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準備編(8~12歳)【1】
めくるめく季節④ 思い違いと乾き
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審査外で登場したノエルとクリフが裏に退がると仮装大会は本格的に始まった。
可愛らしい妖精やコミカルにリデザインされた動物の仮装をした子どもたちが三十人も出てきて、それぞれにアピールタイムで全力を出しきっていた。
パトリシアは大半を目を丸くして眺めた。
──知らなかったわ……、全く知らなかった。
庶民は薄暗い顔をして、地味で汚れた服を着て貧しく暮らしているのだという先入観があった。
自分が、かつての自分が真っ赤な服を好み、使用人達も虐げていた頃、思い込んでいた。
──私が一番可愛い! 一番派手で素敵なお洋服を着ている! 私が一番幸せ! 他の連中なんて目じゃない、使用人達すら土下座をするのよ? まして庶民なんて這いつくばってドロドロなんだわ……!
物語のパトリシアは死ぬまでずっとそう思っていたに違いないだろう。
──そうじゃなかった。まったく、違った。
星降り祭りの時も、今回のお祭りも誰も彼も明るい表情をしている。季節のせいか鼻を真っ赤にして白い息を吐いてはいるが皆、一人残らず朗らかに祭りを行き交う。
女たちはほとんど化粧をしていない頬を赤くして、男たちももちろん口を大きく開けて笑い合っている。
たしかに子どもたちは砂埃にまみれているが、全力でじゃれあってお腹がよじれそうに笑っているようだ。楽しそうにはしゃいでいる。
仮装コンテストも誰もが称え合い、時に身内受け、あるあるネタで爆笑が起きている。そんなときは貴族のパトリシアでは分かりかねる時もあった。
前世……というべき過去世の記憶の主だってこんなふうに大笑いしていなかった。彼女は淡々と日常をやり過ごすように暮らしていたし、つらいとか怒るとか、疲れる感情を押し殺していた。そのせいで、心から喜び笑うなどという幸福値の高まる経験すら真顔で受け流すようになっていた。
──前世の私……ねぇ……私達は、思い違いをしてるのかもしれない……。
仮面舞踏会も盛況のまま終わり、双子は仮装から地味変装をして、木から降りて話をしていたパトリシアとカーティスのところへやってきた。
「トリシア、やっぱりきてたな! どうだった!? 俺のドラゴン! 去年から革職人と裁縫職人、あとは人形師と額突き合わせてあーでもないこーでもないって作ってたんだ、すごかったろ!?」
「羽まで動くなんて思わなかったわ」
城での姿とはまたちがって、普段よりずっと無邪気なクリフにパトリシアは微笑みかけた。
パトリシアの中には前世の記憶がある。その前世がクリフの仮装はとある遊園地で見た操演怪獣にひけをとらないクオリティだと示唆した。
子供の仮装というレベルではなかった。
「あれはな、風魔術なんかも使いつつ動かしてんだ。人形師なんかに伝わる操演術の一つらしいぜ。あと人形の作り方も──」
「──まったく、僕がこっそり竪琴まで練習していたのにあんな派手な仮装をしてくるんだから……今回は僕の負けかなぁ」
「あら。ノエルの琴の音も素敵だったわよ」
「ふふ、ありがとう。トリシア──ところで、紹介してくれるよね?」
「おーい、俺の話を最後まで聞けって」
凝りだすと延々と話しかねないクリフは置いて、パトリシアはカーティスを手で示した。
「大掃討の時に知り合った黒の虚蝕者のカーティスよ」
パトリシアが紹介すると、カーティスは父ネロがしたように手をくるくるっと回して大仰にお辞儀をした。
「ネロの子、カーティス──」
「おっ、ちょっとさ、手合わせしようぜ。演習場あいてるはずだ」
口上の途中、今度はクリフが言葉を挟んだ。
カーティスとパトリシアは顔を見合わせた。
「は? クリフ、何言ってるの? お祭りよ、今日」
クリフはカーティスを睨んだままニヤリと笑う。
「聞いたことあるぞ、何度も。チャドが言うんだよ。そんな動きでは冒険者にも勝てませんよとか、闇の虚蝕者に同じ年頃の子がいますが、まだまだ足元にも及んでいませんとか──そこ、俺としてもはっきりさせたい」
