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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界
それぞれの道
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ヴェーン邸に戻る。家具などはもうすっかり移してしまったが、懐かしい我が家だ。
『ここに住んで長かったよね……最初は少し借りるだけのつもりだったのに』
壁にアルの引っ掻き傷など──はないけれど、それでも懐かしく愛おしい家だ。
「全くだ、何ヶ月も居座りやがって。お前らが出ていって清々したぜ」
『ヴェーンさん、こんにちは。挨拶に来たよ』
掃除中だったのか彼は箒を持っている。
「……お前らの娘の墓は? 移したのか?」
『あ、うん……天界の庭園に』
ヴェーンは薄く微笑み、箒を壁に立てかけた。
『ヴェーン、お客さんかい? あっ……ま、魔神王様!? お久しぶりです……』
ヴェーンよく似た青年が箒を持って現れた。吸血鬼らしい縦長の瞳孔に深紅の瞳を持ち、淫魔の特徴である腰羽根を生やした彼は見た目通り吸血鬼と淫魔の混血、ヴェーンの異父兄弟のネールだ。
「よ、ネル兄、魔神王共来てるぜ」
『共って……えぇと、魔神王様、お茶かおコーヒーを……』
『いえ、すぐ出るので。どうしてネールさんがここに?』
彼はデザイナー業の傍らレストランの店長をしていたと思うのだが、平日の昼間からここに居て大丈夫だろうか。
「片付け大変だったから手伝ってくれって呼んだんだよ。お前ら家具だけ持ってってホコリそのままなんだからよ」
『業者を呼べばいいのに、ケチ臭い』
「金ねぇんだよ! こいつらがずっと居候してたせいで!」
魔神王とは金銭から解放された存在であるかもしれないが、別に金が稼げるモノではないので目を逸らした。
「まぁ金払えとは言わねぇよ。ところで誰か俺の家具も持ってったんだけど」
『アザゼルか茨木辺りだと思うけど……ちなみに何持って行かれたの?』
「三面鏡」
『……茨木かなぁ』
アザゼルはガサツだから鏡なんてこだわらなさそうだ。茨木なら化粧もするだろうし勝手に持っていったのかもしれない。
「あと、ワインセラーのワインが根こそぎ」
『多分酒呑だよ。もう全部飲まれてると思うから、お金で返してもらって』
鬼達は自分の物と他人の物の区別がつかないのか?
『……まぁでも元気そうでよかったよ。ごめんねいつまでも住んでて。これからは今まで通り一人で広々使えるだろうから、元気でね』
「…………あぁ」
ヴェーンの笑顔はどこか悲しそうに見える。手を振ってしまったが居座ってじっと見つめているとヴェーンはため息をついた。
「なんだよ、まだ居座る気か?」
『……いや、なんか悲しそうだったから』
「まぁそりゃ何ヶ月と騒がしかったのがいきなり静かになったんだ、ちょっとは寂しいけど……まぁでも落ち込むようなことじゃねぇし、気にすんなよ。とっとと出てけ」
ネールも時折訪ねそうだし、そこまで寂しい生活にはならないだろう。
『……そうですか。じゃあ、さようなら。時々遊びに来ます』
「おぅ、またな」
手を振り合ってカヤを呼び、国内に転移する。行き先はネールが経営するレストランの中だ。
『やばっ……変なとこ来ちゃった』
ここは従業員以外立ち入り禁止の場所ではないだろうかと見回していると走り寄ってくる足音が聞こえた。
『あの! ここは立ち入り禁止……あれ、だーり……ま、魔神王様、こんにちは』
『メルちゃん待ってー……あ! 魔物使い君!』
幸いやってたのはメルだった。彼女の後を追ってなのかセネカも現れ、ちょうどいいと話を始める。
『待って魔神王様! ここ従業員しか入れないところだから、とりあえず……ね?』
