ヒースの傍らに

碧月 晶

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ぐらりと体が後ろへ傾く。

ところで、俺は自慢じゃないが運動があまり得意ではない。それはつまり運動神経もあまり宜しくはないという事。もっと言えば人並み以上に以下だ。

そんな俺がとっさに受け身をとれると思うだろうか。いや出来ない。
ここは潔く衝撃に備えて派手に尻餅をつく心の準備をするのが正解だろう。

と、覚悟を決めたのも束の間。俺の体がそれ以上傾く事はなかった。

そろりと目を開けると、食パンを口に咥えた割と整った顔立ちの男が俺の腕を掴んでいた。

「ほへん、ほっほひほひへへ」

いや食ってから喋れよ。

何て言っているのか全く分からん。…いやいやいや、そんな事より食パンて。食パン咥えて曲がり角でぶつかるってどこの少女漫画のヒロインだ。

「……………」
「何ですか」

いま気付いたが同じ制服を着ている。しかもネクタイの色が緑だ。つまり3年、先輩だ。

「あの、そろそろ離して貰えませんか」

遅刻する。あと、人の顔じろじろ見すぎだろ。失礼な人だな。

「あ、ごめんごめん。大丈夫だった?」
「まあ…。それじゃ、俺急ぐんで」

ぺこりと、一応会釈をして横を通り抜けようとした時だった。

あ…。

先輩の頭上に『食パン』という文字が浮かんでいるのが目に入った。

別にそのまま何も言わず通り過ぎても良かった。

いつもならそうしていたし、そうして来た。

でも、この時は何故か

「あの、食パン、気をつけた方が良いですよ」
「え?」

ある意味衝撃的な出来事に遭遇したせいなのか何なのか、気が着いた時には謎の注意喚起を促していた。
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