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第四十六章 正義を滅ぼす魔性の王とその下僕
万魔殿の浮上
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魔界と人界がもうすぐ繋がる。その門を作り出した悪魔達は開通の瞬間を今か今かと待ち侘びていた。
『じゃあ、最後の一掘り行きますよ! 私の号令に続いてくださいね!』
僕を抱えた兄はベルゼブブの言葉を無視する酒呑に胸ぐらを掴まれていた。
『軽度の精神汚染だよ、大丈夫、まだ戦える』
『ふざけてんとちゃうぞ兄さん! もうわややわ頭領、まだやらせる言うんやったら俺が許さん!』
『だから大丈夫なんだって、ほらよく見てよ』
地面に下ろされ、屈んだ酒呑に顔を覗き込まれる。心配そうな金色の瞳に気付いて微笑む。
『大丈夫だよ、酒呑。何ともないから』
『頭領……正直言うてみ、あかんのやったらちゃんと言い』
『……大丈夫だよ、本当に……何ともないんだ』
自分の足で立てるし、魔力も問題なく扱える。僕はまだ戦える。もう生存者が居ないらしい正義の国を戦場にしても人間は死なないし、これ以上天使を放っておいても死者が増えるだけ。それなら戦わなければならない。
『酒呑様、本人がええ言うてるんやからええんとちゃいます?』
『せやけど、なんやおかしいてこれ……』
『……開通っ! 行きますよ!』
『ほら酒呑様、はよ行かな』
ベルゼブブの号令を受けて悪魔達が人界になだれ込む。茨木に引っ張られて酒呑も飛び出し、僕は兄に抱えられて空間転移で正義の国の中心地の瓦礫の上に降りた。
『……さて、おとーと。天界に行くための何かを作れって言われてたろ? それをやろうか』
『うん、えっと……ルシフェル、天界と繋がる大きな道を作って欲しいんだけど……』
『分かったよ神様、ちょっと時間をもらえるかな?』
『うん、それはもちろん』
僕の影から現れたルシフェルは両手を空に向け、十二枚の黒翼を広げた。次の瞬間、空が赤黒く塗り替えられる。アルが初めて死んだ後、生き返らせた直後、再び死んだ時の空だ。ルシフェルが本気になっている。
『天界……私の故郷、私を堕とした愚図共の世界……』
手や翼から放たれる光は分厚い雲を破り、その先の結界らしきものに当たって途切れていた。しかしその結界らしきものもミシミシと音を立てているようで、崩壊は近く思える。
『にいさま、悪魔達向こうで何してるの?』
『降りてきてる名前付きの天使共と戦ってるみたいだね。眠気を誘う呪いを始めに色々とやってるみたいだから苦戦はしなさそうだけど、何しろ数が多いからね』
僕が居るのは正義の国の領土の中心で、主に領土の端で起こっている悪魔と天使の戦いの様子はよく見えない。
『……悪魔が領土外から、僕達がいきなり中心地だから陣形は崩れてるみたいだね。狙い通りだ。こっちの動きがバレてても混乱や分散は起きる……ふふ』
『向こうで倒された天使は天界に強制送還されて、無防備な魂だけの状態で修復を受ける……それを片っ端から喰えとか言われたけど』
『お兄ちゃんは天使のこととかよく分かんないけど、応援はしてるよ』
ルシフェルが天界への橋を作っている間、今後の動きを確認する雑談で時間を潰していた。そんな僕達の足元、瓦礫の隙間の暗がりから剣が伸びる。
『危ないにいさま!』
兄を突き飛ばして代わりに剣を足に受ける。僕に触れた剣はその瞬間に氷に覆われ、動きを止めた。剣を持った手は氷に触れられる寸前に離れ、影の中に引っ込んだ。
『おとーと……ありがとう、でもお兄ちゃんは一応ローブ着てるから平気だよ?』
兄が今の程度の攻撃なら防げるのも、防げなくても脳さえ無事ならどうにでもなるのは分かっている。咄嗟の行動は頭で考えてどうにかなるものではない。
『多分、レリエル。影の中に潜まれたらどうしようもないよ……服の中からとかも出てくるし』
そう言った直後、口内に手が現れて喉を内側から引っ掻かれた。兄からすれば僕の喉が突然破れたように見えただろう。
『神様のお兄さん、レリエルは影を媒介に移動する、なら、分かるよね?』
