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第五章 蛇には酒だと昔から決まっている
中間テストの範囲発表
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2015年 5月12日 火曜日 12時53分
昼食の時間、式見蛇と共に校舎裏に向かう途中、廊下でニシに呼び止められた。
「お二人とも、お昼はどこで食べるんですか?」
「校舎裏ですけど」
「校舎裏……? あそこは砂埃がすごいでしょう」
「でも絡まれにくいんです」
前はカーストトップ三人に絡まれたけれど。
「……いい場所、ありますよ」
ニシに案内されたのは理科準備室だ。机もソファもあり、昼休みに人は近寄らず遮光カーテンもある。コンセントもあって充電などもできるいい部屋だ。
「壁も厚いですからね、音楽でも聞きながらゆっくり楽しんでください」
「……スマホは電源入れちゃダメって」
「僕が校則を気にするように見えますか?」
不純異性交遊禁止の「異性」に引っかかっていたのはどこのどいつだ。
「理科の先生に言ってエスプレッソ隠してあるんですよ、飲みたければ入れていいですよ。説明書は箱にあります。ミルクはこの小型冷蔵庫に、砂糖はこの棚。本当、好きにしてくれて構いませんよ」
「ありがとうございます……あの、どうして僕達だけ贔屓してくれるんですか?」
「贔屓に「気に入っている」以外の理由なんてありませんよ。それじゃあ、ごゆっくり……また後で」
ニシは鍵をかけて出ていった。内側から開けない限り、鍵はニシが持っているので他の者が入ってくることはない。本当にいい場所を教えてもらった。
「エスプレッソかぁ……コーヒー飲んだら眠くならないようになるかな?」
「なるかも、飲んでみれば?」
式見蛇はブラックコーヒーを片手にたまごサンドを食べ進める。僕もコーヒーの匂いに誘われ、式見蛇が入れた余りを使った。
「ミルクとコーヒーは九対一で……砂糖は溶けるギリギリ攻めて……よし、できた」
薄茶色の液体はとても式見蛇と同じ飲み物とは思えない。味も全く違うのだろう。
「んー……! 甘い、美味しい……」
これは菓子パンに合う……あれ? ブラックコーヒーを飲み干した式見蛇が船を漕いでいる。
「…………ごめん、おやすみ……」
たまごサンドを食べ終えた式見蛇は肘置きを枕にして眠ってしまった。暇つぶしにスマホでニュースでも見──
「……可愛い寝顔」
──る前に式見蛇の寝顔を撮ろう。アングルを決めてシャッター音を鳴らした瞬間、式見蛇が飛び起きた。
「ご、ごめん……起こしちゃった?」
「…………何の音?」
「ス、スクショ……」
「……そう」
寝ぼけ眼な式見蛇は再び眠りに落ちる。改めて寝顔を撮影する。今度はシャッター音に反応しなかった。連写するか。
「…………何してるんですか?」
連写しているとニシが戻ってきた。
「あっ……せ、先生、おかえりなさい」
ソファに腰を下ろしたニシの隣に座り、カメラロールを埋めた式見蛇の寝顔を眺める。よく撮れているだろうとニシに自慢する。
「盗撮は犯罪ですよ」
「ぁう……でもぉ……可愛いじゃないですか」
「可愛いからって……まぁ、僕も昔盗撮してましたから何も言えません」
「それ、今の旦那さんですか?」
「はい、部屋に忍び込んで何台もカメラを仕掛けて……すぐに見つかっちゃいましたけどね」
僕の盗撮とはレベルが違う。なんで結婚まで持ち込めたんだ? この人、よく教師になれたな……いや、人格テストなんかないか。
「今日から中間テスト一週間前ですけど、勉強の予定は立てましたか?」
「はい、一応……」
未だに慣れない右手でテストの答えを時間内に書き切れるだろうか。右半身に目立つ火傷跡はないが、僕は全身を炎に包まれた。右手も皮が突っ張るのだ、利き手でもないから上手く書けない。
「分からないところあったら聞いてくださいね」
「ありがとうございます。それじゃ早速──」
朝に配られたばかりのテスト範囲表を見ながら理解できていないところを聞いていく。授業中も休み時間もノートを書き写すので精一杯で、時間がなくて見返しもしないから全く頭に入っていないのだ。
ニシは教え方が上手く、また僕の覚えがいいと褒めてくれたりもするから、スラスラと頭に入ってきた。
「ありがとうございます! 本当に……何から何まで、ニシ先生には担任の先生よりお世話になってますよ」
