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第四十五章 消えていく少年だった証拠
洗脳コンサート
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ラミエルと戦った場所に行くと確かに門が開いていた。空にぽっかりと穴があいていて、そこから人界の空が見えている。何とも不思議な光景だ。
近くに居た竜を呼んで門を閉じさせ、陶器製の天使達は弱いから竜達も倒して欲しいと頼んでみた。そうすると竜は大きな咆哮を上げ、どこかへ飛んでいった。
『……カヤ、お願い』
拒否の咆哮ではなく仲間への連絡であったことを祈りつつ、カヤが持ってきてくれたギターを首からぶら下げた。そういえばバスローブの前の紐を結んでいなかったし、髪もまとめていない。酷い見た目だ。
『ふん、ふ、ふふーん…………カッコイイよねぇ、これ。喧しいなんてさ……酷いよね、アルは』
適当に掻き鳴らしながら虚空に向かって愚痴を呟いていると、不意に影が差した。見上げてみれば無数の陶器製の天使達が飛んでいた。
『ラミエル様、呼びましたか』
『先程の人間共は倒したのですね、流石です』
継ぎ接ぎのような不快な声が頭上から降ってくる。集まってきてくれたなら楽だろうとは考えていたけれど、知らず知らずのうちに呼び集めていたなんて。
『蠍の毒針……』
取り込んだカマエルの属性を呼び起こす意識をしながら呟けば、僕の周りに無数の魔法陣に似たものが浮かんだ。それから毒が塗られた針が無数に飛び出し、集まってきていた天使達を穿った。
『…………余裕、だね』
戦いは好きになれそうにないが、圧勝だと楽しいものだ。僕は天使を取り込めば取り込むほど強くなれるし、天使は取り込まれるほどに戦力を失う。この戦争、勝ったな。
『カヤ、まだ動いてる陶器製の天使探せる?』
『…………居、亡ィ』
『居ない? 本当? そっか……ならよかった』
竜達は僕が頼むよりも前に倒して回ったりしてくれていたのだろうか? それとも陶器製の天使達は僕の予想より少なかったのか? もう動く者が居ないならどうでもいいか。
『広場ニ、夃ィ、ト……声ガ』
『広場に来いって言われてるの? そう……分かった』
吸鬼、亜種人類、獣人、例外的だが神降の国、東西南北に分けて配置した地区の中心に大樹が位置しており、交流のための広場となっている。カヤに乗ってそこに向かうと大樹を囲うように住民達が集まっていた。
そして僕を見つけると口々にこう言うのだ。
「ここは安全なんじゃなかったのか!?」
「天使が攻めてくるなんて……勝てるなんて言って、正義の国の方が強いんじゃないか!?」
「あぁ、魔性なんかの口車に乗らずに正義の国で大人しく働いてりゃよかった……」
「そもそもあんな子供が魔王だって? ふざけるのも大概にしろよ」
絶対的な安全を主張した以上、非難されても仕方ない。
しかし、どうして門が開いたかは僕には分からない。分からないことで責められると苛立ちが溜まる。
『…………申し訳ありませんでした。二度とこのようなことのないよう尽力致します……しかし原因は不明のまま。竜にしか開けないはずの門がどうして開いたのか、分かる方はいらっしゃいませんか?』
役に立たないヤジに混じってこんな意見が飛び出した。
「あのトカゲ共に決まってるだろ!」
「アイツらが居なきゃ安全なんじゃないか?」
「門は開かないし、何よりデカいもんがウロウロしてるって恐怖がない!」
「そうだ! じっとこっち見てたりするんだぞアイツら、きっと食おうとしてるんだ!」
竜が一定数居なければ竜の里は保たれない。
陶器製の天使達の大半を処理したのは竜達。
民衆は恩恵を知らず、シェリー以外には肉食の居ない竜達を恐れ、嫌う。
