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第四十五章 消えていく少年だった証拠
誰かさんの判断ミス
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屋上の柵とセレナの腕を貫いた大剣の破片は強力な磁力で結ばれ、彼女を標本のように拘束している。腕を動かして引き抜けられたなら自由は戻るが、突き刺さった鉄片を激痛を堪えて抜くことは人間には容易ではない。
『さぁ、心のままに叫びやがれ。リズムとミュージックはこっちでやってやるからよ!』
ラミエルはセレナの前に立ち、エレクトリックギターをかき鳴らす。その速弾きに合わせてセレナの身体に強い電流が走り、彼女に激痛を与えて叫ばせる。
『もっともっともっともっとぉーっ! 叫べ! 歌え! クソッタレ共に聞かせてやれ、てめぇの魂を!』
電流に強弱をつけてセレナの悲鳴に変化を与え、それに合わせた音を鳴らす。音楽と呼ぶにはあまりにも凄惨な光景だったが、曲と歌として成立しているというラミエルの主張を覆すのも難しい。
『ぐ、るっ……ぐるるるぉぉおっ!』
地を這って建物の影に隠れて進んできた竜がセレナの背後から顔を出す。ラミエルはギターを弾く手を止めずに後ろに跳び、咆哮を上げた竜の次の行動を伺った。
『く、るるっ……!』
竜はぐったりとしたセレナを口に含んだ。しかし屋上の柵に縫い止められた腕のせいで逃げられない。ニタリと笑うラミエルを見て覚悟を決めた竜はセレナの両腕を食いちぎり、建物を後ろ足で蹴って翼を広げた。
『へぇ……! 思い切りいいな……好きだぜそういうの!』
先程の雷撃でかなり体力を削られていた竜は尻尾を地面に擦ってフラフラと飛び、ラミエルと出くわした街の中心地に落ちた。竜はセレナを追う前に爪でタイルを削って竜の里に移動する転送陣を描いていた、そこにセレナを放り込み、タイルを踏み壊した。
『ぁん……? てめぇ、逃げねぇのか?』
いつの間にか追いついていたラミエルに怯え、竜は巨体を丸めた。
『アテが外れたな、てめぇが入るのに乗っかって行くつもりだったのによ』
ラミエルはあえてこっそりと近付き、竜が竜の里に入るのを待っていた。竜の巨体をくぐらせる門からは楽に侵入できるはずだったのだ。
『…………俺を竜の里に入れな。そうしたらてめぇは殺さねぇでいてやるよ』
『ぐる……くるるっ!』
『……電気ってよ、生き物の天敵なんだぜ? めちゃくちゃ痛いんだ、知ってるだろ? てめぇが門を開くまで死ねねぇレベルの電流流してやるよ、それでも入れる気はねぇか?』
竜は咆哮を上げてラミエルを睨む。敵や味方という考えは彼にはよく分かっていなかったが、それでもラミエルが危険で竜の里に入れれば友達が危険に曝されるとは分かっていた。
『…………ぁ、そ』
ラミエルはそう呟くと翼を広げ、雲の向こうに消えた。竜は彼が去った理由を考えたが何も思い付かず、ひとまず安堵した。しかし帰ったフリをして竜の里への門を開いた直後に再び来るかもしれないとは予想できて、竜は門を開こうとはしなかった。
『くるるるる…………ぐるっ!?』
ひとまず人里を離れよう、そう考えて体を起こす──動かない。尻尾の先すら揺らせない。竜が自身の体の異常に困惑している頃、遥か上空ではラミエルがギターを鳴らしていた。
『……竜は邪悪な生き物、子を攫い、処女を喰らい、男を引き裂く』
竜の身体が起き上がる。しかしそれは竜の意思ではない。竜は謎の現象に必死に抗おうとはしていたが意味はなく、その大きな手に小さな女の子を握った。
『くるるっ……!? くるっ、ぐるるぅっ!』
口を閉じようとする意思に意味はなく、竜は少女を口に放り込み、念入りに咀嚼して飲み込んだ。
『くるるるっ……! るぅっ、るるぅっ……!?』
舌に絡みつく血の温度に、顎に伝わる人間の食感に、処女の喉越しに、竜は生理的嫌悪感を剥き出しにするが、手は勝手に次々と子供を捕らえる。
『…………生体電気って知ってるか?』
手と口を赤く染めた竜の前にラミエルが降り、ニタリと笑う。
『生物の微弱な電気すらも操る繊細な技巧、俺様の奥義……エレクトリック・マリオネット』
『くるっ、くるるぅっ!』
『……悲しいなぁ? お前は粘土食の竜だ、温度のある血の通ったもんなんか食ったことねぇんだろ。ミミズすら逃がしてたんだな? 嫌だろ、不味いだろ、命乞いする生物は!』
ジャンッ、とギターが鳴ると竜の尻尾が揺れ、逃げ惑う人々の元に振り下ろされ、数人を叩き潰した。
『ぐるるぅっ!』
『……やめて欲しけりゃ竜の里の門を開けな』
『くるっ……る、るるぅ……るぅ……』
『…………なら、仕方ねぇなぁ?』
竜の手は器用に乳母車を持ち上げる。