「言い過ぎですよ」
理科の教科書をパラパラと見ているとふと気になった。
「エタノールとメタノールって両方アルコールですよね、なにか違うんですか?」
異世界で酒を使う作戦を実行中だからアルコールに興味をひかれたのだろうか。
「色々と違いはありますよ、メタノールは最も簡単なアルコールとされていますね。まぁ……中学一年レベルなら、メタノールが有毒だと覚えておけばいいでしょう」
「有毒……?」
「失明する、なんてのが代表的でしょうか。酒類のアルコールはエタノールなんですよ」
失明するなんて恐ろしい毒だな。異世界でそれを手に入れて飲ませられたら確実に紋章を彫れるが──入手法は現実世界とは違うだろうし、そもそも現実世界と同じ薬品が存在するか分からないし、失明なんてさせたくないし──ジャックに提案するだけしてみるか。
「勉強の質問は以上ですか?」
「ぁ……は、はい」
「なら僕からも質問させてください。かるーい恋バナですよ」
断る理由もないので頷く。
「化野さんは式見蛇さんのことが好きなんですか?」
「それは、その、恋愛感情は……ってことですか?」
「どんな感情でも構いませんよ、声に出して整理できることもあるかもしれませんし」
声に出して──か。式見蛇はすやすや眠っている、いつも通りならチャイムが鳴るまで起きないだろう。
「式見蛇さんがいない時、式見蛇さんに会いたいと思いますか?」
「……はい。こーくんとずっと一緒にいたいです。手を繋いだり、腕を組んだり、こーくんの膝に乗せてもらったり、抱き合って眠ったり……そんなふうに一日を過ごしたいと思ってます」
「嫌なら答えなくて構いませんが、セックスしたいと思いますか?」
中学一年に対してとんでもない質問だな、キスくらいから始めればいいのに。
「思いません。でも、こーくんがしたいって言ったら……断れませんし、多分嫌だと思いません」
「それは式見蛇さんと付き合いたいとか、恋愛感情とは思えないんですか?」
「こーくん……こーくんのこと、大好きだから、僕なんかに構って欲しくない。でも、こーくんが他の人に構うのは嫌で……でもっ、こーくんが僕を好きになるなんて僕は僕が許せなくて、けどこーくんが他の女になびくのなんて絶対嫌でっ……」
「…………式見蛇さんが好きだけれど、それ以上に自分が嫌い……ということですね? だから恋愛に発展したくない」
固く目を閉じ、静かに頷く。
「僕が……女優みたいに綺麗になれる日が来るんです。その日が来たら……僕、こーくんに告白したい。だから……こーくんの好みになれるよう、こーくんの好みを知りたいんです」
「……何年後か分かりませんし、式見蛇さんが他の人に取られないよう工夫すべきだと思いますよ」
大人になって、お金を貯めて、整形して──だと思っているのか? 当然だな、女神や異世界がどうこうなんて言っても信じないだろうし、思いつくなんてもっとありえない。
「少し質問を変えますね。式見蛇さん、変わったことはありませんか? 口調や性格が別人のようになるだとか、妙な食べ物を好むだとか……突然キレるとか」
「…………別にありません。食べた後にすぐに眠くなるのは変わってるなーとは思いますけど、それくらいです」
「ありがとうございました。そろそろ休み時間も終わりますから、僕はそろそろ行きますね」
「あ……はい、ありがとうございました」
そろそろ式見蛇を起こすべきかな。しかし最後の質問は変だったな、まさか式見蛇に似た不良は他人の空似ではなく、本当に式見蛇で、式見蛇の二重人格を疑っているとか──考えすぎか。
「こーくん、こーくん、起きて」
声に出すと整理がつく、か。
「こーくん……ダメだよ、そんな無防備に寝ちゃ」
「ん、ぅ……?」
このあどけない寝顔は僕以外には見せて欲しくない。
「……襲っちゃうぞー?」
明るい笑顔も僕だけに向けて欲しい。
「こーくんっ、ねぇ、こーくんってばぁ」
クリーチャーのくせに独占欲を持つ気持ち悪い僕なんて構わないで欲しい。
「ぅ、ん…………ぁ、ユウちゃん、おはよう」
「……おはよう、こーくん」
その三白眼に僕以外の人間なんて映さないで欲しい。
その切れ長の瞳で僕みたいな醜いもの見ないで欲しい。
「ぎゅってしていい?」
「……うん」
このたくましい腕で僕以外を抱かないで。
この太い腕で僕なんかこっぴどく振って。
