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第四十五章 消えていく少年だった証拠

多弁な沈黙者

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首に包帯を巻いた少女の姿をした天使、シャティエル。彼女は陶器製の天使達の欠片に隠れているそうなので、僕はルシフェルと共に彼女に気付いていないフリをして地面に降りた。

『陶器、かぁ……普通の人間とか相手にするなら十分なんだろうけどね、僕とか魔物相手に出しちゃダメだよね』

欠片を悪戯に踏み壊して笑い、隙を作った。そうすると欠片の山の下からシャティエルが飛び出し、僕の胸に掌底を繰り出し、僕の体をすり抜けてバランスを崩した。

『…………っ!?』

『何言いたいのかも分からないな。ルシフェル』

よろけたシャティエルは掌底のために突き出した右手をルシフェルに掴まれ、素早く掴まれた左手と一緒に頭の上に持ち上げられ、簡単に拘束された。名前付きの天使がこの程度か、ゼルクの強さが嘘のようだ。

『……まぁ、ゼルクとは透過禁止だったし……本当の正々堂々ならあんなものなのかな』

独り言を呟きながら自分の羽根を一本毟り、鋭いナイフに変え、シャティエルの鎖骨の間に当てて胃の辺りまで下ろした。そうすると皮膚も肉もぱっくりと裂けて体内が露出した。

『うん……人間と一緒なんだね。まぁ、肉体は人間と同じの用意してるらしいし、当たり前なんだろうけどさ』

悲鳴すらも上げないシャティエルの解体作業は滞りなく進み、霊体と魂を切り離すのを意識して心臓を揉みしだいた。そうしていると心臓がぼんやりと輝き、真球を僕の手にコロンと転がした。

『……いただきます、シャティエル』

僕を睨むことすらやめたシャティエルに一応断ってから魂を飲み込んだ。丸くて硬い異物が食道を通っていくのを感じ、そっと胃を摩る。

『ん、ん……あー、ぁー…………うん、喋れなくなったりはないみたい。ありがとうねルシフェル、もういいよ、影に戻って』

柔らかな金髪が揺れる。僕の影へと吸い込まれていく。足首と影が鎖で繋がる。

『……カヤ、送って』

ヴェーン邸の玄関に戻るとカチャカチャとアルの足音が近付いてきた。爪と床が擦れるこの音は何度聞いても心が安らぐ。

『ヘルっ、おかえりなさい……!』

前足を上げ、後ろ足で床を蹴り、全身で僕に抱き着く。そんなアルの様子は珍しくて可愛くて、バザバサと揺れる翼が玄関周りに置かれている棚などを薙ぎ倒しているのを注意する気にはなれなかった。

『魔物使い、渡す物がある』

銀色の毛並みを楽しんでいるとアル越しにサタンが話しかけてきた。後ろ足を床に下ろしてもらい、前足を肩に乗せさせたまま、サタンの前に一歩進んだ。

『天使の魂を抉り出すのは面倒なのだな、案外と時間がかかる。やはり戦争中は深手を負わせて天界に強制送還、そして天界に乗り込み、喰らう……そちらがよさそうだ』

前々から考えていた策だ。人界に降りてくる天使達を悪魔達が迎え撃ち、ルシフェルを使って天界への道を作り、負傷して強制送還された天使を僕が喰らう、そしてサタンが神を倒す。

