鬼と生け贄の話

碧月 晶

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目覚めると、そこは牢屋だった。

状況は分からないが、取り敢えず板張りの床から体を起こす。

その時、俺は自分の着物が白い女物の着物ではなくなっている事に気が付いた。

柄の入った、まるで裕福な町人が着るような灰色の着流し。生地も普段自分が着ていた物と比べればかなり上等だ。

何故こんな上等なものを着せられているのだろうかと、首を傾げていると、複数の人が近付いてくる気配がした。

そちらへと目を向けると、程なくして三つの人影が現れた。

薄暗い中、三つの人影は灯りを携えて足音を響かせながらこちらへと近付き、俺がいる牢屋の前で止まった。三人共、随分と背が高い。

「目が覚めたか」

顔はよく見えないが、落ち着いた低い声だった。
そこには敵意も憎悪も感じられなくて。初めてそんな穏やかな声で話しかけられて、俺は少し面食らってしまった。

「貴様!蒼月そうげつ様が直々にお言葉をかけて下さったのだぞ!早く答えぬか!」

すると、声をかけてくれた──蒼月と呼ばれた男性の後ろに控えていた二つの人影の内、向かって左にいた男が声を荒げてそう言った。どうやら驚いて無言でいた俺が気に食わなかったらしい。

けれど、ようやっと聞き慣れた敵意を含んだ声をかけられた事で俺は平静を取り戻した。

「失礼いたしました。ご無礼をお許しください」

にこりと笑って深々と頭を下げると、今度は男性の向かって右後ろに控えていた男が口を開いた。

「最初からそうしておれば良いものを」

蔑むような、侮蔑の意思を孕んだ声。おかげで完全に冷静になれた。

「…顔を上げよ」
「はい」

落ち着いた男性の声に一瞬動揺しそうになったが、直ぐに消し去り、言われた通り顔を上げた俺は緩く口角を上げて見せる。

「単刀直入に聞く。どうやってこの屋敷に侵入したのだ?」
「侵入…と申されましても、俺はここがどこなのか分かりません。そもそも──」
「何だと!貴様、そのような見え透いた嘘を──」
「やめよ」

声を荒げた左隣りにいた男を落ち着いた声の男性が右手を上げて制する。

「済まなかったな。続けてくれ」

未だに顔は見えないが、声からして怒っていない事は分かる。

「…そもそも、あなた方はどなたなのでしょうか?身分ある方だとはお見受けしますが、何分俺は学がありません。宜しければ、教えて頂けないでしょうか?」

笑顔を絶やさずにそう言い切ると、男性は暫く思案するように無言だったが、やがて口を開いた。

「…確認するが、本当にここがどこなのか分からないのだな?」
「はい」
「…そうか。分かった。その言葉、信じよう」
「蒼月様!?」

驚いたように自身の名を呼んだ右隣りの男には構わずに、男性はゆっくりと俺と目線を合わせるように膝を折った。

すると、漸く男性の顔が灯りに照らされ、はっきりと視認できた。けれど…

「私は蒼月。この鬼の里の頭領だ」

その男性の額には二本の角が生えていた。
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