「ふふ……ユウちゃん、ユウちゃん……ずっとこのままがいいなぁ」
「…………僕も」
どうか、僕を、愛して。
どうか、僕を、嫌って。
昼食の時間、式見蛇と共に校舎裏に向かう途中、廊下でニシに呼び止められた。
「お二人とも、お昼はどこで食べるんですか?」
「校舎裏ですけど」
「校舎裏……? あそこは砂埃がすごいでしょう」
「でも絡まれにくいんです」
前はカーストトップ三人に絡まれたけれど。
「……いい場所、ありますよ」
ニシに案内されたのは理科準備室だ。机もソファもあり、昼休みに人は近寄らず遮光カーテンもある。コンセントもあって充電などもできるいい部屋だ。
「壁も厚いですからね、音楽でも聞きながらゆっくり楽しんでください」
「……スマホは電源入れちゃダメって」
「僕が校則を気にするように見えますか?」
不純異性交遊禁止の「異性」に引っかかっていたのはどこのどいつだ。
「理科の先生に言ってエスプレッソ隠してあるんですよ、飲みたければ入れていいですよ。説明書は箱にあります。ミルクはこの小型冷蔵庫に、砂糖はこの棚。本当、好きにしてくれて構いませんよ」
「ありがとうございます……あの、どうして僕達だけ贔屓してくれるんですか?」
「贔屓に「気に入っている」以外の理由なんてありませんよ。それじゃあ、ごゆっくり……また後で」
ニシは鍵をかけて出ていった。内側から開けない限り、鍵はニシが持っているので他の者が入ってくることはない。本当にいい場所を教えてもらった。
「エスプレッソかぁ……コーヒー飲んだら眠くならないようになるかな?」
「なるかも、飲んでみれば?」
式見蛇はブラックコーヒーを片手にたまごサンドを食べ進める。僕もコーヒーの匂いに誘われ、式見蛇が入れた余りを使った。
「ミルクとコーヒーは九対一で……砂糖は溶けるギリギリ攻めて……よし、できた」
薄茶色の液体はとても式見蛇と同じ飲み物とは思えない。味も全く違うのだろう。
「んー……! 甘い、美味しい……」
これは菓子パンに合う……あれ? ブラックコーヒーを飲み干した式見蛇が船を漕いでいる。
「…………ごめん、おやすみ……」
たまごサンドを食べ終えた式見蛇は肘置きを枕にして眠ってしまった。暇つぶしにスマホでニュースでも見──
「……可愛い寝顔」
──る前に式見蛇の寝顔を撮ろう。アングルを決めてシャッター音を鳴らした瞬間、式見蛇が飛び起きた。
「ご、ごめん……起こしちゃった?」
「…………何の音?」
「ス、スクショ……」
「……そう」
寝ぼけ眼な式見蛇は再び眠りに落ちる。改めて寝顔を撮影する。今度はシャッター音に反応しなかった。連写するか。
「…………何してるんですか?」
連写しているとニシが戻ってきた。
「あっ……せ、先生、おかえりなさい」
ソファに腰を下ろしたニシの隣に座り、カメラロールを埋めた式見蛇の寝顔を眺める。よく撮れているだろうとニシに自慢する。
「盗撮は犯罪ですよ」
「ぁう……でもぉ……可愛いじゃないですか」
「可愛いからって……まぁ、僕も昔盗撮してましたから何も言えません」
「それ、今の旦那さんですか?」
「はい、部屋に忍び込んで何台もカメラを仕掛けて……すぐに見つかっちゃいましたけどね」
僕の盗撮とはレベルが違う。なんで結婚まで持ち込めたんだ? この人、よく教師になれたな……いや、人格テストなんかないか。
「今日から中間テスト一週間前ですけど、勉強の予定は立てましたか?」
「はい、一応……」
未だに慣れない右手でテストの答えを時間内に書き切れるだろうか。右半身に目立つ火傷跡はないが、僕は全身を炎に包まれた。右手も皮が突っ張るのだ、利き手でもないから上手く書けない。
「分からないところあったら聞いてくださいね」
「ありがとうございます。それじゃ早速──」
朝に配られたばかりのテスト範囲表を見ながら理解できていないところを聞いていく。授業中も休み時間もノートを書き写すので精一杯で、時間がなくて見返しもしないから全く頭に入っていないのだ。
ニシは教え方が上手く、また僕の覚えがいいと褒めてくれたりもするから、スラスラと頭に入ってきた。
「ありがとうございます! 本当に……何から何まで、ニシ先生には担任の先生よりお世話になってますよ」
「言い過ぎですよ」
理科の教科書をパラパラと見ているとふと気になった。
「エタノールとメタノールって両方アルコールですよね、なにか違うんですか?」
