魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
866 / 909
第四十五章 消えていく少年だった証拠

竜を駆る者達

しおりを挟む
ヘルは竜が気難しく誇り高く人に慣れにくい生き物だと思っていた。だから自分に断りなく竜の里を出ることなどできないと勘違いしていた。
彼には想像できなかったのだ、自分以外に懐く魔物など。

「よーしよしよし……頼むぜ、ドラゴン」

好奇心旺盛なセレナは竜の里に来てすぐに竜に接触した。同じく好奇心旺盛ながらも警戒して近付かなかった竜達と持ち前の明るさですぐに打ち解け、親友を作った。

『くるるるっ……』

「……正義の国に復讐する。雪華の目を覚まさせる。アタシはこの二つがしたい、協力してくれるよな?」

人間を凌ぐ知力を持っていたのは過去の話、今の竜種の知能は人間以下だ。好奇心旺盛で臆病な彼らは他者を怖がることはあっても疑いはしない。ずっと竜だけで生きてきた彼らは全ての者と分かり合えると信じている。

「…………よし、じゃあアタシを外に出してくれ。こっそりだぞ」

『くるるっ』

人の言葉を勉強中の竜はセレナが竜の里の外に出たがる理由が分からない。だが、出たいと言っていたら出してあげたくなってしまう。竜はセレナを額に乗せて人里を離れ、石を並べて人界に出る門を作った。



また別の場所でも人と竜の絆が生まれていた。

「雷帝どの、お元気ー?」

神降の国国王、トリニテートは自国の軍事のため竜を懐かせていた。竜が居れば科学の国の戦闘ヘリ一機分程度の戦力にはなる、手を出さない訳にはいかないだろう。

『ぐるる…………ニン、ゲン?』

「お、言葉覚えた? 俺だよおーれ、トリニテート。トリりんって呼んで」

『とりりー……?』

岩場で眠っていた竜は国王に気付くと寝転がったまま長い首を伸ばして彼の匂いを嗅いだ。かつては雷属性の最高峰と謳われた種族の彼は意地でも人間の言葉を覚えようとしていた。

「……人界に出たい。雷帝どのには俺のお願い叶えられるかな?」

『ぎるるっ……!』

国王はプライドが高い者の扱いを心得ていた。雷帝なんて大層なあだ名を付けられた竜は重たい体を起こし、枕にしていた岩を噛み砕き、その破片で門を作った。



数日前から科学の国に侵入していた者達が居た。彼らは無法地帯と化している路地裏を拠点とし、活動していた。

「……気持ち悪い街ね」

犯罪者達の巣窟と化していた廃ビルの窓から表通りを眺め、毛先にかけて白くなっていくグラデーションの金髪を高い位置で二つ結びにした女──アルテミスが呟く。彼女の眼下にはガスマスクを着けた科学の国の国民達が歩いており、背後では廃ビルに住んでいた逃亡犯が床に転がって呻いていた。

「普通の国ならもう機能不全に陥ってる頃よ?」

不機嫌なアルテミスが視線を移した先には黄金の弓を構えた男が居た。彼の髪はアルテミスと同じくグラデーションになっており、炎のように赤かった。

「アポロンの弓も、アルテミスの弓も、新しい疫病を作る訳じゃない。衛生が整い特効薬が既に開発されている国には弱いな」

彼らは密入国を果たし、疫病をばらまく弓を何度も放った。科学の国には根絶したはずの複数の疫病が蔓延したが、医療の面では他国に圧倒的な差をつける科学の国はなかなか倒れなかった。

「……ヘルメスが居ればもう少しやりようがあるんだがな」

「あのバカ、神具の使い過ぎで死にかけてるんでしょ? 全く……肝心な時に何してんのよ」

「悪知恵も工作も諜報も、奴より優れた者は居るまい」

二人はようやく家族になれたばかりの弟のことを心配していた。神具使いが短命なのは彼らには常識だが、それでも十代で寿命が来るのは珍しい。物を盗む癖が治らないから王族には相応しくないと安易に国外追放したことをアポロンは後悔していた。事実、国外追放なんてしなければヘルメスは生活費を稼ぐために神具と自身の体を酷使することなどなく、二十年は寿命が伸びていただろう。

