亡国の悪魔は今日も嗤う

夏風邪

文字の大きさ
19 / 22
第二章 魔法学校擾乱編

第18話 悪魔というもの

しおりを挟む


 どうするべきか数瞬迷ったのち、一応状況だけでも確かめるべく、声のした方へと足を進めてみれば。
 そこには学校ではすでに有名人となった少女が、本を床に散らして座り込んでいた。

「いたたた……」

 そこかしこに散らばった本やら荷物やらを拾い上げながら少女に近づく。
 どこかに頭を打ったらしく、おでこをさする少女は俯いていた。

「大丈夫?」

「………!」

 ルベルの声に少女はパッと顔を上げた。
 その拍子に綺麗な金髪がさらりと揺れる。

 髪と同じ色をした瞳がルベルを映し、次の瞬間にはふわりと微笑んだ。
 まるで花が咲いたように、少女の周りだけキラキラした空気が降り注いでいるような錯覚さえした。

「うん、ありがとう。大丈夫だよ」

 ヘレン・フローレンス。
 一年Aクラスの生徒で、学年主席。

 入学してすぐの魔力測定で初めて姿を見て以来、学校内でもちょくちょく目にしていた。
 その容姿から姿を追わずとも自然と目に留まり、彼女に関する話題も自然と耳に入ってくる。聞いたところによると、どこかの国の上流貴族出身でもあるようだ。

 悪い噂は一切なく、男女問わず高い人気を誇っている。
 まさに才色兼備を絵に描いたような少女だ。

「えへへ、恥ずかしいところを見られちゃったね。ちょっと躓いちゃって……。えっと君はたしかBクラスの、ルベルくん、だよね?」

「ぼくのこと知ってるんだ」

「うん。隣のクラスだし、結構目立つからね。かっこいいって女の子たちに人気なんだよ。それと、なんていうか……わりと男の子からも人気かな?」

「へえ、それは初耳」

 きっとルベル以上に男女どちらからも人気がある彼女に言われても、へえ、以外の言葉は出てこなかった。

 自分の容姿が中性的という自覚はある。その造りが平凡でないことも知っているし、人にどう映っているのかも知っている。だが、それだけだ。
 特別嬉しいだとか誇らしいだとかそういった感情はない。
 正直なところ、他者にどう見られているかなんてルベルの中ではさほど大きな問題ではないのだ。
 
 それでも一応苦笑まじりに笑ってすべてを流した。
 笑っておけば大抵のことは流れてくれる。

「ここにいるってことはルベルくんも読書? 世界史に興味があるの?」

 ちょうど表紙が見える形で本を持っていたためタイトルが見えたようだ。
 ちなみに表紙には『南海の魔法学変遷』と書かれている。結構分厚くて重みのある書物だ。

「まあね。それとぼくのことは呼び捨てでいいよ。同学年なんだし」

「そうだね。じゃあ遠慮なくルベルって呼ばせてもらおうかな。私のこともヘレンでいいよ」

「うん。よろしくヘレン」

 そう名前を呼べば、ヘレンは嬉しそうに表情を綻ばせた。
 こういうところが人の好感を擽るのだろう。素直にかわいいと思えた。


 そうこうしているうちに今度は足音が近づいてくる。
 かと思えば書架からひょっこりと小柄な少女が顔を覗かせた。
 
「ヘレンみっけ。探し物は終わった?」

「あ、ティノ。待たせてごめんね」

 ティノと呼ばれた少女はヘレンの知り合いのようだ。燕脂のリボンをつけたテリオスの制服を着ている。一年生だ。
 見るからに仲の良さそうな少女たちの友情を邪魔するほどルベルも野暮ではない。

「じゃあぼくはこれで。気をつけてね」

 抱えていた本を持ち直し、踵を返す。

「あ、うん! ありがとうルベル」

 後ろから聞こえたお礼に軽く手を上げ、ルベルは先ほど座っていた場所からもう少し離れた書架の影に腰掛けた。
 この辺りはもともと人気ひとけがないが、やはり誰もいない静かな空間というのは落ち着くものだ。

「……ヘレン・フローレンスか…」

 一度辺りをゆっくり見渡し、それから手に持つ本の表紙に視線を落とす。
 題名の文字を指の腹で撫でながら、思い出すのはやはり今しがたのこと。

(光の再生魔法と、あとは悪魔学、だったかな…?)

