亡国の悪魔は今日も嗤う

夏風邪

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第一章 魔法学校入学編

第1話 いざ入学

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 テリオス魔法学校。

 東の大陸に位置するそこは、世界でも屈指の魔法学校だ。
 そこでは世界中から多くの魔導師の卵が集まり、日々その腕を磨いている。

 そんな狭き門を潜り抜けた将来有望な魔導師が集う学校に。
 とある目的で混ざり込んだ一人の魔導師。

 その存在が今後どういう影響をもたらすことになるのか。

 それを知る者など今はまだ誰一人としていなかった───。




 ◇   ◇   ◇




『───…それでは皆さん、良い学校生活を送ってください』


 よく通る穏やかな声でそう締め括った学長の言葉は、新入生で溢れた講堂内でもよく響いていた。


 春。
 桜が舞う季節。

 しかしもう長いことその花を見ることはできていない。
 けれどもこの場所でもそれによく似た風景は広がっていた。どうやらこの季節、この国では薄紫の綺麗な花が咲くらしい。

 窓から見える並木道には、薄紫の花びらが風に舞っていた。



「……入学式とか……ダル…」

 あくび混じりに聞こえたその声にはやる気のやの字も見当たらなかった。

「お前はずっと寝てただろう」

「あはっ、入学式から寝る新入生なんてあんたくらいじゃない?」

「バーカ、こいつも寝てただろうがよ」

 外に向けていた視線を戻せば、眩しい金髪と鮮やかな青髪と、それから綺麗な薄紅髪が視界に入った。
 つい数十分前に初めて見て以降、今では随分と目に馴染んでいた。

「えっ、ルベルも寝てたわけ?」

「ああいう雰囲気はどうも睡眠欲が刺激されていけない」

「真面目な優等生っぽい雰囲気出してるくせに中身は全然違うよねー」

「そう? ぼくは中身も優等生だよ」

「本物の優等生は自分から優等生って言わねェぜ」

「寝てる時点で優等生も何もないと思うけど……。二人に緊張感ってものがないことはよくわかったよ」

 入学式を終えて教室に戻ってきた新入生たち。その顔には少しの緊張と大きな期待が浮かんでいた。

 憧れのテリオス魔法学校に入学を果たしたのだ。
 今後の学校生活に向けて意欲にかられる姿はなんとも初々しい。


 そんな教室の後方で。
 真新しい制服に身を包んだ同じく新入生の四人は、緊張もクソもない会話を繰り広げていた。

「あの校長、話長ェんだよ。そりゃ眠くもなるわ」

 そう言ってあくびをかましたのは金髪の青年。
 名をアッシュ・ウィルクスという。
 先ほどから絶えずあくびを漏らす姿は言葉以上に眠たいことを物語っていた。

「そのぶん学長の話は短かったからいいじゃんっ! あんなに簡潔に祝辞を述べるお偉いさん初めて見たよ」

 薄紅色の髪と大きなピンクの瞳を持つ少女はローズだ。
 どこからどう見ても可愛い容姿に分類される彼女だが、その顔に浮かぶニヤニヤした笑みに残念さが否めない。

「いろいろ失礼すぎじゃない? 校長だって頑張って挨拶考えてるんだから、中身のない長話だったとしてもちゃんと聴かないと」

 人には失礼だなんだと言いつつも、しれっと校長をディスる青髪の青年はレオン・フェーベルだ。
 どこかの国の王子にしか見えない容姿に反して中身はだいぶ辛辣らしい。

「ほら! レオンだって認めてんじゃん!」

「事実だから」

「どうでもいい長話なら寝る一択だろ。なァ?」

 一周して再びこちらに視線が戻ってきた。

「うん。祝辞は短く簡潔にが一番だよね」

 緊張感のない四人のうちの最後のひとり、ルベルは光にも溶け込む真っ白な髪を揺らしながらにこりと微笑んだ。
 髪から覗く左耳には深い青のピアスが光っていた。

 
 テリオス魔法学校入学式の今日。
 良くも悪くも新入生らしい初々しさがまるでない彼らは、一年Bクラスの教室で出会って数分で似たような波長を感じ取ったのか、気づけば自然と話すようになっていた。

 テリオス魔法学校は四年制の学校である。
 各学年1クラス30人の計8クラス。合計でざっと1000人ほどの生徒が在籍している。
 基本実力主義のこの学校ではクラスはAからHまで割り振られ、Aクラスに行くほど優秀な魔導師が在籍することになる。

 つまり彼らが所属するBクラスは上から二番目。
 分母の数で考えれば上位三割には余裕で入る優秀な魔導師ということになる。

 とはいえ、魔法学校に通うのはまだまだ魔法も未熟な金の卵たちだ。
 今後の成長は当人の努力次第でどうとでもなるし、強い魔導師になる可能性は誰もが秘めている。
 故に、年に一度のクラス変動もざらに起きている。

 というような話を、校長か誰かが入学式で言っていたのを思い出した。

「皆さんこんにちは、席についてください。ホームルームを始めます」

 担任のひと声で騒がしかった教室内は一気に静まる。
 一流魔法学校の教師はもれなく一流魔導師だ。教師一人一人も生徒にとっては憧憬の対象となる。

「まずは入学おめでとうございます。皆さんが何を思い、何を目指し、どんな目標を持ってこの学校に来たのか。それは皆さんそれぞれに違う思いがあることでしょう。この学校では皆さんが成長できる機会を様々用意しています。それを存分に活用し、目の前のチャンスを着実に掴んで成長に繋げていってください。では明日からのカリキュラムですが──…」

 担任からの激励と説明事項を適当に耳に入れつつ、ルベルは再び窓の外に目を向けた。

 気持ちが良いほどの青空。
 まさに新しい生活の始まりにはぴったりの快晴だ。


(…七割方暇つぶしのつもりだったけど、存外。これはちょうどいいかもしれない)

(──…ぼくがぼくでいる限りは、)


 一際強く吹いた風が木々を揺らす。
 窓から差し込む光に目を細め、さりげなく頬杖をついて隠した口元に笑みを刻む。


(さて、存分に楽しもうか)

(───ねぇ?)


───シャリン。


 うっそりと嗤う鈴の音が、耳の奥で聴こえたような気がした。
 
 
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