メルに先導されて着いた先は何の変哲もないテーブル席。しかしそこに座っていたのはサタンとリリスだった。
『……魔物使い。いや、魔神王か……久しいな』
魔神王と呼ばれるようになってからベルゼブブとはよく顔を合わせていたが、サタンとは戦争以来会っていない。リリスもだ。
『急に来てどうしていいか分からなかったから裏に隠れてたの。来てくれて助かったわだーりん、パフェサービスするから何とかして』
メルは僕の耳元でそう囁くとパフェを用意してくるからと厨房の方へ行ってしまった。残されたセネカは不安そうに腰羽根を揺らして僕を助けを求める瞳で見つめている。
『……えっと、久しぶりだねサタン。何してたの?』
サタンは何も答えない。
『リリス……何、してた?』
彼女とはあまり話した覚えがない。それでも尋ねてみるとリリスはわざとらしくコーヒーを啜ってから口を開いた。
『私はだーりんとずっと一緒に居たわ。浮気なんてしてない!』
『……余が少し離れた隙にインキュバスとキスをしていただろう』
『してないってば! そう見えただけ!』
サタンの口数が少ないのはリリスの浮気が原因なのか。前科の多い彼女のことだ、きっと誤解ではないのだろう。
『…………魔神王。数多の属性を取り込み、心砕かれる事態に耐え、よくぞそこまで登り詰めた』
褒めてくれているかのような内容だが、声は低く眼光は鋭く、怒っているようにしか見えない。
『貴様の精神が保ったのは計算外……いや、よそう。いつか必ず……』
サタンは恐ろしい顔で何かを考え込んだ後、不意に顔を上げて金色の瞳で僕を睨んだ。
『創造神の座を奪い取ったこと、本当にめでたく思っている。おめでとう、魔神王』
パチパチと手を叩かれたがサタンの表情は暗く、とても祝ってくれているようには見えない。
『どうもありがとう……えっと、サタン達も酒色の国で暮らすの?』
『だーりんは魔界に戻るって聞かないの。私
色んなところ旅行したみたいのに』
『どうせ旅先の男と寝るのだろう?』
不満げなリリスにサタンが吐き捨てる。
『どうしてそういうことばっかり言うの!? そんなに私が浮気しそうだって言うの!?』
しそう、と言うか……散々してきたんだろう? それでも疑うな怒るなとは無茶なことを言う。
『ずっとこの調子なんだよ魔物使い君……どうしよう』
『店側にも迷惑なんだし、大物悪魔なんだから気を付けて欲しいよね』
二人の真横でセネカと話していると二人は揃ってこちらを向いた。
『……迷惑? そうか……ここは魔界ではなかったな。魔物使い、余はリリスと共に魔界に戻る』
天使が張った結界はもうない、魔界と人界の行き来は自由だ。
『リリス、帰ろう』
『そうね、ゆっっくり話し合いましょう』
不機嫌なリリスの肩をサタンが抱くと二人の体は黒い焔に包まれ、数秘で消えてしまった。きっと魔界へ帰ったのだろう。
『……えっ、消えた? まさか帰ったの? 困るよー! まだお金払ってもらってないのに!』
悪魔の王が食い逃げなんて、なんて情けないのだろう。両親がこんなにふうではメルがどう思うか分からない。
『ただいま戻りましたー……ってあれ? 帰ったの?』
『大変だよ二人とも食い逃げだよぉ!』
みすみす食い逃げさせてしまったとなったら二人は叱責を受けるかもしれない。少なくとも二人はそうなると思い、その未来に脅え、僕を見つめてきた。
『はぁ……いくら?』
二人は満面の笑みになり、サービスだったはずのパフェの値段も足した伝票を僕に渡してきた。僕は先程までサタンが座っていた席に座り、アルの頭を膝に乗せさせてパフェを食べた。
『……そうだ、メル、セネカ。僕挨拶に来たんだよ、頻繁には会えなくなるからって』
『うん……別にもう会えないってわけじゃないんでしょ? 私は大丈夫』
『僕も。ぁ、でも魔物使い君の血を飲めなくなるのはちょっと……』
