魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十三章 国際連合に対抗する魔王連合

多く含まれる邪神

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何もかもが上手くいく手段なんて存在しない。模索することを忘れてはいけないけれど、頃合いを見て諦めることも肝心だ。

『……犠牲を出すなら向こうの国だ。こっちの国民と仲間には犠牲は許さない』

『戦争ってのはそういう気概でやるものだよね~』

向こうがこっちの都合を無視するのだから、こっちも向こうの都合を軽視する。同じ土俵に立たなければ倒せない、道徳など捨てて踏み躙らなければ愛おしい日常を守れない。

『って言うかぁ~、僕はにゃる君よりクトゥルフ対策を……ター君? どうしたの?』

『…………ねぇ、ハスター。僕は……自分勝手だよね。正義の国の……そりゃ、上の奴らは悪いかもしれないけど、国民とかは……多分、何も知らずに殺されるような理由なんてない……』

ひた、と両頬に手が触れる。その手はどろりと溶けてタコやイカの触手に似て、僕の頬や首を撫で回す。

『ねぇ、ター君。悪かったら殺していいってのは自分勝手じゃないのかな~?』

『……そんなこと言ってない』

『思ってはいる、確実に』

言い切られては否定はできない。

『ター君ター君、ねぇター君、どうして虐殺に正当性が要るのかな~? 悪かったから、従わなかったから、見た目が違ったから、話し方が変わってたから、そんな正当性に何の意味があるのかな~、人間の文化はよく知らないけどさ~、正当性って何に使うの~?』

『…………心の、防衛?』

『……君さ、新支配者だろう? 魔王だろう? なら人間の為の正当性なんて、人間の道徳なんて、あっても無駄なだけだろう? 滅びに向かう人類を管理できる数に減らして管理してやるんだろう? 切り捨てる奴らへの言い訳が欲しいだなんて人間みたいなこと言わずに上位存在として蹴散らしなよ』

ぬるぬると粘液を塗りつけるような触手の動きは不快だが、マッサージのような心地好さも併せ持っている。

『あぁ、え~とね、君人間の視点が抜け切らないんだよね~? なら人間に分かりやすい言い方この間覚えたから~、それ使うね』

『…………何?』

『君は~、アリを踏んだ時~、言い訳する? 通り道に居たから悪いんだぞって言う? 言ったらアリは納得するかな~……君の奥さんにノミがついちゃったら潰すよね~? 新しい家とご飯見つけただけのノミ潰すよね~、言い訳ある~?』

『は……? いや、それは、虫だろ……』

『…………君は、上位存在なんだよ? 新支配者だろう?』

人間にとっての虫が上位存在にとっての人間? そんな神や悪魔ばかりではない、経験はそう言ってる。

『ねぇ、ター君。人間を殺しても魂はちょっとすれば前のこと忘れて転生するんだから~……邪教徒は殺して自分の教徒に転生させた方が、その魂にとっても安寧の時間が長いんじゃないかな~? ター君ター君、ねぇター君、長い目でものを見ようよ。百年後に全部滅びるものを今一つ滅ぼせば、別に一緒に滅びる予定だったものが五百年続くなら~……一つ、滅ぼすべきだよね? それが上位存在の役目なんだよ~』

『…………そう、なの?』

『そうだよ~、別に快楽で人間潰せだなんて言ってないよ~、人間のために人間潰すんだよ~、間引きさ間引きぃ、ぁ、ほら! 君の大好きな正当性あったよ!』

正当性……正当なのか? それは。いや、それは僕がまだ人間の思考を持っているからそう思うだけで──人間の思考を本当に捨てていいのか?