『……渡す物って何?』

何度も確認した単純過ぎる作戦を話されても耳にたこができそうだという感想しか持てない。

『これだ、呑め』

水晶に黒いモヤを閉じ込めたような真球──本能で察する、これは天使の魂だと。

『これは……まさか』

『マスティマだ。弄り殺すパターンも減ってきたからな……少しでも足しにしておけ』

自分の前世の仇を取り込むなんて虫唾が走る話だが、こうすれば二度とマスティマが僕の目の前に現れないのだと思えば一石二鳥だ。

『ヘル……』

魂を受け取った手にアルの尾が絡む。視線を向ければアルは不安そうな目を僕に向けていた。

『人の作りし同胞よ、根幹は揺るがぬ。夫が強くなるのは不服か? そんなに夫を支配したいのか?』

『そんなっ……私は、ただ……』

『ただ、何だ?』

分身とはいえサタンの放つ圧力に負け、僕の手に巻いた尾を解いて前足を床に下ろした。僕はアルを気にしつつもアルを守るため強くなるためにマスティマの魂を飲み込んだ。

『んっ……く、ふぅっ…………ぅーん、何か変わった、って感じじゃないんだよね』

『マスティマは魔力の実体化を得意としていた、やってみろ』

魔力の実体化は限られた上級悪魔にしかできないもので、特にサタンが得意としていたはずだ。側近だったのだし、サタンが教えたのかもしれない。

『必要悪辣十項其の一……刺殺!』

右手に魔力を集中するよう意識し、取り込んだマスティマの魂が活性化するように技名を呟く。そうすると手の中に槍が現れた。

『……其の七、絞殺。其の八、撃殺』

槍が縄に、縄が銃に変わる。

『んー……まぁ、使いやすいかなぁ』

『不服そうだな?』

『ゼルク吸収して腕力上がったからさぁ……わざわざ魔力いっぱい使って武器作ってもなぁって』

『なるほど。まぁ、上手く使え』

戦いのアドバイスくらいくれたっていいだろうに、サタンは妙なところで冷たい。いや、変なところで優しいと言った方が正しいか。

『…………ヘルぅ』

『ん? なぁに、アル。僕は僕のままでしょ?』

『…………そう、だ……な』

そうは思いませんとこれほどよく分かる言い方も声色もない。自分の変化だから分からないのか? だが、サタンは問題ないと言っているんだ、悪魔の王がそう言うのだから問題ないのだろう。

『じゃあ、アル、僕避難所の様子見てくるから。クラールと遊んでてあげてね』

『ぁ…………あぁ、分かったよ、旦那様……』

カヤに頼んで港に移動し、海面に手を浸してシェリーを呼ぶ。そうするとシェリーは僕を竜の里に運んでくれる。

『兄さーん、順調ー?』

竜の里の魔力循環を補助する目的で生やした大樹の根元に座ったライアーの元へ。

『あぁ、概ね順調だよ。酒色の国と神降の国は丸ごと移し替えたし、植物の国は人間と人工物だけ移してひとまとめにしておいた』

天使も悪魔も唯一手出し出来ない異空間、竜の里。僕はそこに創造神の味方をしない人間達を匿うことにした。たとえ遠く離れた地に居たとしても神力と魔力が吹き荒れるようになれば人界は人の住む環境ではなくなる。だから戦争が終わるまで、下級悪魔達と獣人達と亜種人類達、それに同盟相手である神降の国の国民を竜の里に疎開させる。

『酒色の国も神降の国も街ごとごっそり転移させてるし、今のところ文句は少ないよ』

『そっか……よかった』

『そうそう、神降の国の王様が呼んでたよ?』

『え? 本当?』

『うん、神降の国はここから東に──』

『あ、いいよいいよ、カヤは人で探せるから』

魔法の空間転移では座標が必要だが、カヤは思い浮かべるだけで連れていってくれる、カヤが嗅ぎ取れない場所や人物でなければ。空間転移をしているのではなく高速移動をしているので人間を連れ回すのは危険だけれど、僕はもう人ではないので問題ない。

『王様、こんにちは。兄に王様が僕を探していると聞いて参上しました』

「おぅ、新支配者どの。そう固くなるなよ」

深々と下げていた頭を上げるとベッドが目に飛び込んできた。国王は腰にシーツをかけてはいるが、全裸。隣には同じく裸の女性が眠っている。

『…………お取り込み中失礼しました』

「お取り込みは二、三十分前に終わったから別にいいぞ。やっぱり決戦前には女抱かないとなー、新支配者どのもどう? たまには奥さん以外の女の子と寝たら?」

この男、倫理観とか貞操観念はどうなっているんだ?

『……用事ってなんです?』

「あぁ、新支配者どの神具いくつかパクってるだろ、返してくれ」

『え……あぁ、ヘルメスさんの。ヘルメスさん、本当に死にかけてたんですよ、ヘルメスさんは戦わせないで療養させてくださいね』

影に手を入れて探るとヘルメスの羽飾りが手に触れた。それを引っ張り出して国王に渡す。

「ほいほい、盾は俺も使うし一応国宝だからな、持たせてるわけにはいかねーんだ」

続けて剣と杖を引っ張り出すと国王はベッド脇に置いておけと言った。国宝の扱いが雑だ。

「お、盾それそれ」

最後に趣味の悪い装飾のある盾を引っ張り出して終わりだ。あとは影の中にはルシフェルと天使が扱う槍しか入っていない。

『それじゃ、失礼しました』

他人同士の事後の匂いなんて嗅いでいたくない。僕は早々に部屋を後にした。
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