「坊やぁっ! や、やめてっ、返して!」
竜の足をその母親が叩く。
「お願い、お願いよ! 私を代わりに食べていいから坊やを返してぇっ!」
竜の目の間近に乳母車が持ち上げられ、竜は拙く手足を振る赤子を見た。自分の危機すら分からず、母親の気配が遠ざかったことだけを感じ、寝ぼけながらふにふにと泣きそうな赤子は、竜にはとても可愛らしく見えた、守らなければならないと確信した。
『………………くるるっ』
『……いい子だ、左手だけ解放してやるよ、ドデカいのを作りな』
乳母車を持った右手はそのままに、左肩から下だけに自由がもどる。竜は友達の顔を脳裏に浮かべて躊躇ったが、ポテーを圧倒した魔物使いの姿を思い出し、彼ならラミエルも何とかしてくれると信じ、鋭い爪でタイルを削って転送陣を描き始めた。
『よーし、よしよし……いい子だ、いい子……』
屋上に居るラミエルの姿は泣き叫ぶ母親にも地上を逃げ惑う人々にも見えない。彼らは天使が竜を暴れさせているどころか、そこに居ることすら気付けず、天使に救いを求めていた。
『……くるるぅ』
『…………完成か?』
『るぅ……』
『そうか!』
竜の身体に自由が戻る。竜は乳母車を母親の前に下ろした、母親は我が子の無事を確認してすぐに乳母車を押してその場を離れた。一瞬見えた赤子の安心した笑顔と、逃げていく母親の背中に安堵のため息をついた竜はそっと俯く。その瞳に槍が突き刺さった。
『……ぉー、来た来た。ははっ、さ、竜……どうする?』
その槍は住民の通報を受けてやってきた陶器製の天使が投げた物だ。ラミエルは陶器製の天使達に見つからないよう給水塔の影に隠れ、竜の硬い鱗は貫けないからと瞳や口内を狙う槍による竜の悲鳴を心地よさそうに聞いていた。
『抵抗しない……か。暴れたら周りの人間潰しちまうもんな? いや、陶器共を生き物だと思ってんのか? ははっ、お優しいことで』
竜は目を閉じ口を閉じ、蹲って槍に刺されないように防御の姿勢を取った。陶器製の天使達は鱗の隙間に槍の先を刺し、鱗を剥がそうと試みている。
『さて、竜の里……か、いけ好かねぇ竜共の住処……先の戦争みてぇに魔物使いが竜引き連れねぇとは限んねぇし、ぶっ潰しとかなきゃな』
ラミエルは細い雷撃を天に向かって撃ち出した。それは天界への連絡だ、竜の里に攻め入るから神力を多めに回せとの申請だ。
『……一服してる間に通るかな』
その予想通り、煙草を一本吸い終える頃に雲の切れ目からラミエルへと光が降り注いだ。ラミエルは吸い殻を捨てて踏み躙り、どうにか竜を殺そうと試行錯誤する陶器製の天使達を後目に竜の里への門をくぐった。
『おー、結構広いな……あのアマどこ行ったんだ?』
竜の里は門を作る度に出る場所が変わる。ラミエルが入った場所とセレナが投げ込まれた場所は遠く離れているようだ。
『…………なんで建物あるんだ? 竜の……いや、にしては小さい……人間が居る? いやいや……そんなバカな……』
天界はまだ魔物使いが竜と通じているとは知らない。竜だけが住んでいると考えていた竜の里に建造物がある不思議にラミエルは首を傾げたが、セレナのように個人的な関わりを持って招かれた者達が居るのだろうと、そいつらが建てたのだろうと思考を放棄した。
『……さ、まずはチューニングぅ~』
竜の里と正義の国では湿度などが違う。そのため、まずは音合わせから始めた。
『さぁ、心のままに叫びやがれ。リズムとミュージックはこっちでやってやるからよ!』
ラミエルはセレナの前に立ち、エレクトリックギターをかき鳴らす。その速弾きに合わせてセレナの身体に強い電流が走り、彼女に激痛を与えて叫ばせる。
『もっともっともっともっとぉーっ! 叫べ! 歌え! クソッタレ共に聞かせてやれ、てめぇの魂を!』
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『ぐ、るっ……ぐるるるぉぉおっ!』
地を這って建物の影に隠れて進んできた竜がセレナの背後から顔を出す。ラミエルはギターを弾く手を止めずに後ろに跳び、咆哮を上げた竜の次の行動を伺った。
『く、るるっ……!』
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『ぁん……? てめぇ、逃げねぇのか?』
いつの間にか追いついていたラミエルに怯え、竜は巨体を丸めた。
『アテが外れたな、てめぇが入るのに乗っかって行くつもりだったのによ』
ラミエルはあえてこっそりと近付き、竜が竜の里に入るのを待っていた。竜の巨体をくぐらせる門からは楽に侵入できるはずだったのだ。
『…………俺を竜の里に入れな。そうしたらてめぇは殺さねぇでいてやるよ』
『ぐる……くるるっ!』
