とある大学生の遅過ぎた初恋

ムーン

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義父認定は諦めに似ている

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声をかけても揺さぶっても雪大は目を覚まさない。
仕方がないので意識のない彼を浴室に運び、体を清めた。奥まで流し込んだ精液を掻き出すことは出来ない、垂れてきた時のために下着を履かせ、その上に浴衣を着せた。

「よっ……と、全然起きないなお前……」

髪の水気を取ってベッドに寝かせたら次は俺の番だ。浴室に入り、体の汚れを流していく。

「……ふぅ、気持ちよかった」

さっぱりとした気分、事後の腰のだるさ、幸せな感覚を持ちながら浴衣を羽織って雪大の元へ戻ると、青薔薇を持った雪成がその隣に座っていた。

「雪成、手当は終わったのか?」

雪成は無言で両手を見せた。消毒液が染みでもしたのか元気はない。

「雪大が起きたら治してもらおうな」

こくりと頷く彼の手にある青薔薇の茎に棘はない、全て取られたのだろう。

「…………薔薇、綺麗だな。雪大もきっと喜ぶぞ」

お前に何が分かるだとか、父様を語るなだとか、そんな生意気な口をきかないかと期待している自分がいた。しかし雪成は頷いただけだ。

「……雪成」

隣に座っても押してこないどころか嫌そうな顔すらしない。恐る恐る頭を撫でてみると俺を見上げはしたものの、俺の手を払ったりはしない。

「怒らないんだな、どういう心境の変化だ?」

手が痛いから出来ないだけで不愉快とは思っているのか? いや、表情は変わっていないし暴言も吐かない。

「俺を受け入れてくれたのか?」

雪成は深いため息をつき、赤い瞳で俺を睨んだ。

「ととさま、しゅーや、とても、すき……だから、もういい」

雪大が俺を愛しているのを理解して、俺が雪大をぞんざいに扱っていないのも理解して、俺を受け入れてくれるのか。

「ととさま、うれしそう、だった。ぬがされて、なんか、めちゃくちゃ、されてたのに」

「……ま、待てっ、見てた……のか?」

白く丸っこく可愛い頭が縦に揺れる。なんてことだ、三歳児に父親が男に抱かれる様を見せてしまっていたなんて。

「はな、わたそうと……もどったら、ととさま……ひめい、あげてて。とめよう、おもったけど……やめた。ととさま、うれしそうに、わらってた、から」

「…………そうか」

行為中の雪大の笑顔と言えば、一目見るだけで男に興味がない男も勃起させられるような艶やかなものだ。あれを息子に見られたのか、雪大。俺のせいだが同情する。

「……俺のこと、お父さんって言ってくれるか?」

「しゅーや、は、しゅーや」

「…………だよな」

「ととさま、ととさまなのに、しゅーや、ややこしい」

雪大を父親と呼んでいるのに俺も父親だったらややこしい? つまり、父親だと認めてはいるが呼び名が思いつかないだけ?

「俺のことを認めてはくれているんだな?」

「……ととさま、えらんだ。から」

雪大の選んだ人だからと納得するなんて、もうどっちが父親か分からない。

「そうか……! 俺はお前のことも幸せにしてやるからな」

「…………ひめい、あげさせる?」

「い、いやいや……お前みたいな子供に手は出せないよ。そういうことじゃなくてな、その……寂しいとか、そういうのは失くしてやるって」

赤い真ん丸の瞳が俺を睨むことなく見つめる。雪成は無表情のまま俺の膝の上に乗ってきた。

「ゆっ……雪成?」

大声を上げて喜びたいけれど、そうすれば雪成は逃げてしまう。なかなか懐かない猫が膝に乗ってきたような緊張感がある。緊張し過ぎて胃液がせり上がってきた。

「しゅーや、ふろ、はいった」

「……あぁ、汚くないってことか」

雪成は躾の過程で潔癖症気味になってしまったんだっけ? 手を洗ってすぐや風呂に入ってすぐなら大丈夫なのか、いや、今までだったら消毒液に浸けただけでもダメだっただろう。