クリフの言葉にじわりと笑みを深めていたカーティスだが、瞳にギラリと闘争本能を閃かせた。
「マジか。チャド様……いいぜ、やろう! クリフ様! クリフ様とやれるなんてチャンスそう無い──」
「ねぇ! せっかくのお祭りなのにやめて?? 私はお祭りを楽しみたいのに……!」
慌てるパトリシアをノエルが制止する。
「いや、トリシア、放っておけばいいよ」
「でも」
「クリフもカーティスも、気にせずいってきな。スッキリしてくればいいよ」
「よし! カーティス、いくぞ!」
「ノエル様、ありがとな!」
二人はすぐに走り去っていく。あまりの人混みが面倒になったのか、身体能力の高いカーティスが先に、すぐにクリフも、通りの建物をひょいひょい登って屋根を駈けていく。
ノエルはのんきに手を振っていた。
「ちょっと! ノエル……!」
「大丈夫だよ。トリシア。君のエスコートだって僕がいるでしょ? それとも僕じゃ役者不足?」
「そ、そんなわけないでしょう? でも、いいの?」
「もちろん」
そう言ってノエルはパトリシアと手を繋いだ。
「じゃ、何か見たいもの食べたいものある? それともどこか行きたいとことか。トリシアと二人で街を歩くのは初めてだね?」
「──そうね。ノエルは街にはよく出てくるの?」
「頻繁ではないけど、クリフとね。魔獣討伐に参加するようになってからは騎士達と一緒に回ったりもしてたよ」
「そうなの!? 知らなかった……羨ましいのだけど……?」
ジトっと上目遣いをするパトリシアにノエルはフフッと笑う。
「トリシアもそのうち魔獣討伐を成功させるんだろう? 何せ女騎士になりたいっていうんだから」
「あら、私、一言も騎士になりたいなんて言ったことないわよ?」
「………………そうだね。確かに。聞いたことがない。でもみんな……」
「私は剣術を、馬術を、魔術を、戦う術を学びたいって言っただけだもの」
手を繋いだまま、ノエルが足を止めた。手だけ後ろにツンと残り、パトリシアも止まる。
「ノエル?」
「…………じゃあ、トリシア。なんで戦い方なんて知りたいの?」
落ちた沈黙に、ノエルは何を思っただろう。だが、パトリシアはそれに構ってはいられないのだ。
「……………………必要だから」
「必要?」
切り替えるようにパトリシアは微笑み、ノエルの手をグイと引っ張った。
「ねぇ、さっきから甘い匂いがするの、温かそうな……! ノエル、私あれが何か知りたいわ、それに食べたい!」
パトリシアが暗い表情から一転したことにノエルはあからさまにホッとしたようだ。
「いいよ。行こうか」
そうして日暮れ近くまで祭りを楽しみ、いくつか厳選した焼き菓子や果物を購入してパトリシアとノエルは城へ戻り──。
演習場から木剣の打ち合う音が聞こえていた。
「うわ、あの二人まだやってるのか」
「ねぇ、見に行きましょ。気になる」
「…………いいけど……トリシア、拗ねないでよ?」
パトリシアが「どうして?」と聞く前に、持ち手のない紙袋を持ったままノエルは城の前庭を抜けた。
フッと息を吐き出して木剣で薙ぎ払うが、そこにカーティスはもういない。バク転で退いている。
クリフはさらに半歩、円を描くように進み突きを繰り出す。が、カーティスは着地の勢いで逆に飛び出してきていた。
一瞬でクリフの木剣より低い姿勢から懐までつけたカーティス。左手でクリフの木剣を奪うと同時、右の木剣の柄をクリフの喉元に押し付けながら左の木剣で片足まで払って転がしにかかる。
「──っぐ」
背中を打ち付け、呻きながらクリフは体を横に流して顎を抑えに来ていたカーティスの木剣の柄をかわしつつ、自分の木剣を奪い返した。刃部分を握っているので真剣では出来ないやり方だが。
すぐに立ち上がり、両膝を地面についていたカーティスの片足を掴みあげて横へ放る。
ぶん投げられたカーティスだが、木剣の柄を地面につき、ぐるんと回って方向転換。
追い打ちのクリフの叩きつける木剣と、下段から繰り出されるカーティスの木剣が激しくぶつかる。
そのままカーティスは片膝ついて起こしたばかりという不利な態勢のままクリフと剣を打ち合う。
「──くそっ」