寂しそうに微笑むメルとあまり深く考えていなさそうなセネカは対照的だ。僕はそんな二人の表情も楽しみながら別れを惜しみ、サタンとリリスの会計はもちろんパフェの分まで支払って店を出た。
『ここに住んで長かったよね……最初は少し借りるだけのつもりだったのに』
壁にアルの引っ掻き傷など──はないけれど、それでも懐かしく愛おしい家だ。
「全くだ、何ヶ月も居座りやがって。お前らが出ていって清々したぜ」
『ヴェーンさん、こんにちは。挨拶に来たよ』
掃除中だったのか彼は箒を持っている。
「……お前らの娘の墓は? 移したのか?」
『あ、うん……天界の庭園に』
ヴェーンは薄く微笑み、箒を壁に立てかけた。
『ヴェーン、お客さんかい? あっ……ま、魔神王様!? お久しぶりです……』
ヴェーンよく似た青年が箒を持って現れた。吸血鬼らしい縦長の瞳孔に深紅の瞳を持ち、淫魔の特徴である腰羽根を生やした彼は見た目通り吸血鬼と淫魔の混血、ヴェーンの異父兄弟のネールだ。
「よ、ネル兄、魔神王共来てるぜ」
『共って……えぇと、魔神王様、お茶かおコーヒーを……』
『いえ、すぐ出るので。どうしてネールさんがここに?』
彼はデザイナー業の傍らレストランの店長をしていたと思うのだが、平日の昼間からここに居て大丈夫だろうか。
「片付け大変だったから手伝ってくれって呼んだんだよ。お前ら家具だけ持ってってホコリそのままなんだからよ」
『業者を呼べばいいのに、ケチ臭い』
「金ねぇんだよ! こいつらがずっと居候してたせいで!」
魔神王とは金銭から解放された存在であるかもしれないが、別に金が稼げるモノではないので目を逸らした。
「まぁ金払えとは言わねぇよ。ところで誰か俺の家具も持ってったんだけど」
『アザゼルか茨木辺りだと思うけど……ちなみに何持って行かれたの?』
「三面鏡」
『……茨木かなぁ』
アザゼルはガサツだから鏡なんてこだわらなさそうだ。茨木なら化粧もするだろうし勝手に持っていったのかもしれない。
「あと、ワインセラーのワインが根こそぎ」
『多分酒呑だよ。もう全部飲まれてると思うから、お金で返してもらって』
鬼達は自分の物と他人の物の区別がつかないのか?
『……まぁでも元気そうでよかったよ。ごめんねいつまでも住んでて。これからは今まで通り一人で広々使えるだろうから、元気でね』
「…………あぁ」
ヴェーンの笑顔はどこか悲しそうに見える。手を振ってしまったが居座ってじっと見つめているとヴェーンはため息をついた。
「なんだよ、まだ居座る気か?」
『……いや、なんか悲しそうだったから』
「まぁそりゃ何ヶ月と騒がしかったのがいきなり静かになったんだ、ちょっとは寂しいけど……まぁでも落ち込むようなことじゃねぇし、気にすんなよ。とっとと出てけ」
ネールも時折訪ねそうだし、そこまで寂しい生活にはならないだろう。
『……そうですか。じゃあ、さようなら。時々遊びに来ます』
「おぅ、またな」
手を振り合ってカヤを呼び、国内に転移する。行き先はネールが経営するレストランの中だ。
『やばっ……変なとこ来ちゃった』
ここは従業員以外立ち入り禁止の場所ではないだろうかと見回していると走り寄ってくる足音が聞こえた。
『あの! ここは立ち入り禁止……あれ、だーり……ま、魔神王様、こんにちは』
『メルちゃん待ってー……あ! 魔物使い君!』
幸いやってたのはメルだった。彼女の後を追ってなのかセネカも現れ、ちょうどいいと話を始める。
『待って魔神王様! ここ従業員しか入れないところだから、とりあえず……ね?』
メルに先導されて着いた先は何の変哲もないテーブル席。しかしそこに座っていたのはサタンとリリスだった。
『……魔物使い。いや、魔神王か……久しいな』
魔神王と呼ばれるようになってからベルゼブブとはよく顔を合わせていたが、サタンとは戦争以来会っていない。リリスもだ。
