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花火に紛れて
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焼きそばに入った生焼けの野菜のガリッとした食感に顔を顰め、そんな俺を笑う雪大の美顔に見とれ、彼の話の始まりを待つ。
「えぇと……どこから話そうか。まず、若神子家というのはとてもとてもおぞましい一族でね」
おぞましい? あの華麗な若神子一族が?
「……昔、人間は神の力を欲していた。そしてとある一族を神に近付けることにした」
雪大は雀の丸焼きを手に取ったが先程のカラーひよこを引きずっているのか俺に渡してきた。
「毒を食わせ、妖や神と呼ばれるモノまで喰わせる。その者が死ねばその者の息子に役目を引き継がせる……血族が途絶えないように様々な策が講じられていたらしいよ」
「神や妖を喰うなんて可能なのか?」
「分からない。でも、物に宿ると言うだろう? 人々に崇められるようになった木や巨石を削って呑み、像があればそれと交わり、祟りと呪いを溜め込んでいった」
雪大の話を聞く限り、彼の祖先は冒涜ばかりさせられている。こんなにも美しい雪大の血に穢れが溜まっているとは思えない。
「他の霊能力者や鬼と呼ばれた者をも喰らい、やがて若神子は化け物として完成した。そんな伝承があるんだよ。どうかな秋夜君、君はこの話を信じるかい? 僕の父様は信じていないけれど、僕はこの話が怖くて仕方ないよ」
信じる信じないはともかくとして、確かにおぞましい話だった。けれど一つだけ断言出来る。
「雪大は化け物じゃない。今の話が真実でもホラでも雪大には関係ない。雪大は身も心も美しい最高の人間だ、だから……そんな顔するなよ」
「…………ありがとう、秋夜君」
「それで? 俺の怪我を治したのは?」
「あぁ、若神子の直系男児は何か一つ力を持つとされていてね。目を合わせることで使えるのさ」
こんなオカルト普段なら信じない。けれど事実俺の傷は治った。もしかしたら若神子の伝承は真実なのかもしれない。
「人の病状が分かったり、人の考えが読めてしまったり、鎮痛作用があったり……色々だよ」
「……なんかどれも人を癒す力じゃないか? 流石だな、良い一族じゃないか。さっきの話はきっと歪んで伝わっているんだよ、若神子は代々人を助けるために修行を積んで生き神様になったんだ」
「…………ふふ、そうだといいなぁ」
嬉しそうに微笑んだ雪大はりんご飴を手に取り、袋を剥がした。薄桃色の唇から赤い舌が伸びて気泡のある飴を舐める、その様はとても扇情的で股間が痛む。
「傷を治すなんてすごい力だよな」
「そんな……小さな怪我しか対処出来ないよ。原因不明の病の原因を見破るような、父様のような力の方が良かった」
「それだったら俺は今も痛いままだ。すごいよ、雪大」
照れたようでそっぽを向かれてしまったが、口の端が緩んでいるのは分かる。
「はー……でも、そんな秘密があったなんてな。話してくれて嬉しいよ、雪大。俺は雪大に信頼されていると思っていいんだな?」
「うん、誰よりも信頼しているよ。秋夜君……君は僕の唯一で最高の友人だ。大学を卒業しても、ずっと仲良くして欲しいな」
「あ、ぁ……もちろん、当然だ」
友人……そうだ、雪大は友人だ。彼のことを性的な目で見ていても、彼に向ける愛情の種類が彼とは違っていても、俺は彼の友人でしかない。
「ふふっ……秋夜君、夏期休暇には僕の家に遊びに来るのはどうかな。君にならもう一つ大きな秘密を話せそうな気がするよ」
「まだ秘密があるのか? 今教える……っていうのは」
「うーん……夏期休暇はもうすぐだし、今は話したくないよ。家に来てくれたら秘密を見せるよ」
若神子の豪邸にお邪魔出来ると言うなら是非と返事しなければ。たとえ使用人に睨まれても、彼の父に疎まれても、彼の家が与えた彼の孤独を癒したい。
