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第四十五章 消えていく少年だった証拠
苛立ちに任せて
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狼の獣人の男に僕には理解できない説明で示された場所、そこまで運んでくれたカヤを労って引っ込ませ、周囲を見回すとウェナトリアと膠着状態に陥っている天使を見つけた。
ウェナトリアは蜘蛛の脚を十本全て使って天使を押さえ、首に噛み付いている。その八つの瞳に僕が映ったのが見えたので、そっと人差し指を立てて唇に当て、地面に魔力を流し込み、ゼルクを思い出させる刺々しい金髪の天使の足元からツタを生やした。
『……っ!? 何っ……クソっ、離せ虫野郎!』
地面に落ちていたウェナトリアの腕を拾い、断面を合わせて癒しの魔力を送る。ラビエルの癒しの力は欠損箇所を生やすほどの力ではないのだ。
『…………繋がった、よかった……ウェナトリアさん、もう離して大丈夫です』
足にツタが絡まった天使の右腕を捻り、首を掴む。そっと天使から離れたウェナトリアは口を拭ってから声を発した。
「魔物使い君か、助かった、ありがとう。しかし私より重傷の者が居るんだ」
天使の魂を取ろうとしていたが、腕を一本失うより重傷なら先に癒さなければ。
「魔物使い君、こっちに……」
ウェナトリアが指したのはヘルメスだった。
『……先輩? 先輩っ! 先輩、先輩っ!』
天使から手を離してヘルメスの元へ走る。彼は地面に横たわり、目や鼻や口から血を流していた。ぐったりとして呼び掛けに返事はしないが、盾の取っ手を握る力は強いようで、自らの爪を手のひらに刺して血を滲ませてしまっていた。
『癒しを……先輩、先輩っ……起きて、お願いっ、死なないで……』
癒しの魔力を流し込み続けると翠の瞳が瞼の下から僅かに覗いた。盾を掴んでいた手がピクリと跳ねて盾を地面に転がし、僕が着ているバスローブを掴んだ。
「ん……ん? うわ明るっ……目、治った……?」
『先輩!』
「わっ……ま、魔物使い君? どうしたの?」
上体を起こした彼に思わず抱き着いてしまった。慌てて体を離し、不調はないかと尋ねる。
「うん、大丈夫、絶好調だよ」
肉体は癒せるが、神具の使い過ぎによる霊体への悪影響は魔力による癒しではどうにもならない。魔法の治癒は理論上は時間を遡るものだからどうにかなるだろうと何度も試したが、ほとんど効果はなかった。神具使いであるヘルメスの霊体は何割かが神力で構成されていて、その神力を削ればヘルメスは死んでしまうし、どれだけ不活性化させてもヘルメスが治療後に神具を使えば活性化はより顕著になるのだ。
『……もう神具は使わないでくださいって言ったじゃないですか! 先輩っ、先輩の寿命は、もう本当にっ……』
「分かってるよ、もう一年もないって話だろ? 今回、何ヶ月縮まったんだろうね」
『僕達にできる治療は肉体だけなんです! 霊体への干渉は危険だし、魂はもっとダメだ、先輩は神具の使い過ぎで魂にまで影響が出て、たとえ死んでも生まれ変われるかどうかも怪しいんですよ!?』
「ごめんって……でも、俺がやらないきゃ何百人も死んでたよ? 褒めてよ……魔物使い君」
どうして自分を犠牲にできるんだ? 僕が捨て身になれるのは死ねないからだ。悪魔達が平気で手足を落とすのは再生が容易だからだ。ヘルメスは自己治癒能力の低い人間じゃないか、どうして不特定多数の誰かになんて尽くせるんだよ。
「そんな怒ったって寿命戻らないんだから──っ!?」
ヘルメスの手が盾に伸びる。僕は咄嗟に盾を蹴り飛ばしてウェナトリアの手を引き、彼らを庇って翼を広げ、金属化させた。
『……ゼルク? さっきのはラビエルだったし……てめぇどんだけ取り込んでんだよ』
痛覚は消していたが、どんな攻撃を食らったかくらいは分かる。雷撃だ。これなら翼だけでも十分二人を守れる、普通の翼だったら雷撃は貫通したかもしれないが、金属化した翼なら電気は散るはずだ。
ウェナトリアにヘルメスが神具を使わないよう見張ってくれと頼み、彼らを庇って振り返る。
『ま、いいさ、アイツらがどんだけ束になろうと俺にゃ適わねぇ。盾使わねぇんならこっちのもんだ』
天使はニタリと笑って不思議な形の……ヴァイオリン? 何だあれ……何か僕には分からない物を引っ掻いて音を出した。耳を劈くそれは僕好みではないが、音楽だ、どうやらアレは楽器らしい。
『……何、それ、ヴァイオリン?』
『お? 何、興味ある感じ? これはエレクトリック・ギターっつってな、科学の国の最新楽器なんだぜ!』
笑顔が無邪気なものに変わる。あの楽器が相当好きらしい。「うるさい」なんて言わず、褒めて油断させるべきだろう。
『…………先輩、ウェナトリアさん、僕がどんな言動をしても口を挟まないでください、全部作戦ですから』
二人に小声で伝えてから天使の方へ一歩踏み出す。
『うん、興味あるな。ちょっと戦う前に教えてよ、君に殺されるかもしれない僕に最期のお土産ちょうだい』
『いいぜ!』
バカなのかコイツ……まぁ、扱いやすくていい。
…………何だろう、大昔にも似たような感想を抱いたような、彼に覚えがあるような……取り込んだ天使達の感覚だろうか?