「追い出せ! 追い出せ!」
「俺達に竜なんか要らない!」
「平和のために、竜共を殺せ!」
「そうだ……! こ、ろ、せ! こ、ろ、せ!」
数人から始まった竜の殺害要求の声がどんどんと増えていく。きっと八割以上は何も考えずに流されているのだろう、本気で竜を殺せと言っている者などごく僅かだ。
『…………ご清聴ください』
僕の呟きは誰にも聞こえなかったが、音量を最大にしたエレクトリック・ギターの速弾きは住民達を黙らせた。全員が黙ったことを確認した僕は即興で曲を作り、弾いていく。
『……僕は何だ!』
呆然としている住民達へ叫ぶ。
『ま、魔王様……魔王様! 魔王様!』
『私達の、魔性の、支配者様……そう、そう……魔王様!』
音に乗せた魔力の影響を受けた吸鬼達は早々に僕の支持者に戻った。魔物である吸鬼達を洗脳するのは容易い、だが、魔力の少ない人間を洗脳するのは魔物使いの力では厳しい。しかしこのギターは魔力や神力の繊細な操作を補助し、出力増幅さえもこなす高性能な道具だ。
『そう、僕は魔王だ! 魔性の王だ! 魔獣も悪魔も支配するこの僕が、ベルゼブブやサタンすら平伏するこの僕が、天使や正義の国に負けると思うのか! このクソッタレ共が! 脳ミソ腐ってんのかよ!』
曲を思い付く頭も、弦を弾く指先も、叫ぶ喉も口も、何一つとしてヘルシャフトらしくない。確かに僕の意思で僕の身体は動いているのに、僕はヘルではない気がする。
僕はここまで驕り高ぶったりしない、僕はああまで酷い罵倒はしない、僕が僕でなくなっていく。
『天使を取り込み神性すら獲得しつつあるこの僕を、信奉できない奴は死んじまえ! 魔性を統べる神性に成るこの僕を、信奉できない奴は死んじまえ! 魔神王たるこの僕に文句がある奴は前に出ろ! 順番に首を刎ねてその血を飲み干してやるよ!』
耳が壊れてしまうような爆音とシャウト。それらを止め、静かな住民達に今一度問う。
『……竜の里は竜達の力によって維持されています。侵入した天使の九割以上を討伐したのは竜達です。竜の里には竜以外居なかったため、肉食の竜は全て人界で暮らしており、今ここに居る竜があなた達を食べることはありません。見つめているのは初めての異種族に興味を示しているだけなのです。この三点を念頭に置いた上で、もう一度聞きたい』
普段通りの声でも十分に通るのは、僕が魔物使いであることと竜の里の大気中の魔力濃度のおかげだ。
『…………竜を殺したいと思いますか?』
住民達は揃って否定する。
『……僕が王であることに不満がありますか? 僕を信じられませんか? ここから出ていきたいと思いますか?』
再び、誰もが否定する。
『なら、個々の暮らしにお戻りください。天使はもう居ませんし、門は閉じられています、あなた方が今すべきなのは普段通りの暮らしです』
解散を告げると私語が増えて騒がしくなったが、僕の批判らしき声は聞こえなかった。
住民達が各々の家に帰っていくのをしばらく眺め、もう問題はないと判断してヴェーン邸に戻る。玄関前にカルコスとセレナが待っていた。
『カルコス、セレナ、久しぶり、何か……え?』
カルコスの背に跨ったセレナには腕がなかった。二の腕を少し残してなくなっていた。
『すまないな、我の力では腕の再生まではできん。取れた腕があれば癒着程度はできるのだが』
『気にしないで、君にしかできないこともあるから……それで、セレナ。手どうしたの?』
「…………すまんっ!」
セレナは赤銅色の鬣に顔を埋めるように勢いよく頭を下げた。
『な、何、どうしたの』
「……そのギター」
『あぁ、戦利品だよ。里に入ってきた天使が居たんだ』
「そのギター持ってた天使、アタシが入れちまったんだ」
まさかの告白に声が出せないでいるとセレナは続けて言った。