カーティスの小さな呟きが呼吸に紛れ、カンッと一本の木剣が宙を舞った。
その瞬間、クリフの木剣が大段から振り下ろされる──が、カーティスは身をひねりながらクリフの股下を抜けて背後へ回ってしまう。
そこからカーティスが木剣を拾うまでには徒手格闘対正統剣技のぶつかり合いで息をつく暇がない。
二人が木剣を手にするとまた乾いた音が響き始める。
パトリシアはノエルの服の袖を握ってクリフとカーティスの打ち合いをジッと見つめていた。
「……総合力はカーティスが上、特にあの身体能力はとんでもないな。どんな武器も使いこなしそうだ。単純な剣技ならクリフが勝るし、多分魔力もクリフが上……本気でやりあったとして、どっちが勝つかわからないっていう力量差かな」
「………………」
「…………二人とも集中力がとでもないってのも付け加えようか?」
「ノエル…………私も二人の歳の頃には同じくらい動けるかしら……?」
「──トリシア次第だよ」
曖昧な笑みのノエルにパトリシアは少しだけガッカリして頷いた。
「……そうね…………」
残酷なようだが、事実なのかもしれない。
バンフィールド家で領内を魔獣から守るべく鍛え上げられる双子、国内で有数のギルドの中心人物の子……ノエルやクリフ、カーティスが厳しい鍛錬を課され乗り越えて強さを手に入れていく日々。
令嬢のお遊びとしか思われていないパトリシアの剣技が同じように伸びるはずがない。
パトリシアは胸の奥が空洞になったような、冷たい風が吹き抜けたあと、水気がなくカラカラに乾いていくような感覚に飲まれた。
いずれ、乾きがあちこちを裂いてしまう気がして、そっとノエルの袖から手を離した。
日が暮れて、クリフとカーティスの手合わせは終わった。
パトリシアはニコニコと笑ってお土産の焼き菓子を披露する。
「見て! これ私が選んだのよ。全部食べてから決めたから絶対に美味しいの!」
二人とも空腹だったのかその場でばくばく食べてしまう。珍しい果物にも手をつけていく。
パトリシアは「ちょっと、ねぇ! もう晩御飯なのよ!?」と止めようとした。
「晩飯も食える! なぁ?」
「当たり前!」
すっかり打ち解けた二人の様子にパトリシアは呆れたように笑った。
その横顔をジッと見つめるノエルには気付かないフリをして……。
可愛らしい妖精やコミカルにリデザインされた動物の仮装をした子どもたちが三十人も出てきて、それぞれにアピールタイムで全力を出しきっていた。
パトリシアは大半を目を丸くして眺めた。
──知らなかったわ……、全く知らなかった。
庶民は薄暗い顔をして、地味で汚れた服を着て貧しく暮らしているのだという先入観があった。
自分が、かつての自分が真っ赤な服を好み、使用人達も虐げていた頃、思い込んでいた。
──私が一番可愛い! 一番派手で素敵なお洋服を着ている! 私が一番幸せ! 他の連中なんて目じゃない、使用人達すら土下座をするのよ? まして庶民なんて這いつくばってドロドロなんだわ……!
物語のパトリシアは死ぬまでずっとそう思っていたに違いないだろう。
──そうじゃなかった。まったく、違った。
星降り祭りの時も、今回のお祭りも誰も彼も明るい表情をしている。季節のせいか鼻を真っ赤にして白い息を吐いてはいるが皆、一人残らず朗らかに祭りを行き交う。
女たちはほとんど化粧をしていない頬を赤くして、男たちももちろん口を大きく開けて笑い合っている。
たしかに子どもたちは砂埃にまみれているが、全力でじゃれあってお腹がよじれそうに笑っているようだ。楽しそうにはしゃいでいる。
仮装コンテストも誰もが称え合い、時に身内受け、あるあるネタで爆笑が起きている。そんなときは貴族のパトリシアでは分かりかねる時もあった。
前世……というべき過去世の記憶の主だってこんなふうに大笑いしていなかった。彼女は淡々と日常をやり過ごすように暮らしていたし、つらいとか怒るとか、疲れる感情を押し殺していた。そのせいで、心から喜び笑うなどという幸福値の高まる経験すら真顔で受け流すようになっていた。
──前世の私……ねぇ……私達は、思い違いをしてるのかもしれない……。
仮面舞踏会も盛況のまま終わり、双子は仮装から地味変装をして、木から降りて話をしていたパトリシアとカーティスのところへやってきた。
