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黎明編(~8歳)
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「トリシアの部屋を見せてくれるかい? ──ああ、ノエルにクリフ、邪魔をして悪かったね。修練を続けて」
そう言って父ジェラルドはパトリシアを抱っこしたまま城内へと入って行った。
ノエルとクリフはチャド団長もおらず、パトリシアについて行くつもりだったものの、釘を刺された形で動けない。渋々といった様子で──。
「続けるか?」
「時間までな」
と、やや下がったテンションで木剣を打ち合い始めた。
少し遡るが、その日の早朝に目を覚ましていたパトリシアは魔術の復習をしたり、ぼんやり過ごして起こしに来るサニーを待っていた。
しかし、室内の振り子時計が7時、8時、9時をさしても誰も来ない。
見てしまった悪夢か正夢かをどうにか整理したかったこともあり、ひとりで頭を空っぽにしたかったパトリシア。悪くはなかったがお腹がすく。
パトリシアは寝室を出て、軽い朝食を用意してもらった。
サニーの様子はいつもと変わらなかったが、今日は『家庭教師も来ないので、このまま午後もゆっくり休んでください』と言われる。
パトリシアにあてがわれている私室は廊下に繋がる主室兼勉強部屋、そこから扉が続く寝室、衣装部屋、さらに侍女らの小さな待機部屋兼備品室で構成されている。
締め付けの少ないワンピースドレスに着替えさせられ、朝食を終えたあと、パトリシアはぼんやりと外を眺める。
主室からはバルコニーに出られたので城の前庭まで見通せた。すぐに騎士団詰め所と修練場を発見する。
今日の予定が無くなっていたパトリシアはそこにいるはずのクリフとノエル、双子の修練を見に行こうと決めた。
パトリシアはずっと気になっていたのだ。
クリフとは2~3合打ち合えるようになったとはいえ、確実に手加減されている。
双子同士なら本気でやりあっているはずだと考えるとどうしても見学したくなり、サニーに告げて部屋を出た。
──2人の本気を、いまの強さを見てみたい。
サニーからはあっさりと許しが出た。
彼女は普段パトリシアの言うことをなんでも聞いてくれるのだが、こと体調やマナーの話になると厳しい。ただの我が儘令嬢ではなくなったパトリシアは、侍女の言葉を素直に聞くようになっているのだ。
城内は警備もしっかりあるので1人でも自由に出歩ける。
回廊の両側は色とりどりの花が咲いている。ひらひらと飛び回る蝶もかわいらしい。王都の別邸は庭にしか花は植えられていなかった。
領城は部屋を出るだけで気分が変わって、心がザワザワと揺らぐことの多いパトリシアには丁度良かった。一つ一つに心がほぐされ、癒される気がするのだ。
修練場へ行けばチャド総団長が最初に気付いてくれて、すぐにクリフとノエルが汗だくのまま手を振ってくれた。
昨日の魔獣狩りで一緒だったミックやモーリスはそれぞれ隊を率いて城を出ていると後で知る。聞いていた通り、冒険者らは別地域へ流れており、この時期の騎士団は訓練より実戦の毎日なのだとか。
快晴で眩しい太陽は少しだけ、寝不足のまぶたにつらい。一方、さわさわと吹き抜ける風は心地よい。
魔力さえあれば、そこかしこにあるという神の力の流れを感じられるのだろう。
予想通り、パトリシア相手のクリフは相当に手加減をしてくれていたとわかる。
双子の打ち合いはとにかく早い。大人よりは一撃一撃が軽いこともあり、受け止めて返すという流れすら速い。
剣術歴の浅いパトリシアでは目で追うのも、どっちがどうしたのか見切るのも難しい。
しかも二人は双子、ほとんど同じ稽古着で背格好もそっくりでは立ち位置がくるくる回られるともう見分けがつかない。
そのうち、パトリシアはクリフとノエルの打ち合う木剣の音を聴きながらぼんやりと過ごす。
──嫌な夢だった……。
同時に、前世の読んでいた物語の方の悪役令嬢パトリシアに想いを馳せる。
十四歳で婚約者のエドワード王子とともに学園に入学。王子はすぐに主人公に出会い、ゆっくりと交流を温める。一年もすると王子は自ら望んで婚約者にしたはずのパトリシアから離れはじめるのだ。
──まって。そうよ、よく思い出して……一行、あったはず。パトリシアについて……ううん、お父様について……。
『
会えば優しく接してくれるエドワード王子には、婚約者がいる。そのことを思うと○○○は心が苦しくてたまらない。
いつの間にこれほどエドワード王子が自分の心の中を占めていたのかと○○○は改めて思い知る。
だが、ある日、エドワード王子は学園内の庭園で立ち尽くしていた。彼の正面にいるのは、その婚約者パトリシア嬢。
「いい加減になさってくださいませ! 明日の夜会、わたくしのエスコートは殿下しかいらっしゃらないのですよ!?」
「いや、トリシアは来ないと思っていたのだ。ジェラルド宰相が亡くなられたばかりなのだから」
』
──そう、主人公がこの王子と婚約者の不仲、喧嘩を目撃するシーンだわ。
悪役令嬢パトリシアの父は亡くなっており、引退していた祖父が再び宰相に就く。その頃から、パトリシアの行動がエスカレートしていくのだ。
あくまでもエドワード王子と主人公は友人関係だった。
それが、父親を亡くして寂しさを募らせたのか、パトリシアのエドワード王子への付きまとい、依存が増す。
エドワード王子からすると少しずつ嫌気がさしてくるところに、ギリギリ友人と線引きしていた心惹かれる少女主人公からも距離を置かれそうになり、こちらを追うようになる。
そうするとパトリシアもエスカレートして具体的に主人公に嫌がらせをし始める。
──あと、この辺からよ。後編へ向けた『魔王復活』の伏線として魔獣騒動や王都での謎の失踪事件が頻発し始める……けど……ああ……。
青空を仰ぎ、7歳のパトリシアは気付いてしまう。
失踪事件の犯人は悪役令嬢パトリシアで拉致犯は金で雇った冒険者。
パトリシアは魔力の代わりにさらわせた少女らを生け贄に捧げ、王都へ魔獣召喚を繰り返していた犯人──いずれ、魔王を召喚するために。
昨夜の夢で少女を殺したパトリシアは、まさに、魔獣召喚を行っていたのだ。魔獣達と同じ、闇に染まった瞳──赤黒い目で。
──じゃああれは、過去世の記憶をイメージした悪夢じゃなくて、正夢の方……?