『急に来てどうしていいか分からなかったから裏に隠れてたの。来てくれて助かったわだーりん、パフェサービスするから何とかして』
メルは僕の耳元でそう囁くとパフェを用意してくるからと厨房の方へ行ってしまった。残されたセネカは不安そうに腰羽根を揺らして僕を助けを求める瞳で見つめている。
『……えっと、久しぶりだねサタン。何してたの?』
サタンは何も答えない。
『リリス……何、してた?』
彼女とはあまり話した覚えがない。それでも尋ねてみるとリリスはわざとらしくコーヒーを啜ってから口を開いた。
『私はだーりんとずっと一緒に居たわ。浮気なんてしてない!』
『……余が少し離れた隙にインキュバスとキスをしていただろう』
『してないってば! そう見えただけ!』
サタンの口数が少ないのはリリスの浮気が原因なのか。前科の多い彼女のことだ、きっと誤解ではないのだろう。
『…………魔神王。数多の属性を取り込み、心砕かれる事態に耐え、よくぞそこまで登り詰めた』
褒めてくれているかのような内容だが、声は低く眼光は鋭く、怒っているようにしか見えない。
『貴様の精神が保ったのは計算外……いや、よそう。いつか必ず……』
サタンは恐ろしい顔で何かを考え込んだ後、不意に顔を上げて金色の瞳で僕を睨んだ。
『創造神の座を奪い取ったこと、本当にめでたく思っている。おめでとう、魔神王』
パチパチと手を叩かれたがサタンの表情は暗く、とても祝ってくれているようには見えない。
『どうもありがとう……えっと、サタン達も酒色の国で暮らすの?』
『だーりんは魔界に戻るって聞かないの。私
色んなところ旅行したみたいのに』
『どうせ旅先の男と寝るのだろう?』
不満げなリリスにサタンが吐き捨てる。
『どうしてそういうことばっかり言うの!? そんなに私が浮気しそうだって言うの!?』
しそう、と言うか……散々してきたんだろう? それでも疑うな怒るなとは無茶なことを言う。
『ずっとこの調子なんだよ魔物使い君……どうしよう』
『店側にも迷惑なんだし、大物悪魔なんだから気を付けて欲しいよね』
二人の真横でセネカと話していると二人は揃ってこちらを向いた。
『……迷惑? そうか……ここは魔界ではなかったな。魔物使い、余はリリスと共に魔界に戻る』
天使が張った結界はもうない、魔界と人界の行き来は自由だ。
『リリス、帰ろう』
『そうね、ゆっっくり話し合いましょう』
不機嫌なリリスの肩をサタンが抱くと二人の体は黒い焔に包まれ、数秘で消えてしまった。きっと魔界へ帰ったのだろう。
『……えっ、消えた? まさか帰ったの? 困るよー! まだお金払ってもらってないのに!』
悪魔の王が食い逃げなんて、なんて情けないのだろう。両親がこんなにふうではメルがどう思うか分からない。
『ただいま戻りましたー……ってあれ? 帰ったの?』
『大変だよ二人とも食い逃げだよぉ!』
みすみす食い逃げさせてしまったとなったら二人は叱責を受けるかもしれない。少なくとも二人はそうなると思い、その未来に脅え、僕を見つめてきた。
『はぁ……いくら?』
二人は満面の笑みになり、サービスだったはずのパフェの値段も足した伝票を僕に渡してきた。僕は先程までサタンが座っていた席に座り、アルの頭を膝に乗せさせてパフェを食べた。
『……そうだ、メル、セネカ。僕挨拶に来たんだよ、頻繁には会えなくなるからって』
『うん……別にもう会えないってわけじゃないんでしょ? 私は大丈夫』
『僕も。ぁ、でも魔物使い君の血を飲めなくなるのはちょっと……』
寂しそうに微笑むメルとあまり深く考えていなさそうなセネカは対照的だ。僕はそんな二人の表情も楽しみながら別れを惜しみ、サタンとリリスの会計はもちろんパフェの分まで支払って店を出た。
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