「トリシア、やっぱりきてたな! どうだった!? 俺のドラゴン! 去年から革職人と裁縫職人、あとは人形師と額突き合わせてあーでもないこーでもないって作ってたんだ、すごかったろ!?」
「羽まで動くなんて思わなかったわ」
城での姿とはまたちがって、普段よりずっと無邪気なクリフにパトリシアは微笑みかけた。
パトリシアの中には前世の記憶がある。その前世がクリフの仮装はとある遊園地で見た操演怪獣にひけをとらないクオリティだと示唆した。
子供の仮装というレベルではなかった。
「あれはな、風魔術なんかも使いつつ動かしてんだ。人形師なんかに伝わる操演術の一つらしいぜ。あと人形の作り方も──」
「──まったく、僕がこっそり竪琴まで練習していたのにあんな派手な仮装をしてくるんだから……今回は僕の負けかなぁ」
「あら。ノエルの琴の音も素敵だったわよ」
「ふふ、ありがとう。トリシア──ところで、紹介してくれるよね?」
「おーい、俺の話を最後まで聞けって」
凝りだすと延々と話しかねないクリフは置いて、パトリシアはカーティスを手で示した。
「大掃討の時に知り合った黒の虚蝕者のカーティスよ」
パトリシアが紹介すると、カーティスは父ネロがしたように手をくるくるっと回して大仰にお辞儀をした。
「ネロの子、カーティス──」
「おっ、ちょっとさ、手合わせしようぜ。演習場あいてるはずだ」
口上の途中、今度はクリフが言葉を挟んだ。
カーティスとパトリシアは顔を見合わせた。
「は? クリフ、何言ってるの? お祭りよ、今日」
クリフはカーティスを睨んだままニヤリと笑う。
「聞いたことあるぞ、何度も。チャドが言うんだよ。そんな動きでは冒険者にも勝てませんよとか、闇の虚蝕者に同じ年頃の子がいますが、まだまだ足元にも及んでいませんとか──そこ、俺としてもはっきりさせたい」
クリフの言葉にじわりと笑みを深めていたカーティスだが、瞳にギラリと闘争本能を閃かせた。
「マジか。チャド様……いいぜ、やろう! クリフ様! クリフ様とやれるなんてチャンスそう無い──」
「ねぇ! せっかくのお祭りなのにやめて?? 私はお祭りを楽しみたいのに……!」
慌てるパトリシアをノエルが制止する。
「いや、トリシア、放っておけばいいよ」
「でも」
「クリフもカーティスも、気にせずいってきな。スッキリしてくればいいよ」
「よし! カーティス、いくぞ!」
「ノエル様、ありがとな!」
二人はすぐに走り去っていく。あまりの人混みが面倒になったのか、身体能力の高いカーティスが先に、すぐにクリフも、通りの建物をひょいひょい登って屋根を駈けていく。
ノエルはのんきに手を振っていた。
「ちょっと! ノエル……!」
「大丈夫だよ。トリシア。君のエスコートだって僕がいるでしょ? それとも僕じゃ役者不足?」
「そ、そんなわけないでしょう? でも、いいの?」
「もちろん」
そう言ってノエルはパトリシアと手を繋いだ。
「じゃ、何か見たいもの食べたいものある? それともどこか行きたいとことか。トリシアと二人で街を歩くのは初めてだね?」
「──そうね。ノエルは街にはよく出てくるの?」
「頻繁ではないけど、クリフとね。魔獣討伐に参加するようになってからは騎士達と一緒に回ったりもしてたよ」
「そうなの!? 知らなかった……羨ましいのだけど……?」
ジトっと上目遣いをするパトリシアにノエルはフフッと笑う。
「トリシアもそのうち魔獣討伐を成功させるんだろう? 何せ女騎士になりたいっていうんだから」
「あら、私、一言も騎士になりたいなんて言ったことないわよ?」
「………………そうだね。確かに。聞いたことがない。でもみんな……」
「私は剣術を、馬術を、魔術を、戦う術を学びたいって言っただけだもの」
手を繋いだまま、ノエルが足を止めた。手だけ後ろにツンと残り、パトリシアも止まる。
「ノエル?」
「…………じゃあ、トリシア。なんで戦い方なんて知りたいの?」
落ちた沈黙に、ノエルは何を思っただろう。だが、パトリシアはそれに構ってはいられないのだ。
「……………………必要だから」
「必要?」
