魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

兎と蛇と獅子と烏

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妖鬼の国と温泉の国は島国だ。二つの島の間の海は十キロ足らず、その隙間を繋げる大樹の枝の上に僕は居た。

『しかし……いいのだろうか。自然の地形をこんな風に歪めて』

『僕が生やしたのは木なんだから自然の物だよ』

『うぅん……』

この大樹に住んでいるのはレヴィアタンの体を使っている八岐大蛇。鬼達に挨拶をした帰りについでに挨拶をしておこうと寄った次第だ。

『……オロチ、居ないね』

『酒の匂いはするがな』

かなりのアルコール度数の酒を大量に飲んだのだろう、鼻の鋭いアルだけでなく僕にまで臭う。

『……む? ヘル、ここに紙が挟まっている』

幹の割れ目に挟まった紙を抜くと「参拝者へ」と書いてあった。開いてみれば「留守だ、暫し待て」と……留守を知らせるなら張り紙にするべきだ。

『どこに行ったのかな。カヤ! 探せる?』

頷いたカヤに跨り、アルの首を抱く。瞬きの間に僕達は街中に立っていた。

『ありがとうカヤ。えっと、どこだろ』

近辺に居るはずのオロチを探していると、アルが太腿に軽く頭をぶつけてきた。

『……助けてくれ、ヘル。兎が』

見下げればアルの黒翼の端を白兎が咥えて引っ張っていた。

『後ろ足にも居るんだ、早いところ追い払ってくれ』

アルの後ろ足の毛を咥えて引っ張っているのは黒兎。白黒共に額に三日月模様がある。

『……この子達、まさか月永兎 リュヌラパンじゃない?』

『だな。昼だからそう強くはないだろうが、良い思い出がない』

狼のくせに兎が怖いだなんて、アルは可愛い。白と黒の兎を抱き上げるとぷぅぷぅ鳴いて僕の腕を蹴ってきた。

『よしよし、怖がらないで。可愛いね君達、フェルに見せたら喜ぶかも……』

「プレーヌ~! ヌーヴェル~! もぉ、どこ行っちゃったんですか……」

連れて帰る決意を固めた僕の耳に少女の声が聞こえてきた。見覚えのある長い黒髪の少女は僕が抱いた兎を見つけ、こちらに駆け寄ってくる。

「ご、ごめんなさ~い、私のウサギが……大丈夫でした?」

『……十六夜さん?』

オファニエルの加護受者だった鳴神なるかみ 十六夜いざよいだ。似た他人ではない、本人だ。彼女は僕の顔を見つめて考え込み、首を傾げた後、ハッとして僕から兎を奪い返した。

「…………お久しぶりですね」

『は、い……生きてたんですね』

「……なんとか」

正義の国に留まって戦争に巻き込まれて死んだと思い込んでしまっていたが、僕の早とちりだったらしい。

『よかった……! 本当によかった。あの、謝って許されることじゃありませんけど、すみませんでした。えっと、それじゃ……』

「ぁ……ま、待ってください! 申し訳ないって思うなら、その……私のところのお団子買っていってください」

聞けば十六夜は温泉の国に戻った後、団子屋で働き始めたのだと。プレーヌとヌーヴェルを看板兎にしたまではよかったが、みんな兎を見に来るだけで団子はあまり買ってくれないのだとか。