7歳の今はもちろんぺたんこの胸だが、十歳を超えた頃から膨らみ始める。
処刑された頃の描写を過去世の記憶に照らせば、最終的にパトリシアの胸はGカップ以上あったはず。夢の中のパトリシアもまた同じくらい……処刑されるのが間近に迫った頃だ。
正夢ではなく悪夢であってほしい昨夜の夢だが、乳のサイズであのパトリシアの年齢を推測すると17歳。
悪夢では17歳まで父が生きていることになるはず……。
過去世に読んだ物語の方は15歳頃で亡くなったと描写がある。
──二年ズレるのはなぜ……。ただの不安の夢ならいいけど、正夢だったら……? 予知夢とか……だったりしたら……?
そんな事を考えはじめた頃、仰いでいた空に白い雲が駆け抜けるのをパトリシアは見つけたのだ。
再開されたクリフとノエルの木剣のぶつかる音を背後に聞きながら、頼もしい父の首にしっかり捕まる。
城内へのアーチを超え、外と比較して明かりの少ない廊下でパトリシアはジェラルドの横顔を見つめた。ふと──。
「お父様は、何か知っているの?」
考えるよりも先に言葉が出てしまった。
そう言って父ジェラルドはパトリシアを抱っこしたまま城内へと入って行った。
ノエルとクリフはチャド団長もおらず、パトリシアについて行くつもりだったものの、釘を刺された形で動けない。渋々といった様子で──。
「続けるか?」
「時間までな」
と、やや下がったテンションで木剣を打ち合い始めた。
少し遡るが、その日の早朝に目を覚ましていたパトリシアは魔術の復習をしたり、ぼんやり過ごして起こしに来るサニーを待っていた。
しかし、室内の振り子時計が7時、8時、9時をさしても誰も来ない。
見てしまった悪夢か正夢かをどうにか整理したかったこともあり、ひとりで頭を空っぽにしたかったパトリシア。悪くはなかったがお腹がすく。
パトリシアは寝室を出て、軽い朝食を用意してもらった。
サニーの様子はいつもと変わらなかったが、今日は『家庭教師も来ないので、このまま午後もゆっくり休んでください』と言われる。
パトリシアにあてがわれている私室は廊下に繋がる主室兼勉強部屋、そこから扉が続く寝室、衣装部屋、さらに侍女らの小さな待機部屋兼備品室で構成されている。
締め付けの少ないワンピースドレスに着替えさせられ、朝食を終えたあと、パトリシアはぼんやりと外を眺める。
主室からはバルコニーに出られたので城の前庭まで見通せた。すぐに騎士団詰め所と修練場を発見する。
今日の予定が無くなっていたパトリシアはそこにいるはずのクリフとノエル、双子の修練を見に行こうと決めた。
パトリシアはずっと気になっていたのだ。
クリフとは2~3合打ち合えるようになったとはいえ、確実に手加減されている。
双子同士なら本気でやりあっているはずだと考えるとどうしても見学したくなり、サニーに告げて部屋を出た。
──2人の本気を、いまの強さを見てみたい。
サニーからはあっさりと許しが出た。
彼女は普段パトリシアの言うことをなんでも聞いてくれるのだが、こと体調やマナーの話になると厳しい。ただの我が儘令嬢ではなくなったパトリシアは、侍女の言葉を素直に聞くようになっているのだ。
城内は警備もしっかりあるので1人でも自由に出歩ける。
回廊の両側は色とりどりの花が咲いている。ひらひらと飛び回る蝶もかわいらしい。王都の別邸は庭にしか花は植えられていなかった。
領城は部屋を出るだけで気分が変わって、心がザワザワと揺らぐことの多いパトリシアには丁度良かった。一つ一つに心がほぐされ、癒される気がするのだ。
修練場へ行けばチャド総団長が最初に気付いてくれて、すぐにクリフとノエルが汗だくのまま手を振ってくれた。
昨日の魔獣狩りで一緒だったミックやモーリスはそれぞれ隊を率いて城を出ていると後で知る。聞いていた通り、冒険者らは別地域へ流れており、この時期の騎士団は訓練より実戦の毎日なのだとか。
快晴で眩しい太陽は少しだけ、寝不足のまぶたにつらい。一方、さわさわと吹き抜ける風は心地よい。
魔力さえあれば、そこかしこにあるという神の力の流れを感じられるのだろう。
予想通り、パトリシア相手のクリフは相当に手加減をしてくれていたとわかる。
