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第四十二章 悪趣味に遅れた顕在計画

領域外から

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間違いだらけの歴史書通りに事を進めるために何者かがアスガルドに忍び込み、一人殺してロキに罪を被せて逃げた……とんでもない話だ。すぐにでも捕まえて締め上げてアスガルドに届けなくては。

『真犯人を捕まえないと…………歴史書通りにしたいってことは、真犯人はハスターと同じ時間軸から来たってことだよね?』

『歴史書ってのも語弊があるんだけどね~、まぁ問題ないからいいや~。え~と~、でも~、そもそも真犯人は普通に元々存在する人~、ロキが濡れ衣を着せられるってのが真実で~、それを省いて書いたのを僕が読んだのかもしれないし~』

過去や未来や歴史やらとややこしい。可能性がある、そう言うだけなら誰にだって出来る。ゼロになる可能性など、それこそゼロなのだから。

『ヘル、私は時空の類は苦手だ。しかし、濡れ衣だ何だの事件の場合、真犯人は事件で最も得をする人物である事が多い』

『……その通りだねアルぅー! 流石アル! 可愛い賢い格好良い世界一ぃ! 得がなきゃ殺人なんて面倒くさいことしないもんね』

『…………恨みという可能性も有る』

『恨みは面倒とかもったいないとか損得とか超すもんね……それの場合はロキはちょっと多そうで……難しい』

面倒臭い、もったいない、僕だけなのかもしれないが、この二つは人生の選択肢を選ぶ際に大きく影響する感情だ。損得は冷静な判断。怒りや恨みなどは選択肢を蹴り飛ばす厄介なもの。真犯人の人柄が分からないから何を優先させるタイプなのかも分からない。

『……その真犯人ってこっちの世界に逃げてきたって言ってましたよね? ならこっちの世界の奴じゃないんですか? 向こうの神性なら向こうが見分けるでしょうし』

『でもにいさまはトールさんの捜索かわし続けてたよ』

『兄君並に隠れる術が使えるなら向こうのだろうとこっちのだろうと問題ない、と?』

『……うん』

神性なら兄より腕は上だと思うし、ロキのように隠蔽や変身に特化している神性なら目の前に居ても気付けない。

『……ふむ、ハスター、その書物に合わせて事実を変えるとして、得はあるのか?』

『え? う~ん……ないんじゃないかな~…………ぁ、もしかしたらロキに成り代われるかもしれない~。今居る他の神様が真犯人の仕業をロキの仕業だって言えば~、真犯人もロキってことだし~、ロキがバルドルを殺したってのが本になれば~、バルドルを殺したのはロキってことになるから~』

『ぁー……もう、成り代わりとかあるから神性は面倒臭いんです』

『……それを言える立場か? ブブ』

『うるさいですクソトカゲ!』

僕は『黒』に成り代わった。ザフィにもだ。その力と知識は中途半端にだが使える、成り代わりにメリットはある。

『……っていうかちょっと殺して罪被せたくらいで成り代わったり出来ませんよ? 流石に神性そんなに緩くありません』

『…………緩かったとしたら? 『黒』みたいに……元からふわふわした存在だったら?』

『魔物使い様、クロって……誰です?』

『ロキは変身術を使えて神出鬼没……神性としては確立してても、認識とか存在とかいう話になってきたら、怪しいんじゃないの?』

脳内の棚に仕舞われているはずの『黒』とザフィの知識を漁り、神性の成り代わりについてを調べる。しかし創世から君臨し続ける創造神に創られた天使にはそこまでの知識はなかった。

『ど~だろ~、会ったことないからな~』

『……アスガルドはしっかりした神族の世界ですよ? 人界と神界みたいな関係じゃないはずです、なのにふわふわした神性なんか居るわけないでしょう』

『真犯人はアスガルドの神性とは……そもそも神性とも限らないし。ロキは…………そうだね、存在感はあったっぽいし……』

『存在感がいくらあったって、顔が確立してなきゃキミの言うふわふわに近いかもしれないよ?』

ハスターの発言にロキの顔を思い浮かべるとハッキリと瞼の裏に浮かんだ。紫の眉にかかる紫の髪はアシンメトリー、眉は少し上がっていて、目は赤色でいわゆる猫目、口は大きくて笑うと三日月のようになって──

