魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

旅立ち

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水鉄砲でのイタズラでアルテミスに殴られた子供がアルに引きずられ、ベルフェゴールの元に運ばれた。

『ちょちょちょ王妃様! 何してくれてんの! めるくんエサにしないで!?』

『ご、ごめんねベルフェゴール。あの、アルは食べようとしたんじゃなくてベルフェゴールのところまで連れてきただけなんだよ』

ベルフェゴールに抱き上げられた子供は落ち着きを取り戻し、くすんくすんと泣いている。

『あ、そなの? ごみん』

『えっと……その子、名前は?』

『メルクリウスだよーん魔神王様、いい名前っしょ』

子供改めメルクリウスは鼻を啜っていたがベルフェゴールには泣き止んだと見なされて下ろされた。再び涙を零し始めた彼はヘルメスの元へ走った。

「ぱぱぁ~……」

「……めるくん? どうしたの」

「オバサンがぶった……」

「あぁ、ねぇかぁ……よく殴るねぇ。よしよし」

ヘルメスの膝に乗って撫でられてしばらくすると泣き止んだが、拗ねてはいるようだ。

『えっなに義姉さん殴ったの!? やめてくんないかな虐待魔!』

『あ、そうだ。そうですよアルテミスさん、殴っちゃダメですよ!』

「な、なによ……急に水鉄砲で撃ってくる方が問題じゃない! ちゃんと躾しなさいよこの羊牛女!」

羊はともかく牛ってなんだ?