僕の傷を見て焦った兄も僕の傷がすぐに塞がったのとルシフェルの助言を受けて冷静さを取り戻し、周囲一帯に無数の魔法陣を浮かべた。
『おとーと、透過使って』
言われた通りに透過を使い、治ったばかりの喉を摩る。透過中の僕の影は使えないのかレリエルの腕は僕の足元の瓦礫へと移った。
『……照射』
一帯に浮かび上がった無数の魔法陣が傾き、強力な光を放つ。その光は無影灯の役割を果たしてレリエルの腕が出た部分だけを残して影を消した。
『おとーと、引っ張り出してごらん』
僕は影の中に引っ込もうとする腕を掴み、ゼルクの力を使うよう意識して引っ張った。
『出た……レリエル! 悪いけど魂もらうよ!』
『拒否する』
レリエルは僕に掴まれた右腕を肘から切り落とし、影に戻ろうとする。しかし先程彼女が入っていた影はもう消えている。
『切る判断が遅かったんじゃない? 粘液の塊の僕の体内に影はない、おとーとには透過されるから無駄、ルシフェルは光属性を持ってるから相性が悪い……拒否? 無理、君の詰みだよ』
表情が変わらないレリエルが危機を感じているのかどうかは分からない。まだ奥の手があるのかもと警戒して手を伸ばせない。レリエルもまばたきすらせずに僕を見つめていて、睨み合ったまま数分が経過した。
『……神様、レリエルは強い光に長時間照らされると弱るんだよ』
『え? えっ……じゃあ』
『大丈夫、隠し球なんてないはずさ』
レリエルの黒い瞳以外に視線を移してみれば、向こう側の景色が透けていた。夜空を閉じ込めたような黒髪も、すらりと伸びた四肢も、半透明になって揺らいでいる。
『…………大、丈夫……みたいだね』
そっと手を伸ばしてレリエルの胸の中に手を沈め、霊体から魂を引きずり出す。霊体と魂を剥がす作業は通常より早く済み、黒い真球が僕の手のひらに転がった。彼女の魂は真っ黒なのだと思っていたけれど、よく見れば夜空を閉じ込めたように星々や薄雲が浮かんでいて、もう一つの世界があるようだった。
『ん……ありがとうにいさま、もういいよ、眩しいから消して』
ラファエルを取り込んだ時ほどの変化はない。
『レリエル……粘っても不利になるだけなんだから向かってきてみればよかったのに』
『それだけ君に隙がなかったってことだろ? 誇りなよ僕のおとーと』
『そうかなぁ……っていうか、僕……光苦手になったりしてないよね?』
もう消えてしまったけれど、兄の魔法による光への不快感は「眩しい」というただそれだけで、レリエルを取り込む前も後も変わらなかったと思う。レリエルの力だけを使わなければ大丈夫だろうと自分に言い聞かせておこう。
『ルシフェルもうちょっと早く言ってくれてもいいのに』
『ごめんね神様、そっちにばっかり集中していられないし、眩しくてよく見えないしさ』
『まぁ別にいいけどさ……』
視界の端に巨大な黒いものが見えて会話を中断して体ごとそちらに向ければ正義の国の領土の端に城のシルエットがあった。その黒い城からは同じく黒い焔が広がり、周囲を呑み込んでいく。その城の頂点近くから何かが飛び立ち、こちらに向かってくる。その飛ぶ影の翼や尾は竜のようだった。
『……っ、ぁ……あぁ、サタン……びっくりした』
目の前に降り立ったサタンは既に翼と尾を消しており、スーツ姿の人間にしか見えない。しかし一目で人間ではないと察せる雰囲気を持っていた。
『万魔殿を人界に持ち上げるのには成功した。天界への橋はどうだ?』
あの城が現れてから空がより黒く禍々しくなった気がする。不快と不安を与えるその空は僕の望む平和な世界には似合わない。
『もうちょっと…………うん、繋がったよ。意外だね、妨害がなかった』
レリエルが襲ってきたのはルシフェルには妨害として数えられなかったのか。
『……なかった? そうか……誘い込むか』
『籠城戦なんて取られちゃ面倒だよねぇ』
『だが、乗ってやるしかあるまいよ。行くぞ』
『魔界の管理者じきじきに天界侵略とはね』
サタンとルシフェルは旧友のように話している。事実大昔は敵対していなかったようなので旧友ではあるのだろうが、ルシフェルへの僕の勝手な拷問行為にサタンは手を貸していた。仲良く話す彼らには僕はどうにも違和感が拭い切れなかった。
