亡国の悪魔は今日も嗤う

夏風邪

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第一章 魔法学校入学編

第6話 罰

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 ピリついた空気に似つかわしくない穏やかな声。
 にもかかわらず、教師たちの空気は一瞬にして緊張感を帯びた。

「こんなところでどうしたのかな?」

 音もなく現れた男。
 その姿には見覚えがあった。

 表情も口調も柔らかく、森にいる今も肩に鳥をとまらせたりなんかして全身で穏やかな空気を醸し出している。
 それなのに、どこか言い知れぬ重圧を感じさせるその雰囲気。

 この男こそ、テリオス魔法学校のトップに君臨する人物。
 祝辞は短く簡潔にでお馴染みの学長だった。

「……レノスト様」

 教師のひとりがその名を呼ぶ。
 学長はそれに応える前にこの場にいる一人一人の顔に目を滑らせ、それから教師たちに解散を促した。

「ご苦労様。貴方がたは戻りなさい。この森は念のため私が見回っておくから問題ないよ」

「はい」

「失礼します」

 堅物そうな教師からユルそうな教師まで一様に、あっさりとレノストの指示を受け入れ、校舎の方に戻っていった。

 同じ指導者の立場ではあるものの、やはり学長は誰にとっても敬意と憧憬の対象となるようだ。

 さすがは世界屈指の魔法学校を統べる人物。
 超一流の魔導師であることは間違いない。


 そして現在、この場に残されたのはその超一流の魔導師と、なぜか解放してもらえなかったしがない四人の新入生。

 片や穏やかな微笑みと。
 片や緊張を孕んだややかたい四つの顔。

「さて、初めましてだね。私は学長のレノストだ。知っているかな?」

((……知ってるわ…))

 テリオス魔法学校に来ようという志の高い魔導師が、相当の実力者と名高い学長を知らないなんてことがあるだろうか。
 しかも入学式では新入生の前に立ち祝辞を述べていた。

 満場一致で頷いて然るべき場面だが、忘れてはならない。

 この場には新入生の身でありながら入学式で寝るという巫山戯た野郎共が二人ほどいたことを。

(へえ、この人が例の学長か)

(んなの知らねェわ)

 しかしそこは持ち前の表情筋でさも当然とばかりにそれぞれ頷いてみせた。

「それで、君たちはここで何をしていたんだい?」

「魔法の練習を」

「そうか。入学早々から感心だね」

「いえ、」

「けれどもそんな建前はいらないよ」

 変わらぬ顔で微笑むレノスト。
 返答するレオンの目を見て、それから残る三人の目を見て。

 それでもその表情は変わらなかった。

 果たして気づいているのかいないのか。
 こちらの言い分を『建前』だと言った時点ですでに事の全容を把握していそうな気がしてならない。

「いえ決して建前などでは…」

「そうだね。確かに君たちは魔法の練習をしていたようだ。──召喚魔法はうまくできたかな?」

「…………」

「わずかだが召喚魔法の事跡が残っているね。たしか君たちのBクラスは今日が召喚魔法の初授業だったかな。そこで習ったことを実践してみたのかい? さすがはBクラスの子たちだ。習ったその日に使えるなん優秀な魔導師だね」

「……………」

「それで、出来心で悪魔でも呼び出してしまったのかな?」

「「「「………すみませんでした」」」」

 たまらず頭を下げた。

 口調も声のトーンも表情も柔らかいままなのに。
 なぜだか尋問されているような圧がのしかかってくる。

 やはりレノストはここで起きたことを正確に把握していた。
 どんなに上手く魔法の痕跡を消そうとも、見る人が見れば些細な形跡くらいは簡単に見つけてしまう。

 先ほどの教師たちは口先と表情で誤魔化せたが、学長相手ではどうにもこちらが不利なことは明白だった。


 下手に誤魔化し続けず素直に認めて謝罪した四人に、レノストは目元をほころばせた。

「それにしても召喚魔法でいきなり悪魔を呼び出すとはね。生徒に配る魔導書に載っているものは低級魔物の召喚魔法陣だけのはずだから、悪魔召喚はできないと思うんだけど……君たちはどうやって呼び出したのかな?」

 悪魔召喚に至った経緯を訊かれるが、わからないの一言に尽きる。
 こちらとしても逆にそうなった理由を訊き返したいくらいだというのに。

 悪魔を呼び出すつもりなど毛頭なかった。
 描いた魔法陣は精霊召喚のものだった。
 間違っても魔界の住人を呼び出すものではない。

 しかしそれがどういう手違いか。
 気づけば精霊召喚の魔法陣から悪魔が出てきてしまっていたのだから、その理由を説明しろと言われても到底無理な話だった。

 学校側はいきなり敷地内に悪魔が出現したことに困惑しているようだが、その原因となった本人たちが実は一番驚き困惑していることだけは理解してほしい。

「…私たちはただ、精霊召喚をしてみようとしただけなんで……」

「魔法陣に誤りはなかったです。それでも悪魔が出てきてしまいました」

「どうやらその通りのようだね。私も確認したが、君たちが描いたものは精霊召喚の魔法陣で間違いないようだ。ということは何かしらの要因により悪魔召喚に切り替わってしまったということだろうか……」