「アタシどうしても正義の国に自分の手で復讐したくて……仲良くなった竜に頼んで正義の国に行ったんだ。そこで負けて、入ってきちまった」
『…………その竜は?』
「分からねぇけど、多分……」
俯いて首を振るセレナに怒鳴ってしまいそうな自分を宥め、自分の反省点を探す。
「本っ当に悪かった! アタシのせいなんだ、全部……」
『…………いや、ちゃんと注意しなかった僕が悪いよ。ごめんねセレナ、こうなるって説明できてたらよかったんだけど』
「アタシ、どうすればいい? 何したら償えるんだ?」
『大樹のところに居る兄さんに手を治してもらったら、自分で仕事を探して適当に貢献して』
セレナは歯痒そうな顔をしながらも頷き、カルコスに乗って大樹の元へ飛んだ。
管理できていない味方は敵より怖い、この点を常に頭に置いておかなければ。
近くに居た竜を呼んで門を閉じさせ、陶器製の天使達は弱いから竜達も倒して欲しいと頼んでみた。そうすると竜は大きな咆哮を上げ、どこかへ飛んでいった。
『……カヤ、お願い』
拒否の咆哮ではなく仲間への連絡であったことを祈りつつ、カヤが持ってきてくれたギターを首からぶら下げた。そういえばバスローブの前の紐を結んでいなかったし、髪もまとめていない。酷い見た目だ。
『ふん、ふ、ふふーん…………カッコイイよねぇ、これ。喧しいなんてさ……酷いよね、アルは』
適当に掻き鳴らしながら虚空に向かって愚痴を呟いていると、不意に影が差した。見上げてみれば無数の陶器製の天使達が飛んでいた。
『ラミエル様、呼びましたか』
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『蠍の毒針……』
取り込んだカマエルの属性を呼び起こす意識をしながら呟けば、僕の周りに無数の魔法陣に似たものが浮かんだ。それから毒が塗られた針が無数に飛び出し、集まってきていた天使達を穿った。
『…………余裕、だね』
戦いは好きになれそうにないが、圧勝だと楽しいものだ。僕は天使を取り込めば取り込むほど強くなれるし、天使は取り込まれるほどに戦力を失う。この戦争、勝ったな。
『カヤ、まだ動いてる陶器製の天使探せる?』
『…………居、亡ィ』
『居ない? 本当? そっか……ならよかった』
竜達は僕が頼むよりも前に倒して回ったりしてくれていたのだろうか? それとも陶器製の天使達は僕の予想より少なかったのか? もう動く者が居ないならどうでもいいか。
『広場ニ、夃ィ、ト……声ガ』
『広場に来いって言われてるの? そう……分かった』
吸鬼、亜種人類、獣人、例外的だが神降の国、東西南北に分けて配置した地区の中心に大樹が位置しており、交流のための広場となっている。カヤに乗ってそこに向かうと大樹を囲うように住民達が集まっていた。
そして僕を見つけると口々にこう言うのだ。
「ここは安全なんじゃなかったのか!?」
「天使が攻めてくるなんて……勝てるなんて言って、正義の国の方が強いんじゃないか!?」
「あぁ、魔性なんかの口車に乗らずに正義の国で大人しく働いてりゃよかった……」
「そもそもあんな子供が魔王だって? ふざけるのも大概にしろよ」
絶対的な安全を主張した以上、非難されても仕方ない。
しかし、どうして門が開いたかは僕には分からない。分からないことで責められると苛立ちが溜まる。
『…………申し訳ありませんでした。二度とこのようなことのないよう尽力致します……しかし原因は不明のまま。竜にしか開けないはずの門がどうして開いたのか、分かる方はいらっしゃいませんか?』
役に立たないヤジに混じってこんな意見が飛び出した。
「あのトカゲ共に決まってるだろ!」
「アイツらが居なきゃ安全なんじゃないか?」
