魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ

翼を持った赤子の世話

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孵化から数日、普通の蛇からは考えられないくらい短い間隔で脱皮を繰り返した二人目の子は僕の指三本分の太さになっていた。

『ちょっと前まで気持ち悪かったけど羽根生え揃うと可愛いね』

羽管と言ったか、羽根を包んでいるストローのようなものが初めあったのだが、それに包まれている羽根は当然広がらず針のようになっており、毛穴というか鳥肌というか……とにかく皮膚が見えていたのだ。集合体恐怖症とまでは言わないけれど嫌悪感はある、自分の子とはいえ見慣れない生まれたての翼の様子は「気持ち悪い」としか形容出来なかった。

『脱いだ皮の残りと取れた羽管が汚いな、洗ってやってくれ』

『うん、じゃあクラール……』

『も、頼む』

『……分かった』

クラールを見ておいてくれと頼むつもりだったのだが先手を打たれてしまった。確かにクッションを食い破って遊んでいたクラールはその中身にまみれてしまっているから入浴が必要だろうけれど。

『お湯このくらいで大丈夫?』

蛇はまだ喋らない、喋るのかどうかもよく分からないけれど。
クラールは温かいお湯が好きだし、浸けると気持ちよさそうに目を閉じるから大丈夫な温度が分かりやすいけれど……風呂好きはアル似かな?
爬虫類の表情は狼以上に分かりにくい。表情変わるのか? そう思ってしまうくらい分からない。そもそも爬虫類は冷たい印象がある、お湯なんて好まないのではないだろうか。

『…………だ、大丈夫じゃなかったらちゃんと出るんだよ? 自分で出れるよね? えっと……み、水も用意しておくね』

蛇の入った洗面器の隣に水を張った洗面器を置き、洗うために石鹸を探し──手が止まる。クラールは犬用のものを使っている、仔犬でも大丈夫かと店員にしつこく聞いたからクラールには問題はない。しかし、蛇用や鳥用なんて家にも店にも無い。

『わぅ! わん! おとーた、おとーたぁ!』

『ちょっと待って、確か赤ちゃん用が洗面台の下に……』

誰かが買ってきてくれたらしい人間の赤ちゃん用石鹸、とりあえずアレを少量使って様子を──

『おとーた! おとーたぁ、おとーたん!』

──クラールがやけに騒がしい。

『もう、何……うわっ!? えっ、ちょ……大丈夫!?』

風呂場を出て棚を漁る前に宥めておこうと振り向けば、尻尾の方から排水溝に吸い込まれつつある蛇がクラールに踏まれていた。すぐに救出し、髪の毛や何かよく分からない黒いゴミに汚れた下半身……? を湯で流す。

『ありがとクラール、危なかったよ……』

どうやら洗面器から出ようとして洗面器ごと引っくり返り、中の水ごと吸い込まれたようだ。指三本程度の隙間に入るとは流石蛇だ、油断出来ない。

『……君、鳴けない?』

二つ頭を眼前に持ち上げるも、首を傾げることすらしない。

『……お湯熱かった? 水がいい?』

そっと水を張った洗面器に入れると、すぐに出て僕の手に絡み付いた。

『寒い? やっぱりお湯……もうちょっと混ぜる?』

水を張った洗面器に湯を足して、先程のお湯よりも温度を下げる。手を洗面器に入れて降りるよう促すも、僕の言葉を聞く様子はない。

『……仕方ないなぁ』

もしかしたら水そのものが嫌いなのかもしれない。そう思い、手に絡んだままにして細長い身体と翼を洗った。

『次、クラールね。ほら、次お姉ちゃんだからそろそろ降りて』

降りない。

『……クラール、膝乗って』

仕方なく風呂場の床に正座し、膝に乗せたクラールを片手で洗った。


風呂を出たら二人をタオルに包み、ベッド横の床に降ろす。クラールは全身ドライヤーとして、蛇の方はどうしよう。翼だけならタオルで十分だろうか、あまり鱗を乾燥させてはいけない気がする。