『変身は良い術だよ。顔がコロコロ変わるから素顔がどれなのか分からない。本当は顔が無いのかもしれない。キミが今思い浮かべたロキの顔は素顔と言えるかな? よく使ってた変身姿じゃないのかな?』

『…………ちょっと、どうしたんです急に』

触手が手首と首に絡みつき、仮面が額にぴったりと引っ付く。
ロキの素顔……確かに、神性である彼が本当に僕と同じ人間の姿を真の姿としているという確証はない。天使や悪魔も人間の姿は人間に取り入りやすいから選ぶものだ、ロキも僕と話しやすくするために人間の姿になっていただけかもしれない。

『ロキには本当は顔が無かったんじゃないかなぁ?』

『…………ハスター?』

『だって自分の顔があったら他の顔をポンポン使えないじゃないか』

『ハスター! ハスター、聞こえる!?』

『…………ん~? 聞こえてるよ~、何~?』

『……今すぐアスガルドに行こう』

危なかった。ロキに対する疑心を煽られて警戒を怠るよう仕向けられていた。もう少し遅れていたらハスターどころか僕もどうなっていたか分からない。

『わざわざヒント与えに来てくれるなんて……優しいとこあるよね』

訳が分からないといった様子の悪魔達や心配そうな顔のアルに気を遣っている暇はない。まだどこかで聞いて嘲っているだろう邪神に向けて吼えてやる。

『まぁ、どうせ僕には何も出来なくて、酷い景色見せて落ち込む僕を見て楽しみたいって魂胆だろ? きっとちょっと遅いんだ、ロキと一緒にアスガルドに行くべきだった』

『ター君? 誰に何言ってるの~?』

『君の親戚の邪神だよ! アイツだっ……ふわふわしてて成り代わりが得意な奴! 『黒』狙ってたのもアイツじゃないか、この世界に邪神大勢引き連れてきたのもアイツなんだろ!? なんでもっと早く気付かなかったんだよ! 兄さん……はダメだ、にいさま! にいさま、後……ベルゼブブ、来てくれる? それと…………ハスター? 僕達……友達だよね?』

落ち込むライアーを煽る兄の横、もちろんと笑って立ち上がったベルゼブブの斜め前で、僕はハスターの肩らしき部分をガシッと掴む。

『友達の頼み、聞いてくれるよね……?』

『……僕、この顕現にゃる君と近くて』

『名前呼んであげるじゃんハスターハスターハスター! これでいいだろ!? アスガルドなんて神性だらけのところにあんまり仲間連れてきたくないんだよぉ! 本物の、それも異界で、かなり強い神性と渡り合えるなんて思えない! 仲間死んだら僕泣くよ!? 友達泣いていいの!?』

『……私は死んでもいいと?』

ハスターの肩を揺さぶる僕の腕をベルゼブブがつつく。

『自由に動き回れるサタンは分身だろ? 次に強いのベルゼブブだろ? あんまり大勢で行くと魔力渡しきれないけどベルゼブブ一人なら異界でも何とかなるくらいなら賄ってみせるから』

『私このクソトカゲより弱くはないですよ!? 互角もしくは私の方が上と訂正しなさい!』

感情を込めていない声で訂正し、ハスターに向き直る。

『さぁハスター、お願い! 君邪神なんだから強いだろ?』

『いや……僕、戦いはあんまり……って僕邪神じゃないよ~!』

『……クトゥルフ倒すの全力で手伝う』

ピク、と黄色い布の下の触手が蠢く。

『…………ルシフェルが埋まってたとこ更地だからそこで羊飼っていい』

ピクピク、と黄色い布の下の触手が蠢く。

『ね……? お願いだよ、とっても善良な神様のハスター様』

『行く~! 友達の頼みなら聞くよ~!』

触手が黄色い布を跳ね上げて僕に絡みつく。ハグ……だろうか、捕食されている気分だ。

『うんうん僕は善良な神様なんだよ。よく分かってるねぇター君流石友達だよ~』

『ちょ、ちょっと離して……なんか、これ、ちょっとずつ骨折られてドロドロにしてから飲まれそうで怖い……』

僕に絡みついていた触手が布の下に引っ込むと、とても体積が合っているとは思えない萎んだ黄衣のシルエットが現れた。
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