『水鉄砲くらいいーじゃん! 子供の可愛いイタズラっしょ!? しかも甥っ子!』

『まず注意にしてくださいよ、あのくらいの子供なら言葉は分かります。暴力は絶対いけません』

『はー! ぁーっ! これが小姑かぁ! いやぁ自分の胸が小さいからって、自分が婚期逃してるからって、弟の嫁とその子供虐めちゃうやつ! いーやー女ってこわーい!』

『あんなふうに殴っちゃ頭撫でようとした時に頭守る子になりますよ。最終的には僕みたいになります、僕みたいなのが甥っ子になっていいんですか!』

話しているうちに興奮してしまって僕はもうベルフェゴールが隣で何を喚いているのかも分からなかった。

「あーもううっさい! アンタがちゃんと躾すりゃ私も可愛がるっての!」

『悪魔の子なんだから多少悪くても問題なくない!?』

「じゃあ神具使いのアタシが暴力で解決してもいいのね!?」

少し冷静になろうとアルの首元の毛を触っている間に二人は更にヒートアップし、胸ぐらを掴み合って頭突きをしている。

「ままー? まーまー」

いつの間にかベルフェゴールの足元にメルクリウスが来ており、彼女の足を引っ張っていたが、彼女は気付いていない。

『めるくん、危ないからちょっとあっちに……子供の傍で煙草を吸うな!』

メルクリウスを引き剥がしていると暇を持て余したトリニテートが煙草に火をつけたので取り上げる。

「うぉっ……と、厳しいな魔神王どの。いいじゃん悪魔のハーフで頑丈なんだし」

『……あなたが煙草持ったまま腕下ろしたらメルクリウス君の目に火が当たる訳ですが』

「別によくね。悪魔のハーフで再生能力あるっぽいし」

真に殴るべきはこの男ではないだろうか。

「あ、おじーちゃん、おじーちゃん、だっこー」

「あー? ぁー……女児に生まれ直せ」

『……すいません、治すんで殴っていいですか』

「痛いの嫌なんで嫌でーす」

治るから火傷させてもいいとか言っていたのはどこのどいつだ。

「まま、だっこ……ままぁ……ぅ、うぇ……ふぇっ……」

『あっ、め、めるくん! ほら、わんわん!』

泣くための息を大きく吸っているところを見て焦った僕はアルの首の周りの皮を掴み、顔を近付けさせた。結果、火がついたように泣き出した。

『……ヘル、貴方は私が狼で、大多数の人間は私に怯えるということを覚えた方がいい』

『…………ごめん、アル。わんわんとか言って、引っ張って』

『気にするな。ほら、ヘルメスのところにでも行こう』

泣き喚くメルクリウスを無理矢理抱えてヘルメスのところまで運ぶ。ヘルメスの顔を見た途端に泣き止んだのでひとまず安心だ。

「よしよし、今度はなぁに? めるくん、話してごらん」

「ままも、おじーちゃんも、だっこしてくれない……それと、怖いわんわんに食べられた」

『……何もしていない』

ふいっと顔を背けるアルにヘルメスは苦笑いで謝った。

「ごめんね狼さん。この子見た目は四つくらいなんだけど、まだ生まれて数日なんだよ。悪魔の血が混じってるおかげで学習も早いけど、精神はまだまだだね」

ヘルメスの膝に乗って抱き着いて落ち着いたらしいメルクリウスは目を閉じようとしている。

「……めるくん、ごめんね」

眠ってしまった息子を抱き締め、ヘルメスは一筋の涙を零した。その涙の理由は察するに余りある。

『あ、あの、僕そろそろ行きますね』

「その前に最期のお願いを聞いてくれないかな」

『へっ……? ぁ、は、はい、もちろん』

最期、その言葉が重くのしかかる。ヘルメスの生命の灯火はあと数日で燃え尽きる。彼は自身の人生を幸せだったと言うが、僕はそうは思えない。
身勝手に捨てられて路地裏で育ち、彼自身の正義のために使い潰された彼は僕には不幸に思えてしまう。

「今日、夕飯食べていって」

『分かりました……けど、どうしてです?』

「今日はめるくんの誕生祝いの晩餐会があるんだ。家族だけの予定だったけれど、大勢居た方が楽しそうだ」

『……いいんですか? 家族水入らずなのに僕なんか邪魔だと思いますけど』

僕を見つめていた翠の視線は言い争うベルフェゴールとアルテミスの方へ向く。アポロンが仲裁に入り、その背後ではトリニテートが煙草を吸っている。騒がしくはあるが愛おしい日常の風景なのだろう、ヘルメスの瞳は幸せそうに細められている。

「せっかくの晩餐会で喧嘩しちゃったら台無しだろう? 君が居てくれたら喧嘩が起こっても全員が怒らなくて済む」

僕は喧嘩には参加しない、だから平和を演出するために居て欲しい。そういうことか。

『分かりました。そういうことならお邪魔させていただきます』

この会の主役はあくまでもメルクリウスで、本当の役者は彼ら一家だけ。僕は脇役ですらない、それを自分に言い聞かせていなければ。

「ありがとう。俺はそろそろ中に入るよ、めるくんをちゃんとしたところで寝かせないとね」

弱々しい微笑みはもう立ち上がることも出来ない雰囲気を醸し出していたが、ヘルメスはメルクリウスを抱いたまま立ち上がって優雅に歩き出した。

『大丈夫ですか? めるくん抱っこしましょうか?』

「俺に抱かせて。幸せなんだよ、この重み」

『……分かります』

眠る我が子を抱いている時ほどの幸福はない。愛らしい寝顔を見て、信頼されていると感じ、成長を腕の疲れで確かめる。

『僕もとても幸せでした。大人になるまでずっと感じていられると思っていました』

「……俺も、大きくなっていくのを感じたかった」

僕は娘が死んだ。彼は息子を置いて死ぬ。

「…………魔物使い君。俺はさ、人の役に立って死にたいっていつか言ったよね。あれさ、大切なものが何もなかったからなんだ。家族の元に戻れてもずっと劣等感あってさ、人のために死んだら褒めてくれるだろうなーって思っててさ」

メルクリウスを抱き締めるヘルメスの腕は震えている。

「……たった一人のために生きていたい、死期を悟ってからそう思うなんて皮肉だよね。自分を大事にしなかった罰なのかな」

『ヘルメスさんは罰を受けるような人じゃありません。理由がどんなものでも、ヘルメスさんのおかげで生きている人はたくさん居るんです』

「この世界の神様の君がそう言うなら間違いないね」

微笑みは弱々しい。

「…………ちょっとの気持ちいいことで、新しい人生作っちゃうなんてね。生物の営みってのは割に合わないよね、めるくんは……父親が他人に尽くして死んだんだって教えられる。俺のことを褒める奴らのせいで、めるくんは父親に優先されなかったって、愛されなかったって」

『伝えます。僕がちゃんと言います、君のお父さんは君を大切に思っていたって、愛していたって、絶対に理解させます。』

「……夕飯食べるの最期のお願いって言ったけど、取り消していい?」

『先輩のお願いなら幾らでも叶えますよ』

だからどうか死なないで。そんな言葉はヘルメスを苦しめるだけなので胸に留めた。
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