「……雪大、その……俺は雪大に傷を治してもらった」
「うん……? それがどうかしたのかい?」
「格好付け過ぎだとは思うけど、俺は雪大の心の傷を治したい」
見開かれた赤い瞳を見つめ、俺は恥ずかしさで消えたくなった。それと同時に雪大がりんご飴を舐めたまま静止してしまったことで、その突き出された舌に増幅された欲情を抑え込むのも辛い。
「……ふふ、ふふふっ、本当……格好付け過ぎだね。僕の心の傷……ふふ、とても深いものがたくさんあるよ。君に全て治してもらえるのなら、僕はとても幸せだろうね」
こつんと肩に頭がぶつけられる。俺は恐る恐る雪大の肩に手を回し、抱き寄せた。その細身に俺の肉欲は更に膨らむ。
「あぁ……癒されるよ、秋夜君。君は、君だけは僕を傷付けない……信じられる。大好きだよ、秋夜君、何よりも誰よりも大切な友人だ」
俺とは違う、友情を込めた「大好き」だ。そう分かっていてももう俺は我慢出来ない。また外界を遮断する悪癖が出てしまっている、このままでは雪大を神社の裏で犯してしまう。
「……秋夜君?」
誰か止めてくれ、そう願いながら彼を押し倒し──ドンッ! という音で正気を取り戻した。
「花火! 花火だよ秋夜君! 離して!」
雪大にもドンッと突き飛ばされ、俺は座り込んだまま自分の感情を抑制する力のなさに怯えた。
「……あまり端に行くな!」
甘酒でも飲むかとため息をついたその時、花火に夢中になってふらふらと前に進んでいた雪大が足を滑らせたのを見て慌てて彼を後ろから抱き締めた。
「あ、ありがとう……秋夜君。足元を見ていなかったよ、結構高いんだね」
「柵がないんだから気を付けろよ」
「ふふ、ごめんね。ありがとう、もう離してくれて大丈夫だよ」
それにしても本当に細いな。そこらの女よりずっと華奢で、庇護欲と肉欲がどんどん膨らんでいく。
「雪大、俺は雪大が──」
「あっ、また上がった! ほら、今度のは大きいよ! 綺麗だねぇ……連れてきてくれてありがとう、秋夜君」
──好きだ。その言葉は声に出さずに雪大から手を離し、友人として共に花火を眺めた。
「えぇと……どこから話そうか。まず、若神子家というのはとてもとてもおぞましい一族でね」
おぞましい? あの華麗な若神子一族が?
「……昔、人間は神の力を欲していた。そしてとある一族を神に近付けることにした」
雪大は雀の丸焼きを手に取ったが先程のカラーひよこを引きずっているのか俺に渡してきた。
「毒を食わせ、妖や神と呼ばれるモノまで喰わせる。その者が死ねばその者の息子に役目を引き継がせる……血族が途絶えないように様々な策が講じられていたらしいよ」
「神や妖を喰うなんて可能なのか?」
「分からない。でも、物に宿ると言うだろう? 人々に崇められるようになった木や巨石を削って呑み、像があればそれと交わり、祟りと呪いを溜め込んでいった」
雪大の話を聞く限り、彼の祖先は冒涜ばかりさせられている。こんなにも美しい雪大の血に穢れが溜まっているとは思えない。
「他の霊能力者や鬼と呼ばれた者をも喰らい、やがて若神子は化け物として完成した。そんな伝承があるんだよ。どうかな秋夜君、君はこの話を信じるかい? 僕の父様は信じていないけれど、僕はこの話が怖くて仕方ないよ」
信じる信じないはともかくとして、確かにおぞましい話だった。けれど一つだけ断言出来る。
「雪大は化け物じゃない。今の話が真実でもホラでも雪大には関係ない。雪大は身も心も美しい最高の人間だ、だから……そんな顔するなよ」
「…………ありがとう、秋夜君」
「それで? 俺の怪我を治したのは?」
「あぁ、若神子の直系男児は何か一つ力を持つとされていてね。目を合わせることで使えるのさ」
こんなオカルト普段なら信じない。けれど事実俺の傷は治った。もしかしたら若神子の伝承は真実なのかもしれない。
「人の病状が分かったり、人の考えが読めてしまったり、鎮痛作用があったり……色々だよ」
