亡国の悪魔は今日も嗤う

夏風邪

文字の大きさ
上 下
15 / 22
第一章 魔法学校入学編

第15話 課外授業①

しおりを挟む





 テリオス魔法学校には教室や講堂、運動場といった主に授業で使う場所以外にも、意欲あふれる生徒が自由に使える施設が多数存在する。

 勉学に励む生徒がよく利用する図書館であったり、生徒同士で切磋琢磨し合える模擬戦闘スペースであったり。
 他にもそれぞれの属性に合わせた特別訓練室、屋内・屋外問わず様々な状況に見立てた仮想戦場なんてものも用意されていた。

 申請すれば一流魔導師の教師に指導してもらいながら自己鍛錬に励むことも可能らしい。

 大きな校舎と広大な敷地、優秀な教師を揃えるだけあって、魔導師としての力を磨くならばこれほどまでに充実した環境もそうはないだろう。


 

「さて、じゃあ始めようか」

 そんな数ある魅力的な施設になど目もくれず、人気ひとけも人目もない校舎裏の木の下に集うは五人の生徒。
 すでに本日の授業を終えた達成感を抱きながらも、彼らにとってはここからが本番だった。

「「「お願いします」」」

 儀礼的に頭を下げたのはイグナーツ、エルシア、グレイの三人。

 今日はルベルが三人に魔法を教えるために集まっていた。

 実はイグナーツが攫われたあの日、自らの魔法事情を打ち明けてくれた三人に魔法を教えてくれと頼まれていたのだ。
 誰にでも魔法は使えるよと彼らに発破をかけたのはルベルであり、そもそも断る理由もなかったので快く承諾し、今日がその約束の日となっていた。

「本当はお手本というか、実際に見せてあげながらやった方がイメージがつきやすいと思うんだけど、生憎ぼくもこっちの金髪も魔法が使えなくてね。役立たずで申し訳ないんだけど、教えられることはちゃんと教えるから安心して」

「オイ、役立たず扱いしてんじゃねェよ。否定はしねえけど」

 ドスッ、と軽めの肩パンを防ぎながら繰り出された方を見れば、最近ではよく見慣れた眩しい金髪と目があった。
 本日集まった最後の一人、なぜだか暇だったからとついてきていたアッシュだ。

 気怠げに木にもたれて欠伸をかました男。
 ルベルの記憶が正しければ、今日も大半の授業で惰眠を貪っていたはずだ。そんなルベルも決して人のことは言えないけれど。

 今回のことにまったく関係なく、しかも”優秀な魔導師”に分類されるであろうアッシュが来たら三人の反感を買う可能性も考えてはいた。
 しかし実際は拍子抜けもいいところで、なんともあっさり受け入れられていた。それはもう驚くほどに。
 曰く、「ルベルの友人ならまともな奴だろうからまったく問題ない」とのことだ。随分と信用されたものだ。

「ところで、君たちは自分の属性は知ってるの?」

「いや知らねえ……知らねえけど、たぶん、火属性だと思う」

「ああ、血筋的にってことかな。二人は?」

「いや」

「知らないわね」

 三人とも自分の属性をはっきりとは把握していないようだが、別に大した問題ではない。魔法を放出できるようになればそれも自然とわかることだ。

 さてなにから始めようかとしばし思案したのち、一般的な魔導書には載っていなさそうで、かつ、ルベルが知る限りでは最もオーソドックスな方法から試してみることにした。
 
「じゃあまずは魔力の流れを意識するところから始めようか。はい、三人とも体をリラックスさせて目を閉じて」

 言葉通りに目を閉じ、三人の体から余計な力が抜けたことを確認する。

「そう。ゆっくり呼吸をしながら、ぼくの話を聞いて」

 あたたかな微風が草木を揺らし、どこからともなく花の香りを運んでくる。
 耳をすませば鳥の囀りが聞こえ、どこかで枝葉の落ちる音がする。

 それほどまでに静謐として、穏やかな空間。


 そんな自然が奏でる音に混ざり、いくつかの深い呼吸音が繰り返される。
 
 いい感じに心を落ち着かせている三人を満足げに見て、ルベルは静かに口を開く。

「いまこの瞬間にも、君たちの体の中には魔力が流れてるんだよ。全身を巡る血液のように、頭、心臓、腕、腹、脚、指の一本一本、その爪先に至るまで、魔力が流れてる」

 ゆっくり、ゆっくり。
 己の体を構成する器官のひとつひとつを意識させるように、順繰りと言葉を落としていく。

「呼吸をするかのように、心臓の鼓動に合わせて魔力が流れる。生きている限りそれは止まることはないし、止めることもできない」

 より正確に言えば、魔力を生み出す核となる器官は心臓とはまた別で、体に流れる魔力を止めることも不可能ではない。

 だが今はそんなことどうだっていい。
 要は、今この瞬間にも体を巡る魔力を意識してもらうことが大事なのだ。

「魔法はね、ただその魔力を放出してあげるだけなんだ。手順は簡単。まずは全身の魔力を一箇所に集めるように、ほんの少しだけ、流れを変えてあげる。てのひらでも、指先でも、どこでもいい。ここからなら放出しやすいとイメージできるところに魔力を集めてあげる」

 説明に合わせて三人の体もどこかしらピクリと動く。
 そこに魔力を集めようとしているのだとわかる反応に、なんだか懐かしさが込み上げてきた。

(ああ、懐かしい……誰かに魔法を教えるのはあの子たち以来かな?)

