ヒースの傍らに

碧月 晶

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花火の音が止んで、各々の帰路につく流れにのって歩く。

「………」

先ゆく皆の後ろについて、じっと自身の右手を見下ろす。

一際大きな最後の一発が打ちあがった後、先輩は宣言通り繋いでいた手を離した。
最後までこちらからは握り返さなかった手は呆気なく解けて、けれど先輩の大きな手の感触がまだ残っているような気がして、こうして確かめるように見てしまう。

「あー!!」

突然の叫び声にはっと顔を上げると、さっきまで玄さんに抱っこされて眠っていた歴ちゃんが泣いていた。

「ど、どうしたんですか」
「ないっ、ふゆのみーちゃんがないのっ!」
「みーちゃん?」
「歴が着けてたウサギのピンの事です」

夏樹君にそう説明され、歴ちゃんの頭を見ると確かに来る時は着けていたウサギのピン留めが無くなっている。そして頭上の『文字』も消えていた。

「困ったなぁ…」
「お気に入りのものだったんですか」
「んー…まあ、母さんが歴にのこしたものだからね」
「…!」

確か、花火が始まった時点ではまだ『文字』は消えていなかったはず。あの河川敷からここまで15分も経っていない事を考えると……

「あの、俺探して来ます」
「え」
「心当たりがあるんです。直ぐ戻りますから!」
「ちょ、待ってつずきくん!」

先輩の制止する声は直ぐに人混みの向こうに遠ざかっていった。

人の波に逆らって、必死に河川敷へと向かう。落としたのだとしたら、そこである可能性が高い。

誰もいなくなった土手でスマホの明かりを頼りに探す。

「ごめん…っ」

今までたくさんの『文字』を視てきた。けれどそのどれもに対してこんな感情を抱いた事はなかった。ただ静観しているだけだった。
自分でも酷い奴だと思う。事情を知った途端、どうにかしてあげたいと思っているのだから。

知っていたのに何もしなかった罪悪感からなのか、何度も零れ落ちる。

「………あった…」

草むらの中に、キラリと反射するものを見つける。拾いあげるとそれは紛れもなく、歴ちゃんが着けていたウサギのピン留めだった。

「良かった…」

やっぱりここにあった。無くさないようにそっとピン留めを握り込む。

「つずきくん!」
「え、先輩…?」

何故か息せききって現れた先輩の姿に首を傾げる。そんなに焦ってどうしたのだろう。

「あ、そうだ。先輩、歴ちゃんのピン留め見つかりましたよ」
「………」
「何となくここじゃないかなと思って来たんですけど、当たりでした」

はい、と手の平を開いて見せる。だが先輩からの反応がない。

「先輩…?」
「え?あ、そうなんだ。ありがとう」
「いえ…」

取り繕うような笑みを向けられ、違和感を覚える。

「あの、どうかし──」
「うわっ、つずきくん足ケガしてるじゃん」
「え?」

先輩の視線を辿り、自分の足を見下ろすと下駄の鼻緒で擦れたのか、指の皮がズル剥けになっていた。
意識した途端、漸く感じ始めた鋭い痛みに顔を歪める。

「すみません…ちょっと歩けそうにないので、これ、先に行って歴ちゃんに渡してあげて下さい」
「何言ってんの。ほら、乗って」

背中を向けて屈まれ、まさかとたじろぐ。

「いやいいです要らないです自分で歩きますから」
「でも歩けないんでしょ?」
「それは…」
「それに歴もつずきくんから渡された方が喜ぶと思うよ」
「そんなこと──」
「それともお姫様だっこをご所望?」
「おんぶでいいです」

そう即答すると可笑しそうに笑って、先輩は軽々と俺を背負った。

「重くないですか」
「全然。寧ろ夏樹の方が重いくらい。つずきくんちゃんと食べてる?」
「失礼な。食べてますよ」

そんな事を話ながら、景色へと向けていた視線を先輩の頭上へと向ける。
いつもより高くなった目線のおかげで目と鼻の先に視えている『文字』それ

それを視た途端、何故だかズキリと胸の奥が痛んだ。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。

先輩の気持ちを知ってしまったから?いや…だとしても、だからどうだと言うんだ。
先輩が俺にそういう意味で好意を抱いている事など、これまでの事を鑑みれば自明の理。

だけど俺はこの人が『嘘つき』だと知っている。
だからこそ応えなかったし、応える気もなかった。それは今も変わっていないし、これからも変える事はない。

だから、こんな気持ちを抱くなんておかしいんだ。
こんなものを持ったところで、良い事なんか一つもなかったのに。それを、俺は一番よく分かっているはずなのに…なのに『どうして』と思ってしまう自分がいる。

─────どうして。

俺を『好き』だと言うのなら、大事なもののように扱うのなら、なんでそんな『文字』・・・・・が視えるんだ。

おかしいじゃないか。矛盾しているじゃないか。

何が運命だ。俺はそんな無責任なもの、信じない。信じてはいけないんだ。

あんな思いはもうしたくない。もう二度と見たくもない。

「……たぃ…」

痛い。足も胸も、ジクジクと痛くて堪らない。

『文字』それはいつ消える?早く、早く俺の視界から消えてくれ。


こんな訳の分からない気持ち、もう沢山だ────。




夏夜の擦り傷 ーendー
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