魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十五章 消えていく少年だった証拠

癒しと力の代償

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淡い桃色の魂を受け取り、すぐに飲み込んだ。これが魂なのは取り出すところを見ていたから分かっているし、もし殴りかかられても致命傷にはならない距離だったからだ。

『ふぅ……これで、癒し……か』

魂が溜められているのは肉体ではないと分かりつつも胃の辺りを摩る。ゼルクは攻撃してこない。

『…………今の、俺の負けだよな。ラビが来なきゃ俺はあのまんまぶった切られてたし』

伊達メガネの奥の瞳は閉ざされている。ゼルクは彼らしくもなく深いため息をついた。

『なぁ、吸収されたらどうなるんだ?』

『僕には……あんまり。でも、僕の勘違いや思い込みでなければ、取り込んだ天使達の気配はたまに感じるから……きっと完全には消えないよ』

属性が残っているのだ、魂として存在を確立できなくとも確かに在る。

『……そーかい。ま、ラビと一緒なら……天界よりはマシかもな』

現状に不満があるのだろうか、ラビエルと仲が良いのだろうか、寂しさを覚え始めた僕の前にゼルクが立つ。ゆっくりと歩み寄ってきた彼は自身の胸に手を置いた。

『ゼルク……魂、くれるの?』

『………………俺に勝ったらな』

だらりと下げられていたもう片方の手が僕の顎を突き上げるように殴った。

『ラビが水差したつっても俺はまだ負けてねぇし、てめぇも結界とかいう小細工残してやがったんだからおあいこだよなぁ?』

殴られた衝撃で浮かんだ僕にかかと落としを食らわせて落とすと、馬乗りになって頭を殴った。

『てめぇに取り込まれたら鈍臭ぇてめぇに力渡さなきゃなんねぇ、すっげぇストレスじゃんそれ。だ、か……らぁっ! 今前借りで発散しとくんだよ!』

髪を掴んで何度も僕の頭を地面に叩きつけると、不意に僕から離れた。

『さて、魔物使い……てめぇが本当に不死身なのか、本当に無限に近い魔力を持っているのか、検証してやろうじゃねぇか』

たった今手に入れたばかりの癒しの属性を使うことを意識すると砕けていた頭蓋骨が数秒で完治した。そもそもの再生能力も合わさって治癒速度はかなり向上している。

『……ラビの力か。すげぇな。天界がてめぇを危険視してた訳、単独接触禁止つってた訳、分かってきたぜ』

ゼルクの翼が広げられる──妙だな、天使の翼は白いものだ、白鳥のような翼のはずだ。それなのに彼の翼は銀に輝いている。柔らかさもなく先は尖って──まさか、生えたままでもナイフに変えられるのか。

『足高蜘蛛十刀流複写……荒舞、黒雨!』

頭から生やした腕に雨水の剣を握らせ、ゼルクに切りかかる。しかし彼は無数の刃物と化した翼を大きく広げて自身を包み、身を守った。雨水の剣の切れ味は並の刃物を凌ぎ、液体であるから破壊も不可能だったはずなのに、彼の翼に触れると容易に砕けた。

『俺がただ殴るだけの馬鹿だと思ってんなよな魔物使い!』

翼の隙間から筋肉質な腕が伸び、僕の首を掴んだ。脳への酸素供給を絶たれ、意識的な魔力操作に不具合が生じる。

『俺よりも腕力がある天使は居ねぇし、俺よりも防御特化の天使は居ねぇ』

『ぼ、ぅ……ぎょ……?』

『天使は大きく戦闘員と非戦闘員に分けられてな。次に戦闘員の戦闘スタイルは物理と特殊に分けられる。物理は俺みたいな素手やカマエルなんかの武器を使う連中だ、特殊はイロウエルとかシャルギエルとかの能力に一癖ある奴だ』

どうして今そんな説明をするんだ? 天使連中には不利になる情報かもしれないのに。

『遠距離、近距離、の分け方もある。で、攻撃特化に防御特化に速度特化、バランス重視の奴も居るが……俺は防御特化なんだよ』

『こう、げき……じゃ』

『じゃ、ねーんだな実は。防御は最大の攻撃って言うだろ?』

逆の「攻撃は最大の防御」なら聞いたことがある。

『どんな攻撃も弾くほど硬い盾なら、多少じゃ倒れねぇ重い盾なら、それ持って突進して押し潰しゃいいんだよ』

それはただの攻撃だろ。硬過ぎて攻撃した相手が損害を負う……といった先程の僕のようなのが防御による攻撃だ。

『ぜ、るく……やっぱり、君……』

『ぁん? なんだよ』

『……バカ、だろ』

翼に隠れるのをやめて立ち上がったゼルクは僕の首を掴んだまま高く腕を振り上げ、僕を頭から地面に叩きつけた。何度も、何度も。
しかしその力任せの攻撃は突然終わる。何度も潰されたが再生させた瞳を開けば、彼の身体は無数の氷柱で貫かれていた。

