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[ヴィル]
サバサンド
──舞踏会から数日後の朝。
騎士団の執務棟に入るや否やクリスと鉢合わせた。そのまま連れ立って、近くのカフェに珈琲を買いに行った。
『神薙御用達』効果で、王都のカフェは珈琲を出す店が増えつつある。
執務棟から最も近いカフェでも、少し前から販売が始まった。味はまあまあといったところだ。
「舞踏会はどうだった?」とクリスが聞いてきた。
「なかなかに大変だった」
「オポンチンの馬鹿息子とやり合ったって?」
「お前はどこでその情報を仕入れているのだ」
「お前の噂が立つと、俺のところに確認しに来る奴がいる」
「そういうことか」
「あそこの息子、阿呆だっただろう?」
「ん?」
「オポンチンの息子さ」
「ああ、リアが軽くあしらっていたよ。俺には最高の喜劇で、あばらが折れそうなほど笑った。そのせいで胸筋と腹筋が筋肉痛になった」
「はあ?」
「まあ聞いてくれよ。事の始まりはさ……」
彼にオポンチンの喜劇について話してやった。案の定、彼も呼吸困難に陥るほど大笑いした。
☟
午前の騎士団長会議を終えて執務室に戻る道中、話は例のごとく「今日の昼飯をどうするか」になる。
「昼食はどうする?」と言う係はクリスだ。
「今日はサバサンドにしてもらった」
「サバ? 魚のサバか?」
「そう」
「お前がサバを食べるのか!? 魚だぞ? ギラギラ光っていて気持ちが悪いと言っていたアレだぞ?」
「挟んであればギラギラが見えないから平気だということに気がついた」
「そんな単純な話か?」
「それにリアが作ったものは何でも美味いからな」
クリスの執務室に入りながら「ニッコロは今日いるのか?」と、俺は訊ねた。
「ああ。下の事務所にいるが?」
「リアがニッコリさんにもと言って、三人分作ってくれた。呼んでやるか、それとも届けてやるか……」
言い終わらぬうちに、ニッコロが報告のために顔をだした。
「なんて鼻の利くやつだ」と、俺は呟いた。
「ちょっとぉ……また二人で美味いもの食おうとしてるでしょ」
ニッコロはジトーっと恨めしそうにこちらを睨んでいる。
「お前にもあるぞ。リアが用意してくれた」と、俺は言った。
「ウソっ!!」
「お前が人の分まで奪ってバクバク食べていたアレだ」
「うわっ! マジすか!?」
「この間のサバサンドが美味すぎたから、もう一度作ってもらったのだ」
「やったーーーッッ!!」
ニッコロは両手を上げて歓喜した。
「なぜ、お前がリア様の料理を知っているのだ」と、クリスは心中穏やかでない。
「オレの目の前で作ってくれたんスよ。激カワの激ウマ。幸せだったな~」
「それは自慢か? ああっ?」
「香草の香りがまたいいんスよねー。あとね、白いソースが絶妙な加減で。もうほんっと、マジで美味いから!」
白ソースが美味いからといって大量に入れれば良いというものではない。リアの料理の魅力は足し引きのバランスだ。
「そんなことより、令嬢と連絡先の交換ぐらいしたのだろうな?」
クリスがニッコロに詰め寄った。
「え?」
「エじゃない! 王族と神薙まで婚活に協力させたのだぞ?!」
俺は「まあまあ」とクリスをなだめた。
「そう言わないでやってくれ。実は、さっき話したオポンチン嫡男のせいで舞踏会は続行困難でな」
「はあっ? なんだとぉ?!」
「ヴァーゲンザイル先生は損害賠償請求を起こすところだ。ほかの招待客からも請求されると思うがな」
「なんてことだ……」
悔しがるクリスを横目に、ニッコロはサンドウィッチに齧りつき「うっまぁーいっ」と幸せを噛みしめていた。
「しかし、そこまでの大騒ぎだったとは……」
「リア様がめっちゃ面白いせいで、アレン先輩が笑ったり泣いたり怒ったりスゲー忙しくて」
「今朝、ヴィルから聞いたよ」