『ねぇ、ター君。山を掘るために爆弾を作った人が居ました。爆弾を使って採掘を進めたら暮らしは豊かになりましたが、爆弾は同種を殺すためにも使われました。爆弾を作るのを阻止すれば、野山を駆け回る動物達と共に自然と暮らす日常が続きます…………ねぇ、ター君、君は爆弾を作るのを止める?』

『…………動物達と共に暮らす自然が安全なんて言う気? 子育てのリスクは跳ね上がるだろ、寿命も短い……』

『でも、発展した文明よりは長く続くよ~? 言ったでしょ、進化の最果ては滅び。なら進化を止めれば滅びは来ない』

『……滅びたら滅びたで、また新しいのができるかも』

『そっちの方が冷酷じゃないかな~? ただ見てるだけなんてさ? なんでも出来る力があるのに使わないなんて、無責任だよ!』

『……………………そう、なの?』

『そうだよ~!』

正しいことが何なのか分からなくなってきた。いや、戦争を始めようなんて言っている今、正しさなんてどこにもない。だから正当性を探すのは危険だ、その正当性や正義で狂気に走ったのが正義の国なのだから。
思考停止はいけない。けれど時間が迫ったのなら決断しなければならない。

『……僕は仲間を守るために戦う。敵を根から……いや、土から滅ぼす。何度も敵を生まれさせないのも敵のためだよね、復讐を根絶やしで防ぐのは不孝を生まないためだ…………違う、違うっ! 面倒だからだよ、何度も相手するのは面倒だから全部潰す。僕は僕の勝手で動く、全部潰したその上に僕の世界を築く!』

『うん、うん、いいね~、ター君良い調子!』

『大人しくしてたって向こうから来るんだ、なら元を断つしかない……大丈夫、僕が悪だろうが何だろうが、その後の世界でアルが笑ってくれてるならそれでいい……!』

『うん、いいよ、いいよター君。戦争は滅亡を阻止するために起こるんだ……戦争に勝ちも正義も元からないよ。戦争を防げなかった時点で悪辣な敗者しかいないのさ』

頭を抱えて蹲っているとしっかりと形を持った手が頭を撫でた。

『……弟? 大丈夫?』

『…………にいさま? ハスターは……』

『あぁ、話し終わったから切るってさ。忙しいみたいだね』

話は終わったのか? そもそも何の話をしていたんだっけ。ナイを……クトゥルフをどうにかするために……えぇと。

『ねぇ、弟。僕はどうでもいいんだけどさ』

『……何?』

『人間を殺すのが嫌ならお兄ちゃんが先に戦場から人間だけを退避させるよ。その後の人間達の扱いも考えがある、もちろん不幸にさせるようなものじゃなくてね。弟、よく聞いて、アレは所詮邪神なんだからね、それだけは忘れないで』

兄らしくない発言に冷静になれた。無理矢理に霧をかけられた脳内が晴れていく。

『もう少し考えてみるよ……ギリギリまで。神々の戦争に人を巻き込むのはやっぱり理不尽だ、そんな目に遭ってきた僕が同じことをするのはダメだよ…………でもさ、にいさま、にいさまはそういうの気にしないのにどうして言ってくれたの?』

『……僕は弟が大好きなお兄ちゃんだからね、君が苦しんでいるのは耐えられないよ。君の苦痛が僕じゃないなんて、君が頭を悩ませるのが僕じゃないなんて、嫌だ……だから、問題解決には全力を注ぐよ』

『平和になったら……にいさまのことで頭がいっぱいになっちゃいそう』

『なら平和にしなきゃ、ってね。ふふ、僕の扱い方が分かった? 僕は君の所有物だ、せいぜい上手く使ってよ? それじゃ、僕は問題解決の力を養うためにも蓄電石の解析を進めるから』

『…………うん、ありがとう』

兄らしくない優しい微笑みに安堵して、ふらふらとリビングを後にする。今度こそ自室に戻ろうと思ったが呼び止められ、ダイニングに連れて行かれた。
並んだのはライアー、ベルゼブブ、マンモンの三人だ。

『調査、概ね完了しました』

『主要各国が正義の国につくかどうかってだけだけどねん』

『これでも結構大変だったんですよ!? 動いたのほとんど私ですってのになんですか!』

悪魔というのは争いが絶えない生態なのだろうか。諦め半分で喧嘩を収め、報告を促した。
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