「もうプレーヌとヌーヴェルの写真をお団子と一緒に売るとか、お団子買った人だけ触れ合えるとかにしようかと思っているんです」

『団子屋なら味で勝負するんだな』

団子屋に着くと深い海色の短髪の女が席に座っていた。

『あ、オロチ居た』

『ん? おぉ! 魔神王! 何用だ』

『お団子食べに来ただけだよ、ついでに君に挨拶しようかと』

『私への挨拶? 結構! なら神酒を。もらおうか!』

頭が八つあった頃の癖なのかは知らないが、いちいち言葉を短く切らないで話して欲しい。

『ごめん、お酒は持ってないんだ』

『なら奢れ! 今。金。持ってない』

『お店来ちゃダメじゃん……』

『わざと。ではない! この店に来るまでは。あったんだ!』

落としたのかスられたか、神性のくせに間抜けだな。

『分かったよもう……十六夜さん、オロチの分のお会計も僕のに足して。僕は……えっと、みたらし二本、アルは?』

『三色三本』

すぐに僕達が注文した分の団子が席に届けられる。奢りだと分かって大量に注文したオロチの分も届けられる。

「もうこの人しか常連さん居なくて……」

『……うん、だろうね。団子に毛入ってるもん』

「あっ……えっと、プレーヌ、厨房でイタズラするの好きで」

『おい、兎に団子が盗られたぞ』

「ヌーヴェルはお客さんのお団子盗むのが好きで」

流行らない理由は兎達にあったのか。十六夜がこの店を辞めさせる日も近いだろう。兎は狼のアルは怖がらないくせにオロチには近寄らない、どんな食べ物も丸呑みにしてしまうオロチは毛なんて気にしない、だからオロチしか来ないのだ。

『味はいいから、兎の躾しなよ』

「が、頑張ります!」

『うん、お会計……ぅゎ高っ、何本食べたのさオロチ』

数えていないと笑うオロチを置いて店を出る。口の中に兎の毛が残っている気がして口をもごもごと動かしてしまう。

『うーん……アルの毛はよく口に入っちゃってるんだけど、兎はなんかやだなぁ』

『何故?』

『家族の食べカスは取れても他人の食べカスは教えるだけでしょ? あとほら、兎って食糞するから』

アルは首を傾げている、舐めて毛繕いをする獣に毛を口に入れたくない感覚は分からないのだろうか。口直しにお茶を飲んでいると目の前を刀を咥えた猫が通り過ぎていく。

『ま、待って! 待って君、確か……えっと、刀の妖怪の子だよね』

『妖怪ではない、付喪神だ』

薄橙色の猫は僕を見上げ、咥えていた刀を丁寧に地面に置いて喋った。

『小烏と知り合いだったよね、ちょっと待ってて。カヤ! 小烏連れてきて』

膝の上にぽとりと小烏が落ちる。頭を振って立ち上がった小烏は、行儀よく座り鋭い瞳で自分を見上げる猫を見て、僕の膝から飛び降りた。

『ごご御機嫌ように御座います獅子ノ子様ぁあっ!』

『……小烏。息災か?』

『ははははいっ! それはもう!』

『ならいい』

小烏は酷く緊張しているようだが、猫が機嫌を良くしているのは目に見えて分かる。

『片割れが中々見つからなくてな、退屈していたところだ。小烏、話に付き合え』

『え、えぇと、私としては喜ばしいのですが……主君?』

不揃いに切られた羽を広げ、僕を見上げて首を傾げる小烏は可愛らしい。

『いいよ、話しておいで。一時間くらいしたらカヤを行かせるから、その時にまだ話したいならそう言って』

『は、はい! ありがとうございます主君! さささ獅子ノ子様、積もる話もありますゆえに……』

刀を咥えて引きずる薄橙色の猫にちょこちょこと小烏が着いていく。こじんまりとした可愛らしい二人だが、その小ささは心配になる。

『大丈夫かな、二人共……あんな良い刀引きずってたら狙われると思うんだけど』

『ほう? 気付かなかったのか。あの猫は何十人の血を吸っている、刀を抜くこともなく袈裟懸けにしてしまっているぞ』

『そ、そうなの? うーん……それはそれで別の心配があるけど』

小さな二人はもう雑踏に紛れて見えなくなった。

『……まぁ、大丈夫だよね。カヤ、次に行こう』

僕は再びアルの首に腕を回し、カヤに運ばれる一瞬の感覚に目を閉じた。
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