「口ごたえするとオポンチンの首絞めるんスよ。ギューッて。もう最高に笑えましたよ」
俺は二人の話を聞きながらハム入りたまごサラダのサンドウィッチを先に頬張り、美味すぎて悶絶していた。
「あいつ、調度品を壊さなかったか?」と、クリスは笑いながら言った。
「そういえば、風は吹いてなかったッスねー」
言われてみれば、あそこまでリアが巻き込まれていたのに、風がほとんど吹かなかった。それだけアレンが落ち着いていたということだ。
「セルマ・フィッシャー女史の教えが効いているのかも知れないなぁ……」
俺は誰にともなく呟いた。
セルマ・フィッシャーは、隣国ルアランで王妃教育の権威として知られた婆様だ。リアの教育係として呼び寄せられ、現在はオルランディアに滞在している。
表向きは「淑女教育」ということにしているが、神薙を貴族令嬢と並べても意味がないため、フィッシャー女史が実際にやっていることは王妃教育だった。
この話が出た当初「そんなことをやらせて彼女らしさがなくなるのは困る」と、俺は反対した。
隣国で行われている王妃教育というものは、年端も行かぬ女児に対して半ば洗脳のように施すものだ。やり方を間違えると教育が進むにつれて子どもらしい笑顔が消え、まるで人形のようになってしまうと聞く。
彼女本人が常識人で在りたがっていることと、アレンとフィデルが「彼女は大丈夫だ」と言ったことで、渋々ながら了承した。
彼女の場合は高度な教育を受けて社会経験を積み、すでに価値観が確立されている。そこに足りないものだけを加える王妃教育が行われていた。
アレン達の言うとおり、教育が進んでもリアの様子は前と変わらない。少し言葉遣いが変わったかな? と思う程度しか変化はなかった。
舞踏会で問題が起きたとき、彼女はあえてオポンチンや平民女と対峙した。
普段とまるで違う表情を見せ、話し方も違っていたが、それでも彼女は彼女らしかった。
「今の彼女は『神薙のリア』を出したり引っ込めたりできる。アレンはそれが分かっていたから落ち着いていたのだろうな」
騎士団の執務棟に入るや否やクリスと鉢合わせた。そのまま連れ立って、近くのカフェに珈琲を買いに行った。
『神薙御用達』効果で、王都のカフェは珈琲を出す店が増えつつある。
執務棟から最も近いカフェでも、少し前から販売が始まった。味はまあまあといったところだ。
「舞踏会はどうだった?」とクリスが聞いてきた。
「なかなかに大変だった」
「オポンチンの馬鹿息子とやり合ったって?」
「お前はどこでその情報を仕入れているのだ」
「お前の噂が立つと、俺のところに確認しに来る奴がいる」
「そういうことか」
「あそこの息子、阿呆だっただろう?」
「ん?」
「オポンチンの息子さ」
「ああ、リアが軽くあしらっていたよ。俺には最高の喜劇で、あばらが折れそうなほど笑った。そのせいで胸筋と腹筋が筋肉痛になった」
「はあ?」
「まあ聞いてくれよ。事の始まりはさ……」
彼にオポンチンの喜劇について話してやった。案の定、彼も呼吸困難に陥るほど大笑いした。
☟
午前の騎士団長会議を終えて執務室に戻る道中、話は例のごとく「今日の昼飯をどうするか」になる。
「昼食はどうする?」と言う係はクリスだ。
「今日はサバサンドにしてもらった」
「サバ? 魚のサバか?」
「そう」
「お前がサバを食べるのか!? 魚だぞ? ギラギラ光っていて気持ちが悪いと言っていたアレだぞ?」
「挟んであればギラギラが見えないから平気だということに気がついた」
「そんな単純な話か?」
「それにリアが作ったものは何でも美味いからな」
クリスの執務室に入りながら「ニッコロは今日いるのか?」と、俺は訊ねた。
「ああ。下の事務所にいるが?」
「リアがニッコリさんにもと言って、三人分作ってくれた。呼んでやるか、それとも届けてやるか……」