 少し力が入っているのか、おそらく無意識に眉根を寄せた彼らについつい苦笑してしまう。

「力む必要はないよ。焦らず、ゆっくりと、力を抜いて自然に集まってくるのを待っていればいい」 

 魔力を集めるという感覚を彼らが掴むまで、心地よい風に吹かれて待つ。

 チラリと横目に捉えたアッシュもこちらを見ていたようで、何を考えているのかわからない目が楽しげに細められた。


 数度の呼吸の間に三人の体からは力みも消えた。
 それぞれの魔力が一箇所に集中していることがわかる。

「そう、上手だね。あとはそれを外に放出するだけだ。内に秘めた力をそのまま皮膚を透過させて外側に押し出すように。息を吹きかけたシャボン玉が膨らんで膨らんで離れていくように。魔力が体の外に出ていくことをイメージして、溜めたその魔力を放出してごらん」

 すると。

 エルシアの手のひらからは小さな風の渦が。
 グレイの体は微弱な雷を帯びた。

「風が出たわ……」

「うわ、まぶし…」

 どちらもまだまだ小さくて弱い。
 それでもこれはれっきとした魔法。魔力を放出できたことに変わりはない。

「おお、こんなあっさりと……」

「見たところそれぞれ風属性と光属性かな。よし、二人はこれでオッケーだね」

 本当に魔法が出たことに驚きと嬉しさを滲ませる二人はとりあえず置いといて。


 次は不安を全面に押し出してこちらを見てくるイグナーツだ。

「何泣きそうな顔してるの?」

「うう……だって、俺だけなんも出ねえし……」

 そう。
 二人は今の手順で魔力を魔法に変換することができたのだが、イグナーツだけはなんの変化も起きず、魔法の発動は失敗に終わっていた。

「はぁ、やっぱ俺って才能ねえのかなー……」

 子犬のようにしょんぼり落ち込んだイグナーツに、エルシアとグレイも気遣わしげな視線を送る。
 下手に声をかけないのは、ここでの慰めは余計にイグナーツを追い詰めるとわかっているからなのか。

 だがルベルから言わせればどちらもただの杞憂に過ぎない。

「前にも言ったよね。魔力は人それぞれ性質が違うんだから、教え方も違うって。この方法はただイグナーツに合っていなかったってだけだよ」

「え、それじゃあ…」

「落ち込んでないで別の方法でも試してみようか」

「……おう!」

 パッと笑顔になったイグナーツはやはり眩しい。
 魔法へのアプローチの方法なんてまだまだたくさんある。
 次はどんな方法を試そうかと考えながら、周辺に生えていた草を一房イグナーツに持たせた。

 本当は効果抜群の荒療治もあるのだが、ルベル自身が魔法が使えないことになっている手前、その方法は選択肢から外しておいた。

「アッシュ、火をつける道具かなんか持ってない?」

「なんでオレが持ってると思うんだよ」

「だって君、火属性だよね」

「オイ今それ関係なくねェか?」

 なにやら意義を並べながらもポケットから着火具を取り出したアッシュはそれを投げて寄越した。

「ありがとう。ていうか初めから持ってるなら変に出し渋らないでよ」

「ただのコミュニケーションだろ。言葉のキャッチボール」

「はいはいキャッチボールね」

「せっかく貸してやったんだからありがたく使えよ」

「どーも」

 シュボッ、と着火具から炎を出し、いまだよくわからない顔のイグナーツに近づけた。

「イグナーツ、断言はできないけど君はたぶん火属性だ。代々魔法が継承されるような家柄だと属性も継承されることになる。君の家は結構な爵位を持つ家なんだよね? 一族はみんな火属性?」

「おう。父親も祖父も弟も、全員火属性だな」

「だったら君も火属性で間違いなさそうだね」

「……あ、あのさ、そのことと今お前が俺に火を近づけてることになんか関係あんのかよ…?」

「もちろん」

 着火具から出た火をイグナーツに持たせた草の先端に近づける。
 そのまま火を移せば、草は小さな炎を上げながらゆっくり燃え始めた。

「うわっ、ちょ、なに…!」

「いい? 火をゆっくり見て。こんなに小さな火だと風に吹かれればあっという間に消えるね。そうならないように、さっきやったみたいに体の中の魔力をその火に集めてみて。腕を通って、手のひらを通って、草を通って、火に力を与える。その火がもっと大きくなるよう具体的にイメージしながら、魔力を集めてごらん」

「お、おう」

 イグナーツは草の先端に灯る火をじっと見つめる。
 15cmほどあった草はジリジリと燃え、少しずつその長さを削っていく。風に揺れれば風前の灯となり、風が止めばうっすら煙を出しながらまた燃える。

 それを繰り返していくうちに、火はどんどん弱く小さくなり、今にも消えてしまいそうだ。

「燃えろ燃えろ燃えろ、燃えろ………」

 ぶつぶつ呟かれる言葉に力はこもっていても体には無駄な力みがない。
 その眼力と言霊だけで火が燃え盛りそうだなと思いつつ、うまい具合に集中できているイグナーツの邪魔をする気はさらさらないため口は噤んだ。
しおりを挟む

処理中です...