「門は開かないし、何よりデカいもんがウロウロしてるって恐怖がない!」
「そうだ! じっとこっち見てたりするんだぞアイツら、きっと食おうとしてるんだ!」
竜が一定数居なければ竜の里は保たれない。
陶器製の天使達の大半を処理したのは竜達。
民衆は恩恵を知らず、シェリー以外には肉食の居ない竜達を恐れ、嫌う。
「追い出せ! 追い出せ!」
「俺達に竜なんか要らない!」
「平和のために、竜共を殺せ!」
「そうだ……! こ、ろ、せ! こ、ろ、せ!」
数人から始まった竜の殺害要求の声がどんどんと増えていく。きっと八割以上は何も考えずに流されているのだろう、本気で竜を殺せと言っている者などごく僅かだ。
『…………ご清聴ください』
僕の呟きは誰にも聞こえなかったが、音量を最大にしたエレクトリック・ギターの速弾きは住民達を黙らせた。全員が黙ったことを確認した僕は即興で曲を作り、弾いていく。
『……僕は何だ!』
呆然としている住民達へ叫ぶ。
『ま、魔王様……魔王様! 魔王様!』
『私達の、魔性の、支配者様……そう、そう……魔王様!』
音に乗せた魔力の影響を受けた吸鬼達は早々に僕の支持者に戻った。魔物である吸鬼達を洗脳するのは容易い、だが、魔力の少ない人間を洗脳するのは魔物使いの力では厳しい。しかしこのギターは魔力や神力の繊細な操作を補助し、出力増幅さえもこなす高性能な道具だ。
『そう、僕は魔王だ! 魔性の王だ! 魔獣も悪魔も支配するこの僕が、ベルゼブブやサタンすら平伏するこの僕が、天使や正義の国に負けると思うのか! このクソッタレ共が! 脳ミソ腐ってんのかよ!』
曲を思い付く頭も、弦を弾く指先も、叫ぶ喉も口も、何一つとしてヘルシャフトらしくない。確かに僕の意思で僕の身体は動いているのに、僕はヘルではない気がする。
僕はここまで驕り高ぶったりしない、僕はああまで酷い罵倒はしない、僕が僕でなくなっていく。
『天使を取り込み神性すら獲得しつつあるこの僕を、信奉できない奴は死んじまえ! 魔性を統べる神性に成るこの僕を、信奉できない奴は死んじまえ! 魔神王たるこの僕に文句がある奴は前に出ろ! 順番に首を刎ねてその血を飲み干してやるよ!』
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『…………竜を殺したいと思いますか?』
住民達は揃って否定する。
『……僕が王であることに不満がありますか? 僕を信じられませんか? ここから出ていきたいと思いますか?』
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『気にしないで、君にしかできないこともあるから……それで、セレナ。手どうしたの?』
「…………すまんっ!」
セレナは赤銅色の鬣に顔を埋めるように勢いよく頭を下げた。
『な、何、どうしたの』
「……そのギター」
『あぁ、戦利品だよ。里に入ってきた天使が居たんだ』
「そのギター持ってた天使、アタシが入れちまったんだ」
まさかの告白に声が出せないでいるとセレナは続けて言った。
「アタシどうしても正義の国に自分の手で復讐したくて……仲良くなった竜に頼んで正義の国に行ったんだ。そこで負けて、入ってきちまった」
『…………その竜は?』
「分からねぇけど、多分……」
俯いて首を振るセレナに怒鳴ってしまいそうな自分を宥め、自分の反省点を探す。
「本っ当に悪かった! アタシのせいなんだ、全部……」
『…………いや、ちゃんと注意しなかった僕が悪いよ。ごめんねセレナ、こうなるって説明できてたらよかったんだけど』
「アタシ、どうすればいい? 何したら償えるんだ?」
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