昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
275 / 385
[ヴィル]

サバサンド

 ──舞踏会から数日後の朝。

 騎士団の執務棟に入るや否やクリスと鉢合わせた。そのまま連れ立って、近くのカフェに珈琲を買いに行った。

 『神薙御用達』効果で、王都のカフェは珈琲を出す店が増えつつある。
 執務棟から最も近いカフェでも、少し前から販売が始まった。味はまあまあといったところだ。

 「舞踏会はどうだった?」とクリスが聞いてきた。

「なかなかに大変だった」
「オポンチンの馬鹿息子とやり合ったって?」
「お前はどこでその情報を仕入れているのだ」
「お前の噂が立つと、俺のところに確認しに来る奴がいる」
「そういうことか」
「あそこの息子、阿呆だっただろう?」
「ん?」
「オポンチンの息子さ」
「ああ、リアが軽くあしらっていたよ。俺には最高の喜劇で、あばらが折れそうなほど笑った。そのせいで胸筋と腹筋が筋肉痛になった」
「はあ?」
「まあ聞いてくれよ。事の始まりはさ……」

 彼にオポンチンの喜劇について話してやった。案の定、彼も呼吸困難に陥るほど大笑いした。



 午前の騎士団長会議を終えて執務室に戻る道中、話は例のごとく「今日の昼飯をどうするか」になる。
「昼食はどうする?」と言う係はクリスだ。

「今日はサバサンドにしてもらった」
「サバ? 魚のサバか?」
「そう」
「お前がサバを食べるのか!? 魚だぞ? ギラギラ光っていて気持ちが悪いと言っていたアレだぞ?」
「挟んであればギラギラが見えないから平気だということに気がついた」
「そんな単純な話か?」
「それにリアが作ったものは何でも美味いからな」

 クリスの執務室に入りながら「ニッコロは今日いるのか?」と、俺は訊ねた。

「ああ。下の事務所にいるが?」
「リアがニッコリさんにもと言って、三人分作ってくれた。呼んでやるか、それとも届けてやるか……」

 言い終わらぬうちに、ニッコロが報告のために顔をだした。
「なんて鼻の利くやつだ」と、俺は呟いた。

「ちょっとぉ……また二人で美味いもの食おうとしてるでしょ」

 ニッコロはジトーっと恨めしそうにこちらを睨んでいる。
「お前にもあるぞ。リアが用意してくれた」と、俺は言った。

「ウソっ!!」
「お前が人の分まで奪ってバクバク食べていたアレだ」
「うわっ! マジすか!?」
「この間のサバサンドが美味すぎたから、もう一度作ってもらったのだ」
「やったーーーッッ!!」

 ニッコロは両手を上げて歓喜した。

「なぜ、お前がリア様の料理を知っているのだ」と、クリスは心中穏やかでない。

「オレの目の前で作ってくれたんスよ。激カワの激ウマ。幸せだったな~」
「それは自慢か? ああっ?」
「香草の香りがまたいいんスよねー。あとね、白いソースが絶妙な加減で。もうほんっと、マジで美味いから!」

 白ソースが美味いからといって大量に入れれば良いというものではない。リアの料理の魅力は足し引きのバランスだ。

「そんなことより、令嬢と連絡先の交換ぐらいしたのだろうな?」
 クリスがニッコロに詰め寄った。

「え?」
「エじゃない! 王族と神薙まで婚活に協力させたのだぞ?!」

 俺は「まあまあ」とクリスをなだめた。

「そう言わないでやってくれ。実は、さっき話したオポンチン嫡男のせいで舞踏会は続行困難でな」
「はあっ? なんだとぉ?!」
「ヴァーゲンザイル先生は損害賠償請求を起こすところだ。ほかの招待客からも請求されると思うがな」
「なんてことだ……」

 悔しがるクリスを横目に、ニッコロはサンドウィッチに齧りつき「うっまぁーいっ」と幸せを噛みしめていた。

「しかし、そこまでの大騒ぎだったとは……」
「リア様がめっちゃ面白いせいで、アレン先輩が笑ったり泣いたり怒ったりスゲー忙しくて」
「今朝、ヴィルから聞いたよ」
「口ごたえするとオポンチンの首絞めるんスよ。ギューッて。もう最高に笑えましたよ」

 俺は二人の話を聞きながらハム入りたまごサラダのサンドウィッチを先に頬張り、美味すぎて悶絶していた。

「あいつ、調度品を壊さなかったか?」と、クリスは笑いながら言った。

「そういえば、風は吹いてなかったッスねー」

 言われてみれば、あそこまでリアが巻き込まれていたのに、風がほとんど吹かなかった。それだけアレンが落ち着いていたということだ。

「セルマ・フィッシャー女史の教えが効いているのかも知れないなぁ……」
 俺は誰にともなく呟いた。

 セルマ・フィッシャーは、隣国ルアランで王妃教育の権威として知られた婆様だ。リアの教育係として呼び寄せられ、現在はオルランディアに滞在している。
 表向きは「淑女教育」ということにしているが、神薙を貴族令嬢と並べても意味がないため、フィッシャー女史が実際にやっていることは王妃教育だった。

 この話が出た当初「そんなことをやらせて彼女らしさがなくなるのは困る」と、俺は反対した。
 隣国で行われている王妃教育というものは、年端も行かぬ女児に対して半ば洗脳のように施すものだ。やり方を間違えると教育が進むにつれて子どもらしい笑顔が消え、まるで人形のようになってしまうと聞く。

 彼女本人が常識人で在りたがっていることと、アレンとフィデルが「彼女は大丈夫だ」と言ったことで、渋々ながら了承した。
 彼女の場合は高度な教育を受けて社会経験を積み、すでに価値観が確立されている。そこに足りないものだけを加える王妃教育が行われていた。
 アレン達の言うとおり、教育が進んでもリアの様子は前と変わらない。少し言葉遣いが変わったかな? と思う程度しか変化はなかった。

 舞踏会で問題が起きたとき、彼女はあえてオポンチンや平民女と対峙した。
 普段とまるで違う表情を見せ、話し方も違っていたが、それでも彼女は彼女らしかった。

「今の彼女は『神薙のリア』を出したり引っ込めたりできる。アレンはそれが分かっていたから落ち着いていたのだろうな」
感想 11

あなたにおすすめの小説

【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸
恋愛
竜神都市アーガストに三人の聖女が召喚されました。バツイチ社会人が竜神のお手当てをしてさっくり日本に帰るつもりだったのに、竜の神官二人に溺愛されて帰れなくなっちゃう話。

気がつけば異世界

蝋梅
恋愛
 芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。  それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。  その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。 これは現実なのだろうか?  私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

「妾の子だから」と呑気に構えていたら、次期公爵に選ばれました

木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。 自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。 ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。 そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。 他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。 しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。 彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。 ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。 ※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

聖女じゃなかったので、カフェで働きます

風音悠鈴
恋愛
光魔法が使えず「聖女失格」と追放された大学生・藍里。 聖女じゃないと城を追い出されたけど、実は闇属性+女神の加護持ちのチートだった⁉︎ 望みはカフェでのスローライフだけ。 乙女ゲーム世界の歪みから大切な日常を守ります! 全30話予定

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーレムです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています