八代学園の変わり者たち

夏風邪

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第一章

第10話 日常を萌えに変換する生物、それが腐女子

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 八代学園特進科は常に勉強に追われていた。

 毎日の授業では多数の科目の新しい内容を時間いっぱい学習し、それを定着させるためにこれまた毎日の予習と復習が欠かせない。
 特進科といえど全員が全員某有名大学に進学できる学力を持つわけではなく、むしろ上の下くらいの学力を必死に必死に勉強して伸ばして高みを目指すような生徒が多い。
 だからほんの一握りの天才を除き、特進科の生徒が勉強に費やす時間は多かった。

 そんな彼らが日々の学習の中で何かと気にしているのが考査の順位である。
 
 八代学園は国内でも有数の進学校だ。故に、各大学の注目度も高い。
 中間、期末、学年末とそれぞれのテストや模試の順位がその生徒の現在学力を的確に示し、その後の進路に大きく影響する。
 他にも生活態度だったり社会貢献だったりと生徒を評価する項目は複数あれど、本人たちが勉学に励む上で考査を重要視していることは確かだった。

 ともなるとこの時期、前期中間考査まで一週間を切ってくると特進科棟の空気がピリピリし始めるのもいつものことだった。



 SHR後の教室に一日の授業を終えた達成感はない。
 なぜなら放課後の特進科棟では教室に居残っている生徒がわりと多いからだ。もっぱら自習のために。
 学園内には自習スペースや図書室など、他にも学習に適した場所はあるがやはり普段使い慣れた教室の方が集中しやすいというのが理由のようだ。

(……よくやるわね、ほんと…)

 同じように教室に残っていた都はその光景を一瞥し、すぐに興味を無くして手元に視線を落とした。
 その手にあるのはペンではなくスマホだ。机の上にノートすら広げていない。

 教室に残っているからといって皆が皆勉学に励んでいるわけではなかった。

(今日の成果はっと……お、想定以上! やっぱ森崎フーズを買い候補に入れておいて正解だったな。お昼の段階じゃなんともいえなかったけど午後に上放れしたようだし。ひとまず小野寺に特上寿司でも買ってきてもらおうかしら…)

 臨時収入を得られたことに満足しつつ、佐々木から届いた本日の簡単な活動報告に目を通していく。 
 本格的な報告会はいつも通り帰宅してからになるが、気の利く男はこうして都がすぐに確認できるようにと毎日端的な収支だけは大引け後すぐにメッセージで送ってくれるのだ。

 佐々木はエリート風の見た目を裏切らずやはり中身もできる男だった。なんて頼もしい。


「よっしゃ終了! お待たせ都」

 名を呼ばれて顔を上げれば、本日の日直である旭がパタンと日誌を閉じてぐぐっと腕を伸ばしていた。
 八代学園では授業用に生徒それぞれにタブレット端末が支給されたり、部分的に電子黒板が導入されたりするなどの先進的な面を見せる反面、なぜか日直はいまだに紙媒体の日誌をせっせと書き上げなければならないなどといった原始的な一面もあった。

「勉強してく? 帰る?」

「帰る一択」

「さすが都。ブレないねぇ」

 部活のない日はとっとと帰る都だが、今日は日直に当たってしまった旭に付き合って教室に残っていた。だから断じて勉強をするためなどではない。

「そういえば聞いてよ。この前雨の日に相合傘してるサラリーマンたちを見かけちゃってさー」

「ほう、詳しく」

 職員室に寄って日誌を提出してから帰路についたその途中、旭が他愛もない話に萌え要素をぶち込んできた。

「身長は同じくらいでどっちもスポーツマンって感じの体型でさ、たぶん歳も同じくらい。片方が先に傘さして歩いてたんだけど、後ろから走ってきた方がスイっとその傘に入ったんだよ。傘さしてた方も驚いてたけど仕方なさそうに笑って入れてあげてたし、仲良さそうに話してたからありゃ結構な知り合いだね」