 レノストは顎に手を置いて首をかしげる。
 考え込むそんな姿でも様になっているのだから強者の風格というのは怖いものだ。

「本当にすみませんでした。ご迷惑をお掛けして……」

「いいや、私としても悪魔が現れた理由がわかったから構わないよ………と言いたいところだけど」

 一度言葉を切ったレノストは困ったように笑う。
 そして四人に向かって手を翳した。

「偶然とはいえ、学校敷地内で悪魔を呼び出してしまった生徒を不処罰というわけにはいかなくてね。私は教育者として、君たちに罰を与えなければならない」
 
 レノストの肩にとまっていた鳥がバタバタと羽ばたいていった。

 風が吹き、同時にそれぞれの足元に魔法陣が浮かび上がった。


(──…おっと、この魔法って、)


 ひときわ強い風が吹く。
 目を閉じたその一瞬のうちに、すでに魔法陣は消えていた。
 
「……え、え?」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返すローズ。

 レノストに魔法をかけられた。
 しかし如何せんそれも一瞬のこと。いったいどんな魔法でどんな効力なのか、そこまでは把握しきれていない。

 レオンも手のひらを握ったり開いたりを繰り返し、体に異変がないかを確かめている。
 アッシュにいたってはただ目を細め、感情の読めない表情でレノストを見ていた。

「入学早々申し訳ないけれど、三ヶ月、君たちの魔法は封じさせてもらったよ」

「………え?」

「……封じた?」

 すぐさまローズが魔法を発動させようとした。
 本来であれば魔法陣が展開され魔法が発動するはずだが、魔法陣ひとつ、魔法の兆しすら顕れはしなかった。

「……ほんとだ…」

「本来ならばまだ入学したての子たちに召喚魔法を扱う許可は降りていないはずだ。召喚魔法学の教師にもそれは言われただろう?」

 たしかに今日の召喚魔法学の最後、あのユルい教師は言っていた。

『召喚魔法はみなさんにも扱えるとはいえ、まだまだ魔法知識も魔力コントロールも未熟なのでちょっと無理がありますねぇ。ということで、現段階で扱うことは禁止しておきますぅ』

 と。

 悪魔を呼び出してしまった云々以前に、まだ未熟な新入生が学校敷地内で、しかも隠れて召喚魔法を使った時点でアウトだったということだ。

「三ヶ月、学校での魔法使用はもちろん、プライベートでの使用も禁じさせてもらうよ。その間しっかりと知識をつけ、魔法の取り扱いを学びなさい。それが今回の君たちへの処罰としよう」

 三ヶ月という短そうで長そうな期間。
 魔法学校に通っていながら魔法が使えないのだから何かと不便が生じることもあるだろう。

 それでも駄目だと知りながらも四人は召喚魔法を試したのだ。
 罰は甘んじて受けるほかない。

「それと、君たちにかけた魔法を解こうだなんて考えないことをお勧めしよう。これでも私がかけた魔法だからね。そう簡単に解術できると思わないほうがいい」

 ふっと笑ったレノストからは今にも「やれるものならやってみろ。君たちに解けるはずがないけどね」という副音声が聞こえてきそうだ。

 言われた彼らは眉根を寄せる。
 言い返したい、それでもここはぐっと堪える。

 テリオス魔法学校を統べる学長に、ただのしがない学生がそう簡単に敵うはずがないのだから。

 最終的には四人揃って頷き、拒否権などない処罰を受け入れたのだった。



 今度は綺麗に召喚魔法の事跡を消したレノストは、最初から最後まで穏やかな笑みを絶やすことなく去って行った。

 残された四人は深々と溜め息を吐く。

「あーあ、三ヶ月だって。……長いってのバッキャロォォォイ!!!」

「ぼくが変なこと言ったばかりにごめんね。けど共犯ってことでみんな諦めようか」

「清々しい笑顔をどうも。ていうかルベルのせいじゃないし。結局楽しかったからいいんじゃない?」

「話ふっかけたのもノリ気だったのもオレらだかんな。こりゃしゃーないわ」

「まあ魔法が使えないなんて経験滅多にないし? 楽しんだ者勝ちでしょ!!」

「あは、みんなポジティブでいいね」

 楽観的なのか、ただ頭の中がお花畑なだけなのか。

 魔導師なのに魔法が使えないというけっこう危機的状況にありながら。
 誰一人としてそれを深刻視してはいなかった。


  
 ◇ ◇ ◇

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