『……けほっ、ほら……バカじゃん』

力が抜けてきた腕から抜け出し、彼の前に落ちる。

『さっき君の羽根にぶつけて壊れた剣は、雨水でできてたんだから……壊しても君の羽根や足元は濡れて、その水滴を基準に氷柱を作れば、君は羽根じゃ防御できない位置から貫かれるんだ』

静止した彼の伊達メガネを人差し指で押し上げる。

『一本でも刺さればそこから君の体を凍らせられる。それは僕が意識しなくても氷柱から流し込む魔力が自動でやってくれる……バカって言われて怒ってなきゃ気付けただろうに、やっぱり君はバカだ。僕も結構バカなんだけどね』

そっと胸元を摩ると彼の表情が険しくなった気がした。

『楽しかった? もらっていい?』

全身凍りついたゼルクの首から上だけを溶かしてやると、彼は口角を吊り上げて耳まで裂けそうな笑い方をした。

『……ミカエルは物理特殊混合、攻撃防御速度全部トップクラスで、遠距離も近距離もこなす。アイツと戦うのは最後にしとけ。アイツは火だから……そうだな、ガブリエルを先に食え。ガブリエルは水だ、アイツも四大天使でかなり強いから、雷……ラミエル? だったかな。アイツもそこそこ強いし……あとオススメは……レリエルだな、アイツ便利だ、シャティエルも便利……イロウエルも中々、シャムシエルは溜めが長いが破壊力は抜群だぜ』

『…………どうしてそんなに教えてくれるの? 仲間でしょ?』

『ぁー……報酬のない創造神の元でせっせこ働いてたのが……この国に派遣されて、弱いのぶん殴るだけでキャーキャー言わて褒められて金もらって…………魔物の方が俺の性に合ぅんじゃねーかって、な……』

『やっぱり君も不満はあったんだね』

今から魂を奪われる者とは思えないくらい楽しそうにケタケタと笑う。

『あぁ、そうだな、もう二、三百年あったら……堕天してたかもな。もうそろそろ他の天使連中も限界だ、天使には自由意志なんて存在しねぇ、そういうふうに作られてる……それは自由意志を管理する天使が居たからだ、だがそいつにやる気はなくて天使はどんどん自由意志に目覚めて堕天した』

自由意志を司る天使……『黒』のことだな、今は僕だ。

『……いつ、自由意志の天使が魔物使いと同一存在になったのか知らねぇが……まぁ元々あやふやな奴だ、そんなこともあるだろうぜ』

そんなふうに思われていた『黒』だから僕が名前を奪って成り代わることが出来た。

『天使を食う魔物使いが、天使を堕落させる自由意志を司る……もうこりゃ天使に勝ち目はねぇだろうよ。創造神のことは確かに尊敬してるが魔物の方が気が合うし、そりゃ協力したくもなる』

『…………ありがとう』

『……覚えてるか?』

『何を?』

ゼルクの笑い方が切なげなものに変わる。

『全然仕事しねぇお前を連れ戻せって言われて、釣りにハマってたお前のとこ行った時……デカい魚釣れたから焼いて食おうって』

それはきっと『黒』との思い出だろう、僕にはそんな記憶はない。

『……物食ったのなんか初めてだった、美味かった……娯楽の国に派遣されてからは色々食ったけど、どれもあの時の魚に勝てねぇんだ。適当に焼いて塩振っただけだろ? なんであんな美味かったんだよ』

声がだんだんと震え始め、辛うじて保っていた笑みも崩れた。

『…………タブリス、お前は天使にとっては禁忌の自由意志を司る天使だ。だから……お前に接触した奴は、堕天しないまでも自分の仕事に疑問を抱いちまう』

『な、なんか……ごめんね』

『いや、お前のおかげで生きられた。概念じゃなく、生物っぽく感情的になれたんだ。楽しかったぜ』

僕は何もしていないのにゼルクの胸元から光り輝く真球が抜け出て、空中にふわりと漂う。

『……もっかいあの笑顔見せてくれよ』

『え? えっと……』

『美味いってことを知らない俺をバカだって笑っただろ?』

『黒』もゼルクをバカにしていたのか。まぁ、彼女らしいとも言える。僕は『黒』が浮かべそうな楽しそうな笑顔を作ってみた。

『……ははっ、そんなんだったか? 覚えてねぇんだろお前……お前にとっちゃその程度なんだよな。俺は……ずっと…………好きだったのに』

それは僕じゃない。

『…………食えよ、とっとと。俺を上手く使えよ』

『……ありがとう』

両手で優しく真球を掬い、飲み込んだ。
胃の辺りを摩りつつ思う、オファニエルのように前面に押し出していなくとも、ゼルクのように『黒』に惚れていた天使は多いのではないかと。
禁忌ほど甘美なものはないのだから──
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