言い終わらぬうちに、ニッコロが報告のために顔をだした。
「なんて鼻の利くやつだ」と、俺は呟いた。
「ちょっとぉ……また二人で美味いもの食おうとしてるでしょ」
ニッコロはジトーっと恨めしそうにこちらを睨んでいる。
「お前にもあるぞ。リアが用意してくれた」と、俺は言った。
「ウソっ!!」
「お前が人の分まで奪ってバクバク食べていたアレだ」
「うわっ! マジすか!?」
「この間のサバサンドが美味すぎたから、もう一度作ってもらったのだ」
「やったーーーッッ!!」
ニッコロは両手を上げて歓喜した。
「なぜ、お前がリア様の料理を知っているのだ」と、クリスは心中穏やかでない。
「オレの目の前で作ってくれたんスよ。激カワの激ウマ。幸せだったな~」
「それは自慢か? ああっ?」
「香草の香りがまたいいんスよねー。あとね、白いソースが絶妙な加減で。もうほんっと、マジで美味いから!」
白ソースが美味いからといって大量に入れれば良いというものではない。リアの料理の魅力は足し引きのバランスだ。
「そんなことより、令嬢と連絡先の交換ぐらいしたのだろうな?」
クリスがニッコロに詰め寄った。
「え?」
「エじゃない! 王族と神薙まで婚活に協力させたのだぞ?!」
俺は「まあまあ」とクリスをなだめた。
「そう言わないでやってくれ。実は、さっき話したオポンチン嫡男のせいで舞踏会は続行困難でな」
「はあっ? なんだとぉ?!」
「ヴァーゲンザイル先生は損害賠償請求を起こすところだ。ほかの招待客からも請求されると思うがな」
「なんてことだ……」
悔しがるクリスを横目に、ニッコロはサンドウィッチに齧りつき「うっまぁーいっ」と幸せを噛みしめていた。
「しかし、そこまでの大騒ぎだったとは……」
「リア様がめっちゃ面白いせいで、アレン先輩が笑ったり泣いたり怒ったりスゲー忙しくて」
「今朝、ヴィルから聞いたよ」
「口ごたえするとオポンチンの首絞めるんスよ。ギューッて。もう最高に笑えましたよ」
俺は二人の話を聞きながらハム入りたまごサラダのサンドウィッチを先に頬張り、美味すぎて悶絶していた。
「あいつ、調度品を壊さなかったか?」と、クリスは笑いながら言った。
「そういえば、風は吹いてなかったッスねー」
言われてみれば、あそこまでリアが巻き込まれていたのに、風がほとんど吹かなかった。それだけアレンが落ち着いていたということだ。
「セルマ・フィッシャー女史の教えが効いているのかも知れないなぁ……」
俺は誰にともなく呟いた。
セルマ・フィッシャーは、隣国ルアランで王妃教育の権威として知られた婆様だ。リアの教育係として呼び寄せられ、現在はオルランディアに滞在している。
表向きは「淑女教育」ということにしているが、神薙を貴族令嬢と並べても意味がないため、フィッシャー女史が実際にやっていることは王妃教育だった。
この話が出た当初「そんなことをやらせて彼女らしさがなくなるのは困る」と、俺は反対した。
隣国で行われている王妃教育というものは、年端も行かぬ女児に対して半ば洗脳のように施すものだ。やり方を間違えると教育が進むにつれて子どもらしい笑顔が消え、まるで人形のようになってしまうと聞く。
彼女本人が常識人で在りたがっていることと、アレンとフィデルが「彼女は大丈夫だ」と言ったことで、渋々ながら了承した。
彼女の場合は高度な教育を受けて社会経験を積み、すでに価値観が確立されている。そこに足りないものだけを加える王妃教育が行われていた。
アレン達の言うとおり、教育が進んでもリアの様子は前と変わらない。少し言葉遣いが変わったかな? と思う程度しか変化はなかった。
舞踏会で問題が起きたとき、彼女はあえてオポンチンや平民女と対峙した。
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