双子の打ち合いはとにかく早い。大人よりは一撃一撃が軽いこともあり、受け止めて返すという流れすら速い。
剣術歴の浅いパトリシアでは目で追うのも、どっちがどうしたのか見切るのも難しい。
しかも二人は双子、ほとんど同じ稽古着で背格好もそっくりでは立ち位置がくるくる回られるともう見分けがつかない。
そのうち、パトリシアはクリフとノエルの打ち合う木剣の音を聴きながらぼんやりと過ごす。
──嫌な夢だった……。
同時に、前世の読んでいた物語の方の悪役令嬢パトリシアに想いを馳せる。
十四歳で婚約者のエドワード王子とともに学園に入学。王子はすぐに主人公に出会い、ゆっくりと交流を温める。一年もすると王子は自ら望んで婚約者にしたはずのパトリシアから離れはじめるのだ。
──まって。そうよ、よく思い出して……一行、あったはず。パトリシアについて……ううん、お父様について……。
『
会えば優しく接してくれるエドワード王子には、婚約者がいる。そのことを思うと○○○は心が苦しくてたまらない。
いつの間にこれほどエドワード王子が自分の心の中を占めていたのかと○○○は改めて思い知る。
だが、ある日、エドワード王子は学園内の庭園で立ち尽くしていた。彼の正面にいるのは、その婚約者パトリシア嬢。
「いい加減になさってくださいませ! 明日の夜会、わたくしのエスコートは殿下しかいらっしゃらないのですよ!?」
「いや、トリシアは来ないと思っていたのだ。ジェラルド宰相が亡くなられたばかりなのだから」
』
──そう、主人公がこの王子と婚約者の不仲、喧嘩を目撃するシーンだわ。
悪役令嬢パトリシアの父は亡くなっており、引退していた祖父が再び宰相に就く。その頃から、パトリシアの行動がエスカレートしていくのだ。
あくまでもエドワード王子と主人公は友人関係だった。
それが、父親を亡くして寂しさを募らせたのか、パトリシアのエドワード王子への付きまとい、依存が増す。
エドワード王子からすると少しずつ嫌気がさしてくるところに、ギリギリ友人と線引きしていた心惹かれる少女主人公からも距離を置かれそうになり、こちらを追うようになる。
そうするとパトリシアもエスカレートして具体的に主人公に嫌がらせをし始める。
──あと、この辺からよ。後編へ向けた『魔王復活』の伏線として魔獣騒動や王都での謎の失踪事件が頻発し始める……けど……ああ……。
青空を仰ぎ、7歳のパトリシアは気付いてしまう。
失踪事件の犯人は悪役令嬢パトリシアで拉致犯は金で雇った冒険者。
パトリシアは魔力の代わりにさらわせた少女らを生け贄に捧げ、王都へ魔獣召喚を繰り返していた犯人──いずれ、魔王を召喚するために。
昨夜の夢で少女を殺したパトリシアは、まさに、魔獣召喚を行っていたのだ。魔獣達と同じ、闇に染まった瞳──赤黒い目で。
──じゃああれは、過去世の記憶をイメージした悪夢じゃなくて、正夢の方……?
7歳の今はもちろんぺたんこの胸だが、十歳を超えた頃から膨らみ始める。
処刑された頃の描写を過去世の記憶に照らせば、最終的にパトリシアの胸はGカップ以上あったはず。夢の中のパトリシアもまた同じくらい……処刑されるのが間近に迫った頃だ。
正夢ではなく悪夢であってほしい昨夜の夢だが、乳のサイズであのパトリシアの年齢を推測すると17歳。
悪夢では17歳まで父が生きていることになるはず……。
過去世に読んだ物語の方は15歳頃で亡くなったと描写がある。
──二年ズレるのはなぜ……。ただの不安の夢ならいいけど、正夢だったら……? 予知夢とか……だったりしたら……?
そんな事を考えはじめた頃、仰いでいた空に白い雲が駆け抜けるのをパトリシアは見つけたのだ。
再開されたクリフとノエルの木剣のぶつかる音を背後に聞きながら、頼もしい父の首にしっかり捕まる。
城内へのアーチを超え、外と比較して明かりの少ない廊下でパトリシアはジェラルドの横顔を見つめた。ふと──。
「お父様は、何か知っているの?」
考えるよりも先に言葉が出てしまった。
応援ありがとうございます!
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