「雪大、起きないな。俺達も少し寝ようか」

「……どれだけ、寝るんだ」

「色々あって疲れたんだよ」

性交は運動だ、体力を使う。大学に入ってからというもの強制的に運動させられることがなくなったから体力が減っていたんだ。

「端へ行くか?」

「……ここで、いい」

ぐっすりと眠っている雪大の隣に、雪成を真ん中にして寝転がる。雪成は俺の腕枕を受け入れ、抱き締められるのも受け入れた。

「おやすみ、雪成」

「……おやすみ」

俺に抱き締められながら雪大の腕に抱きついて、手が痛いだろうに口角を少し上げて目を閉じた。
義理の息子の愛らしい仕草に癒され、俺もそっと目を閉じた。


目を覚ますとまず、視界いっぱいに真っ白い髪が見えた。背を反らして髪から目を離せば、それが雪大であると分かった。どうやら雪大は俺と雪成の隙間に体をねじ込んでいるようだ。

「雪大、ゆきひろー」

眠っている。俺の腕を枕にして、雪成を抱き枕にして、すやすや眠っている。おそらく一度起きたのだろう、嫉妬したか寂しくなったかして、俺と雪成の間に入ったのだ。

「……全く、可愛い奴だ」

もう一眠り……と目を閉じる。瞬きの間に世界は夜へと変わり、真っ白な親子も自然と目を覚ました。

「…………起きたか、雪大」

「今、ね……君も今? 僕達、眠りすぎてしまったみたいだよ」

「だな、一度起きたんだが……ところで雪大、どうして雪成と俺の間に入ってきたか聞いてもいいか?」

起き上がったものの眠そうにしている雪成は今はテディベアにもたれかかっている。ベッドに座った俺と雪大が見つめ合って数十秒、雪大はようやく口を開いた。

「羨ましかったんだよ。君に抱き締められるのも、雪成を抱き締めるのも」

赤い瞳は未だ胡乱だ。回答が遅かったのは躊躇したからではなく、ただ寝ぼけているだけだろう。

「……そろそろ夕飯だな」

「お昼、食べたっけ……?」

雪大が内線で夕飯を運ぶよう使用人に頼む。うつらうつらとしている雪成を起こすため近づいた俺は、彼の怪我を思い出した。

「雪大、雪大ちょっと」

「ちょっと待って…………うん、今日は魚の気分かな。ありがとう、よろしく頼むよ…………何? 秋夜くん」

ベッドに戻ってきた雪大に雪成の手のひらの怪我を見せながら事情を説明する。

「そんな……! また僕のために? 雪成、目を………………うん、治ったよ」

貼っていたガーゼなどを剥がし、傷一つない手のひらを撫でる雪大の顔は暗かった。

「ととさま、ばら」

すっかり目を覚ました雪成は青薔薇を雪大に渡す。

「……ありがとう、雪成。でもね、贈り物のために怪我をしたりしてはいけないんだよ」

「…………でも」

「でもじゃない、僕が一番嬉しいのは君が無事でいること……いや、一番嬉しいのは秋夜くんに……」

「雪大、その話は今いいから」

別のところへ向かってしまう話の軌道を修正し、説教を続けさせる。

「蛍石をくれた時も君は暑さで倒れてしまったね。いけないよ、僕は綺麗な石や花より君の元気が欲しい。もちろん、石も花も嬉しいよ、花は枯れてしまうから押し花にでもしようかな」

「……ごめん、なさい」

「いいよ。あぁ泣かないの、怒ったわけじゃないんだよ。よしよし……次から薔薇をつむ時は庭師さんを探すんだよ」

神聖な親子の一幕を見た俺はその美しさに感激し、夕飯を持ってきた使用人が戸を叩く音にしばらく気付かなかった。
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