『……電気ってよ、生き物の天敵なんだぜ? めちゃくちゃ痛いんだ、知ってるだろ? てめぇが門を開くまで死ねねぇレベルの電流流してやるよ、それでも入れる気はねぇか?』
竜は咆哮を上げてラミエルを睨む。敵や味方という考えは彼にはよく分かっていなかったが、それでもラミエルが危険で竜の里に入れれば友達が危険に曝されるとは分かっていた。
『…………ぁ、そ』
ラミエルはそう呟くと翼を広げ、雲の向こうに消えた。竜は彼が去った理由を考えたが何も思い付かず、ひとまず安堵した。しかし帰ったフリをして竜の里への門を開いた直後に再び来るかもしれないとは予想できて、竜は門を開こうとはしなかった。
『くるるるる…………ぐるっ!?』
ひとまず人里を離れよう、そう考えて体を起こす──動かない。尻尾の先すら揺らせない。竜が自身の体の異常に困惑している頃、遥か上空ではラミエルがギターを鳴らしていた。
『……竜は邪悪な生き物、子を攫い、処女を喰らい、男を引き裂く』
竜の身体が起き上がる。しかしそれは竜の意思ではない。竜は謎の現象に必死に抗おうとはしていたが意味はなく、その大きな手に小さな女の子を握った。
『くるるっ……!? くるっ、ぐるるぅっ!』
口を閉じようとする意思に意味はなく、竜は少女を口に放り込み、念入りに咀嚼して飲み込んだ。
『くるるるっ……! るぅっ、るるぅっ……!?』
舌に絡みつく血の温度に、顎に伝わる人間の食感に、処女の喉越しに、竜は生理的嫌悪感を剥き出しにするが、手は勝手に次々と子供を捕らえる。
『…………生体電気って知ってるか?』
手と口を赤く染めた竜の前にラミエルが降り、ニタリと笑う。
『生物の微弱な電気すらも操る繊細な技巧、俺様の奥義……エレクトリック・マリオネット』
『くるっ、くるるぅっ!』
『……悲しいなぁ? お前は粘土食の竜だ、温度のある血の通ったもんなんか食ったことねぇんだろ。ミミズすら逃がしてたんだな? 嫌だろ、不味いだろ、命乞いする生物は!』
ジャンッ、とギターが鳴ると竜の尻尾が揺れ、逃げ惑う人々の元に振り下ろされ、数人を叩き潰した。
『ぐるるぅっ!』
『……やめて欲しけりゃ竜の里の門を開けな』
『くるっ……る、るるぅ……るぅ……』
『…………なら、仕方ねぇなぁ?』
竜の手は器用に乳母車を持ち上げる。
「坊やぁっ! や、やめてっ、返して!」
竜の足をその母親が叩く。
「お願い、お願いよ! 私を代わりに食べていいから坊やを返してぇっ!」
竜の目の間近に乳母車が持ち上げられ、竜は拙く手足を振る赤子を見た。自分の危機すら分からず、母親の気配が遠ざかったことだけを感じ、寝ぼけながらふにふにと泣きそうな赤子は、竜にはとても可愛らしく見えた、守らなければならないと確信した。
『………………くるるっ』
『……いい子だ、左手だけ解放してやるよ、ドデカいのを作りな』
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『…………完成か?』
『るぅ……』
『そうか!』
竜の身体に自由が戻る。竜は乳母車を母親の前に下ろした、母親は我が子の無事を確認してすぐに乳母車を押してその場を離れた。一瞬見えた赤子の安心した笑顔と、逃げていく母親の背中に安堵のため息をついた竜はそっと俯く。その瞳に槍が突き刺さった。
『……ぉー、来た来た。ははっ、さ、竜……どうする?』
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竜は目を閉じ口を閉じ、蹲って槍に刺されないように防御の姿勢を取った。陶器製の天使達は鱗の隙間に槍の先を刺し、鱗を剥がそうと試みている。
『さて、竜の里……か、いけ好かねぇ竜共の住処……先の戦争みてぇに魔物使いが竜引き連れねぇとは限んねぇし、ぶっ潰しとかなきゃな』
ラミエルは細い雷撃を天に向かって撃ち出した。それは天界への連絡だ、竜の里に攻め入るから神力を多めに回せとの申請だ。
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『おー、結構広いな……あのアマどこ行ったんだ?』
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『…………なんで建物あるんだ? 竜の……いや、にしては小さい……人間が居る? いやいや……そんなバカな……』
天界はまだ魔物使いが竜と通じているとは知らない。竜だけが住んでいると考えていた竜の里に建造物がある不思議にラミエルは首を傾げたが、セレナのように個人的な関わりを持って招かれた者達が居るのだろうと、そいつらが建てたのだろうと思考を放棄した。
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