「ふむふむ、仕方なさそうに笑っていたと……なるほど、そいつは受けだな」

「おお! 都もそう思うか! どっちも爽やかでそこそこ整ってるからポテンシャル的には申し分なかったんだけど、やっぱり傘さしてた方から滲み出るわんこ感! 受けの素質に満ち溢れてると感じたね」

「二人の仲は友人か同僚か」

「偶然会った幼馴染って線もウマイね」

「いやいやケンカップルの線も捨てるなよ。人目のないところでは案外言い合ってばかりで最終的には仲直りセッの展開になってるかもしれん」

「うっはまだ夕方ですぞ! だが深夜展開メシうま萌のバーゲンセールですな! ぜひ漫画に起こしてみせよう!!」

「頼んだぞ漫研部!」

 うはうはとテンション高めに妄想を爆発させる女子高生二人は今日も安定して腐っていた。


 帰り道では当たり前のように本屋に立ち寄り、旭は漫画コーナーを警邏したのち雑誌コーナーにて各種週刊誌やファッション誌を手に取っていた。
 その際、嬉々としてレジへと持っていった数冊の本の中には玲が表紙を飾る雑誌も含まれており、都はひっそりと複雑な気持ちになっていた。

(旭も含めて、世間のほとんどが私たちの関係性を知らないわけだからそれも仕方ないけど……ああ、友人が身内の大ファンっていうのはなかなかに複雑なものね……)
 
 本屋を出て駅まで歩く。
 周りには同じく放課された学生たちがそれぞれ帰路についていた。

「あ、そういえばこの前言ってたシチュ、漫画にしてみたよ。我ながらいい出来!!」

「相変わらず仕事が早いな」

「昨日一昨日と徹夜して一気に仕上げたからね。おかげですんっごい寝不足!」

 グッと親指を立てて眩しい笑顔を向けられた。
 なんて満ち足りた顔で笑うのだろうか。その表情だけでかなりの出来栄えだったことが窺える。

「早く読めるのはありがたいけれどテスト前に何やってんのよ。順位落としても知らんぞ」

「大丈夫だよ。あんなの勉強しなくても取れるもん」

「そう…」

 自分の趣味にどこまでも愚直な旭だが、一見馬鹿そうに見えて実はかなり頭がいい。特進科での順位はいつも一桁。コンディションが良ければ上位三位にも名を連ねるほどだ。
 テストだからといって何か特別な勉強をする人種ではなく、地頭の良さと日々の学習によってすでに範囲を網羅しているため、普段もテスト前も変わらぬ勉強量なのだとか。

「そう言う都は勉強しなくていいの?」

「なるようになるでしょ」
 
「相変わらずだねぇ。特進科でそんなスタンスなのって都くらいじゃない?」

「他のヤツらが張り切りすぎなのよ」

「それもそうか……じゃ、あたしこっちだから。帰ったら爆速で仕上げて今度完成版渡してやんよ!」

「楽しみにしてる。またね」

 家の方向が違う旭とは駅で別れ、どうせだからもう少し寄り道して行こうかとか考えながら駅周辺をうろうろ歩く。
 その途中、スマホが震えたため画面を見てみれば知った人物からの着信を告げていた。

「もしもし」

『……あ、あの、みやちゃん?』

「茜か。どうした?」

『えっと、あの……今日ってこのあと用事ある、かな?』

「いいや何もないよ。なんのお誘いだろうか」

『…その、テストが近くて、勉強教えてほしいなって、思って…それで……』

 どんどん尻すぼみになっていく声に思わず笑みがこぼれた。
 電話越しでも伝わる相手の小動物感。なんだか無性に撫で回したくなってくる。

「ふふ、いいよ。今日は玲もいないからうちにおいで」

『…あ、ありがとう! お邪魔するね』

「ああ」
 
 通話を切り、寄り道の予定もすべて取り消す。
 マンションにいるであろう小野寺にも一報入れ、都は足早に帰路についた。
 
 
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