「……なんかどれも人を癒す力じゃないか? 流石だな、良い一族じゃないか。さっきの話はきっと歪んで伝わっているんだよ、若神子は代々人を助けるために修行を積んで生き神様になったんだ」
「…………ふふ、そうだといいなぁ」
嬉しそうに微笑んだ雪大はりんご飴を手に取り、袋を剥がした。薄桃色の唇から赤い舌が伸びて気泡のある飴を舐める、その様はとても扇情的で股間が痛む。
「傷を治すなんてすごい力だよな」
「そんな……小さな怪我しか対処出来ないよ。原因不明の病の原因を見破るような、父様のような力の方が良かった」
「それだったら俺は今も痛いままだ。すごいよ、雪大」
照れたようでそっぽを向かれてしまったが、口の端が緩んでいるのは分かる。
「はー……でも、そんな秘密があったなんてな。話してくれて嬉しいよ、雪大。俺は雪大に信頼されていると思っていいんだな?」
「うん、誰よりも信頼しているよ。秋夜君……君は僕の唯一で最高の友人だ。大学を卒業しても、ずっと仲良くして欲しいな」
「あ、ぁ……もちろん、当然だ」
友人……そうだ、雪大は友人だ。彼のことを性的な目で見ていても、彼に向ける愛情の種類が彼とは違っていても、俺は彼の友人でしかない。
「ふふっ……秋夜君、夏期休暇には僕の家に遊びに来るのはどうかな。君にならもう一つ大きな秘密を話せそうな気がするよ」
「まだ秘密があるのか? 今教える……っていうのは」
「うーん……夏期休暇はもうすぐだし、今は話したくないよ。家に来てくれたら秘密を見せるよ」
若神子の豪邸にお邪魔出来ると言うなら是非と返事しなければ。たとえ使用人に睨まれても、彼の父に疎まれても、彼の家が与えた彼の孤独を癒したい。
「……雪大、その……俺は雪大に傷を治してもらった」
「うん……? それがどうかしたのかい?」
「格好付け過ぎだとは思うけど、俺は雪大の心の傷を治したい」
見開かれた赤い瞳を見つめ、俺は恥ずかしさで消えたくなった。それと同時に雪大がりんご飴を舐めたまま静止してしまったことで、その突き出された舌に増幅された欲情を抑え込むのも辛い。
「……ふふ、ふふふっ、本当……格好付け過ぎだね。僕の心の傷……ふふ、とても深いものがたくさんあるよ。君に全て治してもらえるのなら、僕はとても幸せだろうね」
こつんと肩に頭がぶつけられる。俺は恐る恐る雪大の肩に手を回し、抱き寄せた。その細身に俺の肉欲は更に膨らむ。
「あぁ……癒されるよ、秋夜君。君は、君だけは僕を傷付けない……信じられる。大好きだよ、秋夜君、何よりも誰よりも大切な友人だ」
俺とは違う、友情を込めた「大好き」だ。そう分かっていてももう俺は我慢出来ない。また外界を遮断する悪癖が出てしまっている、このままでは雪大を神社の裏で犯してしまう。
「……秋夜君?」
誰か止めてくれ、そう願いながら彼を押し倒し──ドンッ! という音で正気を取り戻した。
「花火! 花火だよ秋夜君! 離して!」
雪大にもドンッと突き飛ばされ、俺は座り込んだまま自分の感情を抑制する力のなさに怯えた。
「……あまり端に行くな!」
甘酒でも飲むかとため息をついたその時、花火に夢中になってふらふらと前に進んでいた雪大が足を滑らせたのを見て慌てて彼を後ろから抱き締めた。
「あ、ありがとう……秋夜君。足元を見ていなかったよ、結構高いんだね」
「柵がないんだから気を付けろよ」
「ふふ、ごめんね。ありがとう、もう離してくれて大丈夫だよ」
それにしても本当に細いな。そこらの女よりずっと華奢で、庇護欲と肉欲がどんどん膨らんでいく。
「雪大、俺は雪大が──」
「あっ、また上がった! ほら、今度のは大きいよ! 綺麗だねぇ……連れてきてくれてありがとう、秋夜君」
──好きだ。その言葉は声に出さずに雪大から手を離し、友人として共に花火を眺めた。
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