『じゃあ、最後の一掘り行きますよ! 私の号令に続いてくださいね!』
僕を抱えた兄はベルゼブブの言葉を無視する酒呑に胸ぐらを掴まれていた。
『軽度の精神汚染だよ、大丈夫、まだ戦える』
『ふざけてんとちゃうぞ兄さん! もうわややわ頭領、まだやらせる言うんやったら俺が許さん!』
『だから大丈夫なんだって、ほらよく見てよ』
地面に下ろされ、屈んだ酒呑に顔を覗き込まれる。心配そうな金色の瞳に気付いて微笑む。
『大丈夫だよ、酒呑。何ともないから』
『頭領……正直言うてみ、あかんのやったらちゃんと言い』
『……大丈夫だよ、本当に……何ともないんだ』
自分の足で立てるし、魔力も問題なく扱える。僕はまだ戦える。もう生存者が居ないらしい正義の国を戦場にしても人間は死なないし、これ以上天使を放っておいても死者が増えるだけ。それなら戦わなければならない。
『酒呑様、本人がええ言うてるんやからええんとちゃいます?』
『せやけど、なんやおかしいてこれ……』
『……開通っ! 行きますよ!』
『ほら酒呑様、はよ行かな』
ベルゼブブの号令を受けて悪魔達が人界になだれ込む。茨木に引っ張られて酒呑も飛び出し、僕は兄に抱えられて空間転移で正義の国の中心地の瓦礫の上に降りた。
『……さて、おとーと。天界に行くための何かを作れって言われてたろ? それをやろうか』
『うん、えっと……ルシフェル、天界と繋がる大きな道を作って欲しいんだけど……』
『分かったよ神様、ちょっと時間をもらえるかな?』
『うん、それはもちろん』
僕の影から現れたルシフェルは両手を空に向け、十二枚の黒翼を広げた。次の瞬間、空が赤黒く塗り替えられる。アルが初めて死んだ後、生き返らせた直後、再び死んだ時の空だ。ルシフェルが本気になっている。
『天界……私の故郷、私を堕とした愚図共の世界……』
手や翼から放たれる光は分厚い雲を破り、その先の結界らしきものに当たって途切れていた。しかしその結界らしきものもミシミシと音を立てているようで、崩壊は近く思える。
『にいさま、悪魔達向こうで何してるの?』
『降りてきてる名前付きの天使共と戦ってるみたいだね。眠気を誘う呪いを始めに色々とやってるみたいだから苦戦はしなさそうだけど、何しろ数が多いからね』
僕が居るのは正義の国の領土の中心で、主に領土の端で起こっている悪魔と天使の戦いの様子はよく見えない。
『……悪魔が領土外から、僕達がいきなり中心地だから陣形は崩れてるみたいだね。狙い通りだ。こっちの動きがバレてても混乱や分散は起きる……ふふ』
『向こうで倒された天使は天界に強制送還されて、無防備な魂だけの状態で修復を受ける……それを片っ端から喰えとか言われたけど』
『お兄ちゃんは天使のこととかよく分かんないけど、応援はしてるよ』
ルシフェルが天界への橋を作っている間、今後の動きを確認する雑談で時間を潰していた。そんな僕達の足元、瓦礫の隙間の暗がりから剣が伸びる。
『危ないにいさま!』
兄を突き飛ばして代わりに剣を足に受ける。僕に触れた剣はその瞬間に氷に覆われ、動きを止めた。剣を持った手は氷に触れられる寸前に離れ、影の中に引っ込んだ。
『おとーと……ありがとう、でもお兄ちゃんは一応ローブ着てるから平気だよ?』
兄が今の程度の攻撃なら防げるのも、防げなくても脳さえ無事ならどうにでもなるのは分かっている。咄嗟の行動は頭で考えてどうにかなるものではない。
『多分、レリエル。影の中に潜まれたらどうしようもないよ……服の中からとかも出てくるし』
そう言った直後、口内に手が現れて喉を内側から引っ掻かれた。兄からすれば僕の喉が突然破れたように見えただろう。
『神様のお兄さん、レリエルは影を媒介に移動する、なら、分かるよね?』
僕の傷を見て焦った兄も僕の傷がすぐに塞がったのとルシフェルの助言を受けて冷静さを取り戻し、周囲一帯に無数の魔法陣を浮かべた。
『おとーと、透過使って』
言われた通りに透過を使い、治ったばかりの喉を摩る。透過中の僕の影は使えないのかレリエルの腕は僕の足元の瓦礫へと移った。
『……照射』