 床に散らばった本を拾う際にチラリと見た本のタイトル。
 この図書館は基本的に貸出返却手続きは本人が行い、又貸しもしないようにとのルールがある。
 だからあの本たちはヘレンが手に取った本。ヘレンの興味関心が向いた分野ということになる。

 光の再生魔法の方はどうでもいいが、悪魔学のような不穏な分野に関しては彼女には不似合いのように感じたので印象深かった。
 

 そもそも悪魔に関しての書物は少ない。
 あったとしても基本的な内容ばかりで、深く触れているものはほとんどないと言っていい。

 それは悪魔という存在について解明されていないことが多すぎるからだ。
 解明しようにも、この世界では悪魔の出現率がかなり低い。それゆえ、その実態を知ることが困難なのだ。
 それに比べ、同じく魔界に棲む魔物の類はよくこの世界にも出現するためか、その生態だったり対処法だったりを記載した書物が多数存在している。

 悪魔と魔物はどちらも魔界に棲む悪の象徴だ。括りとしては同じになる。
 しかしその両者に違いがあるとするならば、それは明確な意志があるか否か。言葉を交わすか否か。知恵が働く狡猾さがあるか否か。
 いわば悪魔は魔物の上位互換と言える存在である。

 悪魔についてはいまだに謎が多い。
 ただひとつ分かることは、悪魔は人間の血肉を好み、魂を好むということだ。
 そしてひとつの事実として、時々悪魔がこの世界に姿を現した際には、必ずと言っていいほど人間に惨事が降りかかる。
 それは大量虐殺だったり、国の滅亡だったり。
 後に残された惨たらしい惨状が、それが悪魔の所業であることを物語っているのだ。

 故に、人間は悪魔を恐れる。憎む。嫌悪する。


(……さて、君の場合はどれなんだろうね)


 ヘレン・フローレンスが悪魔に向けるのはどんな感情か。

 誰が何を思おうと基本的に興味はないが、悪魔に関する感情には触れてみたいと思う。

 それは純然たる興味から。好奇心から。
 人が心の内にひた隠すその感情に、触れてみたいと思う。


(”憎悪”はとろりとした蜜のような甘さに、”恐怖”はねっとりと熟した果実のような甘さになる、だったかな……)


 人間の激情は悪魔にとっての蜜となる。
 まずはそこから解明しない限り、悪魔による被害は永遠に続くことだろう。

「まあ、そこに辿り着くまでが大変なんだろうけどね」

 どこで誰が悪魔の被害に遭おうと所詮は他人事だ。
 知っているからといって、その事実を教えてやる義理もなければ責務もない。

 人間が滅びようが、悪魔が滅びようが、すべてはどうでもいいことだ。
 己にとって大事なことはただひとつ。


(ぼくにとっての”大切”さえ守れれば、あとはどうでもいいんだよ)


 ───シャリン。


 耳の奥で鈴の音が響いた。
 クツクツと喉の奥底から笑うように、心底愉快だと言わんばかりに。



《──…お前は本当に、人間のくせに悪魔のような思考よな》


「人間、ね。お前の方こそこういうのが大好きなくせに」


《ああ。お前はいつだってそうだ。ワシによく似た、実に心地よい無慈悲さよ》


「あは、ぼくを何処ぞの殺戮悪魔と一緒にしないでほしいなあ。こんなにも普通の人間・・だっていうのに」


《クク、すでに狂っておる奴が何をかすか。冗談にすらならんわ》


「あー…何だろう。お前に狂ってるって言われるとちょっとショックかも」


《なぁに、ワシもお前も初めから狂いきっておるわ。でなければとうの昔にお前を喰ろうておるぞ》


「それもそうだね。ぼくだって狂ってなければとっくの昔にお前を封じてるよ」


《納得できたようで何よりだ。お前のクソほど捻じ曲がった根幹なんぞそう人には理解できんものよ》


「……お前、なんか今日はやけに喧嘩売ってくるのはなんなの」


《つまらぬことを吐かすからよ。自己理解なんぞとうに済ませておるだろうに。お前の茶番に付き合うてやれるのもワシくらいのものよ》


「はいはい、ありがとうございました」



 ───シャリン。



 無意識のうちに左耳に触れながら、気づけば口端を吊り上げていた。
 まるで悪魔のようなその表情は、今この瞬間にも自分が自分であることの何よりの証明となる。
 

「あーあ、ぼくもどっぷり染まったものだ……」


 唇を動かしただけの小さな呟きは、誰かの耳に届く前に霧散していった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...