には辛いことさせたよね、食べたくなってたのによく我慢出来たよ』
過去を見た記憶を思い出しつつ話していくと、ベルゼブブの記憶との重なりによって彼女の信用が得られる。少なくとも、適当言って誤魔化そうとしている──なんて思われたりはしないはずだ。
『どうして知って……え? でも、確かに……減って。あの猫も死んでて……でもあの時マスティマは一人で…………一人で?』
矛盾点を探しているのだろうけれど、事実なのだから矛盾のしようがない。まぁ、婚約者である『黒』は僕が成り代わってしまっているから、その辺りは不安ではあるけれど──
『…………命令は受け取り保留にします。魔物使い様……お父様に会うか、アスタロトが伝言を持ってくるまでは、とりあえず貴方に協力します』
『……うん、ありがとう』
『地獄の帝王であるこのベルゼブブが協力を申し出てるんですよ? もう少し喜んだらどうです』
『……ふふっ、うん、うん、ありがとうベルゼブブ。嬉しいよ、やっぱり君はそうじゃなきゃ。もちろん、たまには気を抜いていいけど……それはお父様の前でやってるんだろ? なら僕は思いっきり貶していいよ』
『へぇ? 貶されるのが好きなんですね、魔物使い様は。随分な変態ですねぇ、ねぇ先輩、ベッドの中では「踏んでください女王様」なんて言われてるんですかぁ?』
いつもの調子が戻ってきた。いや、いつもより罵倒と下ネタのキレがいい気さえする。思い切り貶せなんて言ってすぐだけれど、やはり手加減してくれと訂正しておこうかなんて考えるくらいに。
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