「…………まぁ、アタシ達もアタシ達にしては悪知恵働かせた方じゃない?」

「医療施設と軍事施設の狙い撃ちがか?」

「貯水タンクを狙えばガスマスクじゃ防げないし、医療従事者は疲労で免疫が下がってるはずよ。もうすぐ崩壊するはずなのよ」

「そう言ってから何日経った? 貯水タンクを狙ったところで人に届く前に殺菌されては元も子もない」

薄々気付いていたことを言われて更に不機嫌になったアルテミスは窓から離れ、病に苦しみ息も絶え絶えな逃亡犯の上に腰を下ろした。アルテミスが科学の国を「気持ち悪い」と評するのには彼のような存在も理由の一つだった。
表に見える国民はガスマスクを着けて健康に幸福に暮らしているが、裏路地に住む彼らは清潔な水で手を洗うことすらできず、ろくな栄養も摂れず、死んでいく。そして政府はろくに調べもせず裏路地の不潔な環境が疫病の発生源とし、裏路地の住人達にハッキリとした身分証がないのをいいことに人権を無視した殺菌作業を進めている。

「……ほんっと、嫌な国」

「そろそろ軍事施設に乗り込むのも考えた方がよさそうだな、軍を止められなければ俺達がここに居る意味はない」

彼らは国王の命令で科学の国に潜入した。正義の国との戦争中に戦局を引っくり返すような兵器を使われてはたまらないと、使わせるなと、命令を受けてきた。
疫病によって国としての機能を損なわせ戦争から手を引かせる、それが計画だった。だが、科学の国は疫病が流行してもなお国の機能を保った。だからもう武力を行使するしかない──その考えに至った神降の国国王ことトリニテートは雷帝と名付けた竜に跨り、空を駆けていた。

「……さ、て……そろそろ来るんじゃないか? 雷帝どの、気を引き締めろよ」

『ぎるっ』

額の角に勝手にベルトを取り付けた彼はそれによる固定を改めて確認し、真正面から飛んできた黒い何かを睨んだ。

「迎撃用の誘導弾……! さっすが、イイもん持ってんねぇ」

『ぐるるるっ……るォォッ!』

竜が咆哮を上げるとミサイルは突然あらぬ方向へと進路を変えた。

「……雷帝どのを選んで正解だ、科学の国ってのはどうも電気や電波っつーのに頼り過ぎてるらしい…………んなもん、神力や魔力で幾らでも乗っ取れるっつーのによ」

雷帝のあだ名は決して誇張ではない。電荷の性質を持つ素粒子の直感的な支配が彼の力だ。長い平和を経て知能が下がった竜の感覚で言えば「なんか電気使ってるっぽいと思ったもの」を感覚器官で捉えられる範囲、操作できる。

「よし、よし……よし、雷帝どの、科学の国の物はほとんど電気で動いてる。雷帝どのは全部操れるからな」

理論上は生体電気すらも操り、その魔力に抵抗出来ない限り彼の視界に入っただけで簡単に殺されてしまうような竜だ。しかし竜自身は生き物に電気が流れていることを知らない。国王は絶対にそれを教えてはならないと考えているし、逆に敵の兵器には全て電荷があると教えなければとも考えていた。

「竜、か……おとぎ話の生き物に乗れるとは……はは、それにしても……」

竜の視界の端に発射場が捉えられると、どこまでも澄んだ青い空高くから雷が降り注ぎ、その施設ごと破壊された。

「ひゅーっ、一瞬雷樹見えたぜ今」

勝鬨を上げる竜に畏怖を抱きつつ、念の為に神具を持った過去の自分を思い出して鼻で笑った。領土内に複数ある軍事施設から対空兵器飛んできているのにも関わらず、観客に徹することを決めた国王は寂れたビルの屋上から放たれた金と銀の光の筋を見つけた。

「雷帝どの、雷帝どの、あっち行ってくれ、息子と娘が居た」

国王は竜の背に息子達を招いた後、何故まだ自分達が侵入しているのに攻撃を開始したのか、巻き込まれたらどうする気だったのかと責め立てられ、そもそも命令を果たせていないことを盾に醜い言い争いを始めたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...