『じゃあアル、この子お願い。クラール、ドライヤー……』

『……や!』

クラールは短く吠えてベッドの下に潜り込む。狭い隙間には僕は腕しか入れられない、そう思っての逃げ場だろう。しかし、僕には透過がある。

『はい確保、濡れたままじゃ風邪引くからねー』

『やー! や! やぁああ!』

『暴れないの』

クッションを食い破ってアルに叱られ、風呂で治った機嫌をドライヤーで損ねて……忙しい子だ。

『……ね、この子名前何にする?』

ご機嫌斜めのクラールを抱いて、膝の上に乗ったアルの頭の上に蛇を乗せて、そんな至福の時間をより良いものにするための会話。クラールの時はアルは名前を考えようともしなかったけれど、今回は悩むような素振りを見せた。先に僕の案を言っておこうか。

『ドッペル』
『ハルプ』

──はどうだろう。その声は被ってしまった。

『……ドッペル? 貴方らしいな、もう少し捻ったらどうだ』

『アルこそ……ハルプはちょっと、ほら……ね?』

互いの案を否定し合っても仕方ない。良いところを説明し合って褒め合って、別の案を出したりしながら楽しく決めるべきだ。

『ねぇクラール、ドッペル、ハルプ、どっちがいいと思う?』

『くぁーりゅぅー』

『自分の名前好き? そっかそっか良かったぁ』

可愛いという概念の擬人化、いや擬獣化。多数決の選択肢は潰えたが可愛いのでよしとする。

『本人に決めさせよう』

『そうだね、ドッペルーこっち向いてー』

『違う、ハルプだ』

アルの頭の上で身を捩った蛇は右の頭を僕の方に向かわせる。しかし、左の頭はアルの上に残りたいようで踏ん張っている。

『……ねぇ、やっぱり意思バラバラだよこの子』

『…………なら、こっちがハルプだ』

『じゃあ、えっと、右がドッペル……』

『どこから見た右だ?』

『この子から見ての左右』

右手、左手と同じ──っとこの子にあるのは翼か。いや、翼の先は手のようになっていた。羽根が生えてからはよく分からなくなってしまったけれど。

『左右以外に見分け方は無いのか? 模様や顔付きは?』

自身の頭の上に居るのでアルにはドッペルとハルプの様子が見えていない。

『うーん……二人とも頭の上に菱形の模様あるんだけど、その内側にドッペルは黒い丸があって、ハルプは輪っかなんだよ』

左右の方が分かりやすい気もするけれど、可愛らしい見分け方もあった方がいいだろう。

『分かった』

アルの尾は根元から先端まで真っ黒い蛇だけれどドッペルとハルプは薄い黒と濃い黒で菱形などの模様が作られているのだ。

『性別は?』

『どっちの?』

『……身体は一つだろう?』

脳は二つあるし意思も分かれている。
蛇の性別なんて見ても分からない、長いロープのような身体には突起も穴も何も無い。

『分かんないよ……』

『見せろ、裏返せ……ふむ、多分雌だ』

『なんで分かるの?』

『スリットの長さだな』

『スリット……?』

この臍のようなものだろうか。

『それが長ければ雄、短ければ雌。その子の大きさでその長さなら恐らく雌だ』

臍で見分けが付くとは変わった生き物だ。
別に息子だろうと娘だろうとどっちでもいいけれど──どうせなら男の子も欲しいな。
息子とキャッチボールするのが夢だ……なんて言っている父親を本でたまに読む。キャッチを手ではなく口で、投げ返すのではなく持って来るのでいいのなら長女ともう叶っている。

『お母さんは娘と買い物したいって話たまに聞くけど』

『む……確かに、肉選びに肉好きが居るといいな。一人ではどうにも同じ物ばかり買ってしまう、違う部位が好きなら共の買い物も楽しいだろう』

こういった願望なら一般的な親子像と一致するのか。となるとやはり息子が欲しい。

『……お父さんって娘と何してるイメージある?』

『…………洗濯物を分けられたり、一番風呂を野次られたり』

『悲しいのばっかり。でもクラールは服着ないし、お風呂も一緒に入ってる、僕達には当てはまらないね』

『いや、今言ったのは年頃になってからの話だ。思春期の娘が父親と風呂に入ると思うか?』

不安になることを言わないで欲しい。腕の中で僕の服を引っ張って遊んでいるクラールは僕のことを嫌ったりしないはずだ。嫌われるような真似をするつもりもない。

『彼氏でも出来たら──』

『殺す』

『落ち着け。後何年あると思っている』

『……何年あるの?』

『一、二年?』

剣術の腕を磨いておこうか。一年二年では厳しいかもしれないけれど、娘の露払いは僕の役目だ。
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