『どうやって音出してるの?』
『おぅ、この細いとこ、ネックって言うんだけどな、ここに弦張ってるだろ? これを押さえるのと、こっちの弦弾くので演奏するんだよ、基本はな』
『ふーん? カッコイイね』
『……だろ!? いやぁ話が分かるなお前! でも魔物使いなんだよな? 殺さねぇわけにはいかねぇんだよなぁ……そうだ! 天界でも色々教えてやるよ!』
『ありがとう、でも、肉体がないと感じられない音もあるでしょ? 今のうちに色々聞いておきたいな』
天使は満面の笑みで頷いてお気に入りだという曲を演奏し始めた。賛美歌ではなさそうなのは意外だった。しかし、この天使……今まで演奏を褒められたことがなかったのだろうか。ちょっと褒めただけで喜び過ぎだろう、僕は敵なんだぞ? どうして露ほども疑わないんだ?
『そういえば君、名前なんていうの?』
『ラミエルだ!』
ゼルクに聞いた雷を司る天使だ。彼を吸収してその力で水属性を楽に手に入れ、ミカやウリエルを攻略する。よし、道筋が見えてきた。
『楽器好きになったきっかけとかある?』
『あぁ、昔タブリスって天使がな──』
タブリス? あぁ、何という幸運! 彼も『黒』に唆されて強烈な個性を持ってしまった天使だったのだ、これなら戦わずして魂を手に入れられるかもしれない。
『──って感じでさー』
『…………そう、ごめんね、思い出したよ、君だったんだねラミエル』
自由意志の力を前面に出すよう意識して、下手な演技をしながらラミエルの手をきゅっと握る。ギターを引っ掻いていた手を止められたラミエルは目を見開いたが、怒ってはいない。
『タブリス……? え……? お前、魔物使い……え? でも、その気配は、タブリス……』
『会いたかったよラミエル、お願いがあるんだけどいいかな?』
『……え、ぁ、あぁ……何だ?』
『君の魂、僕にくれないかな』
『え……? あぁ……分かった……仕方ないな』
不満そうだが了承してくれた。全く『黒』は罪深いな、何人の男を惚れさせて──待て、どうして僕はギターを渡されたんだ?