一帯に浮かび上がった無数の魔法陣が傾き、強力な光を放つ。その光は無影灯の役割を果たしてレリエルの腕が出た部分だけを残して影を消した。
『おとーと、引っ張り出してごらん』
僕は影の中に引っ込もうとする腕を掴み、ゼルクの力を使うよう意識して引っ張った。
『出た……レリエル! 悪いけど魂もらうよ!』
『拒否する』
レリエルは僕に掴まれた右腕を肘から切り落とし、影に戻ろうとする。しかし先程彼女が入っていた影はもう消えている。
『切る判断が遅かったんじゃない? 粘液の塊の僕の体内に影はない、おとーとには透過されるから無駄、ルシフェルは光属性を持ってるから相性が悪い……拒否? 無理、君の詰みだよ』
表情が変わらないレリエルが危機を感じているのかどうかは分からない。まだ奥の手があるのかもと警戒して手を伸ばせない。レリエルもまばたきすらせずに僕を見つめていて、睨み合ったまま数分が経過した。
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『え? えっ……じゃあ』
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レリエルの黒い瞳以外に視線を移してみれば、向こう側の景色が透けていた。夜空を閉じ込めたような黒髪も、すらりと伸びた四肢も、半透明になって揺らいでいる。
『…………大、丈夫……みたいだね』
そっと手を伸ばしてレリエルの胸の中に手を沈め、霊体から魂を引きずり出す。霊体と魂を剥がす作業は通常より早く済み、黒い真球が僕の手のひらに転がった。彼女の魂は真っ黒なのだと思っていたけれど、よく見れば夜空を閉じ込めたように星々や薄雲が浮かんでいて、もう一つの世界があるようだった。
『ん……ありがとうにいさま、もういいよ、眩しいから消して』
ラファエルを取り込んだ時ほどの変化はない。
『レリエル……粘っても不利になるだけなんだから向かってきてみればよかったのに』
『それだけ君に隙がなかったってことだろ? 誇りなよ僕のおとーと』
『そうかなぁ……っていうか、僕……光苦手になったりしてないよね?』
もう消えてしまったけれど、兄の魔法による光への不快感は「眩しい」というただそれだけで、レリエルを取り込む前も後も変わらなかったと思う。レリエルの力だけを使わなければ大丈夫だろうと自分に言い聞かせておこう。
『ルシフェルもうちょっと早く言ってくれてもいいのに』
『ごめんね神様、そっちにばっかり集中していられないし、眩しくてよく見えないしさ』
『まぁ別にいいけどさ……』
視界の端に巨大な黒いものが見えて会話を中断して体ごとそちらに向ければ正義の国の領土の端に城のシルエットがあった。その黒い城からは同じく黒い焔が広がり、周囲を呑み込んでいく。その城の頂点近くから何かが飛び立ち、こちらに向かってくる。その飛ぶ影の翼や尾は竜のようだった。
『……っ、ぁ……あぁ、サタン……びっくりした』
目の前に降り立ったサタンは既に翼と尾を消しており、スーツ姿の人間にしか見えない。しかし一目で人間ではないと察せる雰囲気を持っていた。
『万魔殿を人界に持ち上げるのには成功した。天界への橋はどうだ?』
あの城が現れてから空がより黒く禍々しくなった気がする。不快と不安を与えるその空は僕の望む平和な世界には似合わない。
『もうちょっと…………うん、繋がったよ。意外だね、妨害がなかった』
レリエルが襲ってきたのはルシフェルには妨害として数えられなかったのか。
『……なかった? そうか……誘い込むか』
『籠城戦なんて取られちゃ面倒だよねぇ』
『だが、乗ってやるしかあるまいよ。行くぞ』
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サタンとルシフェルは旧友のように話している。事実大昔は敵対していなかったようなので旧友ではあるのだろうが、ルシフェルへの僕の勝手な拷問行為にサタンは手を貸していた。仲良く話す彼らには僕はどうにも違和感が拭い切れなかった。
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