異世界で酒を使う作戦を実行中だからアルコールに興味をひかれたのだろうか。
「色々と違いはありますよ、メタノールは最も簡単なアルコールとされていますね。まぁ……中学一年レベルなら、メタノールが有毒だと覚えておけばいいでしょう」
「有毒……?」
「失明する、なんてのが代表的でしょうか。酒類のアルコールはエタノールなんですよ」
失明するなんて恐ろしい毒だな。異世界でそれを手に入れて飲ませられたら確実に紋章を彫れるが──入手法は現実世界とは違うだろうし、そもそも現実世界と同じ薬品が存在するか分からないし、失明なんてさせたくないし──ジャックに提案するだけしてみるか。
「勉強の質問は以上ですか?」
「ぁ……は、はい」
「なら僕からも質問させてください。かるーい恋バナですよ」
断る理由もないので頷く。
「化野さんは式見蛇さんのことが好きなんですか?」
「それは、その、恋愛感情は……ってことですか?」
「どんな感情でも構いませんよ、声に出して整理できることもあるかもしれませんし」
声に出して──か。式見蛇はすやすや眠っている、いつも通りならチャイムが鳴るまで起きないだろう。
「式見蛇さんがいない時、式見蛇さんに会いたいと思いますか?」
「……はい。こーくんとずっと一緒にいたいです。手を繋いだり、腕を組んだり、こーくんの膝に乗せてもらったり、抱き合って眠ったり……そんなふうに一日を過ごしたいと思ってます」
「嫌なら答えなくて構いませんが、セックスしたいと思いますか?」
中学一年に対してとんでもない質問だな、キスくらいから始めればいいのに。
「思いません。でも、こーくんがしたいって言ったら……断れませんし、多分嫌だと思いません」
「それは式見蛇さんと付き合いたいとか、恋愛感情とは思えないんですか?」
「こーくん……こーくんのこと、大好きだから、僕なんかに構って欲しくない。でも、こーくんが他の人に構うのは嫌で……でもっ、こーくんが僕を好きになるなんて僕は僕が許せなくて、けどこーくんが他の女になびくのなんて絶対嫌でっ……」
「…………式見蛇さんが好きだけれど、それ以上に自分が嫌い……ということですね? だから恋愛に発展したくない」
固く目を閉じ、静かに頷く。
「僕が……女優みたいに綺麗になれる日が来るんです。その日が来たら……僕、こーくんに告白したい。だから……こーくんの好みになれるよう、こーくんの好みを知りたいんです」
「……何年後か分かりませんし、式見蛇さんが他の人に取られないよう工夫すべきだと思いますよ」
大人になって、お金を貯めて、整形して──だと思っているのか? 当然だな、女神や異世界がどうこうなんて言っても信じないだろうし、思いつくなんてもっとありえない。
「少し質問を変えますね。式見蛇さん、変わったことはありませんか? 口調や性格が別人のようになるだとか、妙な食べ物を好むだとか……突然キレるとか」
「…………別にありません。食べた後にすぐに眠くなるのは変わってるなーとは思いますけど、それくらいです」
「ありがとうございました。そろそろ休み時間も終わりますから、僕はそろそろ行きますね」
「あ……はい、ありがとうございました」
そろそろ式見蛇を起こすべきかな。しかし最後の質問は変だったな、まさか式見蛇に似た不良は他人の空似ではなく、本当に式見蛇で、式見蛇の二重人格を疑っているとか──考えすぎか。
「こーくん、こーくん、起きて」
声に出すと整理がつく、か。
「こーくん……ダメだよ、そんな無防備に寝ちゃ」
「ん、ぅ……?」
このあどけない寝顔は僕以外には見せて欲しくない。
「……襲っちゃうぞー?」
明るい笑顔も僕だけに向けて欲しい。
「こーくんっ、ねぇ、こーくんってばぁ」
クリーチャーのくせに独占欲を持つ気持ち悪い僕なんて構わないで欲しい。
「ぅ、ん…………ぁ、ユウちゃん、おはよう」
「……おはよう、こーくん」
その三白眼に僕以外の人間なんて映さないで欲しい。
その切れ長の瞳で僕みたいな醜いもの見ないで欲しい。
「ぎゅってしていい?」
「……うん」
このたくましい腕で僕以外を抱かないで。
この太い腕で僕なんかこっぴどく振って。
「ふふ……ユウちゃん、ユウちゃん……ずっとこのままがいいなぁ」
「…………僕も」
どうか、僕を、愛して。
どうか、僕を、嫌って。
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