『大事にしてくれよ?』
『……いや、魂を』
『俺の魂だぜ?』
大事なものを表す表現の「魂」ではなく、本物の「魂」が欲しいんだ。やっぱりバカなのかコイツ。
『……違うよ、ラミエル。僕は君とひとつになりたい、君と同化したいんだ。そうすれば僕と君とでギターは一つで済むし、僕はギターを弾くのも間近で聞くのも楽しめるよ』
ラミエルは呆然としながらもギターをそっと奪い返した。そして突然とんでもない速さで掻き鳴らし始めた。
『同化…………てめぇっ、魔物使い、天使取り込んでやがるんだな! ゼルクやラビエルだけじゃ飽き足らずタブリスまでっ……殺すっ、殺してバラしてやる! タブリス引きずり出してやる!』
『……っ、やばい方に行った……カヤ! 二人を安全な場所に!』
ラミエルの翼に溜められていく雷の神力の輝きに広範囲攻撃が来るかもしれないと考え、ウェナトリアとヘルメスを避難させる。もう少し早く避難させておくべきだったと後悔しつつ透過を意識した。
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癒しの魔力を流し込み続けると翠の瞳が瞼の下から僅かに覗いた。盾を掴んでいた手がピクリと跳ねて盾を地面に転がし、僕が着ているバスローブを掴んだ。
「ん……ん? うわ明るっ……目、治った……?」
『先輩!』
「わっ……ま、魔物使い君? どうしたの?」
上体を起こした彼に思わず抱き着いてしまった。慌てて体を離し、不調はないかと尋ねる。
「うん、大丈夫、絶好調だよ」
肉体は癒せるが、神具の使い過ぎによる霊体への悪影響は魔力による癒しではどうにもならない。魔法の治癒は理論上は時間を遡るものだからどうにかなるだろうと何度も試したが、ほとんど効果はなかった。神具使いであるヘルメスの霊体は何割かが神力で構成されていて、その神力を削ればヘルメスは死んでしまうし、どれだけ不活性化させてもヘルメスが治療後に神具を使えば活性化はより顕著になるのだ。
『……もう神具は使わないでくださいって言ったじゃないですか! 先輩っ、先輩の寿命は、もう本当にっ……』
「分かってるよ、もう一年もないって話だろ? 今回、何ヶ月縮まったんだろうね」
『僕達にできる治療は肉体だけなんです! 霊体への干渉は危険だし、魂はもっとダメだ、先輩は神具の使い過ぎで魂にまで影響が出て、たとえ死んでも生まれ変われるかどうかも怪しいんですよ!?』
「ごめんって……でも、俺がやらないきゃ何百人も死んでたよ? 褒めてよ……魔物使い君」
どうして自分を犠牲にできるんだ? 僕が捨て身になれるのは死ねないからだ。悪魔達が平気で手足を落とすのは再生が容易だからだ。ヘルメスは自己治癒能力の低い人間じゃないか、どうして不特定多数の誰かになんて尽くせるんだよ。
「そんな怒ったって寿命戻らないんだから──っ!?」
ヘルメスの手が盾に伸びる。僕は咄嗟に盾を蹴り飛ばしてウェナトリアの手を引き、彼らを庇って翼を広げ、金属化させた。
『……ゼルク? さっきのはラビエルだったし……てめぇどんだけ取り込んでんだよ』
痛覚は消していたが、どんな攻撃を食らったかくらいは分かる。雷撃だ。これなら翼だけでも十分二人を守れる、普通の翼だったら雷撃は貫通したかもしれないが、金属化した翼なら電気は散るはずだ。
ウェナトリアにヘルメスが神具を使わないよう見張ってくれと頼み、彼らを庇って振り返る。
『ま、いいさ、アイツらがどんだけ束になろうと俺にゃ適わねぇ。盾使わねぇんならこっちのもんだ』
天使はニタリと笑って不思議な形の……ヴァイオリン? 何だあれ……何か僕には分からない物を引っ掻いて音を出した。耳を劈くそれは僕好みではないが、音楽だ、どうやらアレは楽器らしい。
『……何、それ、ヴァイオリン?』
『お? 何、興味ある感じ? これはエレクトリック・ギターっつってな、科学の国の最新楽器なんだぜ!』
笑顔が無邪気なものに変わる。あの楽器が相当好きらしい。「うるさい」なんて言わず、褒めて油断させるべきだろう。
『…………先輩、ウェナトリアさん、僕がどんな言動をしても口を挟まないでください、全部作戦ですから』
二人に小声で伝えてから天使の方へ一歩踏み出す。
『うん、興味あるな。ちょっと戦う前に教えてよ、君に殺されるかもしれない僕に最期のお土産ちょうだい』
『いいぜ!』
バカなのかコイツ……まぁ、扱いやすくていい。
…………何だろう、大昔にも似たような感想を抱いたような、彼に覚えがあるような……取り込んだ天使達の感覚だろうか?
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『おぅ、この細いとこ、ネックって言うんだけどな、ここに弦張ってるだろ? これを押さえるのと、こっちの弦弾くので演奏するんだよ、基本はな』
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『え……? あぁ……分かった……仕方ないな』
不満そうだが了承してくれた。全く『黒』は罪深いな、何人の男を惚れさせて──待て、どうして僕はギターを渡されたんだ?
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