切り替えるようにパトリシアは微笑み、ノエルの手をグイと引っ張った。
「ねぇ、さっきから甘い匂いがするの、温かそうな……! ノエル、私あれが何か知りたいわ、それに食べたい!」
パトリシアが暗い表情から一転したことにノエルはあからさまにホッとしたようだ。
「いいよ。行こうか」
そうして日暮れ近くまで祭りを楽しみ、いくつか厳選した焼き菓子や果物を購入してパトリシアとノエルは城へ戻り──。
演習場から木剣の打ち合う音が聞こえていた。
「うわ、あの二人まだやってるのか」
「ねぇ、見に行きましょ。気になる」
「…………いいけど……トリシア、拗ねないでよ?」
パトリシアが「どうして?」と聞く前に、持ち手のない紙袋を持ったままノエルは城の前庭を抜けた。
フッと息を吐き出して木剣で薙ぎ払うが、そこにカーティスはもういない。バク転で退いている。
クリフはさらに半歩、円を描くように進み突きを繰り出す。が、カーティスは着地の勢いで逆に飛び出してきていた。
一瞬でクリフの木剣より低い姿勢から懐までつけたカーティス。左手でクリフの木剣を奪うと同時、右の木剣の柄をクリフの喉元に押し付けながら左の木剣で片足まで払って転がしにかかる。
「──っぐ」
背中を打ち付け、呻きながらクリフは体を横に流して顎を抑えに来ていたカーティスの木剣の柄をかわしつつ、自分の木剣を奪い返した。刃部分を握っているので真剣では出来ないやり方だが。
すぐに立ち上がり、両膝を地面についていたカーティスの片足を掴みあげて横へ放る。
ぶん投げられたカーティスだが、木剣の柄を地面につき、ぐるんと回って方向転換。
追い打ちのクリフの叩きつける木剣と、下段から繰り出されるカーティスの木剣が激しくぶつかる。
そのままカーティスは片膝ついて起こしたばかりという不利な態勢のままクリフと剣を打ち合う。
「──くそっ」
カーティスの小さな呟きが呼吸に紛れ、カンッと一本の木剣が宙を舞った。
その瞬間、クリフの木剣が大段から振り下ろされる──が、カーティスは身をひねりながらクリフの股下を抜けて背後へ回ってしまう。
そこからカーティスが木剣を拾うまでには徒手格闘対正統剣技のぶつかり合いで息をつく暇がない。
二人が木剣を手にするとまた乾いた音が響き始める。
パトリシアはノエルの服の袖を握ってクリフとカーティスの打ち合いをジッと見つめていた。
「……総合力はカーティスが上、特にあの身体能力はとんでもないな。どんな武器も使いこなしそうだ。単純な剣技ならクリフが勝るし、多分魔力もクリフが上……本気でやりあったとして、どっちが勝つかわからないっていう力量差かな」
「………………」
「…………二人とも集中力がとでもないってのも付け加えようか?」
「ノエル…………私も二人の歳の頃には同じくらい動けるかしら……?」
「──トリシア次第だよ」
曖昧な笑みのノエルにパトリシアは少しだけガッカリして頷いた。
「……そうね…………」
残酷なようだが、事実なのかもしれない。
バンフィールド家で領内を魔獣から守るべく鍛え上げられる双子、国内で有数のギルドの中心人物の子……ノエルやクリフ、カーティスが厳しい鍛錬を課され乗り越えて強さを手に入れていく日々。
令嬢のお遊びとしか思われていないパトリシアの剣技が同じように伸びるはずがない。
パトリシアは胸の奥が空洞になったような、冷たい風が吹き抜けたあと、水気がなくカラカラに乾いていくような感覚に飲まれた。
いずれ、乾きがあちこちを裂いてしまう気がして、そっとノエルの袖から手を離した。
日が暮れて、クリフとカーティスの手合わせは終わった。
パトリシアはニコニコと笑ってお土産の焼き菓子を披露する。
「見て! これ私が選んだのよ。全部食べてから決めたから絶対に美味しいの!」
二人とも空腹だったのかその場でばくばく食べてしまう。珍しい果物にも手をつけていく。
パトリシアは「ちょっと、ねぇ! もう晩御飯なのよ!?」と止めようとした。
「晩飯も食える! なぁ?」
「当たり前!」
すっかり打ち解けた二人の様子にパトリシアは呆れたように笑った。
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